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14. エル子の見抜きリベンジ 前編
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『あの、ちょっといいですか?』
ネトゲをしていたら、見知らぬ男性キャラから突然そう声をかけられた。
『はい?』
エル子は戸惑いつつも、立ち止まって答える。
『あの、お願いがあるんです』
『はいはい?』
『見抜きいいですか?』
「……はい?」
エル子、リアルで画面に向かって、そう聞き返していた。
たっぷり三秒はキーボードを打つ両手が止まったものの、三秒後には半ば無意識に例の台詞を打ち込んでいた。
『たまってる・・・ってやつなのかな?』
返ってきたチャットは勿論、
『はい』
だった。
「しょうがないにゃあ……いいよ♥」
エル子はリアルに小声で言いながら、そうチャットを打った。
『なんか思ってたのと違うんで』
およそ五分後。
その男性キャラはそう言い残して、ログアウトした。
「……」
残されたエル子は、チャットを打つことはおろか、瞬きや呼吸も忘れて――少し泣いた。
「いや、泣いてないしっ!」
「本当かぁ?」
「ほんとだしーっ!!」
ボイスチャットにエル子の叫び声と、オグルの笑い声が重なって響いた。
“見抜き未遂事件”から明けて翌日――。
エル子はネトゲにログインしてきたオグルを秒で捕まえて、ボイチャで愚痴りまくったのだった。
で、愚痴を聞かされたオグルは大笑いだった。
「いきなり見抜きを頼まれたってぇのも笑えたが、それを途中で打ち切られるって……ぶはっ! ぶはははっ!」
「何がそんなに可笑しいかーっ!?」
「いやいや、おかしいだろ……くくっ……っつかよ、聞きたいんだけどよ、一体どうやったら途中で落ちられるようなことになるんだ? てめぇ、何言ったんだよ」
「えー、普通に可愛い感じのこと言っていただけだよー」
「まず、見抜きを頼まれるって状況が普通じゃねぇと思うが……まあ、いい。可愛い感じってのは?」
「んーと、"あんあん。いやーん。あはーん”みたいな……ってこれ、口で言うのは恥ずかしいにゃー」
にゃーっと照れ隠しで喚くエル子だったが、オグルが沈黙していることに気づいて、声を呑む。
「……おぐるん?」
「ああ……悪ぃ、ちょい絶句してたわ」
「なんで!?」
「あんあんいやーん、って……そりゃ、相手も落ちるわ」
「ええっ!?」
本気で驚いているエル子に、オグルは盛大な溜め息を吐く。
「エルよぉ、なんつぅか……てめぇは気合いを入れると空回りすんだよ」
「空回り?」
「昨日の打ち切られたってやつだって、てめぇは何も言わねぇでいて良かったんだと思うぞ」
「えー? でもそれじゃ、ただ突っ立ってただけだよ? そんなんでおかずになるのー?」
「少なくとも、あーんいやーん、なんてやられてるよか、よっぽど抜けたと思うね」
「うそーん!?」
「まぁ……そもそもの話、見抜きされてぇって気持ちがさっぱり分かんねぇけどな」
「違うの! これはそういう問題じゃないの。わたしの、エルフ女子としての矜持の問題なのっ!」
「そこにエルフは関係ねぇと思うが……いや、女としても別にこだわんねぇでいい問題だと思うんだが……」
「おぐるん。女の子はね、こだわりとしつこさと素敵な何かでできてるんだよっ」
「最後の素敵な何か以外は是非捨ててくれ」
「こだわりもしつこさもない女の子なんて、ぱさぱさしてて食えたもんじゃないよ。こだわりもしつこさも、お酒に合わせて楽しめる男になりなさい」
「なんで俺への説教になんだよ!?」
「あれー? なんでだろ?」
「俺が聞いてんだ! ……っつか、何の話してたんだったか……あぁ、そうか。てめぇが頑張っておかずになろうとして空回りした話だったな」
「確認に見せかけた中傷!」
「とにかくな、見抜きしようって男ぁ、相手に女を求めてんじゃねぇ。おかずを求めてるんだ。てめぇ流に言うと、しつこさもこだわりもない、素敵な何かだけで出来た手軽なもんを求めてんだ。だから、余計なことはしなくてよかったんだ、っつってんだ」
