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第三章 愛を欲しがった悲しみの鳥
第1話
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~プロローグ~
「幸せになりたかっただけなのに……ただ……それだけなのに……」
暗がりの一室で一人の女が涙を流しながらそう言葉を綴る。
――――ガラっ!!
「おい!何やってんだよ?!さっさと飯作れよ!!」
そこへ、一人の男が部屋に入って来て怒声を上げる。
――――ドカッ!!
「早くしろ!!ノロマ!!」
男が女を足で蹴りながら、女に罵声を浴びせる。
「後、あのババァがさっきから説教垂れてうるさいから何とかしとけ!!」
男はそう言うと、部屋を出て行く。
女はよろよろと立ち上がると、朝食の支度をするためにその部屋を出た。
朝食の準備をして、男がそれを食べ終わると、入れ替わるように年配の女性が朝食を食べ始める。そして、最後に女が朝食を食べて後片付けをする……それが、この家では当たり前になっていた。
女が朝食を終えて洗い物を済ませると。急いで出勤するための支度に取り掛かる。殴られた痣を隠すためにメイクを濃くしてコンシーラーなども使い、痣を隠す。そして、仕度を終えて、家を出ようとした時だった。
「おい、一万」
玄関を出ようとした女を呼び止めて、男がそう言いながら手を出す。
「また、パチンコに行くの?そんなお金は……」
「あぁ?俺に逆らうのかよ?」
女の言葉に男が睨みつけるように言葉を吐く。
「……分かったわ。はい……」
女がそう言って財布から一万円札を出し、男に渡す。男はそのお金を受け取ると、女の横を押し退けるように外に出て行った。
「……なんで、こんな目に遭わなきゃいけないのよ……」
女が小さな声でそう呟く。そして、玄関を出て行った。
1.
「……はぁ、また書類整理かよ……」
紅蓮が机の上に積みあがっている書類を目の前にしてため息を吐く。
「これも仕事の内だ」
槙が物凄い速さでキーボードを打ちながら書類を整理していく。
「とりあえず、頑張るしかないだろう」
透もそう言いながら書類の山を一つ一つ片付けていく。
――――ガチャ!
「はぁ~い♪戻ったわよ~♪」
冴子が陽気な声で特殊捜査室の扉を開けた。その隣には奏もいる。
「おかえりなさい、冴子さん。奏もお疲れ様」
透が二人にそう声を掛ける。
「で、どうなったんですか?」
槙が尋ねる。
「はい。実は……」
そう言って、奏と冴子がこの前の事件で絵梨佳たちがどうなったのかを話し始めた。
例の麻薬絡みの事件は、絵梨佳も徳二も麻薬所持の容疑で刑務所に送られることになり、政明も麻薬所持で体調が回復次第、刑務所に送られる手筈になったのだと言う。神明、新形も同様に送られることになり、神明組が管理していた麻薬は全て押収したとのことだった。
「……なんか、複雑な事件だったな……」
紅蓮がどこか遠い目でそう言葉を綴る。
「そうですね……。愛情からとはいえ、そのために麻薬を使うことは絶対してはいけません……。身体を破壊し、脳を破壊してしまう……。でも、それと同時に戸籍が無いことでまともな職に就けないことや親が罪を犯したことで子供にまで影響が及び、まともな職に付くことが出来なかったということが浮き彫りになりました……」
奏が何処か辛く悲しそうな表情で言葉を綴る。
「とりあえず、上はそういった事で事件にならないためにも何か手を打とうというようなことは言っていたわ。まぁ、でもこればかりは警察ではなく、世の中の人の考え方や政治状況が変わらないと難しいのかもしれないけどね……」
冴子が遠い目でそう語る。
