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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん

7-1 「ねじのアポをモニタリングしようや!」

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「もうちょっとしたらアポなんだよね」
 アイフォーンをいじっていたねじが、ぼそっと言った。
「どこでアポるの?」
 ヒマラヤスギにもたれかかっていた乳ローが訊いた。
「ここの公園で。さっき、君たちと出会う前に声をかけたでさ」
「んだよ、声をかけてねぇとか抜かしてたくせによ。舌の根が乾かぬうちに、いけしゃあしゃあとよくそんなことが言えるなぁ」
「それまでの暇つぶしに君たちとたわむれていたってわけさ」
「テメー、ほんとに最低だな。そういうところが信用できねぇんだよ」
「冗談だよ、冗談。今日は時間がないから無理と言われたのだけど、ダメもとで改めて誘ってみたらOKが出てさ」
「本当かよ……。ガリもなんか言ってやれよ」
「せやなぁ。嘘はあかんが、ナンパ祭はナンパがメインだから全然問題ないねん。ワイたちは空気を読んで駅前に戻ろうや」
 ガリさんは行こうとしたが、乳ローは拳を口元に置いて何やらニヤけている。
「皆でねじのアポを覗こうぜ。ケケケッ」
「ちょっと趣味悪くありませんか、乳ローさん」
 ねじは一切表情を変えずに口を開いた。
「いいよ。まぁ、見ててよ。たまにはこういうのも面白いんじゃないかな。逆に臨むところだよ」
 えっ、この話にノっちゃうんだ。というよりノリノリじゃねぇか……。
「ねじが、ゴールまでの攻めを生きた流れとして見せてくれるかもしれないで。お前の勉強にもなるやろ。モニタリングしようや!」
 そんなに拳を握り締めて叫ばなくても……。
「ねじさんは同意してますし、そこまで言うならちょっとお勉強させてもらいましょうか」 と自分もこの話に乗っかってしまった。
「でも、モニタリングすると言っても、どこに隠れていようがバレてしまうんじゃないですか?」
「大丈夫やグリーン。ワイがいつも持ち歩いてるバッグに入れてある物を使えば。ねじ、約束は何分後や」「二十分後」「おっけ。じゃ、速攻で行ってくるわ」「どこに行くんですか?」「ロッカー」と言うと、走っていってしまった。

「なんすか、それ」
 ガリさんはバッグの中にある道具を全て出した。
「これ、何だかわかるやろか?」
「ガリさんの好きなタバコですよね」
「ちゃうんやな」
 と言いながらタバコの蓋を開けた。
「これは、タバコ型のCCDカメラなんや」
 なんで、んなもん、持ってるんだよ。しかもバッグに入れて持ち歩いてるって……。
「タバコサイズの本体に、400万画素の超高画質ピンホールCCDカメラ・高感度マイク・1.2GHz帯トランスミッターを集約した無線式カモフラージュカメラなんや。ほんで、これが受信機やろ。小型モニターにアダプタにケーブルにイヤホンと」
 用意が良すぎるな。副業に探偵でもやってるのだろうか……。
「これは、5メートル先の人物の全身や1メートル先の人物の顔を、画面いっぱいに撮影することができんねん。表情までハッキリとわかるんやで。暗くてもクリアに映し出すことが可能だから、公園の灯りの下ならば大丈夫や。見通しで約100メートル先まで映像と音声を送信できるので、裏のカラオケボックスでモニタリングしようや!」
 と言うなり親指を立てて『ワイ、グッジョブ』みたいな表情をしているが、個人的には怖いなこの人と思ってしまった。
「ねじ、カメラの向きはこうやから、方向を間違えないように頼むわ」
「おっけ。さすが、ガリさん。用意がいいね」
「じゃ、ねじ。幸運を祈るで」
「任しとけって」
 ねじはそう言うと、一度唇に触れた指先を高く掲げて軽く手を振った。

 俺たちはカラオケボックスに移動した。
 部屋に入ると時代遅れのちんけなミラーボールが上空を漂っていた。ミラーボールの後方を見ると大きな隕石が落下した惑星のようにつぶれており、その下にはチープ感たっぷりの楕円型の華奢きゃしゃな机があって、灰皿が一つとはしを見ると飲み物のふき忘れがあり、目線を上げると剥がれかけているポスターには〝マムシラーメン新登場!〟の文字がでかでかと書かれていて、そのまま壁一面を眺めるとあちらこちらがげていた。
 どうりで激安なはずだ……。
 ヤニの匂いがうっすら漂っている。その匂いに誘われるように、ガリさんはシガレットケースからタバコを一本つまんだ。ノックされてドアが開くと、コーラとウーロン茶とクリームソーダとポテトフライとイカの乾き物がトレイに乗せられていた。
「ここのカラオケボックスは乾き物が充実してるから好きやねん」とガリさんが言ったので、「もしかして、クリームソーダを頼んだのもガリさんですか?」と尋ねると、「せやけど、何か問題でも?」と言われてしまい、「だと思いました。さすが、ガリさん……」としか答えることができなかった。どんな、食い合わせだよ……。
 ガリさんはクリームをご満悦な表情ですくうと、すぐさま口の中に放り込み、そのままスプーンを咥えたまま手際よくセッティングを開始した。モニターの電源をつけると申し分ない映像が映し出されていた。画面の中心ではねじが足を組みながら座っている。
「マジ、最高。早く始めろよ~。な、ガリ、グリーン」
 この人、なぜだか異様に興奮してるんですけど……。
「お、来た来た。女が来た」
 二十代前半だろうか。スタイルの良さに目を奪われた。黒髪セミロングでナチュラルメイク。外見だけだと清純そうに観える。笑うと、口元には愛らしい笑窪が出現した。
「ま、ねじにしては珍しくモデル系の可愛らしい美人を連れてるじゃねぇか」
「ごっつ、べっぴんやな! まぎれもない超スト高やで」
「わかった。あいつ、俺たちに自慢するためにこんなことを了解したんだろ。ねじの考えそうなことだよ」
 乳ローがぶつくさうるさくて二人の声が聞こえないので周りを観てみると、公園は薄暗くて人気がなく二人以外は誰もいないように感じられた。先ほどの嵐が嘘のように治まり静まりかえっている。頭上では柳が緩やかな風に揺れ、画面の片隅にはチョコレートハウスのような茶煉瓦ちゃれんがで作られたトイレがあり、灯りがいくつかともっている。その横にはシーソー、ジャングルジム、うんてい、小さな噴水があり、すぐ側にある砂場には支柱と共に藤の木が植えられていて、その紫の花も緩やかな風に揺れている。小さな子どもが遊んだあとに持ち帰るのを忘れたのか、黄色いゴム製のボールがポツンと落ちている。ブランコのきしむ「キィ、キィ」という音色が、夕闇の匂いと絡みながらイヤホンを通して微かに耳に届いた。
「では、解説はお馴染みのガリ総長、よろしくお願いします」
「『こちらこそ、よろしゅう頼んます。実況の乳ローさん』ってどつくぞボケ」
「おーこわ! そんなに怒らなくてもいいと思わない? ねぇ、特別ゲストのグリーンさん」
「あ、はい、そうですね……」
「冗談はさておき、百戦錬磨のねじやからあらゆる引き出しを開けて口説いていくと思うねん。まぁ、お手並み拝見といこうや。グリーン、よう見とけよ」
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