5 / 59
第5話
しおりを挟む確かに絶望の中で死んだはずなのに、なぜか体が軽い。天国に昇ったということなんだろうか。
訝しげに目を開くと、目の前には記憶よりも幾分か若いお母様がいた。私はしばらく体を固まらせた後、事態を把握する。この光景を見るのは2回目だ。
私は大きく、ため息をついた。どうやら天国ではなく、地獄の方が近いらしい。
「……どうせまた生まれ変わるなら、ただのモブにしてくれればよかったのにい…」
様子がおかしい私に、お母様は困っているみたいだった。1周目では結構好きだったはずのこの人は、今はもう好きじゃないしこれからも好きにはなれないだろう。
お父様が私を撃つことを止めてすらくれなかったお母様。心配の表情ひとつすら見せてくれなかったお母様。
「ああ……ええと、お母様。私ね、今日気分が悪いの。お医者様は呼ばなくていいから、お部屋で朝ごはんが食べたいわ」
「あら、そうなの?わかったわ、お大事にね」
心配そうに眉を下げこちらを気遣う様子に嘘は見えない。この人は……本当に私たち娘を愛していながら、あんなことができるひとなんだろう。実は娘を嫌っているとかより余程怖いと思う。
「あと……今日から授業を減らしてほしいの」
気だるげにそう言った私に、お母様は少し驚いたような顔をしたあとニコリと笑った。今思えば、このお母様の笑みもどことなく不気味に見える。
もう他者にどう思われていようと関係ない、私はもう疲れたし未来を知ってしまった。努力なんかで聖女にはなれない。
全てに疲れた、全てを諦めた。1度深い絶望を知った私には、家族への恨みや聖女への執着すらもうなかった。また7歳に戻ったこのベッドの上で、スッキリすらしている。
きっとあの雪の中で父親に撃たれた瞬間に、私の中で何かがぷっつりと切れてしまったのだ。
燃え尽きてしまった私は憧れを全て捨て、ただただ穏やかに生きることを望んだ。努力なんて二度としてやるもんか。私は橘愛菜として生きてきた人生と同じく、流されるままに生きていくのだ。
部屋を出ていく母親を見送り、穏やかな人生の第1歩として私は10年ぶりの二度寝を決行する。布団は相変わらずふかふかだ。私は早寝早起きだって二度とするつもりはないのさ。
「こんなにゆっくり眠るのは久しぶりだわ~……」
気の抜けた声が、1人の部屋に響いた。
布団の中で胸に手を当て動く心臓の鼓動を感じる。私はまだ生きている、どういう仕組みかは分からないが、私はまだ生かされている。
そっと深呼吸して、私は今度こそ眠りについた。
……しばらくして目を覚ますと、花瓶の水を替えている侍女に「おはようございますベルタ様。ただいま朝食をお持ちしますね」と微笑まれる。前の人生では私の周りにいなかった平凡な侍女。
腕と見た目が優れているもので周りを固めたかった前の私は、この侍女を何も考えず解雇にしていたんだろう。
「ありがとう。ふふ、たくさんもってきてくれるとうれしいわ」
どうせ二番目のベルタの人生は無意味だ。見栄なんてものも全て捨ててしまおう。平凡な侍女は私の言葉にクスリと笑ってかしこまりましたと告げる。笑うと案外可愛い子だった。
0
お気に入りに追加
3,149
あなたにおすすめの小説
全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?
紅茶ガイデン
恋愛
「ライラ=コンスティ。貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう」
……カッコイイ。
画面の中で冷ややかに断罪している第一王子、ルーク=ヴァレンタインに見惚れる石上佳奈。
彼女は乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のメインヒーローにリア恋している、ちょっと残念なアラサー会社員だ。
仕事の帰り道で不慮の事故に巻き込まれ、気が付けば乙女ゲームの悪役令嬢ライラとして生きていた。
十二歳のある朝、佳奈の記憶を取り戻したライラは自分の運命を思い出す。ヒロインが全てのどのエンディングを迎えても、必ずライラは悲惨な末路を辿るということを。
当然破滅の道の回避をしたいけれど、それにはルークの抱える秘密も関わってきてライラは頭を悩ませる。
十五歳を迎え、ゲームの舞台であるミリシア学園に通うことになったライラは、まずは自分の体制を整えることを目標にする。
そして二年目に転入してくるヒロインの登場におびえつつ、やがて起きるであろう全ての問題を解決するために、一つの決断を下すことになる。
※小説家になろう様にも掲載しています。
身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません
おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。
ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。
さらっとハッピーエンド。
ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。
そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。
悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。
「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」
こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。
新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!?
⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
今度は絶対死なないように
溯蓮
恋愛
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」
嫉妬に狂ったせいで誰からも見放された末、昔自分が拾った従者によって殺されたアリアは気が付くと、件の発端である、平民の少女リリー・マグガーデンとで婚約者であるヴィルヘルム・オズワルドが出会う15歳の秋に時を遡っていた。
しかし、一回目の人生ですでに絶望しきっていたアリアは今度こそは死なない事だけを理念に自分の人生を改める。すると、一回目では利害関係でしかなかった従者の様子が変わってきて…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる