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3章 地蔵してんじゃねぇよ!
3-8 指名ナンパ3【⑨習うより慣れろ】
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「へへ、OK。ここじゃいねぇからあっちに行こうぜ」
109に着く。道沿いに十メートル間隔で楓が植えられていて、縦横無尽に伸びる枝々が夜の道元坂の天井を深緑色に彩り、静かに見守るように覆っている。
「グリーン、なにきょろきょろしてんだよ。指名すっぞ。腕が鳴るぜぇ。ど・れ・に・し・よ・う・か・な、天の神様の言う通り、鉄砲撃ってバンバンバン!」
乳ローは、人差し指と親指を銃の形にして女に向けた。
「よし、行くぜ。ワンピースに太めの黒ベルトを巻いているあのスタイルのいい女に声かけろ」
声かけだけだと緊張しない自分がいることに気づく。感覚が麻痺しているのかもしれない。しかし、頭の中はまだまだ整理がついていなかった。開き直った自分は、パクってそのまま実践してみた。
「ミスタードーナッツってどこにあるかわかりますか」
「えー、知らない~」
「女性って甘いものが好きじゃないですか」
「私は甘い物、嫌いよ」
あれ、うまくいかないな。
「学生でしょ」
「働いてるよ。じゃ」
「あっ」
な、なんでうまくいかないんだろ。ガリさんが近づいてきたので訊いてみた。
「同じようにやったつもりなのですが……」
「ただ、セリフを真似ただけではあかんねん。同じセリフを吐いても、テンポやテンションや間や切り返しが悪けりゃ、全くちゃうものになってしまうんや」
難しいなと思い、軽く苛立ちが募って下唇を噛む。
「ほんで、テクニックや情報っちゅうものは、その時々の状況や相手によって適切に使い分けができなあかんねん。おなごは生身の人間であって、それぞれちゃうわけやから、マニュアルをそのまま当てはめたってうまくいくわけないんやで」
噛むのをやめると、唇を歪ませながら頭皮を何度も掻いた。
「さっき色々なテクニックを説明したけど、情報をインプットしてもアウトプットできな意味がない。適切にアウトプットするためには、まず、その情報を自分の特性と巧く融合させなあかんねん。そのためには、自分の特性を深く認識することが必要になってくる。ほんでな、テクニックっちゅうものは一つだと十分に力を発揮できないことが多い。いくつかのテクニックや情報と組み合わせることによって、初めて効果を発揮するものだと思っていた方がええで」
訳がわからなくなって上唇と下唇だけじゃなく、眉毛も目も鼻も歪んできてしまった。
「何やその顔は! そんなに難しいことは言うてないやろ」
「わかりやした……」
ちょっと凹んでしまったが、気になっていたことを訊いてみた。
「それにしてもお二人とも尾行がうまいですね」
乳ローは強引にガリさんの肩に手を回し、大きく口を開いた。
「俺たち二人で新人研修という名の指名ナンパを、数え切れないほどやってるからな。尾行なんてお茶の子さいさいだよ。探偵レベルじゃないかな」
確かに探偵並かもと思った。さっき、後ろをチラっと見たけど、こっちを見てるという気配を一切消していた。街や周りの人と同化していた。この二人は本当に怖い人たちだ。
「おらおら、修行だ修行だ。ラストにもう一丁。あれだ。花柄のワンピ着て、エクステつけてるあの女」
遠かったので3秒で間に合う距離ではなかったが、なるべく駆け足で向かった。女性の右斜め前に立ち、振り返りながら声をかけた。
「ここらへんでベトナム料理屋ってありますか?」
適当に言った自分の文言に驚いた。
「べ、ベトナム料理ですか。タイ料理屋なら知ってるけど……」
「タイ料理もおいしいですよね」
「そうですね」
傘を持っているので、強引にネタとして振ってみた。
「さっき雨が降ったので、傘を買ってしまったのですか?」
