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3-3. 大晴、友人に打ち明ける。
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「ただいま!」
帰宅した夏雨は、わざと大声を張り上げながら靴を脱ぎ、どすどすと足音を響かせて階段を上った。
当初は特別教室棟のトイレで男に戻ってから帰宅するつもりだったのだけど、何か手遅れなことが起こってしまったら……と思うと一秒でも惜しくて、体育着を着た女子のままで家路を駆けてきたのだった。
「ただいまッ!!」
二階に上がって自室のドアを勢いよく開ける。
室内に素早く目線を走らせ、友人の無事を確認した。
「……いた!」
友人は何事もない様子で、ゲームしていた……なぜか、小晴と一緒に。
「お帰り、お兄。あ、いまお姉か」
「ただいま……というか、なんで小晴も一緒かな……」
「お兄がなかなか帰ってこないから、あたしが接待してあげてたんだよー」
「それは……うん、ありがとう。というか、伊東もごめんな。俺から誘ったのに、帰るの遅れちゃってさ」
「あ……え、え、あ、ぅ……」
夏雨が謝ったのに、大晴は「気にすんなって」の一言もない。なぜか顔にぶわっと脂汗を滲ませながら、目玉を高速運動させている。
「伊東?」
友人の態度を訝しむ夏雨に、小晴がわざとらしい小声で話しかける。
「お兄、お兄」
「なんだ、小晴?」
「お兄、いまお姉」
「あっ!」
夏雨はここでようやく、自分がいま夏雨だったことに思い至った。
「そっか。俺、女のままじゃん……」
「お兄、お兄……伊東さんに全部話すつもりなん?」
小晴が今度は本当に声を潜めて、夏雨に耳打ちしてきた。
夏雨も小声で応じる。
「うん。だって、伊東なら絶対分かってくれるし。というか、自慢したい」
「えー……そんな理由でバラしちゃっていいのかなぁ?」
「そこはほら、念の為に小晴が言霊的なのでちょいちょいとやってくれれば、さ」
「あー、そかそか。俺は親友を信じるぜー、ってわけじゃあないのねー」
「いやっ、信じているけど! でも、保険があったら掛けるだろっ!」
「そーですねー」
「なんだよ――」
妹の胡乱げな目つきに、いまは姉の兄は憮然とした顔で言い返そうとする――が、動揺から回復した伊東が割り込んできた。
「あの! ……もしかして、あなたは大晴の彼女さん的な方でしたでしょうか?」
目線をそわそわ泳がせながら訪ねてくる友人に、夏雨は返答を迷った。どう言ったら信じてもらえるか――。
「お兄、お兄。百聞は一見に如かずだよ」
小晴が、戸惑っていた夏雨の手をぐいっと引き寄せた。
「わっ」
倒れかかった夏雨の身体を、小晴はそのまま正面から抱きとめて、自分の膝の上に軟着陸させる。対面座位っぽい体勢だが、そこで終わらずに、夏雨をカーペットの上に押し倒して正常位の体勢に覆い被さった。
「小晴さん?」
どうして姉を組み敷くのですかと、さん付けで問いかけた夏雨に、小晴は耳朶へのキスで答える。
「お姉、【抵抗禁止】ね」
「うぅ……!」
耳孔に流し込まれた言霊に、起き上がろうとしていた夏雨の身体から力が抜けていき、できるのは首と目線を動かすことくらいになってしまう。
逃げ場を探すように横を向くと、突如として始まった姉妹の絡みをガン見している友人がいた。
「お、おおぉ……こ、これは何なのだ、これは。どうすればいいのだ……」
友人は何事かをぶつぶつ呟いているだけで、助けに入るつもりは全くないようだ。
ところで今更だが、この友人、名前を伊東一という。身長だけは170cm超えと長身だが、ずんぐりむっちりした贅肉質な体型は、彼が運動にまるで興味がないことを物語っている。かてて加えて、もっさりとした黒髪に、整えるという発想を持ったこともなさそうな眉毛だ。
けだし、伊東一という男子はとても分かりやすく非モテのオタク系男子で、つまり、大晴の同類だった。それは見た目や趣味の話だけでなく、行動様式についてもで……要するに、夏雨にはこの状況で見にまわる伊東の態度が、とてもすごくよく理解できた。
