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8章 性欲ジャーナリスト
8-9 性欲ジャーナリスト4・セックスレスの本質
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「……インターネットやクーリッジ効果はセックスレスの一因になっているんだね。セックスレスならまだしも、セックスから離れている人も増えてるみたいだし」
「うん。男性が女性と付き合うためにはお金が必要。アメリカのような一部の金持ち層が富を奪う格差社会が日本でも近づいているし、さらに進めば平均年収三百万円時代はすぐそこよ。それだと、女、子どもを養うことは難しくなってくるし、結婚どころではなく付き合うことも覚束ないのよ」
「お金がなければ風俗にも行けないしね……。それで、意識的にか無意識的にか、楽ということでマスターベーション『だけ』で性欲を解消している男が増え続けていると」
「そんなネガティブな感情よりも、むしろポジティブな男たちの方が多いんじゃないかしら?」
「うむ……。『マスターベーションはセックスみたいに面倒臭くないだけじゃなく、次元の異なる快楽であり、いや、マスターベーションの方が最高に気持ちいい! だから、一生それだけで全然構わない!』と憚らない男たちもポツポツ現れてきてるもんね……」
「そうよ。それに、現代には他にも快楽を得られるものがたくさんあるから、そこで解消されることによってさらにセックスから離れてしまっているのよ」
かりんは芋焼酎を飲み干し、すぐさま「お姉さん、ウーロン杯!」と言ったので、慌てて「俺はビールをよろしく」と言った。
かりんは氷の残るグラスを脇にどかして日本酒に手を伸ばすと、ゆっくりとしかし一気に喉の奥に流し込んだ。グラスをコースターに勢いよく置いたので、その音は叩きつけるように大きくて辺りに響いてしまい、一瞬眉を顰める視線に囲まれてしまった。
「なんか、特に日本人のセックスレスは顕著らしいね」
「『週一回以上性生活があるか』という各国で行ったアンケートで日本は27%。トップのコロンビアだと89%だっていうから半分以下だもん(2011年)。それに、『性生活満足度』というアンケートでは世界平均で44%に対して日本は15%と言う数字(2006年)。こういう統計から、日本人がセックスレス大国といわれるようね(デュレックス社調査)」
「でも、何で日本のセックスレスはここまでひどくなったんだろ」
「他国に比べて男女間におけるスキンシップを含めたコミュニケーションの乏しさはあると思うのよ。そして、それを悪化させる要因として、アダルト動画の環境整備やコンテンツの充実が関わってると思うわ」
「うむ……」
「そして、この流れは加速してるのよ。
【婚姻関係にあるカップルで進むセックスレス化】
2004年 31・9%(調査対象は16歳から49歳の男女)
2012年 41・3%(調査対象は16歳から49歳の男女)
2020年 51・9%(調査対象は20歳から49歳の男女)
※日本家族計画協会「男女の生活と意識に関する調査」第4回ジェクス・ジャパン・セックスサーベイ2020より」
「8年毎に10%上がっている……。婚姻関係ではないけれど、彼もその一人だよね」
「そうね……」
と言うと、少し視線を落とした。
「でも、一人エッチはするみたい。……やっぱり悲しいの。自分に女としての魅力がないから性欲が沸かないのかも。どうしてもそう考えてしまうのよ」
かりんの手を見たら、おしぼりをきゅっと握り締めていた。
「もしかして彼は、恋愛感情はあるけど性的感情を抱けないタイプのアセクシャルってやつなんじゃないの?」
「それも訊いてみたけど、否定されたわ。前にお付き合いしていたときは、問題がなかったみたい」
「そうなんだ……。でも、クーリッジ効果って、長い付き合いである性的パートナーとのセックスが絶えた後にも起こるようだし、創意工夫をすれば光明を見出せるのではないかな……」
思い詰めた表情は消えない。
「そうね。やるべきことは全てやったつもり。変にプレッシャーをかけると逆効果みたいだし、薬も効かないって言ってたし……。それにね、」
