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5章 翡翠色の玉かんざし

5-3 赤色マッシュのジャンキー男・十太

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 乳ローは茶髪を風に靡かせながらどこかへ消えてしまった。子凛は目つきが変わったのでターゲットを見つけたのだろう。声をかけにいってしまった。
 残りの一人は、街を見渡しながらガムをくちゃくちゃ噛んでいる。目が大きくて愛嬌のある顔だが、どう考えても日本人には見えない濃い顔立ちをしている。すると、頭の中で地球儀が回り、検索を始めた。指し示した場所は日本とは正反対の場所にある南米だった。確かに、どこかしら南米の雰囲気を漂わしている。
「初めまして。グリーンと申します」
「あっ、初めまして。ガリさんから噂は聞いてますよ。『すんごい新人』が現れたって」
 すんごい新人、ってどういう意味で言ったのだろうか。怖くて、詳細が聞けない。
 「俺は十太じゅうた、チリ人です」
 やはり、そうか。
「というのは嘘です」
「ん」
 こいつは曲者だと感じた。先ほど、考察に費やした十一秒という貴重な時間と労力を返して欲しいと思った。
「『南米生まれ?』ってよく訊かれるけど、ダブルでもミックスでもありません。純日本人ですよ」
「そうですかぁ。自分もそう思ってしまいました」
「十太、薬やってないだろな?」
「やってないよ。ガリさん、そんな怖い目で見るなよ」
 ガリさんを見ると、禁煙パイポを吸っている。令和時代に禁煙パイポ!? 禁煙でもしてるのだろうか。
「十太はなかなか薬をやめられなくてね」
「薬ってドラッグのことですか?」
「せや」
 ガリさんが続けようとすると、十太は会話を奪い取るようにして話し始めた。
「アホな両親が薬ばかりやっていたから、その影響をモロに受けちゃってね」
「すごい家族ですね」
「だよね。ドラッグといわれるものは何でもやった」
 ガムを噛む度に、グレープ味のする匂いが肌に当たる。
「その中で一番はまったのが、今では違法のマジックマッシュルームだったんだよ」
 髪型に目をやると、赤色のマッシュルームカットがとても似合っていて、顔をよく見ると、俺の着ていたチョッキの手にきのこを持った火星人と瓜二つだった。
「ま、十太のきのこ鍋は絶品やで」
「ガリさん、恥ずかしいからやめてくれよ。全国各地できのこを採取していたから、いつの間にか、きのこ鍋も上達しちゃってさ」
 ガリさんは、口元を押さえながら笑っている。
「そういやぁ、その頃に付き合っていた女もきのこ好きでね。特にワライタケにはまってたんだよ。ある日、彼女があまりにもラリってるから俺が取り上げたんだ。そしたら彼女がさぁ」
「どうしたんですか?」
「『きのこ欲しい。きのこきのこきのこきのこきのこぉ』って連呼し始めてさ。『きのこ渡さないとマジで殺すよ』と言いながら、本気で首を絞めてきて死にそうになってね」
 十太の口元では、わずかに紫がかったチューインガムの風船がつくられていた。野球の硬球ほどの大きさになると破けてしまい、すぐに口の中に吸い込まれていった。
「その時の痕が今でも首に残っているんだよ。ほらっ」
 と見せつけられた。しかし、確かにそれらしき痕はあるが、先ほどの件があるので、否定してみた。
「嘘ですね?」
「その通り。さすが、グリーンさん。学習していらっしゃる」
 やはり、此奴こやつは曲者だ……。
「ただ、これに懲りてしまったからきのこはやめたんだ。でも、ドラッグからはなかなか抜け出すことができなくて、薬が切れたら街の売人に買いに行くということを繰り返していたんだ。確か……、あの日も買い出しに行ったときだと思う。途中からまともに歩けなくなっちゃってさぁ。道端でラリってるところをガリさんに声をかけられたんだ」
