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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん
7-29 黒薔薇のユカ4【即が目的だろ】
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と思ってはみたものの、こんな真面目な話をした後だと即は狙いにくい。こういう話を選択して展開した時点で失敗だと思った。でも、俺の目標は即なのだから、即日エッチを狙わなければいけない。本物のナンパ師になるために。
「やめよやめよ、こんな話。なんか暗くなっちゃったね。話を変えようよ」
「うん、そうだね」
あ、この展開が変わったタイミングで波に乗ろう。
「お、俺、手相占いができるんだよね」
どこかの家具に膝をぶつけたが、痛みを気にせず素早くユカの隣に移動した。
「そうなんだ、見て見て」
ユカは左手を差し出すと笑顔を振りまいた。
「随分、生命線長いねぇ。こりゃ、絶対長生きするよ」
と言ってから、優しく、しかし、しっかりと手を握った。
「なんか、変な顔になってるよ」
特に嫌がることはなく、目を覗き込みながら言われてしまった。
「うるさいなぁ」
動揺して慌てて左手を腰に回すと、「バシッ」とおでこを叩かれてしまった。
「お兄さん、ダメですよ」
うーん。完璧に読まれているな。
「スキンシップですよスキンシップ。ユカさんとの心の距離を縮めたいと思って」
「ほぉ」
色々思っていることがありそうだが、それらを全て心に留めた上での「ほぉ」だと感じた。
「いい。そういうスキンシップいらないから」
うーむ、ちょっとご立腹のようで。少し話を逸らすか。
「あ、見てよ。生命線の途中から知能線が始まってる。警戒心が強い慎重派のタイプってことなんだよね。ユカさんにぴったり。手相にも出ちゃってるんだね」
「へー、そうなんだ」
と言いながら自分の手相を薄暗い中でじっくり見ている。
ちょっと嘘でもついてみるか。
「で、手の中心にあるこの線あるじゃない。これがあると欲求不満っていわれてるんだよ。性的欲求が満たされていないと肌にも良くないっていうもんね」
「だから?」
「……。あと、これ知ってる? 女性は三十五歳になると、女性ホルモンが減少して相対的に男性ホルモンが多くなることによって、性欲が増大するんだよ」
「へー」
今度は強引に左手を腰に回し、引きつけてから見つめてみた。
すると、ユカは取って付けたように『ニコッ』という表情を浮かべ、すぐさま俺の顔を鋭く「バシッバシッ」はたくとキツイ目で睨んでいた。
「そういうことなの?」
どういうことなのか抽象的な理解しかできなかったが、おそらくユカが思っていることは正解だろう。
「冗談ですよ、冗談」
酒の力もあるのだろうか。嘘もトークもちょっぴり饒舌になってきたような気がする。でも、うまくいかないわけだが……。
「とおっても、冗談がお好きだこと」
「真面目な会話をし過ぎたんで、ちょっと刺激を織り交ぜた方が盛りあがるかなと思って」
「ふーん」
俺に軽い恐怖感を抱かせるような殺意ある「ふーん」だった。
「占いもヘタっぴだし」
なぜ、「も」なんだろう。「男としての攻め方『も』ヘタだし」を省略して喋ったのだろうか。結構ノリノリで占いを見てもらっていたじゃないか。女って難しいな。
「あなたの人生を占ってあげる。当たり過ぎて怖いって友達からも評判なんだから。はいはい、そっちに座って」
追い出されるように対面の椅子に戻されてしまった。完璧に主導権を奪われてしまったな……。グラスや小鉢をどかし、ハンカチでささっと机をふき取ると、「手を出して」と言った。
