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第1部
第12話
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「呪文が使えれば口にするものも作り出せますが、今の私にはできませんね」
聖職者のその呪文、便利だと思うけど、ネサレテ先生が呪文で作ったものもあんまり美味しくなかったな。
大体、できませんね、じゃないでしょ。
どうするつもりなの。
「公女のお姿が見当たらないとなれば、鮮血の盾が探しにくるでしょう」
マリクは、あたしの懸念を感じ取ったように答えた。
なるほど。
ネサレテ先生なら、この地下室にいても見つけてくれるだろうし。
「そんなことより、薬を探してもえないでしょうか。
そろそろ限界が近づいてきました……」
「薬なんてどこに……あっ、瓶がいっぱいある」
この宝物庫には、貴金属や宝石以外にも、瓶や巻物、武具なんかも沢山ある。
きっと、魔法の道具だ。
巻物の中には癒しの呪文もある気がするけれど、マリクは暗闇では読めないし探しても仕方ないよね。
「えーと、癒しの水薬ってラベルが貼られた小瓶が沢山あるわ。
これで良いの?」
「そうです。ところで公女はイオカリック文字が読めるのですか?」
「読めるわよ、あたしはドラゴンなんだから! なんかいちいち失礼なんだけど!」
正確にはドラゴンでもある、だ。
あたしは物心がついた時から、自然に竜語を話しイオカリック文字が読めるようになった。
ネサレテ先生によると、そもそもドラゴンは産まれた瞬間から学ばずとも言葉を操れる種族なのだそうだ。
「……あぁ……命が指先から零れ落ちる心地でした。助かった……」
マリクに癒しの水薬を飲ませると、息も絶え絶えな様子だった彼は一気に穏やかな表情になった。
さすが、魔法の薬。
こんな便利なものがあるんだったら、一晩ぐっすり寝た、くらい体力を回復できる薬だってあるのでは?
「公女、何をごそごそされているのですか?」
「あたし、今日色々あってものすごく疲れちゃってるのよ。
とどめに、こんな訳のわかんない状況に置かれてるし。
なんかこう疲労がポンって取れるような薬とかないかしら?」
「はぁ……。そんな薬があるんだったら私も欲しいですね」
マリクが小馬鹿にしたような表情を浮かべている。
いらいらする。
でも、この状況で誤魔化す意味はないか。
「えっと、ここだけの話……なんだけど……。
あたし一度ドラゴンに変身したら、一晩休まない限りその能力は戻らないの」
ネサレテ先生と何度も検証したからこれは間違いない。
変身の仕組みは母様とネサレテ先生、ナリアしか知らない秘密なのだ。
マリクに話してしまってても良かったんだろうか。
「その内救けが来ますよ。
今変身できなくても問題ないでしょう。
さっき、なぜ変身しなかったのか理解できてすっきりはしましたが」
「どうしてそんな危機感がないの!?
考えてもみなさいよ。
ここに通じる隠し扉は赤のアデプトだけに開かれるんでしょ。
グリーン・アビシャイは自在に姿を変えることができるみたいだし、あなたに変身して扉を開けられたらどうする気なの?」
「落ち着いてください。この扉は赤のアデプト一人一人を認証するように作られています。
姿を真似たとて扉を開くことなど叶いません」
マリクは、自信たっぷりだ。
「残念ながら、一晩休んだのと同じ効果をもたらす魔法の道具の存在を私は知りません。
魔法の使い手は一日に決められた数の呪文を使ってしまったら、十分な休息を取らなければ、再びその力を取り戻すはできない。
もし、その時間を短縮できるような道具があれば、世界中の呪文使いは血眼になって探しているでしょう」
確かにネサレテ先生でも知らないことを、この男が知っているはずないか……。
ドンドン!
隠し扉がある壁が外側から叩かれた。
あたしはビクッとして思わず声を上げそうになり、あわてて両手で口をふさぐ。
マリクもひきつった表情を音がした方へ向けている。
ドンドン!
ノックしているのはあのグリーン・アビシャイなのだろうか。
ならば、扉を開けることはできないはず。
このまま静かにしてやり過ごせるよう祈るしかない。
しかし、低い地響きを立てて共に扉がゆっくり開き始めてしまった。
舌がひりひりする。
極度の緊張で口の中の水分が乾ききっているのだ。
扉の向こうに立っていたのは、赤いローブを纏った肥満体の男だった。
信徒たちを押しのけて逃げようとしていた赤のアデプトの一人だ。
男はこちらに向かって両手を突き出したまま、よたよたとおぼつか無い足取りで数歩進み背後を振り向く。
「ご苦労」
あの、男や女や子供や老人の声が一つに重なり合わさった不快極まりない声が響く。
肥満体の男の顔が、耳のあたりから上だけ飛んでベチャッと壁へ叩きつけられる。
顔の上半分を失った身体はそのまま前へ倒れ伏した。
男の背後から現れた、グリーン・アビシャイが鉤爪のついた手に握った長剣を振った。
血しぶきが床へ飛び散る。
「マリク・チェス……、これで生き残っているのはお前だけだ。
その前に小娘の柔らかそうな身体を引き裂いてやろう。
我が君はさぞお喜びになるに違いない」
やっぱり袋の鼠になっちゃったじゃない!
マリクの選択が恨めしい。
こんな所で殺される訳にはいかない。
通路はあいつの巨体で塞がれているし、マリクを連れて逃げるのは無理だろう。
救援が来てくれるのを信じて時間を稼ぐしかない。
しっかりしなさい! ヴィムル・バーディス・カラノック!