しばらく静寂が流れる。いろいろな事が浮き彫りになった今回の事件は人々の考え方が変わらないと解決できないのかもしれない。そんな気持ちが奏の中をよぎる。
この世の中には「自分さえ良ければいい」という人がいる。そして、人を陥れることを楽しんでいる人だっている。人の不幸を嘲笑っている人もいる。そう考えると、ヤクザとはいえ神明や新形の方がよっぽど人らしいのかもしれない。
「それにしてもさ、なんであの場に奏ちゃんの彼氏が現れるんだ?」
紅蓮が唐突にその静寂を破り、この前の事件解決したときに祝いとしていった居酒屋に広斗が現れたことを恨むような目で言う。
「俺の……俺の銃の腕前を披露して奏ちゃんを俺のものにしようとしたのに……なのに……その計画をぶち壊しやがって……」
紅蓮がこぶしを握り締めながらいかにも「悔しい!」という雰囲気で芝居がかりの口調で言う。
「……お前みたいなバカに誰が惚れるかよ」
槙が紅蓮の様子を見て、呆れかえるように言葉を吐く。
「あぁ?!誰がバカだよ?!」
「お前以外に誰がいるんだ?」
「お前だってパソコンバカじゃねぇか!!パソコンに女の名前を付けてるんじゃねぇぞ!」
「俺の彼女を馬鹿にするな。藤子は十分魅力的だ」
そう言って、槙が藤子を抱き締めるようなポーズをする。その瞳は「愛しくてたまらない」という感情が見て取れる。
「奏ちゃん!俺をセカンドダーリンにしてくれ!」
「……ほえ?」
紅蓮が突然訳の分からない言葉を発したので奏の口から変な声が出る。
「奏ちゃん!セカンドダーリンでいいから俺を彼氏にしてくれ!」
「あ……あの……」
紅蓮が奏の手を両手でしっかりとつかみながら懇願するように言葉を言うせいか、奏はどうしていいか分からず言葉が上手く綴れない。
「頼む!夜の営みではしっかりと俺がサポートして――――」
紅蓮がそこまで言いかけた時だった。
――――スパーンっ!!!
冴子が紅蓮の後ろから紅蓮の頭を思いきりハリセンで叩く。
「紅蓮……いい加減にしろ……」
般若のような鬼のような形相で冴子が低い声で紅蓮の襟首を掴みながら言葉を吐く。
「さ……冴子……さん……苦ぢぃ……ギブ……ギブ……」
紅蓮があまりの苦しさにそう言葉を漏らす。
「冴子さん、こうなったら本気で今夜にでも埋めましょう!」
槙がシャベルを持ってキラーンと目を光らせながら言葉を綴る。
「……とりあえず、それくらいにしたらどうだ?」
一部始終を遠目で見ていた透がそう言葉を綴ったので、この件は一旦お流れとなった。
「そういえば冴子さん、今は俺たちが追うような事件は無いんですか?」
書類の山を整理しながら紅蓮が尋ねる。
「そうねぇ……。今のところは無いわね。ただ、玄さんの話では、最近、DVの被害が多いって言う話だったわ。肉体的DVもあるけど、精神的DVをする人も増えているみたいよ」
「……嫌な話だな。DVって要は虐待ですよね?なんでそんなことをするのかが分かりませんよ」
槙がため息を吐きながら淡々と言葉を綴る。
「でも、もしかしたらDVをする人も、何かしら心に傷を負っているのかもしれませんね……」
奏が目を伏せながらそう言葉を綴る。
「奏ちゃんは本当に優しいわね。でも、その優しさにつられて変な男に引っ掛かるんじゃないかって言うのがちょっと心配になるけど……」
冴子が暖かな眼でそう言葉を綴りながら優しく言う。
「だから!俺がセカンドダーリンになって守らなきゃいけないよな!」
「「「いつまでそれを言うつもりだ?」」」
紅蓮の言葉に冴子たちがすかさず突っ込みを入れる。奏は困ったような表情でそのやり取りを見ていた。
「……岸田さん、またメイクが濃くなってない?」
「……なんか、旦那から暴力を受けているみたいよ?」
「……お金もむしり取られているって話だけどほんとかな?」
