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四日目 二〇XX年二月十八日
二十三、
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デジタル時計に秒針はない。それでも時と分の間の二つの点が明滅するリズムが、秒を刻む。その音が部屋に響いている気がした。
「阿貴はどっち飲む?」
「コーラかな」
八分が経つまでに、阿貴と武衛がした会話はこれだけだった。代わりに一度、吹き出しそうになった鍋の火力を武衛が弱めた。
薄黄色の鮮やかなパスタを二つの皿によそって、その上にミートソースをかけた。湯気がもくもくと立ち上って、部屋の湿度が上がる、景色まで明るくなったように感じられた。
そして武衛が残りの湯を、一抱えほどの大きさのボトルに入れるのを不思議に思う。
「武衛さん、何それ」
「湯たんぽ。もったいないだろ」
湯たんぽにパスタの残り湯を入れてカバーをかけると、武衛はそれを阿貴の膝に置いた。布とプラスチックのケース越しにも、そのあたたかさは充分伝わってくる。
もうもうと湯気をあげる皿を受け取って、阿貴は小さく「いただきます」と口にした。パスタの小麦粉の味、トマトと濃い調味料を混ぜたソース。どこか物足りなさを感じながらも、『普通の温かいごはん』を食べていることに身体から力が抜けていく。
「はい、飲めよ」
阿貴の目の前に置かれたコーラも、一口飲んで、その甘さと炭酸の弾ける飲み心地にくらくらする。
「おいしい。甘い」
「そうだな」
「今日はいい日な気がする」
「そりゃよかった」
「武衛さんと会ってから、運が向いてきたみたい」
言うと、武衛がこちらを向いた気配がした。すぐ隣にいるので、目は合わない。けれども阿貴がフォークを口から離した拍子に、武衛が阿貴のフードを取り払う。阿貴が顔を上げると、彼と目が合った。
いつも一筋の光を映しているその黒い瞳。
気分がよかった。ふわふわして、酒に酔っているみたいだ。実際、隣の武衛はビールを飲んでいて、そのアルコールの匂いが阿貴にもわかる。鼻歌でも歌い出しそうな気持ちだ。パスタを食べているからできないけど。
武衛の、濃い色の唇がミートソースでさらに濃い赤に染まっている。多めに作ったはずのパスタは、ペロリと食べてしまった。皿は水ではなく紙で拭く。食べ残しなく綺麗になった皿をローテーブルに重ねて置く。武衛も阿貴も、食べ終わってしまえばあとは寝るだけだ。明日は警報機を路地の入り口に作る。だから今日は歯を磨いて、ちゃぶ台を脇に寄せて、武衛のマットレスを敷きなおして、目を閉じたらいい。
「武衛さん」
「ん?」
「それ、一口飲んでいい?」
「いいよ」
武衛が手に持っているビールを指さして阿貴が尋ねると、彼は阿貴にそれを差し出した。そこに溜まったアルコールを全部飲み干す。これで終わり。もう、何もすることがない。残るは手持無沙汰だけ。
ずっと妙な緊張が宙に浮いたまま、着地できないでいる。
「武衛さん、女の子と付き合ったことある?」
「ああ」
「そうなんだ」
「阿貴は」
「俺はないよ。男の人とも」
何枚も厚着しているのに、寄せ合った肩のところから武衛の熱がわかる気がした。阿貴は武衛の肩から肘の形に合わせて身体を伸ばす。
離れがたかった。それどころか、もっと近くに行きたいと思っている。
「武衛さん」
「なんだ」
「武衛さんに、キスがしたい」
「阿貴はどっち飲む?」
「コーラかな」
八分が経つまでに、阿貴と武衛がした会話はこれだけだった。代わりに一度、吹き出しそうになった鍋の火力を武衛が弱めた。
薄黄色の鮮やかなパスタを二つの皿によそって、その上にミートソースをかけた。湯気がもくもくと立ち上って、部屋の湿度が上がる、景色まで明るくなったように感じられた。
そして武衛が残りの湯を、一抱えほどの大きさのボトルに入れるのを不思議に思う。
「武衛さん、何それ」
「湯たんぽ。もったいないだろ」
湯たんぽにパスタの残り湯を入れてカバーをかけると、武衛はそれを阿貴の膝に置いた。布とプラスチックのケース越しにも、そのあたたかさは充分伝わってくる。
もうもうと湯気をあげる皿を受け取って、阿貴は小さく「いただきます」と口にした。パスタの小麦粉の味、トマトと濃い調味料を混ぜたソース。どこか物足りなさを感じながらも、『普通の温かいごはん』を食べていることに身体から力が抜けていく。
「はい、飲めよ」
阿貴の目の前に置かれたコーラも、一口飲んで、その甘さと炭酸の弾ける飲み心地にくらくらする。
「おいしい。甘い」
「そうだな」
「今日はいい日な気がする」
「そりゃよかった」
「武衛さんと会ってから、運が向いてきたみたい」
言うと、武衛がこちらを向いた気配がした。すぐ隣にいるので、目は合わない。けれども阿貴がフォークを口から離した拍子に、武衛が阿貴のフードを取り払う。阿貴が顔を上げると、彼と目が合った。
いつも一筋の光を映しているその黒い瞳。
気分がよかった。ふわふわして、酒に酔っているみたいだ。実際、隣の武衛はビールを飲んでいて、そのアルコールの匂いが阿貴にもわかる。鼻歌でも歌い出しそうな気持ちだ。パスタを食べているからできないけど。
武衛の、濃い色の唇がミートソースでさらに濃い赤に染まっている。多めに作ったはずのパスタは、ペロリと食べてしまった。皿は水ではなく紙で拭く。食べ残しなく綺麗になった皿をローテーブルに重ねて置く。武衛も阿貴も、食べ終わってしまえばあとは寝るだけだ。明日は警報機を路地の入り口に作る。だから今日は歯を磨いて、ちゃぶ台を脇に寄せて、武衛のマットレスを敷きなおして、目を閉じたらいい。
「武衛さん」
「ん?」
「それ、一口飲んでいい?」
「いいよ」
武衛が手に持っているビールを指さして阿貴が尋ねると、彼は阿貴にそれを差し出した。そこに溜まったアルコールを全部飲み干す。これで終わり。もう、何もすることがない。残るは手持無沙汰だけ。
ずっと妙な緊張が宙に浮いたまま、着地できないでいる。
「武衛さん、女の子と付き合ったことある?」
「ああ」
「そうなんだ」
「阿貴は」
「俺はないよ。男の人とも」
何枚も厚着しているのに、寄せ合った肩のところから武衛の熱がわかる気がした。阿貴は武衛の肩から肘の形に合わせて身体を伸ばす。
離れがたかった。それどころか、もっと近くに行きたいと思っている。
「武衛さん」
「なんだ」
「武衛さんに、キスがしたい」
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