「そうなの。でも、すぐ上がったから荷物になっちゃった」
「今日は渋谷に買い物に来たのですか」
「うん」
「良かったら、カフェに行きませんか」
「えっ。私、彼氏いるのでごめんなさい」
「あっ……」
言葉が何も出てこなかったので、黙り込んでしまった。困惑した表情を浮かべて足早に去るのをボーと見送った。
肩にポンと手が乗っかるのを感じて振り返ると、そこには名探偵の二人が待ち構えていた。
「お疲れ。テンポは悪いし問題点はたくさんあるけど、少しは話ができるようになったやないか」
「ありがとうございます。ただ、彼氏がいるなら、どう攻めても無理ですよね」
「ドアホ、真に受けるなよ。『彼氏がいるから』なんて、お決まりの断り文句やし、丸め込まれたんやで。大して話してないんやから本当かどうかわからへんがな。『彼氏と最近うまくいってる? 倦怠期じゃない?』って揺さぶったり、『ほな、二番目でええからさ』って笑いを取ったりして切り返さな。少しでも返答が鈍ったら、その小さな隙間を逃さず進入して掘り下げて会話を広げていかな」
「アドリブが利かないとダメですね……」
「まあな。基本的にナンパなんて断られ続けるのをどうかいくぐり、どう切り返し続けるかが鍵になんねん。実際、そのあと連れ出して『さっき、彼氏がいるって言ったけど、嘘だから』なんてことはしょっちゅうや。ついでに言うとくと、『これから待ち合わせ、急いでる、うちで家族が待ってる、今から仕事』、全部断り文句やから丸め込まれないように気ーつけな」
注意しないと……。
「言葉じゃなくて、表情の変化や視線の動きや身ぶり手ぶりから判断せなあかん。そこに、真実が隠されてるんやから。感情を隠そうとすればするほど、嘘をつけばつくほど、身体のどこかに如実に現れてしまうものなんやで。これを、ノンバーバル・リンケージというねん。よく観察しいや。ノンバーバルコミュニケーションについては後で詳しく話すとして、その前に問題なのが」
「連れ出しの打診が早ぇんだよ、って言いたいんだろ」
乳ローは腕を組みながら鼻息を吐き出して、これでもか、というぐらい得意満面な表情を浮かべている。
「せやな。もっと話を続けて和まんと。和んじゃえば、連絡先交換でも連れ出しでもOKしてくれるんやから。トークを続けていくためにはアドリブ能力が必要になってくる。せやけど、最初のうちは、いくつか自分なりのネタや方程式を持っていた方がええやろな」
「全然和んでなかったですよね。次に出る言葉が浮かばなくて焦ってしまい、すぐに連れ出し打診をしてしまいました」
「最初は誰でも焦ってしまうねん。それと、和むためには質問ばかりしてちゃダメ。さっきのおなご、口を噤んでたで。さりげなく自己開示しながらトークを進めないとあかん。年はいくつなのか、仕事は何をやってるのか、渋谷に何しに来たのか。自分の情報を伝えて、警戒心や不信感を少しずつ解いていかなあかんねん。自己開示した分だけ相手も自己開示してくれるんやから」
先ほどのガリさんの声かけを思い出した。ガリさんが先に名前や年を言ったから、素直に答えていたもんな。
「そういうこった。早めに名前を聞いて、すぐにその娘の名前を呼ぶねん。すると、ちょっぴり親しみが増すんやで」
……、また心の中を読まれてしまった……。
「チッ」
あからさまにワザと舌打ちしたようだ。
「もっと粘れよ」
と言うと、唇を軽く舐めた。
「そう言うな乳ロー。もう言葉が出てこなかったから仕方ないが、反応は悪くなかったわけだしもうちょっと粘った方が良かったで。ただ、時間と体力の無駄になるから粘りの見極めはしなけりゃあかん。薄い反応なのに、単なる粘りの延長で連絡先交換しても繋がらないんやで。『面倒臭いから教えただけ』っちゅう場合もあるし、気をつけな」
「わかりました。なんか淡泊ですいません……」
「めんどくさがり屋では結果は出ない。マメな男が、結果を出すねん。軽い気持ちで声かけするなぁ。一声入魂や」
「魂ですかぁ。気合いや根性も大事そうですね」
