アルジュナクラ

Merle

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5章 太歳公主

5-11.

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 魔王アルジュが率いるグプタ軍は、少年君主ブリハルドが率いるマガーダ軍との戦いにおいて、兵力の差に耐えかねて少しずつ後退するように見せかけながら、マガーダ軍を侯都の南方へと誘き出していた。
 グプタ軍のこの動きは、一番信頼できる南方カーシーからの援軍と少しでも早く合流したいブリハルドにとっても願ったり叶ったりのものだったから、わずかに抱いた疑念を無視して、南下するグプタ軍の動きに乗ってしまったのだった。

 侯都グリハラージャにも守備隊が残されていたが、その部隊を預かっていた隊長は、援軍だと信じ切っていたコーサラー軍の要請に応じて、素直に城門を開けてしまった。
 歓迎されながら侯都内へ雪崩れ込んだコーサラー軍はたちまち牙を剥き、守備兵を血祭りに上げて侯都を制圧した。辛うじて脱出した守備兵の生き残りも、ブリハルドが率いる本隊に侯都陥落の報を伝えた後、息絶えた。

 じつはコーサラー軍が侯都に到達した時点で侯都からブリハルドに向けて伝令兵が走らされていたのだが、コーサラー裏切りの報を持って逃げてきた手負いの兵士が先に出ていた伝令兵を追い抜いてブリハルドに報告を届けたという話が残されている。
 この話からも、コーサラー軍の行動がいかに電撃的で、マガーダのグリハラージャ守備隊がいかに衝撃を受けたかが窺えよう。

「お、お……おのれ! コーサラーは卑怯者の集まりだッ!!」
 ブリハルドは額まで真っ赤にして激怒した。若さに見合わぬ沈着さで兵を統率してきた少年君主が、部下の前で初めて見せた年相応の癇癪だった。

「全軍、反転だ。すぐに侯都を取り返すぞ!」

 そう命令したが、周りがそれを押し止めた。

「いけません、ブリハルド様。いま反転すれば、グプタ軍に後背を突かれてしまいます」
「このままでもコーサラー軍に後背を突かれるだけではないか!」
「ですが――」

 ブリハルドと部下が激論を交わしていたところに、もうひとつの報告がもたされた。南方からカーシー軍五千が到着したことを告げる知らせだった。
 その報告を聞いて、ブリハルドもまずはカーシー軍と連携してグプタ軍を叩きのめすことに決めた。

「死者を操ろうが、狼を操ろうが、首無しの騎士だろうが、我が軍とカーシー軍とで合わせて一万になる大軍で挟撃するのだ。一日、いや半日で駆逐してくれる!」

 ブリハルドはすぐさま突撃の準備を調えさせると、カーシー軍の動きに合わせてグプタ軍に大攻勢を仕掛けた。カーシー軍もその意図を読んで、戦場に到着してすぐ、息を整える間もなくグプタ軍への攻勢を開始した――しようとした。
 カーシー軍の全体に突撃の角笛が響いたまさにそのとき、空が一瞬、陰った。その陰りに気づいて顔を上げた者もいたが、何が起きたのかを理解しながら死んだ者は、おそらく一人もいなかっただろう。

 カーシー軍五千の兵は降り注いだ隕石の雨に打たれて、湯を沸かすほどの時間もかけずに千余の兵を失った。

        ●        ●        ●

 ジャオの星呼びは瞑想開始から発動までに、最短で丸一日の時間を要する。だがそれは、あくまでも、だ。いくつかの制約はあるのだが、瞑想が途中で遮られないかぎり、星呼びを発動させるのは二日後でも三日後でも問題なかった。
 アルジュはだから、昨日のうちからジャオを急拵えの櫓に座らせて、カーシー軍が現れると予想していた地点を見据えての瞑想を始めさせていたのだった。
 カーシー軍の到着はもう二、三日後になると思われるが、念のために今の内から――そういうつもりで早めに星呼びの準備をさせておいたことが功を奏して、相手がいままさに攻撃を始めようとする絶好機に間に合わせることができたのだった。

 なお、前回の支城に対して行使したときとは違って、呼ばれた星が一個の塊ではなく数個の欠片となったのは、単に落ちてくる途中で星が自壊したか否かというだけの話である。呼んだ星がどのように落ちるかは、ジャオにも操作することができない。ジャオの権能はあくまでもなのだ。
 とはいえ、点ではなく面を攻めたかったこの場面でを呼べたのは僥倖だった。でなければ、間隔の必要性から一回の戦闘で一度しか使えない星呼びで、援軍のうち二割強を叩くという大戦果を上げることはできなかっただろう。
 逆に言えば、カーシー軍は八割以上が健在だったわけだが――自分たちが天変地異そのものの攻撃に晒されたという畏怖は、流星雨の落下範囲から外れていた兵士たちたちまでもを恐慌の淵に叩き落とした。

 隕石の落ちた場所には大小の陥没が穿たれている。その陥没には、隕石の激突によって生まれた土砂混じりの爆風を浴びて血塗れになった兵士が折り重なって埋まっており、苦悶の声で合唱している――。
 隕石衝突の衝撃で立ち込めていた砂煙が晴れて現れたのは、そんな地獄絵図だった。

「魔王だ! やっぱりあれは魔王なんだ。手を出しちゃいけない相手だったんだ……い、嫌だ! 死にたくない、あんな死に方は嫌だぁッ!!」
 兵士たちは叫び、泣き喚き、隣り合った相手とぶつかっては押し退けながら、雪崩を打って逃げ出し始めた。

 カーシー軍にとって運が悪かったのは、流星雨の欠片のひとつが本陣を直撃したことだ。
 軍団を率いる総大将を始めとして、その補佐や代理を務めるべき立場の者が軒並み死んでしまったため、兵士たちの敵前逃亡を止めようとする者はいなかった。
 カーシー軍は戦場に着いたのとほぼ同時に、完全崩壊したのだった。


 カーシー軍に隕石が降り注いだ光景は、グプタ軍を挟んだ向こうに布陣していたマガーダ軍の兵士たちからもよく見えていた。

「そんな……星は落とせないのでは……なかったのか!?」
 ブリハルドは驚愕に目を瞠っている。

 魔王は星を呼べなかったのではなく、呼ばなかっただけだ。つまり、いま眼前で起こった惨劇が自分たちの身に起きていたかもしれなかったのだ――そう思っただけで、ブリハルドの手足は恐怖で震えるのだった。

 晴れた空から星の雨が降り注ぐという、恐ろしくも神々しい光景を間近で目撃したマガーダ軍は、いま目の前に敵の軍勢がいることを、瞬間、失念した。

「いまだ、攻撃開始せよ!」
 アルジュが剣を抜き放ち、切っ先を天に掲げて吠えた。
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