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最終章 愛されていた鳥
第22話&エピローグ
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奏が瞳に涙を溜めながらそう声を出す。
男は奏を直視できないのか、顔を逸らせたまま目を合わせようとしない。
「あんなやり方をしなくても私を守る方法はあったはずですよ?」
奏がそこまで言って深く深呼吸をする。
「……お父さん」
奏の言葉に音也が目を見開く。
「……知っていたのか……」
そう呟き深くため息を吐くと、音也は観念したのか、話し始めた。
「……俺は偶然知ったサイト「女神たちの集い」を見て、奏が危険な目に遭うかもしれないという事を知った。だから、俺は小川の事を調べて奴を監視していた。奴は前科があったからすぐに調べは付いたよ……。そして、あの日、奏の後をつけていた小川の後をそっと追い、人気が無いところで犯行に及んだ……。場所が場所だけに、特に目撃者もいなかった。俺はこれで娘を守ることが出来たと思い、安心していたら二人目が現れた……」
音也がそこまで話して深く息を吐く。
「まさか、それが囮作戦だったとはな……」
音也がそう言葉を綴る。
「正確には、賀川さんが「女神の従者」と言うことが分かり、協力してもらったんです……」
奏がそう言葉を綴る。
「……お父さん、私はあなたにある真実を伝えたくてここに来ました」
奏は瞳に強い光を発しながら、そう言葉を綴った。
「あなた方は確か……」
冴子たちに声を掛けてきた女性と隣にいる男性を見て冴子が声を出す。
「奏の両親です。正確には育ての親になりますが……」
母親の雫がそう言葉を発する。
「奏に頼まれてあるものを持ってきました」
雫がそう言って壁に立てかけてある白い布に包まれた大きなものを指差す。
「これは、ある事件の真実を伝えるのに必要なものだからと言われて、二人で運んできました」
「真実?」
雫の言葉に冴子がはてなマークを浮かべる。
「奏ちゃんの実の父親が起こした事件って……?」
紅蓮が頭にはてなマークを浮かべながらそう声を出す。
「あの時――――」
そう言って、雫が「あの時」に何があったかを語り出した。
回想
「……ごめんね!薫くん!手伝って貰っちゃって!!」
奏の実の母親である神島 結が音也と共通の友達である薫にそう声を掛ける。
「大丈夫だよ。さっ!急がなきゃ帰ってきちゃうよ?」
薫がそう言いながら部屋をデコレーションしていく。その近くで結はあるものを必死で作成していた。
「全く……。これを思いつくのは良いけど、凝り過ぎたせいでかなり時間がかかり過ぎじゃない?」
雫が少し呆れ果てたようにそう言葉を綴る。
「だって~!!どうしても作りたかったんだも~ん!!お姉ちゃんまで巻き込んでごめんなさいとは思っているけど~!!」
結があるものを必死で作りながら、半泣きでそう言葉を綴る。
「薫君もごめんなさいね。結の思い付きで手伝いに来て貰って……」
雫が薫に申し訳ない表情でそう言葉を綴る。
「いえ。本当に大丈夫なんで気にしないでください。僕も音也君に驚いて貰いたいですから」
薫が微笑みながらそう言葉を綴る。
――――ピコンッ!