ある会社の事務所で社員たちがひそひそとそんな会話をしている。そんな会話が何となく聞こえてきても、無言で淡々と岸田 茉理は仕事をこなしていった。
(……いい加減、噂されるのにも慣れてきたかも……。もう、会社では敦成から暴力受けていること知られてるし……。かといって、何かしてあげようというのは全くないんだよね……。興味本位で噂して好きに言いたいだけばっかで馬鹿みたい……)
茉理が心の中でそう呟く。
実際、茉理が旦那である敦成から暴力を受けているという噂は社内で有名な話だった。しかし、だからと言って誰も手を差し伸べる訳でもなく、噂をしているだけ……。誰も巻き込まれたくないからか、茉理に近付こうとする人はいない。
そこへ、午前中の業務が終わるチャイムが鳴り響き、茉理は会社を出ていつものように近くの公園に来た。いつものベンチに腰掛けて、そこで、お昼ごはんにいつも持ってきているおにぎりを取り出し、頬張る。おにぎりと言っても、具が入っているわけではなく、塩味すらない白米を握ってきただけのおにぎりだ。職場でこのおにぎりを見せたらまた何か噂をされるかもしれないと思い、お昼ご飯は近場の公園に出てきて、そこでいつも食べていた。
「はぁ……。なんか白米だけのおにぎりも嫌になってきたな……。まだ、お昼抜きの方がましかも……」
ため息を吐きながらそう小さく呟く。
そして、青空を眺めながら空に問いかけるように小さく言葉を綴る。
「……私、幸せになりたいだけなのに……なんでなれないのかな……?」
今にも泣きそうな目でそう呟くが、その問いに返事はない。
旦那である敦成とは娯楽施設の職場で出会った。敦成の方から告白されて付き合いが始まり、結婚をした。でも、結婚した途端、敦成は豹変した。仕事も「辛いから」「やりたくない」という理由で辞めてしまい、毎日、パチンコに行くようになった。それを咎めた時、敦成は暴力を振るうようになった。茉理は離婚も考えたが、付き合っていた頃の優しい敦成の事を考えると、どうしても離婚に踏み切ることが出来なくて、未だにズルズルとこの生活を続けている。
(どうしたらいいのかな……?)
結婚した当初は敦成との生活に胸を躍らせていた。すてきな奥さんになれるように頑張ろうと思い、家事も仕事も頑張ろうと思っていた。しかし、その思いはすぐに踏みにじられて、敦成は仕事を辞めてパチンコに興じるようになり、生活はすぐに行き詰った。そして、一緒に住んでいたアパートも家賃を滞納していたので、追い出されることになり、行き場所がなくなってしまった時、敦成が「実家に電話しろ!」と言ったので、ずっと連絡を取っていなかった母親に連絡を取り、茉理の実家である、母親が住んでいるマンションに敦成と戻ってきたのだった。
しかし、元々母親である淳子との関係があまり良くなかった茉理は最初、実家に戻る事を反対したが、そう言うと、敦成は暴力を振るってきた。
「お前は俺にこのまま野垂れ死ねって言うのかよ?!」
敦成はそう反発して、茉理は渋々実家に電話し、敦成と実家に戻るということを淳子に伝えた。淳子に電話でその事を伝えた時、淳子はただ一言、「好きにすれば?」と言っただけだった。
そして、実家に戻っても、母親が出掛けている時はお金をせびったり、暴力をふるうこともあるが、淳子は敦成が暴力をふるっていることに気づいていながら、特に何も言わなかった。そのことを茉理が淳子に聞いたら返ってきた返事に茉理は愕然となった。
「母親を見捨てたんだから、当然の報いでしょ?」
そう言われて、茉理の味方は家には誰もいなくて、職場にも誰もいない。親しい友達も、今はもういない……。
茉理の味方をしてくれる人は誰もいなくて、一人で耐えており、孤独でもあった。
(……美玖、どうしてるかな……?)
