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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん

7-22 性的同意5【海外における性的同意の流れ】

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「外国と言っても、国ごとに司法システムが異なる点がポイントなんやで」
「日本のシステムって?」
「まず、日本は有罪率99・9%の国であり、それはすなわち起訴されたらほぼ有罪なのが現実であって、報道もそれに合わせて有罪のような扱いをする国である一方で、無罪推定の原則が日本より守られている国がある。次に、人質司法。逮捕されたら一巻の終わり。否認すれば釈放も保釈も許されないし、自白という『えさ』と引き換えに保釈が認められる手法なわけだが、諸外国では否定されている。最後に精密司法。犯罪の動機や態様など、大量の証拠で細部に渡り真相解明して認定する運用を指す。それに対して諸学国ではラフ・ジャスティス(粗雑な審理及び判断)で運用されていたりすんねん」
「で、それがどう影響するのでしょうか?」
「おう。せやから、他国で撤廃されているからといって、それをそのまま日本にコピペしてみてもうまくいくとは限らないってこった」
「しかし、続々と撤廃されてますよね。なぜですか?」
「撤廃の背景の一つに、ヨーロッパにおける潮流がある。2014年に欧州評議会でイスタンブール条約が発効された。『女性に対する暴力及びドメスティック・バイオレンスの防止条約』なのだが、ざっくり言うと『暴行・脅迫の有無に関わらず、同意に基づかない性行為を処罰すること』を求め、批准国は次々と法律を改正しているんや。ドイツは、2016年に『No means No』タイプに改正した」
「『No means No』タイプって何ですか?」
「『嫌なものは嫌やねん!』っちゅうこった。といわれとる。『NО』だと相手が認識できるように意思表示してるのに、それでも性行為を始めたら処罰するということやねん。言葉だけやなく、ジェスチャーや涙などの非言語における『NО』という意思表示を侵害してはあかん、という考え方なんやで」
「画期的じゃないですか!」
「せやけど、明確なNО以外は全てYES(同意した)とみなされてしまうし、YESとNОの間に存在する無数の微妙なグレーゾーンも全てYESと判断されてしまうんや。それと、2015年の大晦日にケルン事件(数百件の集団強姦や痴漢行為)が起きたのだが、難民問題も絡み、ドイツ政府は性急に法改正せざるを得ない事情があった。せやから、『性的行為の定義が明確でなく、定義自体を放棄している』『認識可能な意思の存否の証明が極めて困難な場合が少なくない』『肯定的に評価している学説は全くない』と辛口批評されてんねん(8)」
「微妙なんですね……」
「起訴も有罪も難しくなっているのが現実や。せやけど、ポジティブな面もあんねん。暴行・脅迫要件を撤廃したので、被害者が声を上げやすくなったんやから」
「日本も訴えること自体のハードルの高さはありますよね……」
「せやな。レイプされても警察に申告したのは2・8%(内閣府男女共同参画局調査 2017年)という数字が報告されている」
「他の国はどうなっているのですか?」
「イギリスは大昔から不同意性交はレイプだった。しかし、レイプ関係の有罪率は25%、さらにはその後、7%まで下がった事実があんねん(9)」
「随分、低いですね」
「それを受けて2003年に日本の性犯罪法の改良版のような『No means No』タイプに改正されたが、それでもイギリスの性犯罪全体の有罪率は60%弱と高くないねん。と言うのも、性犯罪はどうしても泣き寝入りが多いから、正確な発生件数を把握できず、非常に暗数が多いといわれとる。せやから、起訴率を高めて認知件数を上げろという声が強く、この数字になっている側面がある。従って、起訴率の低い日本と起訴率が高いイギリスを単純比較することはできないんやで(6)」
「しかし、訴えやすくなっても無罪になったら辛いです。無罪率が低くないならば、無理して不同意性交等を創設しても微妙なような」
「外国においてもまだまだ試行錯誤なのは事実や。しかし、一歩踏み出すことが大事なんやで。世間一般に『性行為をする際に同意確認を必ずすること』の認識を深め広めるためには、条文にを盛り込むことは大切だと思うねん」
「確かにそうかも……。ところで、スウェーデンはもっと革新的な法律を導入したと聞いたことがあるのですが」
「詳しいやん? スウェーデンは2018年7月1日に、『性行為においてアクションを起こす側が明確な同意を得ることを義務付ける』新法が施行されたんや。所謂『Yes means Yes』法や。ワンナイトラブや成り行き任せの関係性だけでなく、カップルや夫婦にも適用されんねん(10)」