オグルの力説に、エル子、感嘆すること頻りだ。
「おぉー……おぐるん、なんかリアルな説得力だね。経験者? 自分、見抜きいいっすか……って、やったことあるの?」
「はぁ!? 馬鹿言うな! ねぇよッ!!」
「……うん。分かってる。分かってるよ、おぐるん。もうこれ以上、この話題は突っつかないから安心してねっ」
「絶対分かってねぇ――いや、分かってて言ってんだな!? てめぇこの!!」
「あははははーっ」
一頻り大笑いしたところで、エル子、ふっと笑みを消して、真面目な声音で言った。
「とりあえず、リベンジしようと思ってます」
「……なんの?」
胡乱げに聞き返したオグルに、エル子は堂々と言い放った。
「打ち切りエンドじゃ女が廃る! なってやろうじゃないのさ、本物の見抜かれ女子ってやつによおっ!」
「なんで少年漫画だよ……」
オグルも散々突っ込みすぎて疲れ果てていたようだ。最後の突っ込みは少々、切れがなかった。
● ● ●
「おぐるん、リベンジする方法がないの!」
エル子のリベンジ宣言から明けて翌日。およそ二十と二時間後。
ログインしていたギルメンたちとの狩りが終わった後、エル子とオグルは定番の湖畔マップで落ち合った。
湖畔を望む東屋にキャラを並んで座らせたところで、エル子が冒頭の言葉を言い放ったのだった。
「あぁ……てめぇ、本気でリベンジする気だったんだな」
オグルは呆れた様子で溜め息を吐いた。
「当たり前だよーっ! 泣き寝入りなんて、ありえなーしっ!」
「そうかい、そうかい。まぁ、てめぇの好きにすりゃいいんじゃねぇの」
「好きにしたいよー。でも、出来ないんだよーっ」
「は? なんでよ?」
駄々っ子めかして喚くエル子に、オグルは辟易しつつも聞き返した。
エル子の答えは簡便だった。
「リベンジ相手が見つからないの」
「……なるほど」
「えっ、今の一言で理解できたん!?」
「えっ……あぁ、だから、あれだろ。見抜きしたいって相手の探し方が分からねぇ、ってこったろ」
「それ! そうなんだよー。手当たり次第に声をかけてくわけにもいかないし……もっ、どうやって探したらいいのさーっ!?」
「そりゃまあ、なぁ。普通は見つからねぇわなぁ」
「……おぐるん、なんか知ってるの?」
オグルの口調はどこか持って回ったような……というか、推理小説を読み終えた者がまだ読んでいる途中の相手と話すときにやる、答えを知っていて言わないでいるような言い草だった。エル子はそれを敏感に感じ取って、直球で問い質したのだった。
「……まぁ、よ。てめぇがリベンジ言うから、俺もちょいと調べたんだわ」
「前置きはいいから、なんか知ってるんなら早く教えてよーっ」
エル子の催促に、オグルはそれでもしばし言い淀んでいたけれど、程なく諦めたような溜め息を吐くと、文章チャットにどこかのサイトのアドレスを打ち込んだ。
「口で言うよか、そのサイトをてめぇで見てもらったほうが早ぇ」
「どんなサイトだろ……なんか怖いけどー……」
エル子はチャット欄のアドレスをクリックした。
起動したブラウザに表示されたのは、よくあるネット掲示板だった。ただし、そのサイト名が異彩を放っていた。
「見抜き募集掲示板……」
思わず呟いてしまったそのサイト名が、エル子には魔導書の表題が如くに見えた。
「おぐるん、このサイトって……」
「頼む。説明させんな。てめぇでスクロールさせりゃあ分かんだろ」
「う、うん」
エル子は固唾を呑み込みながら、魔導書を下へと読み進めていく。
「おぅ……おっ、おぉ!? お、え? おおぇ!? ……おーぅ……」
外国人の喘ぎみたいな声を漏らしながら掲示板に並ぶ書き込みを読んでいたエル子は、程なくして深呼吸した。
「ふうぅ……ふあぁー……ちょっとこれはもうなんか、わたしごとき若輩エルフが軽々しく踏み入っていい世界ではなかったでした……」
書き込みの内容については語るまい。唯々、エル子を圧倒するものだったとだけ述べておく。
「これが、本物の、見抜き……!」