あーこいつキモいなぁ、俺かよぉ――と思った途端、心中にこびり付いていた「俺が女体化してるってカミングアウトしたらキモがられるかも」という恐怖感が一気に消え去った。だって、キモいのはお互い様なのだから。
「小晴」
「んー、なに?」
「じつは学校でちょっとあって、パンツもうぐしょぐしょで気持ち悪いくらいなんだけど、気にしないでくれ」
「……あー、帰ってくるの遅かったのって、そういう……ふぅーん♥」
にやにや笑った小晴は、その小さな身体を夏雨に覆い被せたまま、片足を夏雨の股間に差し入れて、膝のあたりを股間にぐいぐい押し付けていく。
「あ、あっ♥ ぅあ……小晴ぅ、うぅ……ッ♥」
「んんぅー……ハーパン越しだと、濡れてるのかどうか、いまいち確認できにゃい、ぞ……っと」
「あっあぁ! 小晴っ、膝ぐりぐり、強すぎっ……いっ、はあぁッ♥」
「そんなこと言ってー、お姉、自分からお股カパってるんですけどー?」
「だって……んんぁ♥ あっ、み、見られてるっ……からっ! あふぁッ♥」
ぐぅりぐぅり、と円を描きながら押し付けられる小晴の膝が、夏雨の股間を泣き濡れさせる。
「あ、だんだんハーパン越しでもジメジメが膝に伝わってきたー。うっわ、じめじめぇ」
小晴が膝をぐりぐり使って、ボディタオルに石鹸を擦り付けて泡立てるみたいに、愛汁の染みた姉下着をべちょべちょ擦りたくっていく。
「あっ、うぁ――」
「――ひゅッ!?」
だけど、何故か一番大きな反応をしたのは、責められている夏雨ではなく、それを横で見ている伊東だった。
「ふぇ!?」
予想外のところからの反応に、小晴の肩もビクッと跳ねる。
「あ……ごめごごごめえぇ……ッ!!」
夏雨と小晴に揃って振り向かれた伊東は、大げさな動きでもって口に両手を宛てがう。その仕草がいちいち煩くて、人をイラッとさせる天才かな、と小晴は無駄に感心していたりする。
「あ、そうか。ジメジメに反応したのか」
夏雨は合点がいったとばかりに横向きの顔を頷かせた。
「んー、どゆこと?」
同じく横向きのまま小首を傾げる小晴に、夏雨は遠い目をして語る。
「伊東はな、伊東一と言うんだがな、クラスのうざい陽キャ勢がうざ絡みしてくるんだよ。ジメジメのジメ、とかって」
「むむ! 大晴はそんなことまで彼女さんに話していたのですか! 守秘義務ぅ!」
「あー……ごめん、お兄。あたし、伊東さんイジるひとの気持ち、ちょっと分かっちゃう」
「反応がいちいちウザいからな。なんか、テンパるとそうなっちゃうらしい」
「収益前の配信者かな?」
「実際にチャンネル持ってるぞ。登録者数、二桁だけど」
「二桁でもクラスの人数より多いんだからいいのぉ!」
夏雨の揶揄に、大げさな裏声でツッコミを入れてくる伊東。その、いちいちイラッと来る動きと口調に、小晴はちょっと冷めてくる。
「んー……ま、いーよ、どーでも」
「どーでもぉ!?」
「伊東さん」
「あ、はいっ」
「黙ってて。そしたら、後でさっきの続き、してあげますから♥」
「……ひゃい!」
心の籠もっていない笑顔の小晴に、じっとり汗ばんだ赤ら顔でぶんぶん頷く伊東。その様子に、夏雨もピンとくる。
「え、待って……おい、小晴。おまえ、伊東にマジで何かしたのか!?」
「ん? ん、んー?」
「おい!」
「ナニカサレタヨウダ」
「伊東は黙ってて」
「伊東さんは黙ってて」
「あ……はい……」
空気を読まずにゲームの台詞だかを言ってくる伊東へ、姉妹揃って釘を刺す。そのまま姉による妹への追求が再開されようかと思われたけれど、妹のほうが一歩早かった。
「お姉ちゃーんの、おーっぱい♥」
「うにゃッ!?」
素早く捲りあげられた体育着の中から、ばるんっと擬音が付きそうな勢いでIカップブラに包まれた爆乳が露わにされる。
「おっふぉ!」
横で伊東がパンクした空気タイヤみたいな声を上げたせいで、夏雨は思わず、そちらに視線をやってしまう。でも、その隙きが命取りだった。
「隙き有り!」
小晴の右手が、夏雨のお腹を撫でながらハーフパンツの中へと潜り込んだ!