震えてる場合じゃないんだから。
聖職者のその呪文、便利だと思うけど、ネサレテ先生が呪文で作ったものもあんまり美味しくなかったな。
大体、できませんね、じゃないでしょ。
どうするつもりなの。
「公女のお姿が見当たらないとなれば、鮮血の盾が探しにくるでしょう」
マリクは、あたしの懸念を感じ取ったように答えた。
なるほど。
ネサレテ先生なら、この地下室にいても見つけてくれるだろうし。
「そんなことより、薬を探してもえないでしょうか。
そろそろ限界が近づいてきました……」
「薬なんてどこに……あっ、瓶がいっぱいある」
この宝物庫には、貴金属や宝石以外にも、瓶や巻物、武具なんかも沢山ある。
きっと、魔法の道具だ。
巻物の中には癒しの呪文もある気がするけれど、マリクは暗闇では読めないし探しても仕方ないよね。
「えーと、癒しの水薬ってラベルが貼られた小瓶が沢山あるわ。
これで良いの?」
「そうです。ところで公女はイオカリック文字が読めるのですか?」
「読めるわよ、あたしはドラゴンなんだから! なんかいちいち失礼なんだけど!」
正確にはドラゴンでもある、だ。
あたしは物心がついた時から、自然に竜語を話しイオカリック文字が読めるようになった。
ネサレテ先生によると、そもそもドラゴンは産まれた瞬間から学ばずとも言葉を操れる種族なのだそうだ。
「……あぁ……命が指先から零れ落ちる心地でした。助かった……」
マリクに癒しの水薬を飲ませると、息も絶え絶えな様子だった彼は一気に穏やかな表情になった。
さすが、魔法の薬。
こんな便利なものがあるんだったら、一晩ぐっすり寝た、くらい体力を回復できる薬だってあるのでは?
「公女、何をごそごそされているのですか?」
「あたし、今日色々あってものすごく疲れちゃってるのよ。
とどめに、こんな訳のわかんない状況に置かれてるし。
なんかこう疲労がポンって取れるような薬とかないかしら?」
「はぁ……。そんな薬があるんだったら私も欲しいですね」
マリクが小馬鹿にしたような表情を浮かべている。
いらいらする。
でも、この状況で誤魔化す意味はないか。
「えっと、ここだけの話……なんだけど……。
あたし一度ドラゴンに変身したら、一晩休まない限りその能力は戻らないの」
ネサレテ先生と何度も検証したからこれは間違いない。
変身の仕組みは母様とネサレテ先生、ナリアしか知らない秘密なのだ。
マリクに話してしまってても良かったんだろうか。
「その内救けが来ますよ。
今変身できなくても問題ないでしょう。
さっき、なぜ変身しなかったのか理解できてすっきりはしましたが」
「どうしてそんな危機感がないの!?
考えてもみなさいよ。
ここに通じる隠し扉は赤のアデプトだけに開かれるんでしょ。
グリーン・アビシャイは自在に姿を変えることができるみたいだし、あなたに変身して扉を開けられたらどうする気なの?」
「落ち着いてください。この扉は赤のアデプト一人一人を認証するように作られています。
姿を真似たとて扉を開くことなど叶いません」
マリクは、自信たっぷりだ。
「残念ながら、一晩休んだのと同じ効果をもたらす魔法の道具の存在を私は知りません。
魔法の使い手は一日に決められた数の呪文を使ってしまったら、十分な休息を取らなければ、再びその力を取り戻すはできない。
もし、その時間を短縮できるような道具があれば、世界中の呪文使いは血眼になって探しているでしょう」
確かにネサレテ先生でも知らないことを、この男が知っているはずないか……。
ドンドン!
隠し扉がある壁が外側から叩かれた。
あたしはビクッとして思わず声を上げそうになり、あわてて両手で口をふさぐ。
マリクもひきつった表情を音がした方へ向けている。
ドンドン!
ノックしているのはあのグリーン・アビシャイなのだろうか。
ならば、扉を開けることはできないはず。
このまま静かにしてやり過ごせるよう祈るしかない。
しかし、低い地響きを立てて共に扉がゆっくり開き始めてしまった。
舌がひりひりする。
極度の緊張で口の中の水分が乾ききっているのだ。
扉の向こうに立っていたのは、赤いローブを纏った肥満体の男だった。
信徒たちを押しのけて逃げようとしていた赤のアデプトの一人だ。
男はこちらに向かって両手を突き出したまま、よたよたとおぼつか無い足取りで数歩進み背後を振り向く。
「ご苦労」
あの、男や女や子供や老人の声が一つに重なり合わさった不快極まりない声が響く。
肥満体の男の顔が、耳のあたりから上だけ飛んでベチャッと壁へ叩きつけられる。
顔の上半分を失った身体はそのまま前へ倒れ伏した。
男の背後から現れた、グリーン・アビシャイが鉤爪のついた手に握った長剣を振った。
血しぶきが床へ飛び散る。
「マリク・チェス……、これで生き残っているのはお前だけだ。
その前に小娘の柔らかそうな身体を引き裂いてやろう。
我が君はさぞお喜びになるに違いない」
やっぱり袋の鼠になっちゃったじゃない!
マリクの選択が恨めしい。
こんな所で殺される訳にはいかない。
通路はあいつの巨体で塞がれているし、マリクを連れて逃げるのは無理だろう。
救援が来てくれるのを信じて時間を稼ぐしかない。
しっかりしなさい! ヴィムル・バーディス・カラノック!
震えてる場合じゃないんだから。
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