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9章 あの日本一の誠実系ナンパ師、子凛が逮捕!?
9-17 「せやから、そろそろナンパを引退しようと思ってる」【㊴地蔵人間に良縁は絶対に訪れない】
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「すまんすまん。飲み過ぎちゃったみたいやな」
ガリさんが倒れた後、苦しそうな表情をしていたので近くのカラオケボックスで終電近くまで介抱していた。今は電車の中。ガリさんとは帰る方向が一緒で、家もわりと近くだった。
「介抱してもらって悪いことしちゃったな。ワイん家で飯でも食べてけよ。料理つくるの結構うまいんやで」
「ありがとうございます。じゃ、ご厚意に甘えてゴチになります。男の料理、いいっすねぇ」
ガリさんが居候している弟のアパートは、築うん十年のおんぼろアパートだった。
「部屋は汚いけど、適当に足を伸ばして自由にしててや」
と言うとキッチンに向かった。部屋の中を見渡すと、テレビの横のディスプレーには所狭しとこけしが並べられていた。
「これだけこけしがあると壮観ですね」
「親からの贈り物と、ワイが趣味で集めたものや。かなりあるやろ」
こけしの赤は、愛情が伴う温かさを感じさせた。襖が少し開いていたので閉めようとすると、なぜだか中が気になってしまいそーと開けてみた。
「ガ、ガリさん。これは、す、すごすぎる」
「おい、勝手に開けるなよ」
押し入れの中には、こけしの数と同じくらいのバイブレーションが綺麗に並べられていた。大人のおもちゃ屋さんでもこんなにないのでは……。
「これはこれで、ワイの大事なコレクションなんやから」
隣にも部屋があってそちらを覗くと、たくさんの絵が飾られていた。その中心にはガリさんの自画像と思われる絵があった。
「ガリさん。絵、うまいっすね」
「いや、それは弟が書いたんや。正確に言うと、書かせたんやけどな」
「弟さんとガリさんって、だいぶ年が離れてませんか?」
「あぁ、異母兄弟なんや。健二は東京生まれやから関西弁も喋らへんしな」
「でも、健二さんに書かせたってどういうことですか?」
「うん。あいつには絵の才能があんねん。せやけど、その能力をほったらかしてキャッチなんかやりやがってよ」
ガリさんは、そんなことをぶつくさ言いながらキッチンに戻っていった。
手際よく料理が進むが、待ちくたびれた俺はテレビをつけた。『大自然の旅』という番組に目を奪われる。ダイニングテーブルには次々と小皿が並べられていく。ぶり大根、ひじき、カブの漬け物、豚キムチ、もつの煮込み。
「お酒が欲しくなる料理ですね」
「ほんなら、口直しにもう一杯いくか?」
「そうすっね」
と言うと、ガリさんは濃いウーロン杯を作ってくれた。
「グリーン」
「はい?」
「さっきはあんなこと言うたけど、ワイも昔はしょっちゅう悩んでたんやで。エッチしてて腰を振ってる最中に、ふと我に返って『ワイ、何やってんやろ』って思ったりね」
何かちょっと違う気がする……。
「ワイもそんなときがあった。せやから、グリーンの気持ちは何となくわかるんや」
天才ナンパ師であるガリさんでもそんなときがあったんだな。
「自分はこれからどうなるのでしょうか」
「そんなの知らんがな」
「ですよね……」
「ま、グリーンが、これからどういう人生を歩むかで求めるものが変わるということはいえるやろな」
「とりあえず、もう少しナンパを続けていこうと思っていますが」
「OK。ナンパに限った話ではないが、これからも男として生きていくならば、テストステロンという男性ホルモンとそれにおけるクーリッジ効果で形成されている性欲の構造によって、あらゆるおなごを求めさせられるだろう。せやけど、最初は刺激的だった経験であっても、色々なおなごと様々なセックスをすることによって、いずれパターン化してデジャブ感が強まってくんねん。ほんで、性欲に突き動かされて行動することがなくなり段々と落ち着いてきて、一人のおなごを深く濃く求めるようになるだろう」
「なるほど」
