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第一章 紡がれる日常

side 寺院の僧侶さん

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 霊峰を背に建つ我が寺院は、女神ヴィシュタル様が自らお造りになったという神話がある。

 この寺院に仕えるには、厳しい修行に耐えるよりも先に越えねばならぬ試練が一つ。
 寺院の周囲に広がる清らかな湖、これを一人で渡りきる。

 心に迷いあるものが通れば深き水に沈む。
 心に黒きもの持つ者は番人たる守護者に阻まれる。

 心に持つ煩悩を消し去り、慈愛を持てば道は開かれる。

 この寺院は霊峰と現世の境界線、かの地に棲むものを刺激せぬよう、人の出入りを制限するための結界の要を守り続けるのが真の役目。
 湖の上を走る者たちもまた結界の守護するための存在。

 俗世と関りを断ち、魂がいつか輪廻に還るその日まで霊峰に祈りを捧げる日々。
 守護者の食事は朝露に濡れた草、これを摘みとるのが一日の最初の仕事。
 朝の礼拝の後は花を摘み、女神ヴィシュタル様に捧げるために祈りながら湖に花を浮かべる。その時に一瞬だけ光る湖面の美しさは筆舌に尽くしがたい、まさに神秘そのもの。

 この光景を守り続けることこそが我らの誇り。

 なんだけどなぁ、なんかいる。
 寺院に来たばかりの見習い僧が湖に人影が見えると報告に来たので、正体を見極めるため皆で櫓に登ったらキラキラしながら湖面を走っていた。
 湖面も花を捧げた時と比べ物にならないほどキラキラしている。だんだん目が痛くなってきた。

「侵入者かと思いましたが、違いますよねぇ」
「湖面を歩くどころか走っておりますな」
「守護者の外見が露骨に変わっておりますぞ」
「あれが噂のもふもふ」
「とりあえず……拝んでおきましょうぞ」
「そうしましょう」

 悪しき者ではないのなら、満足すればきっと帰るだろう。
 そう思っていたのですよ。

「はーー、疲れたー! シャムス、おやつにしよー」
「あーい」

 キャッキャウフフと追いかけっこをしていた子犬と少年がこっちに来るんですけど、どうしたら良いのでしょうか、女神ヴィシュタルよどうか我らをお助けください。
 あ、でも寺院の敷地には結果が張ってあるから入れな――

「楽しかったねぇ」
「あい!」
「おやつは何がいいですかー?」
「げっぺぇ」

 普通に岸に上がってきた。 
 しかも敷布を広げて寛ぎ始めたのですが!

 守護者が周囲を取り囲んだのでさすがに警告をするよねと思ったら、単におねだりだったようで少年から何かをもらって食べ始めた。
 守護者、仕事、仕事。

「もふもふに囲まれて至福」
『月餅食べる? これこしあんよ』
「きゅぴー」
「私、みそあん」
「桜あんある?」

 増えた。
 二人増えた。

「あの、あの……兄様方」
「私は見てない、何も見てない」
「寺院にこもって祈りましょう、礼拝です、今日一日祈ってましょう」
「兄様方、現実見ましょうよ!」
「やだやだやだやだ」
「無理です、本当に無理、え、嘘ぉ」
「拝殿にある女神像とお顔が同じです! 見ないふりの方がまずいですって!」

 さすが新人、真面目!
 でも無理だから、女神とは祈りを捧げる対象であり、本人と会えるなんて思ってないから!
 役目を果たして輪廻の先で出会う相手だから、それまでは夢を見続けよって先輩たちが残した古文章が残ってるから現実逃避が正しいのだよ!
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