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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん

7-30 蚊1【ミソジニーとミサンドリー2】

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「で、即ったの?」
「いえ」
「主導権は握れてたの?」
「いえ」と言った後に「またもや握られっぱなしだったような気がします」と答えると、「しょうがねぇなぁ。どうせ、いいように丸め込まれたんだろ」と吐き捨てるように言われてしまった。
「でも、お前にとっては上出来じゃね。一日に二人連れ出しできたんだからさ」
 乳ローにしては珍しく手放しで褒めてくれた。ユカとの連れ出しが終わって皆に連絡したところ、すぐに返信がきたのが乳ローだった。飲み会は終わったようで、「珈琲が飲みてぇなぁ」と言われたので喫茶店で落ち合うことにしたのだ。
  喫茶店を見回すと、弱っている蚊が一匹フラフラと飛んでいた。羽を震わせながら自分に向かってきたので両手で殺そうとした。
「やめろよ。別に殺さなくてもいいじゃねぇか。どうせ、そんなに長くない命なんだから」
「あっ、はい」
 なぜそんなことを言うのだろうか、といぶかしがる目で見てしまった。
「このおとはメスなんだよ」
「本当ですか?」
「あぁ。オスとメスで羽音ってのは違うんだ。その羽音の違いによって出会い、子孫を残すために交尾をする」
「メスだから殺さないんですか」
「そうだ。オスだったら容赦しねぇ。基本、俺はメスには優しいからな」
 と言うと、飛んでいる蚊を表情のない顔で見つめている。
「と言われましても、かゆくて痒くて」
「メスしか血を吸わないのは知ってると思うけど、こんなフラフラになりながらも産卵のために血を吸ってるなんて健気だと思わねぇか」
「そうかもしれませんが」
 と言いながら肘をバリボリと掻いた。
「O型で汗っかきだからかわかりませんが、吸われやすいんですよ」
「しょうがねぇなぁ。じゃ、俺のを吸わせてやるか」
『ほれほれ蚊よこっちに来い』とでも言いそうな顔つきで手招きした。『そんなんで蚊が来るわけないだろ』と心の中でバカにしていたが、吸い込まれるように乳ローの前腕に飛んでいった。
 えっ、マジかよ……。
 蚊に吸わせた後、握り拳をつくり力を入れている。そして、手をブンブンと振り回した。
「な?」
「『な?』と言われても全然意味がわからないのですが……」    
「こうすると蚊が抜けなくなるんだよ」
 改めて、こいつは真性のSだと思った……。
 乳ローは力を抜き、『もう人の血を吸うんじゃないぞ』とでも言うような眼差しで、飛び去った蚊を眺めていた。『こいつは蚊とコミュニケーションが取れるのだろうか』と本気で思ってしまった。
 少しだけ軽やかな動きを取り戻した蚊は、もう血を吸うことはなくなり周りを見守るように飛んでいる。
 蚊の羽音が少し遠ざかるのを感じると、口を開いた。
「やっぱ、自分には快楽系のナンパは向いてないような気がしました」
「あぁ、そんなの最初からわかってたよ。嫌なら辞めればぁ。誰も困らねぇしよぉ」
「ですよね……」
「まぁ、即をしたことがなけりゃ、ナンパ師としては失格の烙印を押されるわなぁ」
 落第生か……。
「即をしなけりゃナンパの本質は永遠にわからないだろう」
「そんなこと言ってると、ガリさんに怒られますよ」
「知ってる。ガリはこういうの嫌いだからな。ま、事実だからしょうがない。どうせお前じゃ体験できねぇから教えてやるよ。即をすることによって女の正体がわかるんだよ。それが答えだ。ま、言葉で答えを知っても意味はない。体感してその時にお前がどう感じるかが大事であって、それ以上でも以下でもないんだよ」
 女の正体か……。「女の奥」に何かがあるような気がするんだ。それをどうしても知りたいんだ。即をすることによって知ることができるかもしれない……。
「ま、日本一の誠実系ナンパ師である子凛のように、誠実系スタイルに変更したらいいんじゃね? どうせ、即なんかお前には、夢のまた夢なんだからさ」
 誠実系か……。でも、一度は即してみたいんだ。
「ただ、誠実っていってもねぇ……」
「どうしたんですか」
「んあっ? 女に誠実に接したってムダだからやめた方がいいぞ。あいつら嘘ばっかりつくし信用できねぇからな」
「それは、乳ローさんが本気で誠実に接しないからじゃないですか」