「しかし、人間の人生を画一的に論じることなどできるわけがない。他のおなごを求めることが不毛な労力と感じて一人のおなごとどこまでも深化する関係性を選択する男もいれば、いくらマンネリ化したとしても、性欲の増進によっていつまでも新たなおなごを求める生き方を選択する男もいる。どちらかがええという話ではないねん。おなごに求めているものは人それぞれやし、その男が今どのような状況に身を置いているかによって、求めてくるものが変わるということがいえるんやで。当然、性的指向はそれぞれだから、おなごだけに限定されないことは言わずもがなや」
自分はどちらの道に進むのだろうか……。
テレビの画面には、親鳥が産まれたばかりの雛鳥に餌を与えている場面が映し出された。
「雄鳥は雌鳥と出会った。だからこそ、いまここに映し出されている雛鳥とも出会うことができたんや。ワイが何を言いたいかわかるか?」
「全然」と言いながら、首を横にぐるんぐるんと振った。
「テストステロンっちゅうのは、結婚して家族を築いたり、赤ちゃんを抱いたりすることで分泌が下がんねん」
「男としてはテストステロンの分泌を維持したいところですが、家庭を守るためには安定してる方がいいのかもしれませんね」
「せやな。その時に優位になるホルモンが、幸福ホルモンと呼ばれるセロトニンなんや。心の中の内に内に誘い込まれ、自省させられるんやで」
「瞑想や座禅みたいですね」
「その通り。戦いや敵ばかりである男の人生という冒険から離れ、豊かで穏やかな気持ちでいっぱいになるホルモンがセロトロンなんやで。それと、もう一つ優位になるホルモンが、」
「オキシトシンですね」
「ご名答。オキシトシンってやつは、男からお父さんに変えてしまう物質なんやで」
「なるほど。守るべきものができたときの不思議な漲る力って、オキシトシンが関わっているのかもしれませんね」
「せやな。『テストステロン&クーリッジ効果男の道』もあれば、『オキシトシン(セロトニン)&バソプレシン男の道』もある。どちらの道にもドーパミンが深く関わっている。『次から次へと新たなおなごに出会う快感を求める道』を選ぶのか、『一人のおなごを、そして、子どもや家族を守ることに快感を覚える道』を選ぶのか、どちらのホルモンに向けてドーパミンをドバドバ分泌させるかは、その男次第なんやで」
「脳内麻薬ですから、慎重に選択すべきですよね。自分は進む道を選ぶのに途方に暮れて立ち往生しています」
「それでええねん。じっくり考えればええ」
「あっ……。雛鳥を観てて、一つ疑問が浮かびました。出会いって奴は一体何者なのだろうって」
「うん。良い疑問だと思うで。出会いがあるから、この宇宙も成立するし、人間という生き物や人生も成立するんやで。人と人との出会いだけやない。動物や植物や昆虫や微生物や大空や海や山や物との出合い。音楽や美術やダンスや笑いや戦争や時間や物語や言葉との出合い。新しい明日との出合い。新たな自分との出会い。出会いというものはこの世の中の全てのことをいうねん」
全て……。
「出会いによって人は変わる。変えられる。変えさせられる。出会いがその人の人生を決めるんやから」
「確かにそう思います。だから、自分は常に新たな出会いを求めているのだと思います」
「フン。随分、優等生なセリフを吐くねぇ」
と言うと、ガリさんはいも焼酎のロックを飲み干していった。
「でも……」
「ん」
「さっきまで『女の奥』や『性欲の奥』に何かがあると思っていたのですが、ガリさんの話を聞いていたら、『出会いの奥』に何かがあるような気がしてきました」
と言ってみたものの、すぐに悩みの迷宮の中で迷子になってしまった。
「あまりにも悩みすぎて可哀想やから、これだけは教えといてやるで。『出会いの奥』に何かが存在するのは正解や」
「ガリさんには、何があるのかわかっているのですか?」
「当たり前やろ。ワイを誰やと思ってんねん!」
「宇宙一のナンパ師、ガリさんですよね」
「せやろ?」とドヤ顔で言い放つと、ご満悦な表情に浸っている。この人、本当に褒め言葉を欲しがるな……。
「ま、グリーンが見事な答えを導き出したら、その時は『ご名答!』と言ってやるで」
「わかりました。絶対ですね。約束ですよ。じゃ、指切りげんまんということで」
「そんなのするのかよ。相変わらず気持ち悪い奴やな」
「うるさいですよ」と言って無理矢理指切りげんまんをしてから、一気にウーロン杯を喉の奥に流し込んだ。