俺は右手を机に置いた。
「何で占うの」
「感覚で」
「感覚?」
「そう、感覚よ。人によっては霊感っていう人もいるけど、私はそういうの嫌いだから。私の感覚だけで占うわ」
俺の右手を両手でそっと握り、瞼を閉じながら祈るような姿勢でおでこを手につけた。
一瞬、時が止まったような感覚に陥る。すぐに我を取り戻すと、ユカの視線と焦点があった。
「あなた、案外悪い人じゃないみたい」
「あ、はい」
全てを見透かされたように感じ、なぜだか照れてしまい視線を逸らしてしまった。
「あなたは、近いうちに人生にとって大切なものを手に入れるわ」
しかし、すぐに顔を曇らした。
「でも、それと引き替えに大切なものを失うわ」
「具体的には言わないんですね」
「当たり前でしょ。全部喋ったら、人生なんて楽しくないでしょ。未来は自分で切り拓いていかなきゃ」
「ちょっとだけヒントを下さいよ」
ポケットに違和感を覚えたので、手を入れると葉っぱが出てきた。あぁ、涙をふいた時に入れっぱなしだったな。
「なんで葉っぱなんか持ってるの。さすが緑さん。緑が大好きなのね」
と言うとクスっと笑った。女はその葉っぱを手に取り、目を瞑りながらおでこをそっとつけた。時が止まる感覚を再び味わうとユカは口を開いた。
「美しい葉脈。筋が綺麗だわ」
本当だ。こんな生き生きした葉っぱは初めて見た。
「どうしてこんなに綺麗なのかわかる?」
「いや、生物はからきしダメなんで」
「あなたと出会ったからよ。だから、こんなに活き活きしていて綺麗なの。すごく喜んでるのが私にはわかるわ。あなたと出会うためにこの葉っぱは生まれてきたんだから」
ユカと空間を共にすると、ちょいちょい違う世界に紛れ込む錯覚に陥る。
「私、変なことを言ってるかしら」
真っすぐな黒い瞳からは嘘や妄想など微塵も感じられなかった。
「出会いって不思議だね」
何となく言いたくなってしまった。
「ね」
その一文字が耳に届き心の中で浸透していくと質問をしたくなった。
「それだけすごい占いができるならば、自分を占えばいいじゃないですか。そうすれば、幸福な結婚ができるんじゃないですか」
「自分を占ったことは一度もないわ。だって、全てがわかってしまう人生ほどつまらないものはないと思うのよ。わからないことだらけだから人生だと思うしね。悩みや葛藤も人生を面白くするスパイスであって、人生を楽しむために必要なものなんだから」
「ただ、大事なものを得るのはいいけど、失うのは嫌だな。プラスマイナスゼロってことだもんね」
「でも、人生ってそんなものかもね。この世に生まれてきたっていずれ必ず死ぬ。元々、プラスもマイナスもないのかも。だから、失うことを嫌がる必要はないと思うの。手に入れるだけでなく失うことも、あなたにとっては必要な出来事だと私には感じるわ」
と言うと優しく微笑んだ。それを見ていたら自然に口が開いた。
「ユカさんはとてもいい人だし、幸福になってほしいなって思いました」
「私はもういいの。この世でこの黒薔薇と出会えたことだけで十分。見て。綺麗だと思わない? 今、私の心がこの黒い薔薇を綺麗だと思ってくれればそれでいいのよ。これ以上、何も望まないわ」
もう一度、ユカを占いたくなった。
「えっと結婚線は、と」
結婚線は小指の下に横線で表示される。
しかし、ユカにはなかった……。この女、ほんと結婚運に恵まれてないな。これを言ってしまうと身も蓋もない。
「あっ、近いうちに結婚できる線が浮き出てる。必ずいい男が現れるよ」
「嘘、ほんとに?」
これは明らかに嘘だ。だけど、嘘でもいいから何か明るい未来を彼女に言ってやりたかったんだ。
「信用しろよ。俺の占いもよく当たるって有名なんだぜ」
「うん」
彼女は嘘とわかった上で微笑みを浮かべているように感じた。