胸に意識を向かわせたところで、体育着を捲くりあげた手が一転、翻って股間へと振り抜かれていく――それは、さながら燕返しのような妙手だった。
「んんゃあッ♥」
べつに最初から抵抗していたわけではなかったけれど、友人のせいで気が削がれていたところに不意打ちされるのは、受ける感覚が全然違う。
快感というには痺れすぎる官能に、夏雨は仰向けの背筋をブリッジさせて身悶えた。
「おわっ……とぉ」
姉のお腹にべたりと覆い被さっていた小晴は、そのブリッジでこてんと横へ転がり落ちるけれど、ハーパンの中に潜り込ませた手はそのままだ。むしろ、横向きで添い寝する体勢になったことで、もっと自由に手を使えるようになり、下着越しの割れ目愛撫を加速させていく。
「ほりゃ、ほりゃ、ほりゃほりゃーっ♥」
「あっ♥ あっあぁっ♥ ああぁッ♥」
下着越しといっても、布地がすっかり湿って割れ目の粘膜に張り付いている状態なので、小晴の指先で淫核をカリカリされると、夏雨はそれだけで腰をかくかく痙攣ブリッジさせられてしまう。
「お姉、いつでもイッていいからね……っていうか、【イって、男に戻れ】」
強い言葉と同時に、丸めた指の爪先がクリの下側付け根をがしがし擦って、止めを刺した。
「――ぅはッ♥ っひゅ――ッ……っふううぅッ♥♥」
夏雨は下手くその笛みたいに嘶いて、一際大きなブリッジを決めて痙攣絶頂した。
イった後にも、かくっかくっと小刻みに震えながら、べちゃっとお尻から崩れ落ちる姿が情けなくも艶めかしくて……横から見ていた伊東は、いつもの周囲から顰蹙を買うリアクションも忘れて、夏雨のアクメ独壇場に見入っていた。
「……ッ」
ぐびっ、と自分の喉が鳴る音に驚いて我に返った伊東だったが、その直後、そんな些細な驚きが吹っ飛ぶほどの驚愕が彼を襲った。
「へっ……へあああぁッ!?」
伊東は裏返った声の悲鳴を上げて、座った状態からさらにすっ転んで尻餅をつくというオーバーリアクションな驚きも、いまだけはウザいと思われなかった。見知らぬ女子が友人の男子に変身するところを目撃したのだから、このくらいの反応をしても不思議ではあるまい、と夏雨も小晴も思ったからだ。
「マッ、大晴だ……し、ししっ知らない女子が、マ、ママッマナに……ッ!!」
「ん……そうだ、俺だ」
驚愕する友人の前で、夏雨――から戻った大晴は、女子の絶頂感がまだ残っている身体をゆっくり起こしながら、友人に挨拶をした。
なお、性転換しても服装まで変わるわけではないので、いまの大晴は小太りトーマス顔男子が体育着の中に下着女装している状態だが、そのことを気にする素振りは見せない。反乱分子に迫られても動じなかった犬養毅のように、毅然とした態度でブラを外し、ハーパンとショーツを脱ぐと、箪笥から出してきた新しいトランクスに穿き替える。その間、股間の愚息がぶらんぶらんしていたけれど、敢えて隠すことなく堂々と着替えたことで、大晴は「俺は何ひとつ恥ずべきことはしていない」と喧伝することに成功した。
「いや、してないし。成功してない。むしろ全力で失敗しにいって、失敗することに成功した、くらいの失敗だから」
「おい止めろ、伊東。正論で殴るのはモラハラだぞ」
「ははは、詭弁でござるな……っというか、おぉ……このトークの感じ、マジでマナなのか……」
大晴の意味不明な独白に思わずツッコミを入れたことで再起動した伊東は、この数十秒のやり取りで、いま喋っている大晴が本当に大晴なのだと受け入れた。
「って、受け入れるんだ!」
びっくりな小晴。そして、ドン引きな小晴。
「物分り良すぎてキモぉい」
「遺憾でござる。拙者、親友の言葉を疑う術を持ち得ぬだけで御座候」
「えっ、キモい。なんで喋り方、急にキモくなるんですかぁ?」