「ま、あるに越したことはない。せやけど、遊び心がないとあかん。ガンシカさえも楽しんじゃえばええんやで」
その瞬間、自分の心の入れ物には色んなものを詰め過ぎてパンクしそうになった。
「最初は詰め込むよりも、声かけをたくさんするしか方法がない。習うより慣れろや。たくさん声をかければ、最初噛み噛みだったトークも滑らかになるし、ボジショニングも良くなるし、大胆な行動もできるようになってくる。せやから、声かけ数はできる限り増やさなきゃあかんねん」
確かに。地蔵で動けず固まっていた俺が、今は身体がふわふわに軽くて誰にでも声をかけられると思った。しかしそれだけでなく、自信が漲り「今なら何でもできる! 未知の領域にも到達することができる!」と勘違いすることもできたし、不思議な高揚感に包まれていた。
「身体で覚えることが大事なんでしょうね!!!」
「せ、せやな……」
「おい。ナンパーズハイになっておかしくなってるんじゃねぇよ」
乳ローに心を見透かされてしまった……。
「ま、いいけどさ」
乳ローが両手を広げ、空を見ながら喋り出した。
「星の数だけ女はいるんだぜ。失敗しても次々いけばいいんだよ。一人でも多く声をかけることが大事なんだぜ」
「その通り。その精神が光明を見出すんやから。数打ちゃ当たるというのもナンパの世界では本当なんやで。『ナンパは運』といわれたりもするけど、その運を掴むためにも数を打たなきゃ始まらない。上手なナンパ師だって、百発百中はムリやとわかってるからコツコツと声をかけている。せやから、泥臭く聞こえるかもしれんけど、ナンパっちゅうのは数がものをいうんやで」
「なるほど」
「ほな、指名ナンパの授業の締めとして、もう一つだけ言っとくで。グリーンは、ほんまに視線の使い方がヘタやなぁ」
「そ、そうですか……」
「そうだよ」
「ま、後で、必要なときに教えてやるよ」
「わ、わかりました」
そんなにヘタかなぁ……。
しかし、ガリさんに目を真っすぐ見つめられながら言われると、つい心を許し見惚れてしまった。よく見ると力強い肉厚な二重瞼だと感じた。
「グリーン、人の話を真面目に聞いてないやろ」
おでこにデコピンを食らってしまった。
一方、乳ローは鋭い眼差しにピッタリな奥二重だった。
「おい、グリーン。ガンつけてるのか」
「いえいえ、違いますよ。視線の練習をしていただけです」
乳ローの瞳には、街に散らばるネオンの瞬きのいくつかが吸い込まれるように映し出されていてうっとり見入ってしまった。
「ニヤつくなよ。気持ちワリィよ」
デコピンをされて傷ついたおでこをはたかれてしまった。
「ところで、乳ローさんの名前の由来は何ですか?」
「何、今さら唐突に訊いてんだよ」
「さっきから気になってたんですけど、訊く機会を失ってしまって……」
「まぁ、いいだろ。名は体を現すとおり、俺は乳が大好きなんだよ。乳首、乳輪、乳房……、おっぱいの全てが俺を魅了する」
身ぶり手ぶりも加わり、演説口調になってきた。
「すでに、AカップからZカップまで指や手や唇やアソコを使って味わい尽くした。お前みたいなちんちくりんはお母ちゃんのおっぱい以外に吸ったことがないからわからないと思うが、おっぱいというのは奥が深いんだよ。浅瀬じゃ済まないんだ。マリアナ海溝よりも深いんだよ」
ただの甘えんぼなだけじゃないか。ガリさんは話に飽きたのか、後ろを向き、手を上げて反りかえり猫のような伸びをしている。
「胸の谷間というのは世界の秘境を眺めるのと同じであり、人間の神秘なんだよ。その大好きな乳と、超一流のイチローを組み合わせたニックネームに決まってるだろ。これぐらいは、お前のいかれポンチの脳みそを振り絞ってでも何とか答えを導き出せよ。このアホたれが」
こいつは、いちいち一言、いや二言多いな。むかついたので手を高く上げてデコピンをかましてやって走って逃げた。
「イテッ。ふざけんなよ、てめぇ」
その言葉を背中に受けながら走り続けるとガリさんも追いかけてきた。