おにぎりを食べながら離れ離れになってしまった親友の顔を思い浮かべる。
(そろそろ、戻らなきゃ……)
ベンチから重い腰を上げて、茉理は職場に戻っていった。
「……なんで、DVが起こってしまうのでしょうか?」
奏が署内にある食堂で冴子と対面に座り、注文したきつねうどんを啜りながらそう言葉を綴る。
「そうねぇ~……。理由は様々だろうけど、結局DVをする人って自分に自信が無いからじゃないかしらね?だから、暴力で相手を従わせようとする……。でも、相手から見たらそんな人からは離れたくなってくるわよね?なんて言うのかしら?人ってどちらかというと弱いから自分を甘やかしてくれる人には優しくしたいというより、依存して、何が何でもその人が離れていかないようにするじゃない?それが、DVになってしまう一つの理由かもしれないわね……」
冴子の言葉に奏は何と言っていいか分からなくて辛そうな表情をする。DVをする人の理由は人それぞれだ。その人が何か辛さを抱えていてDVになってしまうケースもあるだろう。しかし、だからと言ってDVが許されることではない。そんなことをしても誰も幸せになれない。むしろ、不幸の道をたどるだけ……。
「……なんだか、悲しい話ですね……」
奏がそう言葉を綴る。
「そうね……」
冴子が奏の言葉に同調するように声を出す。
DVは負の連鎖になりやすい。親のどちらかがそういうことをしていれば、その子供もDVを起こしやすくする。それが、DVの恐ろしさでもあった……。
「お疲れさまでしたー」
「お疲れー」
「また、明日ね~」
茉理の職場の仕事時間が終わり、社員たちが声を掛け合って会社を後にしていく。
(……急いで帰って、帰ったら夕飯作らなきゃ……)
茉理はそう心で呟くと、帰り支度をして会社を出ようとする。明日は会社がお休みということもあり、社員たちが「今日は飲みに行こうよ!」という声がちらほらと聞こえる。勿論、茉理には誰からもそういう事を誘おうとしない。もくもくと一人で帰りの支度をして、会社を出ようとした時だった。
「あの、岸田さん……」
帰ろうとした茉理に一人の男性社員が声を掛けた。
「何ですか?町田さん」
声を掛けてきたのは茉理の上司だった。
「その……言いにくいんだが……」
町田がある事を茉理に話す。
それを聞いた瞬間、茉理から血の気がサーっと引いていくのが見て取れた。
「敦成が……そんな事を言っているのですか……?」
「幸せになりたかっただけなのに……ただ……それだけなのに……」
暗がりの一室で一人の女が涙を流しながらそう言葉を綴る。
――――ガラっ!!
「おい!何やってんだよ?!さっさと飯作れよ!!」
そこへ、一人の男が部屋に入って来て怒声を上げる。
――――ドカッ!!
「早くしろ!!ノロマ!!」
男が女を足で蹴りながら、女に罵声を浴びせる。
「後、あのババァがさっきから説教垂れてうるさいから何とかしとけ!!」
男はそう言うと、部屋を出て行く。
女はよろよろと立ち上がると、朝食の支度をするためにその部屋を出た。
朝食の準備をして、男がそれを食べ終わると、入れ替わるように年配の女性が朝食を食べ始める。そして、最後に女が朝食を食べて後片付けをする……それが、この家では当たり前になっていた。
女が朝食を終えて洗い物を済ませると。急いで出勤するための支度に取り掛かる。殴られた痣を隠すためにメイクを濃くしてコンシーラーなども使い、痣を隠す。そして、仕度を終えて、家を出ようとした時だった。
「おい、一万」
玄関を出ようとした女を呼び止めて、男がそう言いながら手を出す。
「また、パチンコに行くの?そんなお金は……」
「あぁ?俺に逆らうのかよ?」
女の言葉に男が睨みつけるように言葉を吐く。
「……分かったわ。はい……」
女がそう言って財布から一万円札を出し、男に渡す。男はそのお金を受け取ると、女の横を押し退けるように外に出て行った。
「……なんで、こんな目に遭わなきゃいけないのよ……」
女が小さな声でそう呟く。そして、玄関を出て行った。
1.
「……はぁ、また書類整理かよ……」
紅蓮が机の上に積みあがっている書類を目の前にしてため息を吐く。
「これも仕事の内だ」
槙が物凄い速さでキーボードを打ちながら書類を整理していく。
「とりあえず、頑張るしかないだろう」
透もそう言いながら書類の山を一つ一つ片付けていく。
――――ガチャ!