「……テンパると、こうなるんです。ごめんでござる、ごめんでござる」
「うわぁ……」
「小晴、そのへんで」
体育着から部屋着のスウェット上下に着替えた大晴が、友人の心をナイフでグサグサにしている妹を止める。
「えー、これ、あたしが悪い流れぇ?」
肩を掴まれた小晴は唇を尖らせ、納得いかないという顔をしたものの、潤んだ両目から涙が溢れないように堪えている伊東の顔を見ると、さすがに自分の無実を言い張りはしなかった。納得したというか、空気を読んだのだった。
あーこれ、あたしが大人になって、空気を読んであげないと駄目なやつだこれー……という諦めの境地だった。
「えーと……伊東さん、ごめんなさい。悪口で言ったんじゃないんです。ただ、お兄のことを信じてくれるのが嬉しくて、つい子供っぽく燥いでしまいました。本当にごめんなさい」
「ひぇっ……あ、あぁ、あ、うん。はいっ、全然! だだっ大丈夫だからっ!」
「……あたしのこと、許してくれますか?」
「許す許す!」
正座になって、額が床につくまで深々と頭を下げた小晴に、伊東は座ったまま仰け反って、首と両手をわたわたと大袈裟に振り回して、小晴の謝罪を受けれいた。
「じゃ、この話はこれで終わりーってことで」
小晴はパンッと両手を合わせて、大晴を見る。
「そうな。話を戻すか」
頷いた大晴は、伊東を見やる。
伊東も大晴を見つめていた。
「というか、マナはどうして俺に、その……変身できることをバラしたんだ?」
「どうして……」
問われて初めて、そういえばどうしてなんだっけ、と眉根を寄せた大晴は、宙を見上げて考える。
「別に、どうしって理由はなくて……ただ単に、ほら……」
「ほら?」
「……自慢したかった、みたいな」
「自慢てぇッ!?」
伊東はまたも、動画映えを狙っているとしか思えない素っ頓狂な声で、大袈裟に驚いた。でも、今度は小晴も反射的にキモいと言ってしまったりしない。わりと伊東と同じ気持ちだったからだ。
「お兄、本当にそれだけの理由なのね……」
「や、だって――言いたくなるだろ、こんなの!」
「んー……」
否定はしないけれど、同意できるかって言われるとちょっと……という顔で首を傾げる小晴。でも、伊東はさっきまで泣きそうにしていた両目をキラキラと輝かせて、親指を立てた右手を突き出す。
「分かるマン!」
「だろ!」
おまえならそう言ってくれると信じてたっ、と大晴も笑顔満開だ。そんな二人は、サムズアップした拳を、うぇーいっとぶつけ合う。小晴一人が置いてけぼりだ。
「えぇ……何これ、キモい……ってゆーか、あたし、べつに要らない?」
伊東が友人の女体化を目の当たりにしてパニックになったりしたときの対策要員として同席していたけれど、蓋を開けてみれば、全くの杞憂だったようだ。
せっかく真面目に心配していた自分が馬鹿みたいじゃん――と、気恥ずかしいやら不貞腐れるやらで、小晴は一人で膨れっ面だ。
「ってゆーか、やっぱり物分り良すぎよね?」
目の前で友人が性転換してみせたことを、驚きの声を上げた程度で受け入れちゃってる伊東はやっぱり異常だと思うし、そんな友人を「こいつはこういう奴だから」で受け入れている兄も兄だし……。
「……ま、いっかー」
もうどうにでもなぁれ、と心配も何もかもぶん投げる小晴だった。
帰宅した夏雨は、わざと大声を張り上げながら靴を脱ぎ、どすどすと足音を響かせて階段を上った。
当初は特別教室棟のトイレで男に戻ってから帰宅するつもりだったのだけど、何か手遅れなことが起こってしまったら……と思うと一秒でも惜しくて、体育着を着た女子のままで家路を駆けてきたのだった。
「ただいまッ!!」
二階に上がって自室のドアを勢いよく開ける。