「あいつは口が悪いから、あれでええで」
後ろを向くと、乳ローが目を充血させながら追いかけてきたので、俺たちは捕まらないようにどこまでも走り続けた。
109に着く。道沿いに十メートル間隔で楓が植えられていて、縦横無尽に伸びる枝々が夜の道元坂の天井を深緑色に彩り、静かに見守るように覆っている。
「グリーン、なにきょろきょろしてんだよ。指名すっぞ。腕が鳴るぜぇ。ど・れ・に・し・よ・う・か・な、天の神様の言う通り、鉄砲撃ってバンバンバン!」
乳ローは、人差し指と親指を銃の形にして女に向けた。
「よし、行くぜ。ワンピースに太めの黒ベルトを巻いているあのスタイルのいい女に声かけろ」
声かけだけだと緊張しない自分がいることに気づく。感覚が麻痺しているのかもしれない。しかし、頭の中はまだまだ整理がついていなかった。開き直った自分は、パクってそのまま実践してみた。
「ミスタードーナッツってどこにあるかわかりますか」
「えー、知らない~」
「女性って甘いものが好きじゃないですか」
「私は甘い物、嫌いよ」
あれ、うまくいかないな。
「学生でしょ」
「働いてるよ。じゃ」
「あっ」
な、なんでうまくいかないんだろ。ガリさんが近づいてきたので訊いてみた。
「同じようにやったつもりなのですが……」
「ただ、セリフを真似ただけではあかんねん。同じセリフを吐いても、テンポやテンションや間や切り返しが悪けりゃ、全くちゃうものになってしまうんや」
難しいなと思い、軽く苛立ちが募って下唇を噛む。
「ほんで、テクニックや情報っちゅうものは、その時々の状況や相手によって適切に使い分けができなあかんねん。おなごは生身の人間であって、それぞれちゃうわけやから、マニュアルをそのまま当てはめたってうまくいくわけないんやで」
噛むのをやめると、唇を歪ませながら頭皮を何度も掻いた。
「さっき色々なテクニックを説明したけど、情報をインプットしてもアウトプットできな意味がない。適切にアウトプットするためには、まず、その情報を自分の特性と巧く融合させなあかんねん。そのためには、自分の特性を深く認識することが必要になってくる。ほんでな、テクニックっちゅうものは一つだと十分に力を発揮できないことが多い。いくつかのテクニックや情報と組み合わせることによって、初めて効果を発揮するものだと思っていた方がええで」
訳がわからなくなって上唇と下唇だけじゃなく、眉毛も目も鼻も歪んできてしまった。
「何やその顔は! そんなに難しいことは言うてないやろ」
「わかりやした……」
ちょっと凹んでしまったが、気になっていたことを訊いてみた。
「それにしてもお二人とも尾行がうまいですね」
乳ローは強引にガリさんの肩に手を回し、大きく口を開いた。
「俺たち二人で新人研修という名の指名ナンパを、数え切れないほどやってるからな。尾行なんてお茶の子さいさいだよ。探偵レベルじゃないかな」
確かに探偵並かもと思った。さっき、後ろをチラっと見たけど、こっちを見てるという気配を一切消していた。街や周りの人と同化していた。この二人は本当に怖い人たちだ。
「おらおら、修行だ修行だ。ラストにもう一丁。あれだ。花柄のワンピ着て、エクステつけてるあの女」
遠かったので3秒で間に合う距離ではなかったが、なるべく駆け足で向かった。女性の右斜め前に立ち、振り返りながら声をかけた。
「ここらへんでベトナム料理屋ってありますか?」
適当に言った自分の文言に驚いた。
「べ、ベトナム料理ですか。タイ料理屋なら知ってるけど……」
「タイ料理もおいしいですよね」
「そうですね」
傘を持っているので、強引にネタとして振ってみた。
「さっき雨が降ったので、傘を買ってしまったのですか?」
「そうなの。でも、すぐ上がったから荷物になっちゃった」
「今日は渋谷に買い物に来たのですか」
「うん」
「良かったら、カフェに行きませんか」
「えっ。私、彼氏いるのでごめんなさい」
「あっ……」