そこへ、結のスマートフォンが鳴り、メッセージが来たことを告げる。
「あっ!音也君からだよ!夜の八時頃には到着するって!」
結がメッセージを読み上げる。
「よしっ!まだ時間はあるね!急いで仕上げよっか!!」
薫がそう言って気合を入れるために腕を捲る。そして、デコレーション作業で熱くなってきたのか、シャツの第一ボタンを外す。
「絶対完成させるぞ~!!」
結がそう叫んで急ピッチで作業を進めていく。
「……な……何とか出来た……」
結が出来上がったものを見て、安堵の息を吐く。そして、薫と一緒にデコレーションをしていく。雫には音也が帰ってきたらピカピカの湯船で入ってもらいたいからと言う事で、お風呂場の掃除をお願いしている。
そして、時間が夜の七時前に差し掛かろうとした時だった。
――――ピンポーン……。
家のチャイムが鳴り、結が誰だろうと思い、インターフォンを確認する。
「お……音也君?!え?!なんで?!」
結が慌てた様子で慌てて玄関に向かう。
「お……お帰りなさい!ちょ……ちょっとここで待ってね!!」
結がそう言って部屋の奥に消えていく。
そして、部屋の中から慌てたような音が鳴り響く。
「……ごめんね。そろそろいいよ……」
結が疲れた顔でそう言葉を綴る。
「……予定より早かったんだね……音也君……」
同じように疲れた様子の薫が顔を出す。
「本当……だったんだ……」
その二人の様子を見て音也がそう声を出す。
結の少し乱れた感じの格好……。
薫の第一ボタンが外れていること……。
そして、疲れた様子……。
「……信じていたのに……」
音也がそう呟き、玄関に飾っている壺を手に持つ。
「音也君?」
結が音也の様子がおかしいので声を掛ける。
「じゃあ、僕はお暇するね。またね、結ちゃん、音也君」
薫がそう言って靴を履き、玄関を出ようとした時だった。
――――ガツッ!!!
帰ろうとした薫の頭を音也が壺で思い切り叩く。
「音也君?!何を!!」
結が声を上げる。
「……信じてたのに……」
――――ガツッ……!!!
音也が今度は結の頭を壺で思い切り叩いた……。
「――――あの後、私がお風呂場の掃除が終わって出てきた時にやけに静かだったので、おかしいと感じたんです。そして、リビングに結と薫君が居なかったので何処に行ったのだろうと思い、玄関に行ったらそこには結と薫君が血を流して倒れていたわ……。私は急いで救急車を呼んで二人は病院に運ばれていったけど、二人とも病院で死亡が確認されたの……」
雫があの時の事をそう話し終わりと深く息を吐く。
「……音也さんはその時は……?」
冴子がそう尋ねる。
「音也さんは放心状態だったわ……。目は焦点が合っていない状態で「信じていたのに」って、ずっと呟いていたわ……」
雫が当時のことを思い出しているのだろうか……。遠い目をしながら悲痛そうに言葉を綴る。
「じゃあ……、テレビでやっていた浮気現場を目撃して……って言うのは真っ赤な嘘だったってことですよね?」
冴子がそう言葉を綴る。
「えぇ……。音也さんはそれなりに名が売れていた作家でしたからね。マスコミも「ミステリー界の異端者、妻に浮気された腹いせに妻とその浮気相手を殺害」と言う風に報じて、真相を音也さんに話そうとしても音也さんが話す機会を与えてくれなかったのよ……」
雫が辛そうな表情でそう言葉を綴る。
「ちなみに奏ちゃんは本当の父親が作家だったってことは……?」
冴子がそう尋ねる。
「知らないです……。作家名も知りません……。趣味で物書きをしていたと説明してありましたから……」
「そうだったんですね……」
雫の言葉に冴子がそう答える。
(だから、コメントを貰った時に気付かなかったのね……)
冴子がこの前の奏とランチをした時に奏が話していたことをそう振り返る。
「良かったらこれを……音也さんに見せてあげてください……。結の……妹の音也さんに対する愛情がこもっているものですので……」
雫がそう言葉を綴りながら頭を深く下げる。
「……分かりました」
冴子はそう返事をすると、取調室をノックした。
「――――これが、「真実」です……」
奏が音也に「あの時」の状況を話し終える。
「だが……、それが真実だという保証はない……」
音也が奏の言葉をそう否定する。
その時だった。
――――コンコンコン……。
取調室の扉がノックされて冴子が顔を出す。
「奏ちゃん、例のものが到着したわよ」
「ありがとうございます。お手数ですが、こちらに運んでもらってよろしいですか?」
冴子の言葉に奏がそうお願いをする。
「分かったわ」
冴子がそう言って、部屋を出ると、透たちがそれを壊さないように慎重に運び込む。
「……なんだこれは?」
白い布に包まれた大きなものを見て音也が怪訝な声を出す。
「先程話した私の本当の母親である結さんがあなたのために直前まで作っていたものです」
