現代エルフのニート事情

Merle

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1. エル子とドワ夫とボトリング

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 帰宅したドワ夫が居間に入ると、部屋中に落書きされた何十枚もの魔法用紙が散乱していた。そして、部屋の中央では、ドワ夫とは似ても似つかない容姿の妹が万年型炬燵オールシーズンおこたに入って、うんうん唸っていた。

「ううぅん……できにゃい……無理、わかにゃーん」
「何をやってる?」
「ひょわッ!?」

 ドワ夫がひと声かけると、エル子は長い耳をびくっと痙攣させて驚いた。
 黒髪黒瞳でずんぐりむっくりの兄ドワ夫とは全然似ても似つかない、金髪翠眼で長い耳をしたほっそり少女のエル子。それでも二人は兄妹だった。

「に、兄やん……い、いつの間におかえりに?」
「いまだ」
「そ、そぉすか……ってか、聞いてた?」

 炬燵に足を入れて座り、天板に頬杖をついていたエル子は、その姿勢のまま小首を捻るようにして兄を見上げる。ちょっと引き攣った愛想笑いで。

「ああ」
 と頷いたドワ夫は、少しだけ目を泳がせて言った。

「さすがに、わかにゃーん、はどうかと思う」
「ぎゃああッ!! 恥ずいいぃッ!!」

 エル子は、ガンッと音がするほど勢いつけて額を天板に打ちつけ、突っ伏す。その弾みで、エル子がいまも落書きしていた魔法用紙が天板を滑って、戸口のほうにぱさりと落ちた。

「……魔法陣か」

 魔法用紙を拾ったドワ夫はぼそりと呟いた。
 エル子が書き散らしていた落書きは、よくよく見れば魔法陣だった。

「なんの魔法だ?」

 ドワ夫が尋ねるけれど、エル子は答えない。無言で目を逸らす。

「……」
「……え? 答えられないような魔法なのか?」
「あっ、危険な魔法じゃないよ! ただ――」
「ただ?」
「ただ……あー、うぅー……」

 静かに聞き返されて、エル子はごにょごにょ言い淀む。

「言いたくないなら、いい」

 ドワ夫はそう言って、話を切り上げようとした。
 でも、エル子は押されると貝になるけれど、引かれるとはぜになる。つまりは入れ食いである。ほいほい釣られてしまうのだ。

「ボトリング魔法」

 だが聞いても、ドワ夫にはエル子が何を言っているのか分からなかった。

「……?」

 無言で眉根を寄せるドワ夫に、エル子はきりっと眉尻を吊り上げて説明を始めた。さっきは言い淀んだくせに、いざ言い出すとなると全部言わずにいられないのだ。

「説明しよう! ボトリングというのは、ボトルの現在進行形を現す言葉である。すなわち、ボトルする、という意味である。では、ボトルとは如何なる行為か? はい、兄やん。何だと思う?」
「ボトルロボットを作ること」
「はい、ざんねーん。違いますー。正解は、ペットボトルにおしっこすることでしたー」
「……」
「うちらガチ廃ネトゲーマーにとっては常識問題なんですけどねー。兄やん、まだまだ……ね……」

 思いっきり得意げに語っていたエル子は、ここでようやく、兄の無表情に気がついた。
 ドワ夫はいかにもドワーフらしく、いつもあまり表情を出さないほうだが、いま浮かべている無表情はドン引きしているときの無表情だ。目の焦点がエル子を通り過ぎて遠くを見ているところで判別できる。

「え、ええっと……言っとくけど、わたしはまだ、したことないよ? だってほら、雌は雄と違ってボトルに先っぽ突っ込んでじょろじょろするわけにいかないからハードル高いし?」

 なぜか語尾上がりの疑問形で、本当に分からないんですよアピール。エルフ特有の、そして引き籠もりネトゲ廃人特有の白い肌が桜色になるほど焦って言い訳。
 エル子にも女子のプライドがあるのだ。無いようでも、あるのだ。

「ボトル、ボトリング……その言葉の意味は分かった」

 ドワ夫は顎に指を添えて思案顔をすると、改めて妹を見下ろし、言い放った。

「つまりおまえは、ペットボトルに女性でも問題なく用を足せるように魔法を開発しているところだったんだな」
「うわああぁッ!! その通りだけどぉ! ってか、そうだよ。そうです。その通りですうぅ! けど、いいじゃん。女子だってボトラーやってみたいんじゃーっ! ネトゲに人間性捧げたいんじゃああッ!!」

 エル子、涙目であった。
 緑色の虹彩がきらきらと濡れ光ってエメラルドのようだ。
 ドワ夫はその美しい涙目をしばし見つめて――それから、いつもの無表情で頷いた。

「そうか、頑張れ」

 妹の熱意と熱弁、努力と成功を純粋に応援している眼差しだった。

「うっ! そんな円らな瞳でわたしを見ないで……浄化されちゃうぅーっ!!」

 咄嗟に顔を背け、片手で目元を隠した、なぜだかいかがわしい匿名ポーズで呻く妹エルフなのだった。
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