言葉が何も出てこなかったので、黙り込んでしまった。困惑した表情を浮かべて足早に去るのをボーと見送った。
肩にポンと手が乗っかるのを感じて振り返ると、そこには名探偵の二人が待ち構えていた。
「お疲れ。テンポは悪いし問題点はたくさんあるけど、少しは話ができるようになったやないか」
「ありがとうございます。ただ、彼氏がいるなら、どう攻めても無理ですよね」
「ドアホ、真に受けるなよ。『彼氏がいるから』なんて、お決まりの断り文句やし、丸め込まれたんやで。大して話してないんやから本当かどうかわからへんがな。『彼氏と最近うまくいってる? 倦怠期じゃない?』って揺さぶったり、『ほな、二番目でええからさ』って笑いを取ったりして切り返さな。少しでも返答が鈍ったら、その小さな隙間を逃さず進入して掘り下げて会話を広げていかな」
「アドリブが利かないとダメですね……」
「まあな。基本的にナンパなんて断られ続けるのをどうかいくぐり、どう切り返し続けるかが鍵になんねん。実際、そのあと連れ出して『さっき、彼氏がいるって言ったけど、嘘だから』なんてことはしょっちゅうや。ついでに言うとくと、『これから待ち合わせ、急いでる、うちで家族が待ってる、今から仕事』、全部断り文句やから丸め込まれないように気ーつけな」
注意しないと……。
「言葉じゃなくて、表情の変化や視線の動きや身ぶり手ぶりから判断せなあかん。そこに、真実が隠されてるんやから。感情を隠そうとすればするほど、嘘をつけばつくほど、身体のどこかに如実に現れてしまうものなんやで。これを、ノンバーバル・リンケージというねん。よく観察しいや。ノンバーバルコミュニケーションについては後で詳しく話すとして、その前に問題なのが」
「連れ出しの打診が早ぇんだよ、って言いたいんだろ」
乳ローは腕を組みながら鼻息を吐き出して、これでもか、というぐらい得意満面な表情を浮かべている。
「せやな。もっと話を続けて和まんと。和んじゃえば、連絡先交換でも連れ出しでもOKしてくれるんやから。トークを続けていくためにはアドリブ能力が必要になってくる。せやけど、最初のうちは、いくつか自分なりのネタや方程式を持っていた方がええやろな」
「全然和んでなかったですよね。次に出る言葉が浮かばなくて焦ってしまい、すぐに連れ出し打診をしてしまいました」
「最初は誰でも焦ってしまうねん。それと、和むためには質問ばかりしてちゃダメ。さっきのおなご、口を噤んでたで。さりげなく自己開示しながらトークを進めないとあかん。年はいくつなのか、仕事は何をやってるのか、渋谷に何しに来たのか。自分の情報を伝えて、警戒心や不信感を少しずつ解いていかなあかんねん。自己開示した分だけ相手も自己開示してくれるんやから」
先ほどのガリさんの声かけを思い出した。ガリさんが先に名前や年を言ったから、素直に答えていたもんな。
「そういうこった。早めに名前を聞いて、すぐにその娘の名前を呼ぶねん。すると、ちょっぴり親しみが増すんやで」
……、また心の中を読まれてしまった……。
「チッ」
あからさまにワザと舌打ちしたようだ。
「もっと粘れよ」
と言うと、唇を軽く舐めた。
「そう言うな乳ロー。もう言葉が出てこなかったから仕方ないが、反応は悪くなかったわけだしもうちょっと粘った方が良かったで。ただ、時間と体力の無駄になるから粘りの見極めはしなけりゃあかん。薄い反応なのに、単なる粘りの延長で連絡先交換しても繋がらないんやで。『面倒臭いから教えただけ』っちゅう場合もあるし、気をつけな」
「わかりました。なんか淡泊ですいません……」
「めんどくさがり屋では結果は出ない。マメな男が、結果を出すねん。軽い気持ちで声かけするなぁ。一声入魂や」
「魂ですかぁ。気合いや根性も大事そうですね」
「ま、あるに越したことはない。せやけど、遊び心がないとあかん。ガンシカさえも楽しんじゃえばええんやで」
その瞬間、自分の心の入れ物には色んなものを詰め過ぎてパンクしそうになった。