奏がそう言葉を綴り、覆ってある白い布を掴む。
――――ファサ…………。
「これ……は……」
現れたものを見て音也が声を出す。
『OTOYA Happy Birthday! & おつかれさま!!』
そのものは大きな布にビーズステッチで文字が書かれており、それを板に張り付けてから周りを色とりどりの折り紙を何枚か重ねて作った花で枠が作られていた。その折り紙の花も学校で作るようなくしゃくしゃにして作る花ではなく、花びら一枚一枚が綺麗に折られていてそれを繋ぎ合わせて一つ一つ丁寧に作ってある。これを作り上げるのに、沢山の時間が必要だったことはそのものを見れば分かる。
「……結さんは海外に仕事に行って帰ってくるのがあなたの誕生日を過ぎてしまうので、帰って来た時に驚かせる意味も含めてこれを作ったそうです。これは、結さんなりのあなたへの愛情表現です……。あなたは……お父さんはちゃんとお母さんに愛されていたんですよ……」
最後の方は涙声になりながら奏がそう言葉を綴る。
「むす……び……」
そのものを見て音也が涙を流す。
「俺は……俺は……」
音也がそう言いながら自分を責める。
鳥はちゃんと愛されていた……。
疑う事さえなければ、きっと……きっと……幸せな家庭を築けていただろう……。
誤解から生まれた事件……。
そして、その事件の誤解は長い年月をかけてようやっと真実が明かされた……。
~エピローグ~
「……お疲れ様、奏ちゃん」
冴子がそう言ってホットコーヒーを奏に渡す。
あの後、音也は本山達と取調室を出て、再び刑務所に護送されていった。でも、その表情はどこか穏やかにも見えた。あの時の真実が分かり、ちゃんと結に愛されていたことを知り、音也はきっと長年の苦しみから解放されたのだろう……。
(次に会う時は笑顔で会えたらいいな……)
奏が心でそう呟く。
「……それにしても、奏の本当の父親があの『黒錬』だとはな……」
透がコーヒーを片手にそう声を出す。
「……へ?」
その言葉に奏から変な声が出る。
「神島音也の作家名は『黒錬』って言ってミステリー界の異端者と呼ばれていたが本物の作家だよ」
透がホットコーヒーを啜りながらそう言葉を綴る。
「え……?え……?お父さんって趣味で物書きしていただけじゃ……」
奏が唖然としながらそう声を発する。
「マジモンの作家だよ♪」
紅蓮が軽快な口調で言う。
「え……?え……?」
奏は思考回路が付いていけないのか戸惑ったまま半分固まっている。
「ほら、これだよ」
槙がそう言ってパソコンでその画像を見せる。
何年か前のその画像には音也の写真と発売されている書籍の表紙が載っており、キャッチコピーには「ミステリー界の異端者『黒錬』の最新作、明日発売!」と書かれていた。
奏がその画面をまじまじと眺める。
「え?え?えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
奏が驚きのあまり、大きな声で叫ぶ。
「いつか奏ちゃんもモノホンの作家になれる日が来るといいね♪」
紅蓮がウィンクをしながらそう言葉を綴る。
「あ……。なぁ、奏。奏の作家名の「結音」って、もしかして本当の両親から取ったのか?」
透がそう声を発する。
「あ……はい。お母さんの「結」とお父さんの「音」を貰って「結音」と言う作家名にしたんです。私の名前もお父さんとお母さんの名前が由来ですから……」
「どういうこと?」
奏の言葉に冴子がそう尋ねる。
「……私の名前はお父さん……音也さんが考えたそうです。「自分の「音」と結の「結」。『結んだ音を奏でる』というお父さんの発想で『奏』と名付けたそうです……」
奏が少し照れながらそう語る。
「作家らしい発想だな」
槙がそう淡々と言う。
「なんだか素敵な名前の付け方ね」
冴子がそう言葉を綴る。
『この子の名前な『奏』だよ、結』
『どうして?』
『結んだ音を奏でる……。だから『奏』。奏は俺と結が一つになった証だからね』
『ふふっ。作家の音也君らしいね!』
『奏は二人の証だよ。優しく思いやりのある子になるように愛情をたくさん注ごうな!』
『うん!奏ちゃん……これからパパとママをよろしくね!』
それは遠い過去の旋律……。
お互いを想い合い、愛し合っている優しい旋律……。
音也がゆっくりと目を覚ます。
「懐かしい夢を見たな……」
そう小さく呟く。
「……涙?」
自分の頬が涙で濡れていることに気付く。
「結……、愛しているよ……。これからもずっと……」
「ただいま~……」
「お帰り、奏。お疲れ様」
家に帰りついた奏に雫が労いの言葉を掛ける。
「広斗君、来ているわよ」
「え?!」
雫の言葉に奏が声を出す。
「部屋に通しておいたからね」
雫の言葉に奏が慌てて部屋に向かう。
――――バターンっ!!!
