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2章 屍の白い姫、首無しの黒い騎士
2-10.
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ウルゥカはもっと早くに退却を判断すべきだった。そうでなければ、多少の無理をしても強行突破するべきだった――と評するのは岡目八目というものだ。
度の過ぎる女好きは褒められたものではなかろうが、屍兵という未知なる敵に対して、二度目には有効な対処を取ってみせたことから鑑みても、ウルゥカを無能と評することはできまい。人格と能力は分けて評価されるべきだ。
要するに、ウルゥカがこの時点まで撤退を決断しなかったことをして、後世の者が彼を無能だったと指弾することは大きな間違いである。
マガーダ軍の撤退が遅きに失したのは、首無し騎士という第二の魔物が存在することを知らなかったからだ。そこまで想定するべきだったというのは、諸々のことを既知の事実として学べる後世の人間の傲慢である。
ただし、首無し騎士に討たれた息子ラージュの評価が低いことについては擁護しかねる。
彼が当初の作戦通りに、足止めに徹して不用意な攻撃を仕掛けないでいれば、せめてもう何刻かは時を稼げたはずだ。そうすれば、ウルゥカ率いる本隊が退路を断たれることにはならなかっただろう。
――息子のことはいい。話を戻そう。
屍兵は撤退するマガーダ軍を深追いしなかった。
ウルゥカには看破できなかったが、屍兵は「この場を守れ」という命令に従っているだけだったので、一定以上の距離が離れた相手には襲いかからないのだった。
ウルゥカがそこに気づいていれば、屍兵部隊を攻略することができたかもしれないが――いまさら無意味な仮定の話だ。
ウルゥカ率いる軍勢は向きを反転し、自領に向かって街道を西へと逃げ帰る。
自領から進発したときは兵数四千。そこから分隊に千を割いて、三千。その後、屍兵と一戦交えて撤退したときには兵数二千強で、進発したときの約半数に減っていた。
「半数に減ってしまったが、息子と合流すれば、いくらでもやりようがある。死体の群れなど、次こそ蹴散らしてくれるぞ!」
ウルゥカは腹立ちを抑えることなく撒き散らしながら街道を西へと進んでいた。
この時点ではまだ、彼は息子の戦死と、息子に預けた分隊千名の壊滅を知らなかった。
そこへ先頭からの報告が飛び込んでくる。
「ウルゥカ様、進路前方に不審な人影が見えるとの報告です。おそらく敵兵かと」
「敵兵だと!? ラージュは何をやっているのか……おい、敵兵の規模は!?」
「はっ……それがその……」
「はっきり言わぬか!」
「そ、その……騎兵が一騎、だそうです」
「一騎!?」
「はい。ですが、その……」
「なんだ!?」
「その……首がない、のだそうです……」
「首がないだと!?」
恐縮する兵士の報告を、ウルゥカは「馬鹿を言うな」と一蹴することができなかった。死体の群れが襲ってくるのだから、首のない騎士の一人くらい、むしろ存在するほうが当然のようにも思えたのだった。
ウルゥカは伝令の兵士に確認する。
「そいつは一騎なのだな? 周りに伏兵の潜んでいる気配はないのか?」
「はい。周辺の森を調べましたが、地中に潜んでいるのでもなければ、伏兵はありえないかと」
「ふむ……」
屍兵は足下から湧いてきた。それと同じことがまた起きないともかぎらないが、だとしても、立ちはだかるのがただ一騎の騎兵というのは解せない。いかにも作為的すぎて、これではかえって、ここに罠があるぞと喧伝しているようなものではないか――
「……あっ、待て。なるほど、そういうことか」
ウルゥカは結論づけて、全軍に号令した。
「いいか、騙されるな! その首無し騎士はただのまやかしだ。我々を不気味がらせて足止めさせるための、苦肉の策だ。つまり、グプタの兵どもは我が息子に打ち破られて、既にまともな奇襲を仕掛けてくることもできない寡兵になっているということだ! 全軍、気にせず突っ込め!」