「もしかして、俺かもね」
「それは、どうかな」
斜に構え、目を細めながら言われてしまった。
「でも、」
「ん」
ユカは一度会話を止め、わずかに瞳の雫が揺れると、俺を見つめて一言だけ発した。
「ありがとう」
「やめよやめよ、こんな話。なんか暗くなっちゃったね。話を変えようよ」
「うん、そうだね」
あ、この展開が変わったタイミングで波に乗ろう。
「お、俺、手相占いができるんだよね」
どこかの家具に膝をぶつけたが、痛みを気にせず素早くユカの隣に移動した。
「そうなんだ、見て見て」
ユカは左手を差し出すと笑顔を振りまいた。
「随分、生命線長いねぇ。こりゃ、絶対長生きするよ」
と言ってから、優しく、しかし、しっかりと手を握った。
「なんか、変な顔になってるよ」
特に嫌がることはなく、目を覗き込みながら言われてしまった。
「うるさいなぁ」
動揺して慌てて左手を腰に回すと、「バシッ」とおでこを叩かれてしまった。
「お兄さん、ダメですよ」
うーん。完璧に読まれているな。
「スキンシップですよスキンシップ。ユカさんとの心の距離を縮めたいと思って」
「ほぉ」
色々思っていることがありそうだが、それらを全て心に留めた上での「ほぉ」だと感じた。
「いい。そういうスキンシップいらないから」
うーむ、ちょっとご立腹のようで。少し話を逸らすか。
「あ、見てよ。生命線の途中から知能線が始まってる。警戒心が強い慎重派のタイプってことなんだよね。ユカさんにぴったり。手相にも出ちゃってるんだね」
「へー、そうなんだ」
と言いながら自分の手相を薄暗い中でじっくり見ている。
ちょっと嘘でもついてみるか。
「で、手の中心にあるこの線あるじゃない。これがあると欲求不満っていわれてるんだよ。性的欲求が満たされていないと肌にも良くないっていうもんね」
「だから?」
「……。あと、これ知ってる? 女性は三十五歳になると、女性ホルモンが減少して相対的に男性ホルモンが多くなることによって、性欲が増大するんだよ」
「へー」
今度は強引に左手を腰に回し、引きつけてから見つめてみた。
すると、ユカは取って付けたように『ニコッ』という表情を浮かべ、すぐさま俺の顔を鋭く「バシッバシッ」はたくとキツイ目で睨んでいた。
「そういうことなの?」
どういうことなのか抽象的な理解しかできなかったが、おそらくユカが思っていることは正解だろう。
「冗談ですよ、冗談」
酒の力もあるのだろうか。嘘もトークもちょっぴり饒舌になってきたような気がする。でも、うまくいかないわけだが……。
「とおっても、冗談がお好きだこと」
「真面目な会話をし過ぎたんで、ちょっと刺激を織り交ぜた方が盛りあがるかなと思って」
「ふーん」
俺に軽い恐怖感を抱かせるような殺意ある「ふーん」だった。
「占いもヘタっぴだし」
なぜ、「も」なんだろう。「男としての攻め方『も』ヘタだし」を省略して喋ったのだろうか。結構ノリノリで占いを見てもらっていたじゃないか。女って難しいな。
「あなたの人生を占ってあげる。当たり過ぎて怖いって友達からも評判なんだから。はいはい、そっちに座って」
追い出されるように対面の椅子に戻されてしまった。完璧に主導権を奪われてしまったな……。グラスや小鉢をどかし、ハンカチでささっと机をふき取ると、「手を出して」と言った。
俺は右手を机に置いた。
「何で占うの」
「感覚で」
「感覚?」
「そう、感覚よ。人によっては霊感っていう人もいるけど、私はそういうの嫌いだから。私の感覚だけで占うわ」
俺の右手を両手でそっと握り、瞼を閉じながら祈るような姿勢でおでこを手につけた。
一瞬、時が止まったような感覚に陥る。すぐに我を取り戻すと、ユカの視線と焦点があった。