室内に素早く目線を走らせ、友人の無事を確認した。
「……いた!」
友人は何事もない様子で、ゲームしていた……なぜか、小晴と一緒に。
「お帰り、お兄。あ、いまお姉か」
「ただいま……というか、なんで小晴も一緒かな……」
「お兄がなかなか帰ってこないから、あたしが接待してあげてたんだよー」
「それは……うん、ありがとう。というか、伊東もごめんな。俺から誘ったのに、帰るの遅れちゃってさ」
「あ……え、え、あ、ぅ……」
夏雨が謝ったのに、大晴は「気にすんなって」の一言もない。なぜか顔にぶわっと脂汗を滲ませながら、目玉を高速運動させている。
「伊東?」
友人の態度を訝しむ夏雨に、小晴がわざとらしい小声で話しかける。
「お兄、お兄」
「なんだ、小晴?」
「お兄、いまお姉」
「あっ!」
夏雨はここでようやく、自分がいま夏雨だったことに思い至った。
「そっか。俺、女のままじゃん……」
「お兄、お兄……伊東さんに全部話すつもりなん?」
小晴が今度は本当に声を潜めて、夏雨に耳打ちしてきた。
夏雨も小声で応じる。
「うん。だって、伊東なら絶対分かってくれるし。というか、自慢したい」
「えー……そんな理由でバラしちゃっていいのかなぁ?」
「そこはほら、念の為に小晴が言霊的なのでちょいちょいとやってくれれば、さ」
「あー、そかそか。俺は親友を信じるぜー、ってわけじゃあないのねー」
「いやっ、信じているけど! でも、保険があったら掛けるだろっ!」
「そーですねー」
「なんだよ――」
妹の胡乱げな目つきに、いまは姉の兄は憮然とした顔で言い返そうとする――が、動揺から回復した伊東が割り込んできた。
「あの! ……もしかして、あなたは大晴の彼女さん的な方でしたでしょうか?」
目線をそわそわ泳がせながら訪ねてくる友人に、夏雨は返答を迷った。どう言ったら信じてもらえるか――。
「お兄、お兄。百聞は一見に如かずだよ」
小晴が、戸惑っていた夏雨の手をぐいっと引き寄せた。
「わっ」
倒れかかった夏雨の身体を、小晴はそのまま正面から抱きとめて、自分の膝の上に軟着陸させる。対面座位っぽい体勢だが、そこで終わらずに、夏雨をカーペットの上に押し倒して正常位の体勢に覆い被さった。
「小晴さん?」
どうして姉を組み敷くのですかと、さん付けで問いかけた夏雨に、小晴は耳朶へのキスで答える。
「お姉、【抵抗禁止】ね」
「うぅ……!」
耳孔に流し込まれた言霊に、起き上がろうとしていた夏雨の身体から力が抜けていき、できるのは首と目線を動かすことくらいになってしまう。
逃げ場を探すように横を向くと、突如として始まった姉妹の絡みをガン見している友人がいた。
「お、おおぉ……こ、これは何なのだ、これは。どうすればいいのだ……」
友人は何事かをぶつぶつ呟いているだけで、助けに入るつもりは全くないようだ。
ところで今更だが、この友人、名前を伊東一という。身長だけは170cm超えと長身だが、ずんぐりむっちりした贅肉質な体型は、彼が運動にまるで興味がないことを物語っている。かてて加えて、もっさりとした黒髪に、整えるという発想を持ったこともなさそうな眉毛だ。
けだし、伊東一という男子はとても分かりやすく非モテのオタク系男子で、つまり、大晴の同類だった。それは見た目や趣味の話だけでなく、行動様式についてもで……要するに、夏雨にはこの状況で見にまわる伊東の態度が、とてもすごくよく理解できた。
あーこいつキモいなぁ、俺かよぉ――と思った途端、心中にこびり付いていた「俺が女体化してるってカミングアウトしたらキモがられるかも」という恐怖感が一気に消え去った。だって、キモいのはお互い様なのだから。
「小晴」
「んー、なに?」