領主の命令に続いて、進軍を告げる角笛が鳴り響いた。
度の過ぎる女好きは褒められたものではなかろうが、屍兵という未知なる敵に対して、二度目には有効な対処を取ってみせたことから鑑みても、ウルゥカを無能と評することはできまい。人格と能力は分けて評価されるべきだ。
要するに、ウルゥカがこの時点まで撤退を決断しなかったことをして、後世の者が彼を無能だったと指弾することは大きな間違いである。
マガーダ軍の撤退が遅きに失したのは、首無し騎士という第二の魔物が存在することを知らなかったからだ。そこまで想定するべきだったというのは、諸々のことを既知の事実として学べる後世の人間の傲慢である。
ただし、首無し騎士に討たれた息子ラージュの評価が低いことについては擁護しかねる。
彼が当初の作戦通りに、足止めに徹して不用意な攻撃を仕掛けないでいれば、せめてもう何刻かは時を稼げたはずだ。そうすれば、ウルゥカ率いる本隊が退路を断たれることにはならなかっただろう。
――息子のことはいい。話を戻そう。
屍兵は撤退するマガーダ軍を深追いしなかった。
ウルゥカには看破できなかったが、屍兵は「この場を守れ」という命令に従っているだけだったので、一定以上の距離が離れた相手には襲いかからないのだった。
ウルゥカがそこに気づいていれば、屍兵部隊を攻略することができたかもしれないが――いまさら無意味な仮定の話だ。
ウルゥカ率いる軍勢は向きを反転し、自領に向かって街道を西へと逃げ帰る。
自領から進発したときは兵数四千。そこから分隊に千を割いて、三千。その後、屍兵と一戦交えて撤退したときには兵数二千強で、進発したときの約半数に減っていた。
「半数に減ってしまったが、息子と合流すれば、いくらでもやりようがある。死体の群れなど、次こそ蹴散らしてくれるぞ!」
ウルゥカは腹立ちを抑えることなく撒き散らしながら街道を西へと進んでいた。
この時点ではまだ、彼は息子の戦死と、息子に預けた分隊千名の壊滅を知らなかった。
そこへ先頭からの報告が飛び込んでくる。
「ウルゥカ様、進路前方に不審な人影が見えるとの報告です。おそらく敵兵かと」
「敵兵だと!? ラージュは何をやっているのか……おい、敵兵の規模は!?」
「はっ……それがその……」
「はっきり言わぬか!」
「そ、その……騎兵が一騎、だそうです」
「一騎!?」
「はい。ですが、その……」
「なんだ!?」
「その……首がない、のだそうです……」
「首がないだと!?」
恐縮する兵士の報告を、ウルゥカは「馬鹿を言うな」と一蹴することができなかった。死体の群れが襲ってくるのだから、首のない騎士の一人くらい、むしろ存在するほうが当然のようにも思えたのだった。
ウルゥカは伝令の兵士に確認する。
「そいつは一騎なのだな? 周りに伏兵の潜んでいる気配はないのか?」
「はい。周辺の森を調べましたが、地中に潜んでいるのでもなければ、伏兵はありえないかと」
「ふむ……」
屍兵は足下から湧いてきた。それと同じことがまた起きないともかぎらないが、だとしても、立ちはだかるのがただ一騎の騎兵というのは解せない。いかにも作為的すぎて、これではかえって、ここに罠があるぞと喧伝しているようなものではないか――
「……あっ、待て。なるほど、そういうことか」
ウルゥカは結論づけて、全軍に号令した。
「いいか、騙されるな! その首無し騎士はただのまやかしだ。我々を不気味がらせて足止めさせるための、苦肉の策だ。つまり、グプタの兵どもは我が息子に打ち破られて、既にまともな奇襲を仕掛けてくることもできない寡兵になっているということだ! 全軍、気にせず突っ込め!」
領主の命令に続いて、進軍を告げる角笛が鳴り響いた。
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