「あの状態で警察に捕まったら、間違いなく逮捕やからな」
 ガリさんはパイポを咥えるときしませた。
「その後、ガリさんに拉致されて監禁されたんだ」
「アホんだら」
 と言いながら、左ボディに綺麗にパンチが繰り出された。
「冗談っスよぉ。朝まで俺の話を聞いてくれたんだ。話の内容は全く覚えてないなぁ。っていうか、支離滅裂だったと思う。でも、ただ側にいて話をうんうん聞いてくれるだけで、俺はすごいうれしかったんだ」
 十太はもう一つガムを取り出すと、素早く口に放り込んだ。
「目を見たらほっとけなかったんや。あんな寂しい目は生まれて初めて見たで」
「……」
 十太は目を逸らしながら身体を反転させると、俺たちに後頭部だけを見せつけた。微かに鼻をすする音が聞こえたが、すぐさま新宿のざわつく音に掻き消されてしまった。一瞬、涙腺が緩んだように感じたが、彼のキャラクターによって半信半疑の域を越えることはなく、真偽は謎のまま数秒が過ぎていった。
 ガリさんは、パイポを軋ませながら遠くを見つめている。
 十太は何事もなかったかのように振り返ると、静かに口を開いた。
「その時、俺は仲間を大事にするガリさんに一生ついていくと決めたんだ。だから、それ以来ドラッグは絶っている。後遺症に苦しめられるときはあるけどな」
 十太がガムをピンポン球の大きさに膨らませた。硬球の大きさで破れると思っていたが、メロンの大きさまで膨らんだ。それを手に取ると、悪戯な風が手元に滑り込み、ガムでできた風船が飛んでいくとすぐさま上空に舞っていった。それを見ていたら、近くで小さな子どもが吹いたシャボン玉が仲間と間違えたのか追いかけるように飛んでいった。
「マジックですか」
「んにゃ、たまたまだろ」
 と言うと、新たなガムを取り出し口の中に放り込んだ。
「十太さんもナンパをやるんですか?」
「当たり前じゃん。先週は参加しなかったけど、たいていガリさんの主催するナンパ祭には参加するよ。そこで、ガリさんにみっちり鍛えられたからな」
「十太も、もう一流のナンパ師やで」
「ガリさんも罪な人だよなぁ。グリーンさん、これからガリさんの下でナンパ修行するなら覚悟を決めた方がいいですよ。ナンパは俺が今までやってきたどんなドラッグよりも依存性が強い。だって、ちょっと前に初めて会った女が、一時間後には俺の目の前でパックリ股を開いたり、俺のものを咥えたりするんですから。ホントたまらないっす。つまり、ナンパは合法ドラッグみたいなもんなんです。一度はまったら抜け出せませんよ」
 はまるにしても、ネトゲよりましだろう。臨むところだ。
「フフフ。それと、一度を経験すると、ヤミツキになるよ」
「なぜですか?」
「自信がつくからだよ。その自信によって急激に成長してしまうので、はまってしまうんだ。即を経験すると、ナンパというものが何なのかわかると思うよ。逆に言うと、即をしなけりゃ、ナンパの本質は永遠にわからないと思うよ」
 ガリさんは、指でパイポをもてあそびながら話し始めた。
「おい、十太。おなごを傷つけるナンパはやめろとあれだけ口酸っぱく説教してきたつもりだが、大丈夫か? 何か忘れちまってる気がするから、一度、お灸を据えた方が良さそうやな」
 と言うと、人差し指から順番に「ポキリポキリ」と指を鳴らした。
「え、いや、勘弁してくださいよ」
「末吉みたいになりたいんか?」
「……。わかりやした。気をつけまーす」
 俺もガリさんから雷を落とされるかもしれないが……。
 いや……、子凛のような誠実系ナンパ師を目指そうと思っていたが、気が変わった。せっかくナンパ師になるのだから、快楽系ナンパ師になることを決心する。

 目標はだ。
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