「じつは学校でちょっとあって、パンツもうぐしょぐしょで気持ち悪いくらいなんだけど、気にしないでくれ」
「……あー、帰ってくるの遅かったのって、そういう……ふぅーん♥」
にやにや笑った小晴は、その小さな身体を夏雨に覆い被せたまま、片足を夏雨の股間に差し入れて、膝のあたりを股間にぐいぐい押し付けていく。
「あ、あっ♥ ぅあ……小晴ぅ、うぅ……ッ♥」
「んんぅー……ハーパン越しだと、濡れてるのかどうか、いまいち確認できにゃい、ぞ……っと」
「あっあぁ! 小晴っ、膝ぐりぐり、強すぎっ……いっ、はあぁッ♥」
「そんなこと言ってー、お姉、自分からお股カパってるんですけどー?」
「だって……んんぁ♥ あっ、み、見られてるっ……からっ! あふぁッ♥」
ぐぅりぐぅり、と円を描きながら押し付けられる小晴の膝が、夏雨の股間を泣き濡れさせる。
「あ、だんだんハーパン越しでもジメジメが膝に伝わってきたー。うっわ、じめじめぇ」
小晴が膝をぐりぐり使って、ボディタオルに石鹸を擦り付けて泡立てるみたいに、愛汁の染みた姉下着をべちょべちょ擦りたくっていく。
「あっ、うぁ――」
「――ひゅッ!?」
だけど、何故か一番大きな反応をしたのは、責められている夏雨ではなく、それを横で見ている伊東だった。
「ふぇ!?」
予想外のところからの反応に、小晴の肩もビクッと跳ねる。
「あ……ごめごごごめえぇ……ッ!!」
夏雨と小晴に揃って振り向かれた伊東は、大げさな動きでもって口に両手を宛てがう。その仕草がいちいち煩くて、人をイラッとさせる天才かな、と小晴は無駄に感心していたりする。
「あ、そうか。ジメジメに反応したのか」
夏雨は合点がいったとばかりに横向きの顔を頷かせた。
「んー、どゆこと?」
同じく横向きのまま小首を傾げる小晴に、夏雨は遠い目をして語る。
「伊東はな、伊東一と言うんだがな、クラスのうざい陽キャ勢がうざ絡みしてくるんだよ。ジメジメのジメ、とかって」
「むむ! 大晴はそんなことまで彼女さんに話していたのですか! 守秘義務ぅ!」
「あー……ごめん、お兄。あたし、伊東さんイジるひとの気持ち、ちょっと分かっちゃう」
「反応がいちいちウザいからな。なんか、テンパるとそうなっちゃうらしい」
「収益前の配信者かな?」
「実際にチャンネル持ってるぞ。登録者数、二桁だけど」
「二桁でもクラスの人数より多いんだからいいのぉ!」
夏雨の揶揄に、大げさな裏声でツッコミを入れてくる伊東。その、いちいちイラッと来る動きと口調に、小晴はちょっと冷めてくる。
「んー……ま、いーよ、どーでも」
「どーでもぉ!?」
「伊東さん」
「あ、はいっ」
「黙ってて。そしたら、後でさっきの続き、してあげますから♥」
「……ひゃい!」
心の籠もっていない笑顔の小晴に、じっとり汗ばんだ赤ら顔でぶんぶん頷く伊東。その様子に、夏雨もピンとくる。
「え、待って……おい、小晴。おまえ、伊東にマジで何かしたのか!?」
「ん? ん、んー?」
「おい!」
「ナニカサレタヨウダ」
「伊東は黙ってて」
「伊東さんは黙ってて」
「あ……はい……」
空気を読まずにゲームの台詞だかを言ってくる伊東へ、姉妹揃って釘を刺す。そのまま姉による妹への追求が再開されようかと思われたけれど、妹のほうが一歩早かった。
「お姉ちゃーんの、おーっぱい♥」
「うにゃッ!?」
素早く捲りあげられた体育着の中から、ばるんっと擬音が付きそうな勢いでIカップブラに包まれた爆乳が露わにされる。
「おっふぉ!」
横で伊東がパンクした空気タイヤみたいな声を上げたせいで、夏雨は思わず、そちらに視線をやってしまう。でも、その隙きが命取りだった。
「隙き有り!」
小晴の右手が、夏雨のお腹を撫でながらハーフパンツの中へと潜り込んだ!