圧倒されて口を上手く閉じられないまま呻くエル子に、オグルが静かに尋ねる。
「で、どうすんだ? ここで募集すりゃあ、リベンジできっと思うが……」
「え、ここで? 募集? わたしが?」
きょとんと聞き返したエル子だったが、次の瞬間には羞恥心を爆発させた。
「無理無理無理無理いぃーっ!! こんな恥ずかしい募集しろって、おぐるん変態! 変態! 変態ッ!!」
エル子はSNSや投稿サイトに自撮りを載せたりしたこともあるけれど、ここの募集はそういうのとは何かが全然違うのだ。
「おい、止めい。変態連呼、止めぇや!」
「だって、おぐるんが変態発言するからじゃん!」
「んだよぉ、いつもはわりと羞恥プレイ要求してくるくせに」
「それは二人だけのときでしょ! 不特定多数の第三者に向けて発信するとか、羞恥プレイじゃなくて周知プレイじゃん! あっ、わたし上手い! でも声じゃ伝わんないじゃん!」
「伝わったぞ。羞恥と周知だろ。てめぇにしちゃ上手ぇこと言ったぞ。……けどな、そういうとこだ」
「へ?」
「てめぇは上手ぇことを言いたがる。でもって、ツッコミを期待する。Aと言ったらBと返せ、みてぇなことを求めんだ。けどな、そりゃ会話だ」
「……会話しちゃ駄目なん?」
エル子はいきなり語り始めたオグルの意図が読めなくて、戸惑っている。
オグルはばっさり斬り捨てた。
「駄目だな。それじゃ見抜きの相手にゃ、なれねんだ」
「え……なんでー?」
「抜いてる最中に会話する余裕なんかねぇからだ」
「おぅ……なるほどー」
エル子、納得だった。けれども、だったらどうすればいいというのか?
「話しかけちゃ駄目っていうなら、わたしはどうしてればいいわけー? 黙って突っ立ってればいいってのー?」
「喋くるよりゃ、そっちのがまだ正解だな」
「えーっ」
納得がいかずに声を荒げたエル子のことを、オグルは溜め息混じりに笑う。
「つっても、ただ突っ立っているだけじゃ味気がなさすぎだから、ときどき何か言ったほうがいいだろうな」
「え、会話NGなんじゃないのー?」
「会話は駄目と言ったが、喋るのはいいんだよ」
「え? ……え?」
意味が分からず聞き返したエル子に、オグルは教師ぶって説明した。
「相手の反応――返事を求めんのが会話なら、喋るってのは相手の反応を求めねぇで一方的に言い続けることだ。見抜きされんのに必要なのは、喋るほうの才能なんだよ」
「……」
オグルは、自分が言葉を切ってもなおエル子が沈黙していることに気づいて、急に言い訳を始めた。
「あっ……いや、つまりほら、一般論だな、今のは。アナウンサーとか実況者とか司会者とか、そういうのと通じるところがあるっつー記事を昨日、ネットで読んだんだよ。ほら、このサイトを探してたとき、ついでに見つけてよぉ!」
「ふーん……まーいいや」
エル子は色々察した上で、気づかなかったことにしてあげた。
「おぐるんは要するに、わたしがこの掲示板で募集してリベンジするんだったら、今度は話すんじゃなくて喋るようにしろーってアドバイスしてくれたんだね」
「まぁ、そういうこった……っつか、こんなことでアドバイスとか、逆に恥ずいな……」
「真面目に考えてくれたことは嬉しいよー」
見抜きすらされなかったことがショックだからリベンジしたい――なんてお馬鹿なことを言い出しても、呆れずに……いや、呆れているのかもだけど、ちゃんと考えてアドバイスをくれるオグルだから、エル子は気兼ねなくお馬鹿なことを言えるのだ。
「べつに真面目に考えたわけじゃねぇけど……まぁ、礼は礼として受け取っといてやらぁ」
「はいはいー」
男のツンデレは聞き流すことにして、エル子は「よしっ」と気合いを入れる。
「じゃー、おぐるんのアドバイスを活かすためにもー……わたし、ちょっと募集してリベンジしてくるっ!」
「マジで行くのか」
「大マジよーっ!」
「まぁ、頑張れよ……って、頑張ってやるようなことでもねぇか」
「いいや、頑張るね。これはわたしの……ううん、全エルフ女子のプライドを取り戻すための聖戦だからねっ!」
「へーへー」
今度はオグルが聞き流す番だった。
