上 下
6 / 59

第6話

しおりを挟む

(とはいっても、ずっと引きこもっておくわけにはいかないわよねえ)

なんだか外がいつもより騒がしい気がして、私は2日ぶりに用を足す以外で自室を出ることにした。この2日間何をしていたかと言うと寝る、食べる、トイレに行くの3つだけだ。

言いようのない虚無感、その虚無感のおかげで仮病がバレることはなかったけれど、医者を呼ばれたのは本当に面倒だった。躁鬱と診断されかけたときはさすがにちょっと驚いたけど。

それにしても授業を2日連続で全く受けないなんて、はじめてのことだった。前の人生の私はたとえ熱だろうが友人の死の直後だろうが授業を休まなかった。我ながら気が狂っている。


「二番目のベルタ様、髪はどうされますか?」

「おまかせするわ」


なんなら今の私はボサボサ頭で外に出てもいいくらいだ。
侍女のかしこまりましたというお決まりの言葉を遮るかのように、ばあん!と大きな音と共に私の部屋の扉が開け放たれる。


「二番目のお姉様!お身体は大丈夫なんですの!?」

「ありがとう、もう大丈夫よ~。可愛い私の妹、扉はゆっくり開けてちょうだいね」


部屋に入ってきたのは、久しぶりに見る小さくて可愛い素直な妹だった。くるくるの髪を2つにまとめた様子はまるでうさぎのようだ。ああ、この頃はまだ妹に好かれていたっけ。私が今7歳なら、この子はまだ6歳だ。


「……二番目のお姉様、いままでこんな間延びした喋り方をなさってたかしら。それにやっぱりまだ体調が悪いんじゃなくて?瞳がとっても濁っていますわ……」

「私はいつも通りよ~」


別にわざとしているつもりはないが、おそらく前世の性格の反動が来ているんだろう。こちらは既に1回冷たく寒い死を経験しているのだ、目くらい濁る。まあなんにせよ他者にどう思われようとどうでもいい。

頭を捻る妹の頭を撫でる。今度の人生はこの子を蹴落す必要もライバルになる必要も無い。全てがどうでもいいなかで、それだけはとても良いことだと思えた。


「今朝、薄汚れた盗人が入ったんですの。私、体調崩している2番目のお姉様になにか悪い影響がでるんじゃないかと心配で……」

「盗人?」


1回目の人生で、私が転生した2日後に盗難事件なんて起こってたかしら。頑張って記憶を遡るものの、あまり思い出せない。当時の私は聖女になるぞと浮かれていたもんだから、何が起ころうと特に気に留めてすらいなかった可能性もあるけど。


「ええ、私たちと同い年くらいの盗人ですわ。今広間でお父様が処罰を決めていますの」


その言葉で、なんとか薄らとだが思い出すことが出来た。
確かスラムの子供がコーディリア家に忍び込んで庭に生えているリンゴを勝手に盗んだとかじゃなかったかしら。

被害は可愛く同情を引くものだが、コーディリア家に侵入したこと自体の罪は重い。かといってスラムの子供を安易に殺すことも難しいんだろう。
なんというか……


「どうでもいいわねえ」

「あら!同感ですわ。じゃあこの三番目のベルタと一緒にお散歩でも行きませんこと?きっと気分転換になりますわ!」


きゃっきゃと跳ねる三番目のベルタを宥める。特に拒否する理由もないので、私はそれに応じた。ちょうど2日ぶりに陽の光を浴びたい気分だったしちょうどいい。

妹に手を引かれながら、私は部屋を出る。庭園に行くには広間を通らなければいけないがさすがに通りすがるだけなら迷惑にもならないだろう。

確かに広間の方に小さな人だかりができているようだった。私たちはその人だかりを素通りしようとした。


「……ああ、二番目と三番目か。ちょうどいい、こちらに来なさい」

「まあ、なんですのお父様?私今から二番目のお姉様とお散歩に出かけるとこでしたのよ」

「…………」


素通りしようとして……偶然こちらに気づいた父親に呼び止められた。面倒だが特に断る気も起きないため妹について行く形で私もお父様の元へと歩いた。

眉ひとつ動かさず私を殺したお父様。怖いんだか憎いんだか、それとも私は父親に何も感じていないのか。もはや自分でも自分が分からない。

お父様の横にぴっとりとくっついているお姉様にすら、そういった奇妙な感覚を覚えた。まるで自分の感情にブレーキをかけたようだった。けれど何かに特別な感情をもつのは疲れるから、この感覚はありがたい気もする。


「この少年の処罰を決めていてな、我が娘たちの案を聞きたいのだ」


父親が指さす先には、黒髪の痩せた見知らぬ少年が拘束された状態でそこにいた。……ああ、何やら面倒な予感がする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪モブ令嬢とストーカー系従者の溺愛

夕日(夕日凪)
恋愛
「だからあの子……トイニに、罪を着せてしまえばいいのよ」 その日。トイニ・ケスキナルカウス子爵令嬢は、取り巻きをしているエミリー・ギャロワ公爵令嬢に、罪を着せられそうになっていることを知る。 公爵家に逆らうことはできず、このままだと身分剥奪での平民落ちは免れられないだろう。 そう考えたトイニは将来を一緒に過ごせる『平民の恋人』を作ろうとするのだが……。 お嬢様を溺愛しすぎているストーカー従者×モブ顔お嬢様。15話完結です。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

精霊に転生した少女は周りに溺愛される

紅葉
恋愛
ある日親の喧嘩に巻き込まれてしまい、刺されて人生を終わらせてしまった少女がいた 。 それを見た神様は新たな人生を与える 親のことで嫌気を指していた少女は人以外で転生させてくれるようにお願いした。神様はそれを了承して精霊に転生させることにした。 果たしてその少女は新たな精霊としての人生の中で幸せをつかめることができるのか‼️ 初めて書いてみました。気に入ってくれると嬉しいです!!ぜひ気楽に感想書いてください!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

姫金魚乙女の溺愛生活 〜「君を愛することはない」と言ったイケメン腹黒冷酷公爵様がなぜか私を溺愛してきます。〜

水垣するめ
恋愛
「あなたを愛することはありません」 ──私の婚約者であるノエル・ネイジュ公爵は婚約を結んだ途端そう言った。 リナリア・マリヤックは伯爵家に生まれた。 しかしリナリアが10歳の頃母が亡くなり、父のドニールが愛人のカトリーヌとその子供のローラを屋敷に迎えてからリナリアは冷遇されるようになった。 リナリアは屋敷でまるで奴隷のように働かされることとなった。 屋敷からは追い出され、屋敷の外に建っているボロボロの小屋で生活をさせられ、食事は1日に1度だけだった。 しかしリナリアはそれに耐え続け、7年が経った。 ある日マリヤック家に対して婚約の打診が来た。 それはネイジュ公爵家からのものだった。 しかしネイジュ公爵家には一番最初に婚約した女性を必ず婚約破棄する、という習慣があり一番最初の婚約者は『生贄』と呼ばれていた。 当然ローラは嫌がり、リナリアを代わりに婚約させる。 そしてリナリアは見た目だけは美しい公爵の元へと行くことになる。 名前はノエル・ネイジュ。金髪碧眼の美しい青年だった。 公爵は「あなたのことを愛することはありません」と宣言するのだが、リナリアと接しているうちに徐々に溺愛されるようになり……? ※「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

処理中です...