「はぁ~い♪戻ったわよ~♪」
冴子が陽気な声で特殊捜査室の扉を開けた。その隣には奏もいる。
「おかえりなさい、冴子さん。奏もお疲れ様」
透が二人にそう声を掛ける。
「で、どうなったんですか?」
槙が尋ねる。
「はい。実は……」
そう言って、奏と冴子がこの前の事件で絵梨佳たちがどうなったのかを話し始めた。
例の麻薬絡みの事件は、絵梨佳も徳二も麻薬所持の容疑で刑務所に送られることになり、政明も麻薬所持で体調が回復次第、刑務所に送られる手筈になったのだと言う。神明、新形も同様に送られることになり、神明組が管理していた麻薬は全て押収したとのことだった。
「……なんか、複雑な事件だったな……」
紅蓮がどこか遠い目でそう言葉を綴る。
「そうですね……。愛情からとはいえ、そのために麻薬を使うことは絶対してはいけません……。身体を破壊し、脳を破壊してしまう……。でも、それと同時に戸籍が無いことでまともな職に就けないことや親が罪を犯したことで子供にまで影響が及び、まともな職に付くことが出来なかったということが浮き彫りになりました……」
奏が何処か辛く悲しそうな表情で言葉を綴る。
「とりあえず、上はそういった事で事件にならないためにも何か手を打とうというようなことは言っていたわ。まぁ、でもこればかりは警察ではなく、世の中の人の考え方や政治状況が変わらないと難しいのかもしれないけどね……」
冴子が遠い目でそう語る。
しばらく静寂が流れる。いろいろな事が浮き彫りになった今回の事件は人々の考え方が変わらないと解決できないのかもしれない。そんな気持ちが奏の中をよぎる。
この世の中には「自分さえ良ければいい」という人がいる。そして、人を陥れることを楽しんでいる人だっている。人の不幸を嘲笑っている人もいる。そう考えると、ヤクザとはいえ神明や新形の方がよっぽど人らしいのかもしれない。
「それにしてもさ、なんであの場に奏ちゃんの彼氏が現れるんだ?」
紅蓮が唐突にその静寂を破り、この前の事件解決したときに祝いとしていった居酒屋に広斗が現れたことを恨むような目で言う。
「俺の……俺の銃の腕前を披露して奏ちゃんを俺のものにしようとしたのに……なのに……その計画をぶち壊しやがって……」
紅蓮がこぶしを握り締めながらいかにも「悔しい!」という雰囲気で芝居がかりの口調で言う。
「……お前みたいなバカに誰が惚れるかよ」
槙が紅蓮の様子を見て、呆れかえるように言葉を吐く。
「あぁ?!誰がバカだよ?!」
「お前以外に誰がいるんだ?」
「お前だってパソコンバカじゃねぇか!!パソコンに女の名前を付けてるんじゃねぇぞ!」
「俺の彼女を馬鹿にするな。藤子は十分魅力的だ」
そう言って、槙が藤子を抱き締めるようなポーズをする。その瞳は「愛しくてたまらない」という感情が見て取れる。
「奏ちゃん!俺をセカンドダーリンにしてくれ!」
「……ほえ?」
紅蓮が突然訳の分からない言葉を発したので奏の口から変な声が出る。
「奏ちゃん!セカンドダーリンでいいから俺を彼氏にしてくれ!」
「あ……あの……」
紅蓮が奏の手を両手でしっかりとつかみながら懇願するように言葉を言うせいか、奏はどうしていいか分からず言葉が上手く綴れない。
「頼む!夜の営みではしっかりと俺がサポートして――――」
紅蓮がそこまで言いかけた時だった。
――――スパーンっ!!!