胸に意識を向かわせたところで、体育着を捲くりあげた手が一転、翻って股間へと振り抜かれていく――それは、さながら燕返しのような妙手だった。
「んんゃあッ♥」
べつに最初から抵抗していたわけではなかったけれど、友人のせいで気が削がれていたところに不意打ちされるのは、受ける感覚が全然違う。
快感というには痺れすぎる官能に、夏雨は仰向けの背筋をブリッジさせて身悶えた。
「おわっ……とぉ」
姉のお腹にべたりと覆い被さっていた小晴は、そのブリッジでこてんと横へ転がり落ちるけれど、ハーパンの中に潜り込ませた手はそのままだ。むしろ、横向きで添い寝する体勢になったことで、もっと自由に手を使えるようになり、下着越しの割れ目愛撫を加速させていく。
「ほりゃ、ほりゃ、ほりゃほりゃーっ♥」
「あっ♥ あっあぁっ♥ ああぁッ♥」
下着越しといっても、布地がすっかり湿って割れ目の粘膜に張り付いている状態なので、小晴の指先で淫核をカリカリされると、夏雨はそれだけで腰をかくかく痙攣ブリッジさせられてしまう。
「お姉、いつでもイッていいからね……っていうか、【イって、男に戻れ】」
強い言葉と同時に、丸めた指の爪先がクリの下側付け根をがしがし擦って、止めを刺した。
「――ぅはッ♥ っひゅ――ッ……っふううぅッ♥♥」
夏雨は下手くその笛みたいに嘶いて、一際大きなブリッジを決めて痙攣絶頂した。
イった後にも、かくっかくっと小刻みに震えながら、べちゃっとお尻から崩れ落ちる姿が情けなくも艶めかしくて……横から見ていた伊東は、いつもの周囲から顰蹙を買うリアクションも忘れて、夏雨のアクメ独壇場に見入っていた。
「……ッ」
ぐびっ、と自分の喉が鳴る音に驚いて我に返った伊東だったが、その直後、そんな些細な驚きが吹っ飛ぶほどの驚愕が彼を襲った。
「へっ……へあああぁッ!?」
伊東は裏返った声の悲鳴を上げて、座った状態からさらにすっ転んで尻餅をつくというオーバーリアクションな驚きも、いまだけはウザいと思われなかった。見知らぬ女子が友人の男子に変身するところを目撃したのだから、このくらいの反応をしても不思議ではあるまい、と夏雨も小晴も思ったからだ。
「マッ、大晴だ……し、ししっ知らない女子が、マ、ママッマナに……ッ!!」
「ん……そうだ、俺だ」
驚愕する友人の前で、夏雨――から戻った大晴は、女子の絶頂感がまだ残っている身体をゆっくり起こしながら、友人に挨拶をした。
なお、性転換しても服装まで変わるわけではないので、いまの大晴は小太りトーマス顔男子が体育着の中に下着女装している状態だが、そのことを気にする素振りは見せない。反乱分子に迫られても動じなかった犬養毅のように、毅然とした態度でブラを外し、ハーパンとショーツを脱ぐと、箪笥から出してきた新しいトランクスに穿き替える。その間、股間の愚息がぶらんぶらんしていたけれど、敢えて隠すことなく堂々と着替えたことで、大晴は「俺は何ひとつ恥ずべきことはしていない」と喧伝することに成功した。
「いや、してないし。成功してない。むしろ全力で失敗しにいって、失敗することに成功した、くらいの失敗だから」
「おい止めろ、伊東。正論で殴るのはモラハラだぞ」
「ははは、詭弁でござるな……っというか、おぉ……このトークの感じ、マジでマナなのか……」
大晴の意味不明な独白に思わずツッコミを入れたことで再起動した伊東は、この数十秒のやり取りで、いま喋っている大晴が本当に大晴なのだと受け入れた。
「って、受け入れるんだ!」
びっくりな小晴。そして、ドン引きな小晴。
「物分り良すぎてキモぉい」
