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第10話

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「ベルタ様、お部屋の掃除が終わりました。……本日昼からダンスの授業があるはずですが」

「キャンセルしておいて~」

「はあ」


ベッドに寝転び令嬢らしからぬ姿勢で刺繍をする私に、ディランはため息をついた。今日も私は授業を受けない、どうせ前の人生でもう学んだことだし。ディランはまだ幼いせいか、私がどんなことをしても叱らない激甘だった。

彼が来てから部屋から侍女を追い出しやすくなったし、本当に私に都合がいい。ディランが私の専属になってはや1週間、私は彼のおかげでより一層ぐうたら生活を満喫出来ている。


「昼食はどうされますか」

「あぁ、もうそんな時間なのね。2人分部屋に持ってきてくれるかしら?一緒に食べましょう」

「……はい」


あからさまに嬉しそうな顔をされるとこちらとしても満更ではない。きもち早足でディランが昼食を取りに部屋を出た。

本来雇い主と従者が一緒に食事なんて、いくら私が許そうとありえないことだ。子供同士だから許されているところはある。それでも、可愛い妹はともかくそれ以外の家族と一緒に食事は出来るだけしたくなかった。

私はようやくベッドから降りて、ディランが帰ってくるまでにとある準備をはじめた。
時間にして数分が経った頃、扉からノックの音が響いた。ディランが、器用に2人分の皿を持ったままドアを開けている。


「ただいま戻りました。あれ、ベルタ様勉強するんですか?」

「いいえ~、これは貴方の教材よ。昼食を食べたら文字の読み書きの練習をしましょう」


テーブルにサンドイッチを置きながら、彼は驚いた顔をした。何か言いたげだったが、私がいただきますと言ったのに従い彼もひとまずは食事の席につく。


「貴方、読み書きはできると言っていたけどちゃんとした教育を受けたわけじゃないんでしょう~?間違って覚えてるものがあっても困るし、軽くでも勉強し直した方がいいわ」


きっとスラムにも字を教えてくれる大人はいたんだろう。でもろくに紙もペンも無い環境だ、この家で働く以上ちゃんとした環境で勉強し直して損は無いだろう。

私がそう言うとディランは意外そうに、そして申し訳なさそうな顔をた。


「それはそうですけど、……ベルタ様は俺なんかが勉強するのを嫌がってるんだと思ってたので」

「そんなこと言ってないでしょう、教養は人生を間違いなく豊かにするわ」


はしたなく親指についたソースを舐めるもディランは咎めない。外でこんなことしたら何を言われるか。ディランはただじっと私の話を聞いていた。


「貴方の目的はなあに、ディラン」

「……貴女に1番に気に入られることです」


想像とは少し違った回答に面食らってしまう。ここで働き続けるための手段として私に気にいられたいならわかるが、それ自体が目的だとは思っていなかった。一体何を考えているんだろう。


「ふふっ、そうなの?……あのねディラン、目的を達成するのに必要なのは努力じゃないのよ~。1番大事なのは努力の仕方を見誤らないこと。間違った努力は簡単に裏切るわ」


そう話しながら、前の人生を思い出す。

おそらく聖女試験はダミーだった。聖女になるのに勉強も聖女試験も本当は必要なくて、きっと全然違う部分を見ていたのだ。

前の人生で姉が何をしていたのかは今となっては分からないが、そうとは知らず馬鹿正直に両親を信じ間違った努力して一度人生を棒に振ってしまった。


「どれだけ努力しても、結局は運が良くてたまたま正解の道を選べただけの人には勝てないの。
ふふ…身に覚えはあるでしょう~?公爵家で働きたくて血の滲むような努力をしている人だってたくさんいるのに、運が良かっただけで私に雇われた泥棒さん?」


私がそう言うと、罰が悪そうに目を逸らした。盗みに入った罪悪感と、偶然で公爵家に雇われた自分が如何に幸運であるかの自覚はあるらしい。


「でも努力は無駄だと他人から言われたくらいで、止められないっていう気持ちもわかるわ」


そう言いながら、サンドイッチを食べ終わった手についたパンのカスをはらう。


「だからね~、私が手伝って、見届けてあげるの。貴方の努力がどうなるか。ふふ、まあ要するにただの暇つぶしよ」


私に続いてディランもサンドイッチを食べ終えたのを確認する。はじめましょうか、と皿を隅に避けて私はノートを広げた。

私はディランの努力が報われることを望んでいるのか、ディランの努力が報われないことを望んでいるのか。それは自分でもよくわからなかった。

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