なにはともあれ……そんなこんなでオグルの苦笑に見送られて、エル子は匂い立つ見抜きの聖地へと旅立ったのだった。
ネトゲをしていたら、見知らぬ男性キャラから突然そう声をかけられた。
『はい?』
エル子は戸惑いつつも、立ち止まって答える。
『あの、お願いがあるんです』
『はいはい?』
『見抜きいいですか?』
「……はい?」
エル子、リアルで画面に向かって、そう聞き返していた。
たっぷり三秒はキーボードを打つ両手が止まったものの、三秒後には半ば無意識に例の台詞を打ち込んでいた。
『たまってる・・・ってやつなのかな?』
返ってきたチャットは勿論、
『はい』
だった。
「しょうがないにゃあ……いいよ♥」
エル子はリアルに小声で言いながら、そうチャットを打った。
『なんか思ってたのと違うんで』
およそ五分後。
その男性キャラはそう言い残して、ログアウトした。
「……」
残されたエル子は、チャットを打つことはおろか、瞬きや呼吸も忘れて――少し泣いた。
「いや、泣いてないしっ!」
「本当かぁ?」
「ほんとだしーっ!!」
ボイスチャットにエル子の叫び声と、オグルの笑い声が重なって響いた。
“見抜き未遂事件”から明けて翌日――。
エル子はネトゲにログインしてきたオグルを秒で捕まえて、ボイチャで愚痴りまくったのだった。
で、愚痴を聞かされたオグルは大笑いだった。
「いきなり見抜きを頼まれたってぇのも笑えたが、それを途中で打ち切られるって……ぶはっ! ぶはははっ!」
「何がそんなに可笑しいかーっ!?」
「いやいや、おかしいだろ……くくっ……っつかよ、聞きたいんだけどよ、一体どうやったら途中で落ちられるようなことになるんだ? てめぇ、何言ったんだよ」
「えー、普通に可愛い感じのこと言っていただけだよー」
「まず、見抜きを頼まれるって状況が普通じゃねぇと思うが……まあ、いい。可愛い感じってのは?」
「んーと、"あんあん。いやーん。あはーん”みたいな……ってこれ、口で言うのは恥ずかしいにゃー」
にゃーっと照れ隠しで喚くエル子だったが、オグルが沈黙していることに気づいて、声を呑む。
「……おぐるん?」
「ああ……悪ぃ、ちょい絶句してたわ」
「なんで!?」
「あんあんいやーん、って……そりゃ、相手も落ちるわ」
「ええっ!?」
本気で驚いているエル子に、オグルは盛大な溜め息を吐く。
「エルよぉ、なんつぅか……てめぇは気合いを入れると空回りすんだよ」
「空回り?」
「昨日の打ち切られたってやつだって、てめぇは何も言わねぇでいて良かったんだと思うぞ」
「えー? でもそれじゃ、ただ突っ立ってただけだよ? そんなんでおかずになるのー?」
「少なくとも、あーんいやーん、なんてやられてるよか、よっぽど抜けたと思うね」
「うそーん!?」
「まぁ……そもそもの話、見抜きされてぇって気持ちがさっぱり分かんねぇけどな」
「違うの! これはそういう問題じゃないの。わたしの、エルフ女子としての矜持の問題なのっ!」
「そこにエルフは関係ねぇと思うが……いや、女としても別にこだわんねぇでいい問題だと思うんだが……」
「おぐるん。女の子はね、こだわりとしつこさと素敵な何かでできてるんだよっ」
「最後の素敵な何か以外は是非捨ててくれ」
「こだわりもしつこさもない女の子なんて、ぱさぱさしてて食えたもんじゃないよ。こだわりもしつこさも、お酒に合わせて楽しめる男になりなさい」
「なんで俺への説教になんだよ!?」
「あれー? なんでだろ?」
「俺が聞いてんだ! ……っつか、何の話してたんだったか……あぁ、そうか。てめぇが頑張っておかずになろうとして空回りした話だったな」
「確認に見せかけた中傷!」
「とにかくな、見抜きしようって男ぁ、相手に女を求めてんじゃねぇ。おかずを求めてるんだ。てめぇ流に言うと、しつこさもこだわりもない、素敵な何かだけで出来た手軽なもんを求めてんだ。だから、余計なことはしなくてよかったんだ、っつってんだ」
オグルの力説に、エル子、感嘆すること頻りだ。
「おぉー……おぐるん、なんかリアルな説得力だね。経験者? 自分、見抜きいいっすか……って、やったことあるの?」