「でも、『出会いの奥』に何かがあるといっても、誰でもいいわけじゃないんですよね?」
「お前にとって必要な出会いというものが存在する。それは時を超えてやってくる。グリーンの心以外にはキャッチすることができない感覚なんやで」
「ナンパで見つけられるのでしょうか?」
「別に、ナンパじゃなくたってええねん。出会いの方法というのはぎょうさんあるんやから。せやけど、怠慢や受け身、ただボーと待ち続ける地蔵人間に良縁は絶対に訪れない。出会いにおける最大限の努力をし続けた人間だけが、良縁を引き寄せることができるんやで。そこんとこを肝に銘じておけや。出会いの神様がそういう風に決めちゃったんだからさ」
もしかして、出会いの神様ってガリさんなのだろうか……。チープ感が半端なく漂う神様だが……。いや、訂正だ。ちょっとゲスいから出会いのゲス神様だ。そうだ。こっちの方がしっくりくる。
ガリさんは、俺の心を見透かすような含み笑いを漏らしながら焼酎をグラスに注いでいる。
「せやけどな、」
「はい」
「世の中にはありとあらゆる出会いがあるが、その中でもナンパっちゅうものは『運命の人を引き寄せる不思議な力』が存在すんねん。それが、ナンパの最大の魅力なんやで」
「なぜ、そんな力があるのですか?」
「それは、出会いを強引に引き寄せようというナンパ師自らのバカ丸出しの積極性や情熱が、出会いの神様を微笑ませるからや」
まだまだ若輩者だが、確かにこのナンパの世界には不思議な出会いが生まれる力学が存在すると感じた。
「グリーン、ワイから最後のレクチャーや。そんなおなごを見つけたら、決してその手を離しちゃあかんで。なぜなら、そのおなごと巡り逢うために、お前はこの世に生を享けたんやから。ワイは一度失ってしまって後悔してんねん。お前には同じような失敗を繰り返してほしくないねん。でも……、もう、あれから十年も経つんやな」
と言うと、ガリさんは視線を空に浮かした。
「この十年間、そういうおなごと巡り逢うことはなかったんや。せやから、いつまでたってもナンパを卒業できなかった。でも、やっと見つけたんや。やっと……。これだっていうおなごを」
「おめでとうございます」
「せやから、そろそろナンパを引退しようと思ってる」
えっ……。
ガリさんが倒れた後、苦しそうな表情をしていたので近くのカラオケボックスで終電近くまで介抱していた。今は電車の中。ガリさんとは帰る方向が一緒で、家もわりと近くだった。
「介抱してもらって悪いことしちゃったな。ワイん家で飯でも食べてけよ。料理つくるの結構うまいんやで」
「ありがとうございます。じゃ、ご厚意に甘えてゴチになります。男の料理、いいっすねぇ」
ガリさんが居候している弟のアパートは、築うん十年のおんぼろアパートだった。
「部屋は汚いけど、適当に足を伸ばして自由にしててや」
と言うとキッチンに向かった。部屋の中を見渡すと、テレビの横のディスプレーには所狭しとこけしが並べられていた。
「これだけこけしがあると壮観ですね」
「親からの贈り物と、ワイが趣味で集めたものや。かなりあるやろ」
こけしの赤は、愛情が伴う温かさを感じさせた。襖が少し開いていたので閉めようとすると、なぜだか中が気になってしまいそーと開けてみた。
「ガ、ガリさん。これは、す、すごすぎる」
「おい、勝手に開けるなよ」
押し入れの中には、こけしの数と同じくらいのバイブレーションが綺麗に並べられていた。大人のおもちゃ屋さんでもこんなにないのでは……。
「これはこれで、ワイの大事なコレクションなんやから」
隣にも部屋があってそちらを覗くと、たくさんの絵が飾られていた。その中心にはガリさんの自画像と思われる絵があった。
「ガリさん。絵、うまいっすね」
「いや、それは弟が書いたんや。正確に言うと、書かせたんやけどな」
「弟さんとガリさんって、だいぶ年が離れてませんか?」
「あぁ、異母兄弟なんや。健二は東京生まれやから関西弁も喋らへんしな」
「でも、健二さんに書かせたってどういうことですか?」
「うん。あいつには絵の才能があんねん。せやけど、その能力をほったらかしてキャッチなんかやりやがってよ」
ガリさんは、そんなことをぶつくさ言いながらキッチンに戻っていった。