「うん」
「『俺だって、君に性欲を感じたいよ。でも、好きなのに……、愛しているのに……、欲情できなくて苦しんでいる俺のこともわかってくれよ』と言われてしまうとねぇ」
俺が唇を強く噛むと、かりんは冷たく笑った。
「楽に性の快感が得られる時代だからこそ、愛のあるセックスは面倒臭いし難しいものになっているのよ……」
割れた氷はすでに溶けていて、儚くこの世から姿を消していた。しかし、ぬるそうに見えるが鈍い色ながらも一縷の望みを託すかのように、何かを反射して一瞬きらめいた。
「でも、ちょっと待って……。男の性欲は、支配や侮辱や暴力によって性欲を覚える傾向があるのとは逆に、尊敬してしまうと性的興奮がなくなる傾向があるんだよ」
「そんなこと、専門家の私が知らないわけないでしょ」
「そうだよね。ごめん。でも、最後まで聴いてほしい……。であるならば、それだけ、彼はあなたのことを尊い存在だと思っているんじゃないかと思うんだ……」
「だから?」
「だから……、それだけ愛されている証明だといえるんじゃないかと思ってさ……」
かりんは、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「何で尊敬すると、性欲を感じなくなってセックスができなくなるんだろうね。おかしいと思わない?」
「男には、女とは違う性欲の構造があるということしか思いつかないな」
「平たく言えば、飽きたってことでしょ? 私だと刺激を感じないんでしょ? クーリッジ効果に照らせば、次の女を求めさせられてるってことでしょ?」
俺は何も答えることができなかった。かりんは俯きながら視線を下げた。
「……それならいっそ、私のことを嫌いになって振ってくれればいいのに……。でも、彼は私のことを好きと言ってくれるの。本当に愛してるって言ってくれるわ。その彼の気持ちがよくわかるの。伝わるの。だから、余計に辛いの」
だいぶ酔ってきたのか、肌の赤味が増してきたような気がする。
「私だって彼のことが好きよ。その気持ちは最初の頃と変わらないわ。優しいし、話も面白いし、フィーリングも合うし、優しく抱きしめてくれるし……、それだけで十分だって思ってた。セックスなんてしなくてもいいわってずっと思ってた。でも、でもね」
話していて思わず興奮してしまったのか、微かに唇が震えている。
「結婚のことを考えると、それでいいのかなと思っちゃって」
「それって、どういうこと?」
「うん。彼はセックスが嫌いだからしたくない。でも、子どもは欲しいみたい。だから、セックスをしないで子どもを授かる方法を探し始めたの。そうなると、私って何なのかなって思っちゃって……。それで、さっき喧嘩しちゃったの」
店員のお姉さんがウーロン杯とビールを持ってきた。「ウーロン杯を追加で」「あいよ」というやり取りの後、かりんはグラスを両手で優しく添えながらゆっくりと口を開いた。
「結婚のことを真剣に考えると、性の相性って大事なんじゃないかなって思ってきちゃってね」
「……セックスと生殖を混同してるからおかしくなるのかも。生殖医療(人工授精や体外受精等)における出産は当たり前になっているし、ウン十年後にはセックスが生殖とは全く結びつかない行為として扱われているかもしれないよ」
「そうかもね」
ウーロン杯を飲み始めるとグラスはあっという間に逆さになり、全て飲み干していた。
「おいおいおい。やめろよ。また一気飲みかよ」
「いいのよ。全部忘れたいのよ。アルコールってそのためにあるものでしょ。違うの?」
「だからって一気飲みしなくてもいいじゃないか」
「うるさい! チビチビ飲んでもしょうがないのよ」
「もういいからいいから」
「お姉さん! ウーロン杯! 目一杯濃く作ってぇ」
「あいよ」
「もう、やめろって。さっき頼んだじゃないか」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「忘れた。そんな昔のことは」
「何、言ってんだよ……。お姉さん! 今のキャンセルで」
『いい加減にしろよ!』と言おうとしたが、振り返ってかりんの目を見ると、力強く前を見据えているが赤みが増し、一瞬瞳の雫が揺れたのでその言葉を吐き出すのを躊躇われ見守ることにした。