スウェーデン刑法典 第6章第1条 強制性交等 
・関与が任意であったか否かの評価に当たっては、言葉、行為又はその他の方法で任意であることの表現がなされていたかどうかを特に考慮しなければいけない(第1条第1項第2文)

・次の場合には、任意の関与は認められない。①関与が虐待、暴行、犯罪行為の脅迫、訴追若しくは告発する旨の脅迫又は他人に悪い知らせをするという脅迫の結果であるとき、②人が無意識、睡眠、重大な恐怖、酩酊、薬物の影響、病気、外傷、精神障害その他により特に脆弱な状態にあることを利用したとき、③行為者に依存している者に重大な虐待を加えることにより関与を可能にしたとき(第1条第1項第3文第1号から第3号)(11)

「『明確な同意』がなければ、レイプと同じということですね。でも、『明確な同意』って何を指すのですか?」
「新法に関わった裁判官は『性行為時の言動や身ぶり手ぶり、それ以外に同意の表現があったかどうかで判断する』『アプリのYESを選ぶとか、口頭で「YES」と言う必要はない。主体的に性行為に関わっていれば同意の合図とみなされる』と言うている(12)」
「それだと、もしかして、被告人に立証責任があるのですか?」
「施行前にはそんな噂が飛び交ったが、そんなことはないし、今までと同じく検察官は立証責任を果たさなあかんねん」
「それにしても、アプリですか?」
 思わず噴き出してしまった。
「笑っているが、外国には同意アプリがたくさんあるのが実情なんやで」
「知らなかった……。『No means No』の『嫌なものは嫌!』より、『Yes means Yes』の『同意表現のあったものだけ(YES)がOK(YES)』の方がいいと思います。だって、YES以外は全てNGということでしょ? YESとNОの間に存在する無数の微妙なグレーゾーンは全てNGなのだから、当然アルコールやドラッグの影響がある状態においての同意はNGだし、女性が沈黙のままだったり寝ていたり意識を失っていたり意思表示ができない場合もNGだと判断されるということでしょ?」
「具体的に書いているように見えるが、ここで大事なのは『特に脆弱な状態』という文言や。いかなるシチュエーションだと『特に脆弱な状態』に該当するかは明確でなく、その場合はどのように運用されているかが鍵になんねん」
「実際、どうなんですか?」
「あまりにもひどい泥酔状態だと適用されているが、ほろ酔い程度だと微妙やねん。せやから、この羅列は『特に脆弱な状態』の例示ではなく、『特に脆弱な状態』を判断する際の要素の一つに過ぎないということやねん」
「でも、日本の『抗拒不能』よりはわかりやすいです」
「どこの国でも明確性のある立法を目指すが難儀なのが実情。特に日本は、精密司法且つ罪刑法定主義が徹底されているわけであり、であるならば、より明確性の原則を軽んじてはあかんねん」
「不同意性交等罪の実現って難しいのですね。でも、ドイツもスウェーデンも不同意性交等罪なんですよね?」
「せやな。その中において、スウェーデンには特徴的な法律がある。前述した過失レイプ罪や」

・第1a条(1)第1条に規定されている行為を行い、他の者が任意に関与していないという事情に関して重大な過失があった者は、過失レイプとして4年以下の拘禁に処す。(スウェーデン刑法における過失レイプ罪について 2021年1月29日 70P 明治大学学術成果リポジトリ 川口浩一)(13)

「スウェーデンは『同意表現のあったものだけ(YES)がOK(YES)』なわけであり、この確認を『重大な過失』により怠った場合に処罰されんねん」
「重大な過失って何ですか?」
「めちゃくちゃ軽いノリで、相手が性的同意していないわけがないと思い込み、全く確認せんかった場合や」
「実例が知りたいです」

「よっしゃ。加害者Aと被害者Bは、ネットで出会った。そのやり取りで、Bの家に泊まり、二人で寝ることに合意。しかし、Bは『SEXはNG』と伝え、Aは了承。実際に泊まる日になり、Aは性交をした。その際、Bは終始受け身で、明確に拒むことはなかった。裁判では、『未必の故意』によるレイプ罪(6章1条)は否定され、『重大な過失』による重過失レイプ罪で処罰されたんやで(スウェーデン刑法における過失レイプ罪について 2021年1月29日 80P 明治大学学術成果リポジトリ 川口浩一)(14)」