手際よく料理が進むが、待ちくたびれた俺はテレビをつけた。『大自然の旅』という番組に目を奪われる。ダイニングテーブルには次々と小皿が並べられていく。ぶり大根、ひじき、カブの漬け物、豚キムチ、もつの煮込み。
「お酒が欲しくなる料理ですね」
「ほんなら、口直しにもう一杯いくか?」
「そうすっね」
と言うと、ガリさんは濃いウーロン杯を作ってくれた。
「グリーン」
「はい?」
「さっきはあんなこと言うたけど、ワイも昔はしょっちゅう悩んでたんやで。エッチしてて腰を振ってる最中に、ふと我に返って『ワイ、何やってんやろ』って思ったりね」
何かちょっと違う気がする……。
「ワイもそんなときがあった。せやから、グリーンの気持ちは何となくわかるんや」
天才ナンパ師であるガリさんでもそんなときがあったんだな。
「自分はこれからどうなるのでしょうか」
「そんなの知らんがな」
「ですよね……」
「ま、グリーンが、これからどういう人生を歩むかで求めるものが変わるということはいえるやろな」
「とりあえず、もう少しナンパを続けていこうと思っていますが」
「OK。ナンパに限った話ではないが、これからも男として生きていくならば、テストステロンという男性ホルモンとそれにおけるクーリッジ効果で形成されている性欲の構造によって、あらゆるおなごを求めさせられるだろう。せやけど、最初は刺激的だった経験であっても、色々なおなごと様々なセックスをすることによって、いずれパターン化してデジャブ感が強まってくんねん。ほんで、性欲に突き動かされて行動することがなくなり段々と落ち着いてきて、一人のおなごを深く濃く求めるようになるだろう」
「なるほど」
「しかし、人間の人生を画一的に論じることなどできるわけがない。他のおなごを求めることが不毛な労力と感じて一人のおなごとどこまでも深化する関係性を選択する男もいれば、いくらマンネリ化したとしても、性欲の増進によっていつまでも新たなおなごを求める生き方を選択する男もいる。どちらかがええという話ではないねん。おなごに求めているものは人それぞれやし、その男が今どのような状況に身を置いているかによって、求めてくるものが変わるということがいえるんやで。当然、性的指向はそれぞれだから、おなごだけに限定されないことは言わずもがなや」
自分はどちらの道に進むのだろうか……。
テレビの画面には、親鳥が産まれたばかりの雛鳥に餌を与えている場面が映し出された。
「雄鳥は雌鳥と出会った。だからこそ、いまここに映し出されている雛鳥とも出会うことができたんや。ワイが何を言いたいかわかるか?」
「全然」と言いながら、首を横にぐるんぐるんと振った。
「テストステロンっちゅうのは、結婚して家族を築いたり、赤ちゃんを抱いたりすることで分泌が下がんねん」
「男としてはテストステロンの分泌を維持したいところですが、家庭を守るためには安定してる方がいいのかもしれませんね」
「せやな。その時に優位になるホルモンが、幸福ホルモンと呼ばれるセロトニンなんや。心の中の内に内に誘い込まれ、自省させられるんやで」
「瞑想や座禅みたいですね」
「その通り。戦いや敵ばかりである男の人生という冒険から離れ、豊かで穏やかな気持ちでいっぱいになるホルモンがセロトロンなんやで。それと、もう一つ優位になるホルモンが、」
「オキシトシンですね」
「ご名答。オキシトシンってやつは、男からお父さんに変えてしまう物質なんやで」
「なるほど。守るべきものができたときの不思議な漲る力って、オキシトシンが関わっているのかもしれませんね」
「せやな。『テストステロン&クーリッジ効果男の道』もあれば、『オキシトシン(セロトニン)&バソプレシン男の道』もある。どちらの道にもドーパミンが深く関わっている。『次から次へと新たなおなごに出会う快感を求める道』を選ぶのか、『一人のおなごを、そして、子どもや家族を守ることに快感を覚える道』を選ぶのか、どちらのホルモンに向けてドーパミンをドバドバ分泌させるかは、その男次第なんやで」
「脳内麻薬ですから、慎重に選択すべきですよね。自分は進む道を選ぶのに途方に暮れて立ち往生しています」
「それでええねん。じっくり考えればええ」
「あっ……。雛鳥を観てて、一つ疑問が浮かびました。出会いって奴は一体何者なのだろうって」