「最初は詰め込むよりも、声かけをたくさんするしか方法がない。習うより慣れろや。たくさん声をかければ、最初噛み噛みだったトークも滑らかになるし、ボジショニングも良くなるし、大胆な行動もできるようになってくる。せやから、声かけ数はできる限り増やさなきゃあかんねん」
確かに。地蔵で動けず固まっていた俺が、今は身体がふわふわに軽くて誰にでも声をかけられると思った。しかしそれだけでなく、自信が漲り「今なら何でもできる! 未知の領域にも到達することができる!」と勘違いすることもできたし、不思議な高揚感に包まれていた。
「身体で覚えることが大事なんでしょうね!!!」
「せ、せやな……」
「おい。ナンパーズハイになっておかしくなってるんじゃねぇよ」
乳ローに心を見透かされてしまった……。
「ま、いいけどさ」
乳ローが両手を広げ、空を見ながら喋り出した。
「星の数だけ女はいるんだぜ。失敗しても次々いけばいいんだよ。一人でも多く声をかけることが大事なんだぜ」
「その通り。その精神が光明を見出すんやから。数打ちゃ当たるというのもナンパの世界では本当なんやで。『ナンパは運』といわれたりもするけど、その運を掴むためにも数を打たなきゃ始まらない。上手なナンパ師だって、百発百中はムリやとわかってるからコツコツと声をかけている。せやから、泥臭く聞こえるかもしれんけど、ナンパっちゅうのは数がものをいうんやで」
「なるほど」
「ほな、指名ナンパの授業の締めとして、もう一つだけ言っとくで。グリーンは、ほんまに視線の使い方がヘタやなぁ」
「そ、そうですか……」
「そうだよ」
「ま、後で、必要なときに教えてやるよ」
「わ、わかりました」
そんなにヘタかなぁ……。
しかし、ガリさんに目を真っすぐ見つめられながら言われると、つい心を許し見惚れてしまった。よく見ると力強い肉厚な二重瞼だと感じた。
「グリーン、人の話を真面目に聞いてないやろ」
おでこにデコピンを食らってしまった。
一方、乳ローは鋭い眼差しにピッタリな奥二重だった。
「おい、グリーン。ガンつけてるのか」
「いえいえ、違いますよ。視線の練習をしていただけです」
乳ローの瞳には、街に散らばるネオンの瞬きのいくつかが吸い込まれるように映し出されていてうっとり見入ってしまった。
「ニヤつくなよ。気持ちワリィよ」
デコピンをされて傷ついたおでこをはたかれてしまった。
「ところで、乳ローさんの名前の由来は何ですか?」
「何、今さら唐突に訊いてんだよ」
「さっきから気になってたんですけど、訊く機会を失ってしまって……」
「まぁ、いいだろ。名は体を現すとおり、俺は乳が大好きなんだよ。乳首、乳輪、乳房……、おっぱいの全てが俺を魅了する」
身ぶり手ぶりも加わり、演説口調になってきた。
「すでに、AカップからZカップまで指や手や唇やアソコを使って味わい尽くした。お前みたいなちんちくりんはお母ちゃんのおっぱい以外に吸ったことがないからわからないと思うが、おっぱいというのは奥が深いんだよ。浅瀬じゃ済まないんだ。マリアナ海溝よりも深いんだよ」
ただの甘えんぼなだけじゃないか。ガリさんは話に飽きたのか、後ろを向き、手を上げて反りかえり猫のような伸びをしている。
「胸の谷間というのは世界の秘境を眺めるのと同じであり、人間の神秘なんだよ。その大好きな乳と、超一流のイチローを組み合わせたニックネームに決まってるだろ。これぐらいは、お前のいかれポンチの脳みそを振り絞ってでも何とか答えを導き出せよ。このアホたれが」
こいつは、いちいち一言、いや二言多いな。むかついたので手を高く上げてデコピンをかましてやって走って逃げた。
「イテッ。ふざけんなよ、てめぇ」
その言葉を背中に受けながら走り続けるとガリさんも追いかけてきた。
「あいつは口が悪いから、あれでええで」
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