ナイフと心

めい湖

文字の大きさ
上 下
24 / 40
四日目 二〇XX年二月十八日

二十三、

しおりを挟む
 デジタル時計に秒針はない。それでも時と分の間の二つの点が明滅するリズムが、秒を刻む。その音が部屋に響いている気がした。
「阿貴はどっち飲む?」
「コーラかな」
 八分が経つまでに、阿貴と武衛がした会話はこれだけだった。代わりに一度、吹き出しそうになった鍋の火力を武衛が弱めた。
 薄黄色の鮮やかなパスタを二つの皿によそって、その上にミートソースをかけた。湯気がもくもくと立ち上って、部屋の湿度が上がる、景色まで明るくなったように感じられた。
 そして武衛が残りの湯を、一抱えほどの大きさのボトルに入れるのを不思議に思う。
「武衛さん、何それ」
「湯たんぽ。もったいないだろ」
 湯たんぽにパスタの残り湯を入れてカバーをかけると、武衛はそれを阿貴の膝に置いた。布とプラスチックのケース越しにも、そのあたたかさは充分伝わってくる。
 もうもうと湯気をあげる皿を受け取って、阿貴は小さく「いただきます」と口にした。パスタの小麦粉の味、トマトと濃い調味料を混ぜたソース。どこか物足りなさを感じながらも、『普通の温かいごはん』を食べていることに身体から力が抜けていく。
「はい、飲めよ」
 阿貴の目の前に置かれたコーラも、一口飲んで、その甘さと炭酸の弾ける飲み心地にくらくらする。
「おいしい。甘い」
「そうだな」
「今日はいい日な気がする」
「そりゃよかった」
「武衛さんと会ってから、運が向いてきたみたい」
 言うと、武衛がこちらを向いた気配がした。すぐ隣にいるので、目は合わない。けれども阿貴がフォークを口から離した拍子に、武衛が阿貴のフードを取り払う。阿貴が顔を上げると、彼と目が合った。
 いつも一筋の光を映しているその黒い瞳。
 気分がよかった。ふわふわして、酒に酔っているみたいだ。実際、隣の武衛はビールを飲んでいて、そのアルコールの匂いが阿貴にもわかる。鼻歌でも歌い出しそうな気持ちだ。パスタを食べているからできないけど。
 武衛の、濃い色の唇がミートソースでさらに濃い赤に染まっている。多めに作ったはずのパスタは、ペロリと食べてしまった。皿は水ではなく紙で拭く。食べ残しなく綺麗になった皿をローテーブルに重ねて置く。武衛も阿貴も、食べ終わってしまえばあとは寝るだけだ。明日は警報機を路地の入り口に作る。だから今日は歯を磨いて、ちゃぶ台を脇に寄せて、武衛のマットレスを敷きなおして、目を閉じたらいい。
「武衛さん」
「ん?」
「それ、一口飲んでいい?」
「いいよ」
 武衛が手に持っているビールを指さして阿貴が尋ねると、彼は阿貴にそれを差し出した。そこに溜まったアルコールを全部飲み干す。これで終わり。もう、何もすることがない。残るは手持無沙汰だけ。
 ずっと妙な緊張が宙に浮いたまま、着地できないでいる。
「武衛さん、女の子と付き合ったことある?」
「ああ」
「そうなんだ」
「阿貴は」
「俺はないよ。男の人とも」
 何枚も厚着しているのに、寄せ合った肩のところから武衛の熱がわかる気がした。阿貴は武衛の肩から肘の形に合わせて身体を伸ばす。
 離れがたかった。それどころか、もっと近くに行きたいと思っている。
「武衛さん」
「なんだ」
「武衛さんに、キスがしたい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

エロしかないBL短編集!! R-18

てぃな
BL
過去作の詰め合わせ

メスホモさんには幸せな調教を…♡

ジャスミンティー
BL
多くの男失格の潜在的なメスホモさん達に♡様々な手段を用いて♡自分の立場をチンポで分からせてあげるお話♡

処理中です...