「ひ……広斗さん!!」
奏が部屋のドアを思い切り開いてそう声を出す。扉が思い切り開かれたので、広斗は驚きのあまり、ちょっと飛び上がってしまった。
「お疲れ様、奏」
広斗が笑顔でそう言葉を綴る。
「お……おかえり……なさい……」
奏が涙声になりながらそう声を出す。
「帰るのが遅くなってごめんね。ただいま、奏」
広斗がそう言って腕を広げる。
「広斗……さん……」
奏が広斗の腕に飛び込む。
「ようやっと「真実」を伝えられてよかったね……。本当にお疲れ様……」
広斗が奏を抱き締めながらそう言葉を綴る。
「大好きです……広斗さん……」
奏がそう綴る。
人が何かを事件を起こすとき、そこには「真実」が隠されている……。
そして、その「真実」の中には「愛情」や「慈しみ」も確かに存在する……。
事件の上辺だけを見るのではなく、「真実」を見ることでなぜその事件が起こったのかを紐解くことが出来る……。
どんな「鳥」でも、沢山の感情がある。
愛する感情……。
憎む感情……。
事件は人の感情が交差して起こる……。
それでも「愛」はきっと誰もが持っている世界を変えるほどのエネルギーだ!!
(ファクト ~真実~ 完)
男は奏を直視できないのか、顔を逸らせたまま目を合わせようとしない。
「あんなやり方をしなくても私を守る方法はあったはずですよ?」
奏がそこまで言って深く深呼吸をする。
「……お父さん」
奏の言葉に音也が目を見開く。
「……知っていたのか……」
そう呟き深くため息を吐くと、音也は観念したのか、話し始めた。
「……俺は偶然知ったサイト「女神たちの集い」を見て、奏が危険な目に遭うかもしれないという事を知った。だから、俺は小川の事を調べて奴を監視していた。奴は前科があったからすぐに調べは付いたよ……。そして、あの日、奏の後をつけていた小川の後をそっと追い、人気が無いところで犯行に及んだ……。場所が場所だけに、特に目撃者もいなかった。俺はこれで娘を守ることが出来たと思い、安心していたら二人目が現れた……」
音也がそこまで話して深く息を吐く。
「まさか、それが囮作戦だったとはな……」
音也がそう言葉を綴る。
「正確には、賀川さんが「女神の従者」と言うことが分かり、協力してもらったんです……」
奏がそう言葉を綴る。
「……お父さん、私はあなたにある真実を伝えたくてここに来ました」
奏は瞳に強い光を発しながら、そう言葉を綴った。
「あなた方は確か……」
冴子たちに声を掛けてきた女性と隣にいる男性を見て冴子が声を出す。
「奏の両親です。正確には育ての親になりますが……」
母親の雫がそう言葉を発する。
「奏に頼まれてあるものを持ってきました」
雫がそう言って壁に立てかけてある白い布に包まれた大きなものを指差す。
「これは、ある事件の真実を伝えるのに必要なものだからと言われて、二人で運んできました」
「真実?」
雫の言葉に冴子がはてなマークを浮かべる。
「奏ちゃんの実の父親が起こした事件って……?」
紅蓮が頭にはてなマークを浮かべながらそう声を出す。
「あの時――――」
そう言って、雫が「あの時」に何があったかを語り出した。
回想
「……ごめんね!薫くん!手伝って貰っちゃって!!」
奏の実の母親である神島 結が音也と共通の友達である薫にそう声を掛ける。
「大丈夫だよ。さっ!急がなきゃ帰ってきちゃうよ?」
薫がそう言いながら部屋をデコレーションしていく。その近くで結はあるものを必死で作成していた。
「全く……。これを思いつくのは良いけど、凝り過ぎたせいでかなり時間がかかり過ぎじゃない?」
雫が少し呆れ果てたようにそう言葉を綴る。
「だって~!!どうしても作りたかったんだも~ん!!お姉ちゃんまで巻き込んでごめんなさいとは思っているけど~!!」
結があるものを必死で作りながら、半泣きでそう言葉を綴る。
「薫君もごめんなさいね。結の思い付きで手伝いに来て貰って……」
雫が薫に申し訳ない表情でそう言葉を綴る。
「いえ。本当に大丈夫なんで気にしないでください。僕も音也君に驚いて貰いたいですから」
薫が微笑みながらそう言葉を綴る。
――――ピコンッ!