「『未必の故意』と『重大な過失』の境目は判断が難しそうですね……。不同意性交等罪って奥が深いです……」
「せやな。とは言うても、同意なしの性行為をレイプと制定する国は増え続けてんねん。アイルランド、アイスランド、ベルギー、キプロス、ルクセンブルグ、フィンランド、デンマーク、ギリシャ、スペイン」
「ヨーロッパばかりですね」
「カナダにもあるし、アメリカの大学には、キャンパスで性行為をする男女において積極的な同意を義務化する『Yes means Yes』法が2014年にカリフォルニア州で制定され、1500以上の大学で同じような法律やルールが作られてんねん」
「大学とは、これまたピンポイントですね」
「背景に、全米の大学のキャンパス内におけるレイプ問題の蔓延があった。前述したドイツでも、2015年の大晦日にケルン事件が起きた。スウェーデンでも、法改正の契機になった2013年の15歳の少女に対する性犯罪事件があった。日本もあらゆる性暴力事件がメディアを賑わした。あらゆる国で性犯罪事件が大きく表面化したわけであり、それらが蓄積されて我慢の限界に達して爆発したのが現代だといえんねん」
「先ほどガリさんが言っていた通り、『性行為をする際に同意確認を必ずすること』の認識を深め広めるためには、法律を制定して条文にを盛り込み、強いメッセージを打ち出して社会に訴えることは大事なことかもしれませんね」
「そういうこった。それと、抑止力の効果も狙える。未然に防げるに越したことはないからな」
「確かに」
「せやけど、アメリカでは冤罪の問題も無視してはならないと報道されている(15)」
「それに制定しても無罪率の高さはやはり気になります」
「不同意性交等罪の難しさは前述した通り。法律は万能じゃないねん。法律で全てを解決することはできないんやで」
「でも、よく考えると、同意を得ることって当たり前なことなんですよね……」
「当たり前なことが当たり前でないのが『性』の世界であり、だからブラックボックスといわれんねん。人として同意は大切だが、人はそれを当たり前にできない。せやから、教育が必要なんやで」
 その瞬間、タマムシがまばゆい緑色を光らしながら飛び立っていった。
「どちらにも解釈できる曖昧な様子を意味する『タマムシ色』という言葉が日本語にはあるが、性交同意においてはあかん。子どもの頃から『イヤなことはイヤ』とハッキリ伝える教育、YES・NOを明確に伝える教育が必要やねん」
「性教育も、タマムシ色教育ではダメということですね」
「せやな。『セックスするときは、アクションを起こす側が必ず相手にYESかNОかハッキリ確認しなくちゃダメですよ! 同意を得られなきゃレイプですよ!』って教えるように変わるだろう」
「しかし、教育を万全にしても全ての性暴力を防ぐことは難しいかもしれませんね」
「まあな。それを大前提にしてシステムを構築していかなあかん。法律でも教育でもどうしても止められない性暴力のために、ワンストップ支援センターのさらなる充実が欠かせないんや」
「ワンストップ支援センターって何ですか?」
「性暴力被害者が、一つの窓口で必要な支援を受けられる施設やねん」
 「必要な支援というのは?」
「スウェーデンの例で言うと、治療や検査やカウンセリングやレイプキットの管理などの医療的サポートが三百六十五日二十四時間体制で行われている。それらが落ち着いたころに警察に被害届を出すなど、弁護士に相談できる法律的サポートも得られんねん」
「進んでるんですね」
「それだけじゃないで。裁判所が被害者を守るために国選弁護人を任命して、裁判及び損害賠償請求手続きまでサポートすんねん。費用は国費持ち。スウェーデンは被害者全面支援を打ち出してんねん(16)」
「スウェーデンはどうしてそこまで手厚いサポートをするのですか?」
「レイプ被害はどうしても被害申告率が低いし、捜査の段階から裁判に至るまで被害者に苦痛を与える『セカンドレイプ』問題もある。それらの苦しみを少しでも和らげようと工夫してるんやで。それでも被害届の提出を拒む被害者は大勢いる。さらに試行錯誤してより改善していくだろう」
「なるほど。しかし、日本はそこまで内容が充実してないということですね。こういうところに予算をドバっとかけるべき。誰も反対しないと思いますし……。ところで、これから、日本はどうなるのでしょうか?」
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