「遺憾でござる。拙者、親友の言葉を疑う術を持ち得ぬだけで御座候」
「えっ、キモい。なんで喋り方、急にキモくなるんですかぁ?」
「……テンパると、こうなるんです。ごめんでござる、ごめんでござる」
「うわぁ……」
「小晴、そのへんで」
体育着から部屋着のスウェット上下に着替えた大晴が、友人の心をナイフでグサグサにしている妹を止める。
「えー、これ、あたしが悪い流れぇ?」
肩を掴まれた小晴は唇を尖らせ、納得いかないという顔をしたものの、潤んだ両目から涙が溢れないように堪えている伊東の顔を見ると、さすがに自分の無実を言い張りはしなかった。納得したというか、空気を読んだのだった。
あーこれ、あたしが大人になって、空気を読んであげないと駄目なやつだこれー……という諦めの境地だった。
「えーと……伊東さん、ごめんなさい。悪口で言ったんじゃないんです。ただ、お兄のことを信じてくれるのが嬉しくて、つい子供っぽく燥いでしまいました。本当にごめんなさい」
「ひぇっ……あ、あぁ、あ、うん。はいっ、全然! だだっ大丈夫だからっ!」
「……あたしのこと、許してくれますか?」
「許す許す!」
正座になって、額が床につくまで深々と頭を下げた小晴に、伊東は座ったまま仰け反って、首と両手をわたわたと大袈裟に振り回して、小晴の謝罪を受けれいた。
「じゃ、この話はこれで終わりーってことで」
小晴はパンッと両手を合わせて、大晴を見る。
「そうな。話を戻すか」
頷いた大晴は、伊東を見やる。
伊東も大晴を見つめていた。
「というか、マナはどうして俺に、その……変身できることをバラしたんだ?」
「どうして……」
問われて初めて、そういえばどうしてなんだっけ、と眉根を寄せた大晴は、宙を見上げて考える。
「別に、どうしって理由はなくて……ただ単に、ほら……」
「ほら?」
「……自慢したかった、みたいな」
「自慢てぇッ!?」
伊東はまたも、動画映えを狙っているとしか思えない素っ頓狂な声で、大袈裟に驚いた。でも、今度は小晴も反射的にキモいと言ってしまったりしない。わりと伊東と同じ気持ちだったからだ。
「お兄、本当にそれだけの理由なのね……」
「や、だって――言いたくなるだろ、こんなの!」
「んー……」
否定はしないけれど、同意できるかって言われるとちょっと……という顔で首を傾げる小晴。でも、伊東はさっきまで泣きそうにしていた両目をキラキラと輝かせて、親指を立てた右手を突き出す。
「分かるマン!」
「だろ!」
おまえならそう言ってくれると信じてたっ、と大晴も笑顔満開だ。そんな二人は、サムズアップした拳を、うぇーいっとぶつけ合う。小晴一人が置いてけぼりだ。
「えぇ……何これ、キモい……ってゆーか、あたし、べつに要らない?」
伊東が友人の女体化を目の当たりにしてパニックになったりしたときの対策要員として同席していたけれど、蓋を開けてみれば、全くの杞憂だったようだ。
せっかく真面目に心配していた自分が馬鹿みたいじゃん――と、気恥ずかしいやら不貞腐れるやらで、小晴は一人で膨れっ面だ。
「ってゆーか、やっぱり物分り良すぎよね?」
目の前で友人が性転換してみせたことを、驚きの声を上げた程度で受け入れちゃってる伊東はやっぱり異常だと思うし、そんな友人を「こいつはこういう奴だから」で受け入れている兄も兄だし……。
「……ま、いっかー」
もうどうにでもなぁれ、と心配も何もかもぶん投げる小晴だった。
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