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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん

7-10 乳ロー先生の講義6【㉘押し引き】

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「ん……、後でまとめて話すわ……。お勉強を続けるで。今のはアウトやが、乳ローのナンパ師としてのスタイルの良さはどこやと思う?」
「スタイルですか? 全然わかりません……」
「乳ローはサディスティックに接するだけでなく、必要に応じてさりげない優しさを抜群のタイミングで注入してんねん。それを最初の声かけから最後の段階におけるまで交互に繰り出すことでおなごごころを揺さぶって惹きつけているんやで」
「乳ローさんは強引ですよね」
「せやけど、強引さも大事なんやで。昔から押しの強い男におなごは弱いと言うやろ。良いか悪いかは置いといて、お隣の国である韓国の恋愛事情を現すことわざで『十回叩いて倒れない木はない』というのがあんねん。『どんなおなごも十回アタックすれば落ちる』という意味で使われる。時代は変わってきているが、今の時代でも男女関係においてはポイントの一つになるんやで」
「でも、今の時代だとすぐにストーカーとかセクハラとか言われませんか」
「それは押し引きがヘタなだけや。押し引きといっても色々あんねん。例えば、引いて追わせるという方法や。隙を見せたり、ダメ男を演出したり、母性本能をくすぐらせたりして、おなごから追わせるベクトルを構築すんねん。ただ、押すだけでは能がないんやで」
「ものすごく難しそうです。追わせる……ですか」
 乳ローが割り込んできた。
「あぁ。追われると逃げたくなるという恋愛心理が存在するんだぜ。重くなると、逃げたくなったり断りたくなるもんなんだよ。だから、追いかけるばかりじゃなく、追わせる行動も必要なんだぜ。女は『失うかもしれない』と思う男を追いかけるから、『失うかもしれない』と思わせる行動をすることが大事なんだよ」
「でも、具体性にはどのように行動すればいいのですか?」
「んあっ? 例えば、クラブで女におごってばかりじゃ論外なんだよ。奢らせろ。持ってこさせろ。俺様をもっと楽しませろ。すぐ手の入る男だと思われたらダメ。努力しないと手に入らない男だと思わせる行動が必要なんだぜ。恋愛感情における高まりを満たすのではなくギリギリの飢餓感を与え続け、さらにはチラチラ満たすことによって緊張感のある関係性を維持できるからこそ、自分の導きたい方向に連れていくことができるんだぜ。その名もチラリズム戦法だ」
 俺には途方もなく先の話だと思った……。
「で、女に追わせる究極的な方法は……、ま、後で話すわ」
 再び、ガリさんの口が開いた。
「ホンマ、押すだけではあかんねん。様々なを持つだけでなく、それを適切に繰り出せなきゃおなごの心を揺さぶることはできないんやで。例えば、プロ野球のピッチャーは150キロを投げれても、それだけじゃ抑えられない。慣れてしまうからや。フォークやカーブやチェッジアップを投げたりして硬軟織り交ぜたり、内外角に散らす配給や四隅を突く制球力やそれらを最大限に活かすための組み立てが必要やねん。つまり、押し引きで必要なのは、揺さぶりや振れ幅やタイミングなんやで。ねじのことだから、これからその段階に入っていくと思うのでよく観とけよ」
「わかりました。楽しみにしています」と答えると、飲み物も乾き物もなくなったことに気づいたので新たに注文した。
 ノックをされたのでドアを開けると、トレイを持っている女性の店員がドン引きして固まっていた。そりゃそうだ。誰一人歌う気配がなく、机の中心に置いてある本来カラオケボックスにないモニターにイヤホンをつけて三人の男が眺めているのだから。
「別に気にしないでいいから」と乳ローは言ったが、店側からすればこの光景は気にならないわけがないだろう。ガリさんは特にこれに関するコメントはなく、「おおきに」とだけ言ってトレイを受け取った。トレイの上には、クリームソーダと乾き物セットとまむしラーメンとコーラと温かい緑茶がのせられていた。
「お姉さん、コーラもう一杯」
 もう飲み干したのかよ。
「量少ねぇし、氷で水増ししてんじゃねぇよ。ということでサービスよろしくね」
「あ、は、はい。かしこまりました……」と言うと、そそくさと出ていってしまった。
 俺は緑茶をすすると、すぐさま乳ローが「このラーメン、超まじぃ!」と声を荒げた。「あの姉ちゃんにもう一回文句言ってやろ。身体で払ってもらってもいいんだぜ、ってね」
 不敵な笑みを漏らしながら一人でぶつくさ呟いている乳ローは無視して、ガリさんに視線を移すとクリームソーダのクリームにスプーンを刺しているところだった。モニターを観ると、ねじが女にスマホを向けていた。
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