「誠実って……。即もできず女の心がわかってないお前が何を言ってるんだよ。さっきも言ったけど女を聖人化し過ぎなんだよ。悪戯に神聖化することで女の本質を見失ってるんだよ。いい加減、目を覚ませよ。女に対して幻想を抱いてんじゃねぇよ。お前のような女経験が少ない人間は油断するとすぐにそういう思考に陥るんだよ。いつまでも純粋ぶってんじゃねぇよ」
 またもや言われてしまったが、強く言われると妙に納得してしまった。
「フッ……。女のオチのないどうでもいい話を適当に流したり理解を示したり笑顔を振りまいたりしてさ~」
「はいはい」
「クソつまんねぇアポやメンテを繰り返してはジェントルマンを装い、女が喜ぶようなセリフを吐いたりプレゼントをあげたりして愛を捧げる優男を演じるんだよ~。アカデミー賞の俳優ばりにな」
「はぁ」
「なぜそんなことをするかって? セックスのためだ。ただただセックスのためだ。全てはセックスのためなんだよ!」
「……。で、その後は?」
「あ? その後は、心の中でせせら笑いながら身体をペロリとおいしゅういただきます。ごちそうさま。飽きたら、ポイ捨てだ」
「それはちょっと……」
「いや、多かれ少なかれはあるにせよ、男なんてそんなもんだろ?」
 俺は黙って聞き入った。
「女は頭の悪いバカな生き物なんだよ。男とお洒落と話すこと以外に興味のない連中なんだよ。面白くねぇから、セックス以外はどこかに消えてほしい。俺に言わせれば女なんかただの穴、いや肉便器にしか見えないね」
「それは違うだろ」
「『だろ』ってなんだよ」
「あっ、いや、すいません。でも言わせてください。乳ローさんは本当に心がない人ですね。何を求めて声をかけているんですか」
「別に女に何も求めちゃいないよ。ただの排泄処理だ」
「でも、前に知的で美人でスタイルのいい女が好みって言ってたじゃないですか」
「あぁ、確かに言ったねぇ。汚い公衆便所より、綺麗なホテルの便所の方がいいだろ? そういう意味で言ったに過ぎない。その程度のもんなんだよ。別に女には何も求めちゃいないんだ」
「『俺はメスには優しい』とか言ってましたけど、本当はミソジニー(女性嫌悪・蔑視)なんじゃないですか?」
「そうなら何が言いたいの?」
「じゃあ、やっぱりミソジニーなんですね?」
「あぁ、そうだよ。で、それの何が悪いの? 何が問題なの?」
「ぐっ……」
「有名人や色んなおえらがたが謝罪したり辞任したりしてるけど、俺から言わせればそんなの知ったこっちゃねぇわぁ」
「そういう発言の数々を世間が知ったら、世界中からなんごうごうですよ。それをあなたはわかっているんですか? 小説の一登場人物の発言であっても恣意的なを作られたりネット民にあれこれ言われたりマスコミのおもちゃにされて社会的に抹殺されるだけでなく、作者もろとも本当に自死にまで追い込まれますよ。それをあなたは全くわかっていない。どんな差別発言も論外なことは、令和時代において全世界的に証明されているでしょ!」
「んあっ? 『精神・肉体・性・人間関係・人生・全てのエネルギーの源がリビドー(性衝動・性的欲望)なんだよ」
 リビドー……。ガリさんが言っていたな。
「この世界は、リビドーが支配していると言っても過言ではないんだぜ。人間の感情は全てリビドーから発されたものであり、今の俺のこの感情だってそうだし、全部リビドーのせいなんだよ!」
「……あまりにも論理の飛躍を感じますし……、それにだからといって、差別発言は容認できませんし、やはり、女性蔑視はダメなのではないでしょうか?」  
「ちょっと待てよ。女性蔑視はNGだけど、男性蔑視はOKということではないだろ?」
「……何が言いたいんですか?」
「じゃあ、男性蔑視はいいのかとお前に訊いてんだよ!」
「何を言ってるんですか……。男性蔑視だってダメに決まってるじゃないですか」
 俺は、ミサンドリー(男性嫌悪、蔑視)なのを隠して答えた。
「だよな?」
「乳ローさん。一言、言わせてください……。そんな精神で続けていると、ガリさんが言ってたようにいずれ病んでしまいますよ」
「うるせぇよ」
 乳ローが視線を外に向けた。
 それを眺めていると、途方もない寂しさだけが心に渦巻いている男の姿が浮かんだ。その男は、くたくたになってもいつまでも樹海の中を彷徨い歩き続けている。乳ローの視線の先を見つめると、雨の雫が静かに落ちていた。
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