冴子が紅蓮の後ろから紅蓮の頭を思いきりハリセンで叩く。
「紅蓮……いい加減にしろ……」
般若のような鬼のような形相で冴子が低い声で紅蓮の襟首を掴みながら言葉を吐く。
「さ……冴子……さん……苦ぢぃ……ギブ……ギブ……」
紅蓮があまりの苦しさにそう言葉を漏らす。
「冴子さん、こうなったら本気で今夜にでも埋めましょう!」
槙がシャベルを持ってキラーンと目を光らせながら言葉を綴る。
「……とりあえず、それくらいにしたらどうだ?」
一部始終を遠目で見ていた透がそう言葉を綴ったので、この件は一旦お流れとなった。
「そういえば冴子さん、今は俺たちが追うような事件は無いんですか?」
書類の山を整理しながら紅蓮が尋ねる。
「そうねぇ……。今のところは無いわね。ただ、玄さんの話では、最近、DVの被害が多いって言う話だったわ。肉体的DVもあるけど、精神的DVをする人も増えているみたいよ」
「……嫌な話だな。DVって要は虐待ですよね?なんでそんなことをするのかが分かりませんよ」
槙がため息を吐きながら淡々と言葉を綴る。
「でも、もしかしたらDVをする人も、何かしら心に傷を負っているのかもしれませんね……」
奏が目を伏せながらそう言葉を綴る。
「奏ちゃんは本当に優しいわね。でも、その優しさにつられて変な男に引っ掛かるんじゃないかって言うのがちょっと心配になるけど……」
冴子が暖かな眼でそう言葉を綴りながら優しく言う。
「だから!俺がセカンドダーリンになって守らなきゃいけないよな!」
「「「いつまでそれを言うつもりだ?」」」
紅蓮の言葉に冴子たちがすかさず突っ込みを入れる。奏は困ったような表情でそのやり取りを見ていた。
「……岸田さん、またメイクが濃くなってない?」
「……なんか、旦那から暴力を受けているみたいよ?」
「……お金もむしり取られているって話だけどほんとかな?」
ある会社の事務所で社員たちがひそひそとそんな会話をしている。そんな会話が何となく聞こえてきても、無言で淡々と岸田 茉理は仕事をこなしていった。
(……いい加減、噂されるのにも慣れてきたかも……。もう、会社では敦成から暴力受けていること知られてるし……。かといって、何かしてあげようというのは全くないんだよね……。興味本位で噂して好きに言いたいだけばっかで馬鹿みたい……)
茉理が心の中でそう呟く。
実際、茉理が旦那である敦成から暴力を受けているという噂は社内で有名な話だった。しかし、だからと言って誰も手を差し伸べる訳でもなく、噂をしているだけ……。誰も巻き込まれたくないからか、茉理に近付こうとする人はいない。
そこへ、午前中の業務が終わるチャイムが鳴り響き、茉理は会社を出ていつものように近くの公園に来た。いつものベンチに腰掛けて、そこで、お昼ごはんにいつも持ってきているおにぎりを取り出し、頬張る。おにぎりと言っても、具が入っているわけではなく、塩味すらない白米を握ってきただけのおにぎりだ。職場でこのおにぎりを見せたらまた何か噂をされるかもしれないと思い、お昼ご飯は近場の公園に出てきて、そこでいつも食べていた。
「はぁ……。なんか白米だけのおにぎりも嫌になってきたな……。まだ、お昼抜きの方がましかも……」
ため息を吐きながらそう小さく呟く。
そして、青空を眺めながら空に問いかけるように小さく言葉を綴る。
「……私、幸せになりたいだけなのに……なんでなれないのかな……?」
今にも泣きそうな目でそう呟くが、その問いに返事はない。
旦那である敦成とは娯楽施設の職場で出会った。敦成の方から告白されて付き合いが始まり、結婚をした。でも、結婚した途端、敦成は豹変した。仕事も「辛いから」「やりたくない」という理由で辞めてしまい、毎日、パチンコに行くようになった。それを咎めた時、敦成は暴力を振るうようになった。茉理は離婚も考えたが、付き合っていた頃の優しい敦成の事を考えると、どうしても離婚に踏み切ることが出来なくて、未だにズルズルとこの生活を続けている。
(どうしたらいいのかな……?)