「はぁ!? 馬鹿言うな! ねぇよッ!!」
「……うん。分かってる。分かってるよ、おぐるん。もうこれ以上、この話題は突っつかないから安心してねっ」
「絶対分かってねぇ――いや、分かってて言ってんだな!? てめぇこの!!」
「あははははーっ」
一頻り大笑いしたところで、エル子、ふっと笑みを消して、真面目な声音で言った。
「とりあえず、リベンジしようと思ってます」
「……なんの?」
胡乱げに聞き返したオグルに、エル子は堂々と言い放った。
「打ち切りエンドじゃ女が廃る! なってやろうじゃないのさ、本物の見抜かれ女子ってやつによおっ!」
「なんで少年漫画だよ……」
オグルも散々突っ込みすぎて疲れ果てていたようだ。最後の突っ込みは少々、切れがなかった。
● ● ●
「おぐるん、リベンジする方法がないの!」
エル子のリベンジ宣言から明けて翌日。およそ二十と二時間後。
ログインしていたギルメンたちとの狩りが終わった後、エル子とオグルは定番の湖畔マップで落ち合った。
湖畔を望む東屋にキャラを並んで座らせたところで、エル子が冒頭の言葉を言い放ったのだった。
「あぁ……てめぇ、本気でリベンジする気だったんだな」
オグルは呆れた様子で溜め息を吐いた。
「当たり前だよーっ! 泣き寝入りなんて、ありえなーしっ!」
「そうかい、そうかい。まぁ、てめぇの好きにすりゃいいんじゃねぇの」
「好きにしたいよー。でも、出来ないんだよーっ」
「は? なんでよ?」
駄々っ子めかして喚くエル子に、オグルは辟易しつつも聞き返した。
エル子の答えは簡便だった。
「リベンジ相手が見つからないの」
「……なるほど」
「えっ、今の一言で理解できたん!?」
「えっ……あぁ、だから、あれだろ。見抜きしたいって相手の探し方が分からねぇ、ってこったろ」
「それ! そうなんだよー。手当たり次第に声をかけてくわけにもいかないし……もっ、どうやって探したらいいのさーっ!?」
「そりゃまあ、なぁ。普通は見つからねぇわなぁ」
「……おぐるん、なんか知ってるの?」
オグルの口調はどこか持って回ったような……というか、推理小説を読み終えた者がまだ読んでいる途中の相手と話すときにやる、答えを知っていて言わないでいるような言い草だった。エル子はそれを敏感に感じ取って、直球で問い質したのだった。
「……まぁ、よ。てめぇがリベンジ言うから、俺もちょいと調べたんだわ」
「前置きはいいから、なんか知ってるんなら早く教えてよーっ」
エル子の催促に、オグルはそれでもしばし言い淀んでいたけれど、程なく諦めたような溜め息を吐くと、文章チャットにどこかのサイトのアドレスを打ち込んだ。
「口で言うよか、そのサイトをてめぇで見てもらったほうが早ぇ」
「どんなサイトだろ……なんか怖いけどー……」
エル子はチャット欄のアドレスをクリックした。
起動したブラウザに表示されたのは、よくあるネット掲示板だった。ただし、そのサイト名が異彩を放っていた。
「見抜き募集掲示板……」
思わず呟いてしまったそのサイト名が、エル子には魔導書の表題が如くに見えた。
「おぐるん、このサイトって……」
「頼む。説明させんな。てめぇでスクロールさせりゃあ分かんだろ」
「う、うん」
エル子は固唾を呑み込みながら、魔導書を下へと読み進めていく。
「おぅ……おっ、おぉ!? お、え? おおぇ!? ……おーぅ……」
外国人の喘ぎみたいな声を漏らしながら掲示板に並ぶ書き込みを読んでいたエル子は、程なくして深呼吸した。
「ふうぅ……ふあぁー……ちょっとこれはもうなんか、わたしごとき若輩エルフが軽々しく踏み入っていい世界ではなかったでした……」
書き込みの内容については語るまい。唯々、エル子を圧倒するものだったとだけ述べておく。
「これが、本物の、見抜き……!」
圧倒されて口を上手く閉じられないまま呻くエル子に、オグルが静かに尋ねる。
「で、どうすんだ? ここで募集すりゃあ、リベンジできっと思うが……」
「え、ここで? 募集? わたしが?」
きょとんと聞き返したエル子だったが、次の瞬間には羞恥心を爆発させた。