そこへ、結のスマートフォンが鳴り、メッセージが来たことを告げる。
「あっ!音也君からだよ!夜の八時頃には到着するって!」
結がメッセージを読み上げる。
「よしっ!まだ時間はあるね!急いで仕上げよっか!!」
薫がそう言って気合を入れるために腕を捲る。そして、デコレーション作業で熱くなってきたのか、シャツの第一ボタンを外す。
「絶対完成させるぞ~!!」
結がそう叫んで急ピッチで作業を進めていく。
「……な……何とか出来た……」
結が出来上がったものを見て、安堵の息を吐く。そして、薫と一緒にデコレーションをしていく。雫には音也が帰ってきたらピカピカの湯船で入ってもらいたいからと言う事で、お風呂場の掃除をお願いしている。
そして、時間が夜の七時前に差し掛かろうとした時だった。
――――ピンポーン……。
家のチャイムが鳴り、結が誰だろうと思い、インターフォンを確認する。
「お……音也君?!え?!なんで?!」
結が慌てた様子で慌てて玄関に向かう。
「お……お帰りなさい!ちょ……ちょっとここで待ってね!!」
結がそう言って部屋の奥に消えていく。
そして、部屋の中から慌てたような音が鳴り響く。
「……ごめんね。そろそろいいよ……」
結が疲れた顔でそう言葉を綴る。
「……予定より早かったんだね……音也君……」
同じように疲れた様子の薫が顔を出す。
「本当……だったんだ……」
その二人の様子を見て音也がそう声を出す。
結の少し乱れた感じの格好……。
薫の第一ボタンが外れていること……。
そして、疲れた様子……。
「……信じていたのに……」
音也がそう呟き、玄関に飾っている壺を手に持つ。
「音也君?」
結が音也の様子がおかしいので声を掛ける。
「じゃあ、僕はお暇するね。またね、結ちゃん、音也君」
薫がそう言って靴を履き、玄関を出ようとした時だった。
――――ガツッ!!!
帰ろうとした薫の頭を音也が壺で思い切り叩く。
「音也君?!何を!!」
結が声を上げる。
「……信じてたのに……」
――――ガツッ……!!!