「あなた、案外悪い人じゃないみたい」
「あ、はい」
全てを見透かされたように感じ、なぜだか照れてしまい視線を逸らしてしまった。
「あなたは、近いうちに人生にとって大切なものを手に入れるわ」
しかし、すぐに顔を曇らした。
「でも、それと引き替えに大切なものを失うわ」
「具体的には言わないんですね」
「当たり前でしょ。全部喋ったら、人生なんて楽しくないでしょ。未来は自分で切り拓いていかなきゃ」
「ちょっとだけヒントを下さいよ」
ポケットに違和感を覚えたので、手を入れると葉っぱが出てきた。あぁ、涙をふいた時に入れっぱなしだったな。
「なんで葉っぱなんか持ってるの。さすが緑さん。緑が大好きなのね」
と言うとクスっと笑った。女はその葉っぱを手に取り、目を瞑りながらおでこをそっとつけた。時が止まる感覚を再び味わうとユカは口を開いた。
「美しい葉脈。筋が綺麗だわ」
本当だ。こんな生き生きした葉っぱは初めて見た。
「どうしてこんなに綺麗なのかわかる?」
「いや、生物はからきしダメなんで」
「あなたと出会ったからよ。だから、こんなに活き活きしていて綺麗なの。すごく喜んでるのが私にはわかるわ。あなたと出会うためにこの葉っぱは生まれてきたんだから」
ユカと空間を共にすると、ちょいちょい違う世界に紛れ込む錯覚に陥る。
「私、変なことを言ってるかしら」
真っすぐな黒い瞳からは嘘や妄想など微塵も感じられなかった。
「出会いって不思議だね」
何となく言いたくなってしまった。
「ね」
その一文字が耳に届き心の中で浸透していくと質問をしたくなった。
「それだけすごい占いができるならば、自分を占えばいいじゃないですか。そうすれば、幸福な結婚ができるんじゃないですか」
「自分を占ったことは一度もないわ。だって、全てがわかってしまう人生ほどつまらないものはないと思うのよ。わからないことだらけだから人生だと思うしね。悩みや葛藤も人生を面白くするスパイスであって、人生を楽しむために必要なものなんだから」
「ただ、大事なものを得るのはいいけど、失うのは嫌だな。プラスマイナスゼロってことだもんね」
「でも、人生ってそんなものかもね。この世に生まれてきたっていずれ必ず死ぬ。元々、プラスもマイナスもないのかも。だから、失うことを嫌がる必要はないと思うの。手に入れるだけでなく失うことも、あなたにとっては必要な出来事だと私には感じるわ」
と言うと優しく微笑んだ。それを見ていたら自然に口が開いた。
「ユカさんはとてもいい人だし、幸福になってほしいなって思いました」
「私はもういいの。この世でこの黒薔薇と出会えたことだけで十分。見て。綺麗だと思わない? 今、私の心がこの黒い薔薇を綺麗だと思ってくれればそれでいいのよ。これ以上、何も望まないわ」
もう一度、ユカを占いたくなった。
「えっと結婚線は、と」
結婚線は小指の下に横線で表示される。
しかし、ユカにはなかった……。この女、ほんと結婚運に恵まれてないな。これを言ってしまうと身も蓋もない。
「あっ、近いうちに結婚できる線が浮き出てる。必ずいい男が現れるよ」
「嘘、ほんとに?」
これは明らかに嘘だ。だけど、嘘でもいいから何か明るい未来を彼女に言ってやりたかったんだ。
「信用しろよ。俺の占いもよく当たるって有名なんだぜ」
「うん」
彼女は嘘とわかった上で微笑みを浮かべているように感じた。
「もしかして、俺かもね」
「それは、どうかな」
斜に構え、目を細めながら言われてしまった。
「でも、」
「ん」
ユカは一度会話を止め、わずかに瞳の雫が揺れると、俺を見つめて一言だけ発した。
「ありがとう」
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