「無理無理無理無理いぃーっ!! こんな恥ずかしい募集しろって、おぐるん変態! 変態! 変態ッ!!」
エル子はSNSや投稿サイトに自撮りを載せたりしたこともあるけれど、ここの募集はそういうのとは何かが全然違うのだ。
「おい、止めい。変態連呼、止めぇや!」
「だって、おぐるんが変態発言するからじゃん!」
「んだよぉ、いつもはわりと羞恥プレイ要求してくるくせに」
「それは二人だけのときでしょ! 不特定多数の第三者に向けて発信するとか、羞恥プレイじゃなくて周知プレイじゃん! あっ、わたし上手い! でも声じゃ伝わんないじゃん!」
「伝わったぞ。羞恥と周知だろ。てめぇにしちゃ上手ぇこと言ったぞ。……けどな、そういうとこだ」
「へ?」
「てめぇは上手ぇことを言いたがる。でもって、ツッコミを期待する。Aと言ったらBと返せ、みてぇなことを求めんだ。けどな、そりゃ会話だ」
「……会話しちゃ駄目なん?」
エル子はいきなり語り始めたオグルの意図が読めなくて、戸惑っている。
オグルはばっさり斬り捨てた。
「駄目だな。それじゃ見抜きの相手にゃ、なれねんだ」
「え……なんでー?」
「抜いてる最中に会話する余裕なんかねぇからだ」
「おぅ……なるほどー」
エル子、納得だった。けれども、だったらどうすればいいというのか?
「話しかけちゃ駄目っていうなら、わたしはどうしてればいいわけー? 黙って突っ立ってればいいってのー?」
「喋くるよりゃ、そっちのがまだ正解だな」
「えーっ」
納得がいかずに声を荒げたエル子のことを、オグルは溜め息混じりに笑う。
「つっても、ただ突っ立っているだけじゃ味気がなさすぎだから、ときどき何か言ったほうがいいだろうな」
「え、会話NGなんじゃないのー?」
「会話は駄目と言ったが、喋るのはいいんだよ」
「え? ……え?」
意味が分からず聞き返したエル子に、オグルは教師ぶって説明した。
「相手の反応――返事を求めんのが会話なら、喋るってのは相手の反応を求めねぇで一方的に言い続けることだ。見抜きされんのに必要なのは、喋るほうの才能なんだよ」
「……」
オグルは、自分が言葉を切ってもなおエル子が沈黙していることに気づいて、急に言い訳を始めた。
「あっ……いや、つまりほら、一般論だな、今のは。アナウンサーとか実況者とか司会者とか、そういうのと通じるところがあるっつー記事を昨日、ネットで読んだんだよ。ほら、このサイトを探してたとき、ついでに見つけてよぉ!」
「ふーん……まーいいや」
エル子は色々察した上で、気づかなかったことにしてあげた。
「おぐるんは要するに、わたしがこの掲示板で募集してリベンジするんだったら、今度は話すんじゃなくて喋るようにしろーってアドバイスしてくれたんだね」
「まぁ、そういうこった……っつか、こんなことでアドバイスとか、逆に恥ずいな……」
「真面目に考えてくれたことは嬉しいよー」
見抜きすらされなかったことがショックだからリベンジしたい――なんてお馬鹿なことを言い出しても、呆れずに……いや、呆れているのかもだけど、ちゃんと考えてアドバイスをくれるオグルだから、エル子は気兼ねなくお馬鹿なことを言えるのだ。
「べつに真面目に考えたわけじゃねぇけど……まぁ、礼は礼として受け取っといてやらぁ」
「はいはいー」
男のツンデレは聞き流すことにして、エル子は「よしっ」と気合いを入れる。
「じゃー、おぐるんのアドバイスを活かすためにもー……わたし、ちょっと募集してリベンジしてくるっ!」
「マジで行くのか」
「大マジよーっ!」
「まぁ、頑張れよ……って、頑張ってやるようなことでもねぇか」
「いいや、頑張るね。これはわたしの……ううん、全エルフ女子のプライドを取り戻すための聖戦だからねっ!」
「へーへー」
今度はオグルが聞き流す番だった。
なにはともあれ……そんなこんなでオグルの苦笑に見送られて、エル子は匂い立つ見抜きの聖地へと旅立ったのだった。
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