「ごめんね……。もう、疲れちゃったの」
堪えることによって雫の揺れは治まったが、代わりに自分の瞼が熱くなってきてしまった。
でも、ちょっと待て。
「うん。男性が女性と付き合うためにはお金が必要。アメリカのような一部の金持ち層が富を奪う格差社会が日本でも近づいているし、さらに進めば平均年収三百万円時代はすぐそこよ。それだと、女、子どもを養うことは難しくなってくるし、結婚どころではなく付き合うことも覚束ないのよ」
「お金がなければ風俗にも行けないしね……。それで、意識的にか無意識的にか、楽ということでマスターベーション『だけ』で性欲を解消している男が増え続けていると」
「そんなネガティブな感情よりも、むしろポジティブな男たちの方が多いんじゃないかしら?」
「うむ……。『マスターベーションはセックスみたいに面倒臭くないだけじゃなく、次元の異なる快楽であり、いや、マスターベーションの方が最高に気持ちいい! だから、一生それだけで全然構わない!』と憚らない男たちもポツポツ現れてきてるもんね……」
「そうよ。それに、現代には他にも快楽を得られるものがたくさんあるから、そこで解消されることによってさらにセックスから離れてしまっているのよ」
かりんは芋焼酎を飲み干し、すぐさま「お姉さん、ウーロン杯!」と言ったので、慌てて「俺はビールをよろしく」と言った。
かりんは氷の残るグラスを脇にどかして日本酒に手を伸ばすと、ゆっくりとしかし一気に喉の奥に流し込んだ。グラスをコースターに勢いよく置いたので、その音は叩きつけるように大きくて辺りに響いてしまい、一瞬眉を顰める視線に囲まれてしまった。
「なんか、特に日本人のセックスレスは顕著らしいね」
「『週一回以上性生活があるか』という各国で行ったアンケートで日本は27%。トップのコロンビアだと89%だっていうから半分以下だもん(2011年)。それに、『性生活満足度』というアンケートでは世界平均で44%に対して日本は15%と言う数字(2006年)。こういう統計から、日本人がセックスレス大国といわれるようね(デュレックス社調査)」
「でも、何で日本のセックスレスはここまでひどくなったんだろ」
「他国に比べて男女間におけるスキンシップを含めたコミュニケーションの乏しさはあると思うのよ。そして、それを悪化させる要因として、アダルト動画の環境整備やコンテンツの充実が関わってると思うわ」
「うむ……」
「そして、この流れは加速してるのよ。
【婚姻関係にあるカップルで進むセックスレス化】
2004年 31・9%(調査対象は16歳から49歳の男女)
2012年 41・3%(調査対象は16歳から49歳の男女)
2020年 51・9%(調査対象は20歳から49歳の男女)
※日本家族計画協会「男女の生活と意識に関する調査」第4回ジェクス・ジャパン・セックスサーベイ2020より」
「8年毎に10%上がっている……。婚姻関係ではないけれど、彼もその一人だよね」
「そうね……」
と言うと、少し視線を落とした。
「でも、一人エッチはするみたい。……やっぱり悲しいの。自分に女としての魅力がないから性欲が沸かないのかも。どうしてもそう考えてしまうのよ」
かりんの手を見たら、おしぼりをきゅっと握り締めていた。
「もしかして彼は、恋愛感情はあるけど性的感情を抱けないタイプのアセクシャルってやつなんじゃないの?」
「それも訊いてみたけど、否定されたわ。前にお付き合いしていたときは、問題がなかったみたい」
「そうなんだ……。でも、クーリッジ効果って、長い付き合いである性的パートナーとのセックスが絶えた後にも起こるようだし、創意工夫をすれば光明を見出せるのではないかな……」
思い詰めた表情は消えない。
「そうね。やるべきことは全てやったつもり。変にプレッシャーをかけると逆効果みたいだし、薬も効かないって言ってたし……。それにね、」
「うん」
「『俺だって、君に性欲を感じたいよ。でも、好きなのに……、愛しているのに……、欲情できなくて苦しんでいる俺のこともわかってくれよ』と言われてしまうとねぇ」
俺が唇を強く噛むと、かりんは冷たく笑った。
「楽に性の快感が得られる時代だからこそ、愛のあるセックスは面倒臭いし難しいものになっているのよ……」
