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第5話

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確かに絶望の中で死んだはずなのに、なぜか体が軽い。天国に昇ったということなんだろうか。

訝しげに目を開くと、目の前には記憶よりも幾分か若いお母様がいた。私はしばらく体を固まらせた後、事態を把握する。この光景を見るのは2回目だ。

私は大きく、ため息をついた。どうやら天国ではなく、地獄の方が近いらしい。


「……どうせまた生まれ変わるなら、ただのモブにしてくれればよかったのにい…」


様子がおかしい私に、お母様は困っているみたいだった。1周目では結構好きだったはずのこの人は、今はもう好きじゃないしこれからも好きにはなれないだろう。

お父様が私を撃つことを止めてすらくれなかったお母様。心配の表情ひとつすら見せてくれなかったお母様。


「ああ……ええと、お母様。私ね、今日気分が悪いの。お医者様は呼ばなくていいから、お部屋で朝ごはんが食べたいわ」

「あら、そうなの?わかったわ、お大事にね」


心配そうに眉を下げこちらを気遣う様子に嘘は見えない。この人は……本当に私たち娘を愛していながら、あんなことができるひとなんだろう。実は娘を嫌っているとかより余程怖いと思う。


「あと……今日から授業を減らしてほしいの」


気だるげにそう言った私に、お母様は少し驚いたような顔をしたあとニコリと笑った。今思えば、このお母様の笑みもどことなく不気味に見える。
もう他者にどう思われていようと関係ない、私はもう疲れたし未来を知ってしまった。努力なんかで聖女にはなれない。

全てに疲れた、全てを諦めた。1度深い絶望を知った私には、家族への恨みや聖女への執着すらもうなかった。また7歳に戻ったこのベッドの上で、スッキリすらしている。

きっとあの雪の中で父親に撃たれた瞬間に、私の中で何かがぷっつりと切れてしまったのだ。

燃え尽きてしまった私は憧れを全て捨て、ただただ穏やかに生きることを望んだ。努力なんて二度としてやるもんか。私は橘愛菜として生きてきた人生と同じく、流されるままに生きていくのだ。

部屋を出ていく母親を見送り、穏やかな人生の第1歩として私は10年ぶりの二度寝を決行する。布団は相変わらずふかふかだ。私は早寝早起きだって二度とするつもりはないのさ。


「こんなにゆっくり眠るのは久しぶりだわ~……」


気の抜けた声が、1人の部屋に響いた。
布団の中で胸に手を当て動く心臓の鼓動を感じる。私はまだ生きている、どういう仕組みかは分からないが、私はまだ生かされている。

そっと深呼吸して、私は今度こそ眠りについた。


……しばらくして目を覚ますと、花瓶の水を替えている侍女に「おはようございますベルタ様。ただいま朝食をお持ちしますね」と微笑まれる。前の人生では私の周りにいなかった平凡な侍女。
腕と見た目が優れているもので周りを固めたかった前の私は、この侍女を何も考えず解雇にしていたんだろう。


「ありがとう。ふふ、たくさんもってきてくれるとうれしいわ」


どうせ二番目のベルタの人生は無意味だ。見栄なんてものも全て捨ててしまおう。平凡な侍女は私の言葉にクスリと笑ってかしこまりましたと告げる。笑うと案外可愛い子だった。
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