音也が今度は結の頭を壺で思い切り叩いた……。
「――――あの後、私がお風呂場の掃除が終わって出てきた時にやけに静かだったので、おかしいと感じたんです。そして、リビングに結と薫君が居なかったので何処に行ったのだろうと思い、玄関に行ったらそこには結と薫君が血を流して倒れていたわ……。私は急いで救急車を呼んで二人は病院に運ばれていったけど、二人とも病院で死亡が確認されたの……」
雫があの時の事をそう話し終わりと深く息を吐く。
「……音也さんはその時は……?」
冴子がそう尋ねる。
「音也さんは放心状態だったわ……。目は焦点が合っていない状態で「信じていたのに」って、ずっと呟いていたわ……」
雫が当時のことを思い出しているのだろうか……。遠い目をしながら悲痛そうに言葉を綴る。
「じゃあ……、テレビでやっていた浮気現場を目撃して……って言うのは真っ赤な嘘だったってことですよね?」
冴子がそう言葉を綴る。
「えぇ……。音也さんはそれなりに名が売れていた作家でしたからね。マスコミも「ミステリー界の異端者、妻に浮気された腹いせに妻とその浮気相手を殺害」と言う風に報じて、真相を音也さんに話そうとしても音也さんが話す機会を与えてくれなかったのよ……」
雫が辛そうな表情でそう言葉を綴る。
「ちなみに奏ちゃんは本当の父親が作家だったってことは……?」
冴子がそう尋ねる。
「知らないです……。作家名も知りません……。趣味で物書きをしていたと説明してありましたから……」
「そうだったんですね……」
雫の言葉に冴子がそう答える。
(だから、コメントを貰った時に気付かなかったのね……)
冴子がこの前の奏とランチをした時に奏が話していたことをそう振り返る。
「良かったらこれを……音也さんに見せてあげてください……。結の……妹の音也さんに対する愛情がこもっているものですので……」
雫がそう言葉を綴りながら頭を深く下げる。
「……分かりました」
冴子はそう返事をすると、取調室をノックした。
「――――これが、「真実」です……」
奏が音也に「あの時」の状況を話し終える。
「だが……、それが真実だという保証はない……」
音也が奏の言葉をそう否定する。
その時だった。
――――コンコンコン……。
取調室の扉がノックされて冴子が顔を出す。
「奏ちゃん、例のものが到着したわよ」
「ありがとうございます。お手数ですが、こちらに運んでもらってよろしいですか?」
冴子の言葉に奏がそうお願いをする。
「分かったわ」
冴子がそう言って、部屋を出ると、透たちがそれを壊さないように慎重に運び込む。
「……なんだこれは?」
白い布に包まれた大きなものを見て音也が怪訝な声を出す。
「先程話した私の本当の母親である結さんがあなたのために直前まで作っていたものです」
奏がそう言葉を綴り、覆ってある白い布を掴む。
――――ファサ…………。
「これ……は……」
現れたものを見て音也が声を出す。
『OTOYA Happy Birthday! & おつかれさま!!』
そのものは大きな布にビーズステッチで文字が書かれており、それを板に張り付けてから周りを色とりどりの折り紙を何枚か重ねて作った花で枠が作られていた。その折り紙の花も学校で作るようなくしゃくしゃにして作る花ではなく、花びら一枚一枚が綺麗に折られていてそれを繋ぎ合わせて一つ一つ丁寧に作ってある。これを作り上げるのに、沢山の時間が必要だったことはそのものを見れば分かる。
「……結さんは海外に仕事に行って帰ってくるのがあなたの誕生日を過ぎてしまうので、帰って来た時に驚かせる意味も含めてこれを作ったそうです。これは、結さんなりのあなたへの愛情表現です……。あなたは……お父さんはちゃんとお母さんに愛されていたんですよ……」
最後の方は涙声になりながら奏がそう言葉を綴る。
「むす……び……」
そのものを見て音也が涙を流す。
「俺は……俺は……」
音也がそう言いながら自分を責める。
鳥はちゃんと愛されていた……。
疑う事さえなければ、きっと……きっと……幸せな家庭を築けていただろう……。
誤解から生まれた事件……。
そして、その事件の誤解は長い年月をかけてようやっと真実が明かされた……。
~エピローグ~
「……お疲れ様、奏ちゃん」
冴子がそう言ってホットコーヒーを奏に渡す。
あの後、音也は本山達と取調室を出て、再び刑務所に護送されていった。でも、その表情はどこか穏やかにも見えた。あの時の真実が分かり、ちゃんと結に愛されていたことを知り、音也はきっと長年の苦しみから解放されたのだろう……。