割れた氷はすでに溶けていて、儚くこの世から姿を消していた。しかし、ぬるそうに見えるが鈍い色ながらも一縷の望みを託すかのように、何かを反射して一瞬きらめいた。
「でも、ちょっと待って……。男の性欲は、支配や侮辱や暴力によって性欲を覚える傾向があるのとは逆に、尊敬してしまうと性的興奮がなくなる傾向があるんだよ」
「そんなこと、専門家の私が知らないわけないでしょ」
「そうだよね。ごめん。でも、最後まで聴いてほしい……。であるならば、それだけ、彼はあなたのことを尊い存在だと思っているんじゃないかと思うんだ……」
「だから?」
「だから……、それだけ愛されている証明だといえるんじゃないかと思ってさ……」
かりんは、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「何で尊敬すると、性欲を感じなくなってセックスができなくなるんだろうね。おかしいと思わない?」
「男には、女とは違う性欲の構造があるということしか思いつかないな」
「平たく言えば、飽きたってことでしょ? 私だと刺激を感じないんでしょ? クーリッジ効果に照らせば、次の女を求めさせられてるってことでしょ?」
俺は何も答えることができなかった。かりんは俯きながら視線を下げた。
「……それならいっそ、私のことを嫌いになって振ってくれればいいのに……。でも、彼は私のことを好きと言ってくれるの。本当に愛してるって言ってくれるわ。その彼の気持ちがよくわかるの。伝わるの。だから、余計に辛いの」
だいぶ酔ってきたのか、肌の赤味が増してきたような気がする。
「私だって彼のことが好きよ。その気持ちは最初の頃と変わらないわ。優しいし、話も面白いし、フィーリングも合うし、優しく抱きしめてくれるし……、それだけで十分だって思ってた。セックスなんてしなくてもいいわってずっと思ってた。でも、でもね」
話していて思わず興奮してしまったのか、微かに唇が震えている。
「結婚のことを考えると、それでいいのかなと思っちゃって」
「それって、どういうこと?」
「うん。彼はセックスが嫌いだからしたくない。でも、子どもは欲しいみたい。だから、セックスをしないで子どもを授かる方法を探し始めたの。そうなると、私って何なのかなって思っちゃって……。それで、さっき喧嘩しちゃったの」
店員のお姉さんがウーロン杯とビールを持ってきた。「ウーロン杯を追加で」「あいよ」というやり取りの後、かりんはグラスを両手で優しく添えながらゆっくりと口を開いた。
「結婚のことを真剣に考えると、性の相性って大事なんじゃないかなって思ってきちゃってね」
「……セックスと生殖を混同してるからおかしくなるのかも。生殖医療(人工授精や体外受精等)における出産は当たり前になっているし、ウン十年後にはセックスが生殖とは全く結びつかない行為として扱われているかもしれないよ」
「そうかもね」
ウーロン杯を飲み始めるとグラスはあっという間に逆さになり、全て飲み干していた。
「おいおいおい。やめろよ。また一気飲みかよ」
「いいのよ。全部忘れたいのよ。アルコールってそのためにあるものでしょ。違うの?」
「だからって一気飲みしなくてもいいじゃないか」
「うるさい! チビチビ飲んでもしょうがないのよ」
「もういいからいいから」
「お姉さん! ウーロン杯! 目一杯濃く作ってぇ」
「あいよ」
「もう、やめろって。さっき頼んだじゃないか」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「忘れた。そんな昔のことは」
「何、言ってんだよ……。お姉さん! 今のキャンセルで」
『いい加減にしろよ!』と言おうとしたが、振り返ってかりんの目を見ると、力強く前を見据えているが赤みが増し、一瞬瞳の雫が揺れたのでその言葉を吐き出すのを躊躇われ見守ることにした。
「ごめんね……。もう、疲れちゃったの」
堪えることによって雫の揺れは治まったが、代わりに自分の瞼が熱くなってきてしまった。
でも、ちょっと待て。
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