「うん。良い疑問だと思うで。出会いがあるから、この宇宙も成立するし、人間という生き物や人生も成立するんやで。人と人との出会いだけやない。動物や植物や昆虫や微生物や大空や海や山や物との出合い。音楽や美術やダンスや笑いや戦争や時間や物語や言葉との出合い。新しい明日との出合い。新たな自分との出会い。出会いというものはこの世の中の全てのことをいうねん」
全て……。
「出会いによって人は変わる。変えられる。変えさせられる。出会いがその人の人生を決めるんやから」
「確かにそう思います。だから、自分は常に新たな出会いを求めているのだと思います」
「フン。随分、優等生なセリフを吐くねぇ」
と言うと、ガリさんはいも焼酎のロックを飲み干していった。
「でも……」
「ん」
「さっきまで『女の奥』や『性欲の奥』に何かがあると思っていたのですが、ガリさんの話を聞いていたら、『出会いの奥』に何かがあるような気がしてきました」
と言ってみたものの、すぐに悩みの迷宮の中で迷子になってしまった。
「あまりにも悩みすぎて可哀想やから、これだけは教えといてやるで。『出会いの奥』に何かが存在するのは正解や」
「ガリさんには、何があるのかわかっているのですか?」
「当たり前やろ。ワイを誰やと思ってんねん!」
「宇宙一のナンパ師、ガリさんですよね」
「せやろ?」とドヤ顔で言い放つと、ご満悦な表情に浸っている。この人、本当に褒め言葉を欲しがるな……。
「ま、グリーンが見事な答えを導き出したら、その時は『ご名答!』と言ってやるで」
「わかりました。絶対ですね。約束ですよ。じゃ、指切りげんまんということで」
「そんなのするのかよ。相変わらず気持ち悪い奴やな」
「うるさいですよ」と言って無理矢理指切りげんまんをしてから、一気にウーロン杯を喉の奥に流し込んだ。
「でも、『出会いの奥』に何かがあるといっても、誰でもいいわけじゃないんですよね?」
「お前にとって必要な出会いというものが存在する。それは時を超えてやってくる。グリーンの心以外にはキャッチすることができない感覚なんやで」
「ナンパで見つけられるのでしょうか?」
「別に、ナンパじゃなくたってええねん。出会いの方法というのはぎょうさんあるんやから。せやけど、怠慢や受け身、ただボーと待ち続ける地蔵人間に良縁は絶対に訪れない。出会いにおける最大限の努力をし続けた人間だけが、良縁を引き寄せることができるんやで。そこんとこを肝に銘じておけや。出会いの神様がそういう風に決めちゃったんだからさ」
もしかして、出会いの神様ってガリさんなのだろうか……。チープ感が半端なく漂う神様だが……。いや、訂正だ。ちょっとゲスいから出会いのゲス神様だ。そうだ。こっちの方がしっくりくる。
ガリさんは、俺の心を見透かすような含み笑いを漏らしながら焼酎をグラスに注いでいる。
「せやけどな、」
「はい」
「世の中にはありとあらゆる出会いがあるが、その中でもナンパっちゅうものは『運命の人を引き寄せる不思議な力』が存在すんねん。それが、ナンパの最大の魅力なんやで」
「なぜ、そんな力があるのですか?」
「それは、出会いを強引に引き寄せようというナンパ師自らのバカ丸出しの積極性や情熱が、出会いの神様を微笑ませるからや」
まだまだ若輩者だが、確かにこのナンパの世界には不思議な出会いが生まれる力学が存在すると感じた。
「グリーン、ワイから最後のレクチャーや。そんなおなごを見つけたら、決してその手を離しちゃあかんで。なぜなら、そのおなごと巡り逢うために、お前はこの世に生を享けたんやから。ワイは一度失ってしまって後悔してんねん。お前には同じような失敗を繰り返してほしくないねん。でも……、もう、あれから十年も経つんやな」
と言うと、ガリさんは視線を空に浮かした。
「この十年間、そういうおなごと巡り逢うことはなかったんや。せやから、いつまでたってもナンパを卒業できなかった。でも、やっと見つけたんや。やっと……。これだっていうおなごを」
「おめでとうございます」
「せやから、そろそろナンパを引退しようと思ってる」
えっ……。
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