(次に会う時は笑顔で会えたらいいな……)
奏が心でそう呟く。
「……それにしても、奏の本当の父親があの『黒錬』だとはな……」
透がコーヒーを片手にそう声を出す。
「……へ?」
その言葉に奏から変な声が出る。
「神島音也の作家名は『黒錬』って言ってミステリー界の異端者と呼ばれていたが本物の作家だよ」
透がホットコーヒーを啜りながらそう言葉を綴る。
「え……?え……?お父さんって趣味で物書きしていただけじゃ……」
奏が唖然としながらそう声を発する。
「マジモンの作家だよ♪」
紅蓮が軽快な口調で言う。
「え……?え……?」
奏は思考回路が付いていけないのか戸惑ったまま半分固まっている。
「ほら、これだよ」
槙がそう言ってパソコンでその画像を見せる。
何年か前のその画像には音也の写真と発売されている書籍の表紙が載っており、キャッチコピーには「ミステリー界の異端者『黒錬』の最新作、明日発売!」と書かれていた。
奏がその画面をまじまじと眺める。
「え?え?えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
奏が驚きのあまり、大きな声で叫ぶ。
「いつか奏ちゃんもモノホンの作家になれる日が来るといいね♪」
紅蓮がウィンクをしながらそう言葉を綴る。
「あ……。なぁ、奏。奏の作家名の「結音」って、もしかして本当の両親から取ったのか?」
透がそう声を発する。
「あ……はい。お母さんの「結」とお父さんの「音」を貰って「結音」と言う作家名にしたんです。私の名前もお父さんとお母さんの名前が由来ですから……」
「どういうこと?」
奏の言葉に冴子がそう尋ねる。
「……私の名前はお父さん……音也さんが考えたそうです。「自分の「音」と結の「結」。『結んだ音を奏でる』というお父さんの発想で『奏』と名付けたそうです……」
奏が少し照れながらそう語る。
「作家らしい発想だな」
槙がそう淡々と言う。
「なんだか素敵な名前の付け方ね」
冴子がそう言葉を綴る。
『この子の名前な『奏』だよ、結』
『どうして?』
『結んだ音を奏でる……。だから『奏』。奏は俺と結が一つになった証だからね』
『ふふっ。作家の音也君らしいね!』
『奏は二人の証だよ。優しく思いやりのある子になるように愛情をたくさん注ごうな!』
『うん!奏ちゃん……これからパパとママをよろしくね!』
それは遠い過去の旋律……。
お互いを想い合い、愛し合っている優しい旋律……。
音也がゆっくりと目を覚ます。
「懐かしい夢を見たな……」
そう小さく呟く。
「……涙?」
自分の頬が涙で濡れていることに気付く。
「結……、愛しているよ……。これからもずっと……」
「ただいま~……」
「お帰り、奏。お疲れ様」
家に帰りついた奏に雫が労いの言葉を掛ける。
「広斗君、来ているわよ」
「え?!」
雫の言葉に奏が声を出す。
「部屋に通しておいたからね」
雫の言葉に奏が慌てて部屋に向かう。
――――バターンっ!!!
「ひ……広斗さん!!」
奏が部屋のドアを思い切り開いてそう声を出す。扉が思い切り開かれたので、広斗は驚きのあまり、ちょっと飛び上がってしまった。
「お疲れ様、奏」
広斗が笑顔でそう言葉を綴る。
「お……おかえり……なさい……」
奏が涙声になりながらそう声を出す。
「帰るのが遅くなってごめんね。ただいま、奏」
広斗がそう言って腕を広げる。
「広斗……さん……」
奏が広斗の腕に飛び込む。
「ようやっと「真実」を伝えられてよかったね……。本当にお疲れ様……」
広斗が奏を抱き締めながらそう言葉を綴る。
「大好きです……広斗さん……」
奏がそう綴る。
人が何かを事件を起こすとき、そこには「真実」が隠されている……。
そして、その「真実」の中には「愛情」や「慈しみ」も確かに存在する……。
事件の上辺だけを見るのではなく、「真実」を見ることでなぜその事件が起こったのかを紐解くことが出来る……。
どんな「鳥」でも、沢山の感情がある。
愛する感情……。
憎む感情……。
事件は人の感情が交差して起こる……。
それでも「愛」はきっと誰もが持っている世界を変えるほどのエネルギーだ!!
(ファクト ~真実~ 完)
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山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
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