結婚した当初は敦成との生活に胸を躍らせていた。すてきな奥さんになれるように頑張ろうと思い、家事も仕事も頑張ろうと思っていた。しかし、その思いはすぐに踏みにじられて、敦成は仕事を辞めてパチンコに興じるようになり、生活はすぐに行き詰った。そして、一緒に住んでいたアパートも家賃を滞納していたので、追い出されることになり、行き場所がなくなってしまった時、敦成が「実家に電話しろ!」と言ったので、ずっと連絡を取っていなかった母親に連絡を取り、茉理の実家である、母親が住んでいるマンションに敦成と戻ってきたのだった。
しかし、元々母親である淳子との関係があまり良くなかった茉理は最初、実家に戻る事を反対したが、そう言うと、敦成は暴力を振るってきた。
「お前は俺にこのまま野垂れ死ねって言うのかよ?!」
敦成はそう反発して、茉理は渋々実家に電話し、敦成と実家に戻るということを淳子に伝えた。淳子に電話でその事を伝えた時、淳子はただ一言、「好きにすれば?」と言っただけだった。
そして、実家に戻っても、母親が出掛けている時はお金をせびったり、暴力をふるうこともあるが、淳子は敦成が暴力をふるっていることに気づいていながら、特に何も言わなかった。そのことを茉理が淳子に聞いたら返ってきた返事に茉理は愕然となった。
「母親を見捨てたんだから、当然の報いでしょ?」
そう言われて、茉理の味方は家には誰もいなくて、職場にも誰もいない。親しい友達も、今はもういない……。
茉理の味方をしてくれる人は誰もいなくて、一人で耐えており、孤独でもあった。
(……美玖、どうしてるかな……?)
おにぎりを食べながら離れ離れになってしまった親友の顔を思い浮かべる。
(そろそろ、戻らなきゃ……)
ベンチから重い腰を上げて、茉理は職場に戻っていった。
「……なんで、DVが起こってしまうのでしょうか?」
奏が署内にある食堂で冴子と対面に座り、注文したきつねうどんを啜りながらそう言葉を綴る。
「そうねぇ~……。理由は様々だろうけど、結局DVをする人って自分に自信が無いからじゃないかしらね?だから、暴力で相手を従わせようとする……。でも、相手から見たらそんな人からは離れたくなってくるわよね?なんて言うのかしら?人ってどちらかというと弱いから自分を甘やかしてくれる人には優しくしたいというより、依存して、何が何でもその人が離れていかないようにするじゃない?それが、DVになってしまう一つの理由かもしれないわね……」
冴子の言葉に奏は何と言っていいか分からなくて辛そうな表情をする。DVをする人の理由は人それぞれだ。その人が何か辛さを抱えていてDVになってしまうケースもあるだろう。しかし、だからと言ってDVが許されることではない。そんなことをしても誰も幸せになれない。むしろ、不幸の道をたどるだけ……。
「……なんだか、悲しい話ですね……」
奏がそう言葉を綴る。
「そうね……」
冴子が奏の言葉に同調するように声を出す。
DVは負の連鎖になりやすい。親のどちらかがそういうことをしていれば、その子供もDVを起こしやすくする。それが、DVの恐ろしさでもあった……。
「お疲れさまでしたー」
「お疲れー」
「また、明日ね~」
茉理の職場の仕事時間が終わり、社員たちが声を掛け合って会社を後にしていく。
(……急いで帰って、帰ったら夕飯作らなきゃ……)
茉理はそう心で呟くと、帰り支度をして会社を出ようとする。明日は会社がお休みということもあり、社員たちが「今日は飲みに行こうよ!」という声がちらほらと聞こえる。勿論、茉理には誰からもそういう事を誘おうとしない。もくもくと一人で帰りの支度をして、会社を出ようとした時だった。
「あの、岸田さん……」
帰ろうとした茉理に一人の男性社員が声を掛けた。
「何ですか?町田さん」
声を掛けてきたのは茉理の上司だった。
「その……言いにくいんだが……」
町田がある事を茉理に話す。
それを聞いた瞬間、茉理から血の気がサーっと引いていくのが見て取れた。
「敦成が……そんな事を言っているのですか……?」
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