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「受けか攻めか、それが問題だ……」

 俺は覚えたての単語を口にして、深い溜め息を吐いた。
 もし仮に衛士と恋人関係になったとして、そのときに俺は挿入するほうなのか、されるほうなのか? 男役タチなのか女役ネコなのか――?
 ネットで調べてみたところ、両立リバというのもあるらしい。つまり、気分によって入れたり入れられたりするのだとか。

「なるほど、男同士ならではの楽しみ方か」

 その記事を読んだときには一瞬そんなことを思ってしまったけれど、俺と衛士がそのをしているところを想像したら――

「うわああぁっ!?」

 ……恥ずかしすぎて叫んでしまった。

「だ、駄目だ……恥ずかしすぎる……!」

 何が恥ずかしいって、休日の自室でスマホを片手にエロいワードで検索して羞恥に悶える二十九歳独身男性という絵面が、だ。

「それに加えて、検索ワードが男同士のエロ知識ってのがまたもう……はぁ……」

 俺は休日に何をやっているんだか、という気持ちが重苦しい溜め息になって零れ落ち、カーペットを転がっていく。
 それを目で追ったわけでもないのだが、少し上げた視線に入ってきたのは、卓袱台に載っているマグカップだ。俺のものではない。凪がこの前遊びにきたとき、「百円ショップで買ってきたっす。だってこのうち、お客様用のカップがないんすもん」とか言って置いていったものだ。

「べつになくても、いままで困らなかったんだよ」

 思い出した衛士の笑顔に、反論をぼそりと独りごちる。
 俺の部屋うちまで暇を見つけてはやってきて、DVDを見たりゲームをしたり、ときどき料理をしたり、たまにマッサージなんかしてくれるような友人はこれまでいなかった。
 いや、友達はいる。いるけれど、休日に俺の部屋まで押しかけてくるような友達はいなかったという意味だ。

「……ってか普通、この年齢としで、こんなちょくちょく友人だちんちに入り浸ったりしねぇだろ。これじゃまるで――」

 口走りそうになった言葉に自分で驚き、俺はそれを声にする前に息を呑んだ。
 これじゃまるで恋人じゃないか――それを声に出して言ってしまうのは、何か狡い気がした。
 衛士とのからもう二週間ほど経っているけれど、俺は未だに返事を保留したままだ。その間、衛士はちょくちょく遊びに来ていたけれど、そのことについては一度も触れてこなかった。ただ普通に数時間駄弁って帰るだけだった。
 でも……。

「返事、待ってるんだろうな」

 あいつは何も言ってこないけれど、目は口ほどに、というやつだ。
 一緒にDVDを観ている合間に、並んで料理をしているときに、衛士がちらちらと向けてくる熱い視線を嫌と言うほど感じている。
 ベッドでうつ伏せになってマッサージしてもらっているときには、ふと横目を向けた姿見の中にはちょっと性欲が漏れすぎな目をした衛士がいて、冷や汗を掻いたりもした。
 それらのことから、衛士の気持ちが二週間も放置プレイされて尚、変わっていないのは明白だ。だからこそ、俺もいい加減、誠実に答えなければならない。

「誠実に、な」

 声にしてみると中々にロマンチックなのだけど、具体的なところはつまり冒頭の問いだ。
 受けか攻めか、それが問題なのだ。
 ――そもそも同性とセックスできるのか、という疑問はこの際、考えない。
 その手前の行為をすでに二、三度やっているのだから、同性全般ならいざ知らず、少なくとも衛士相手にならできると思う……そう思えている自分に驚きだけど、たぶんできてしまうだろう。

「んで……受けか攻めか、だよ」

 何度も繰り返しているけれど、それなのだ。
 衛士に入れるのか、入れられるのか――

「……ん? あれ? というか、って尻に入るのか?」

 俺はさっきから当たり前のように、男性器を肛門に挿入することが可能だという前提で考えていたけれど、よくよく考えるとそれは全然、当たり前ではないのではなかろうか?

「だって、あれって直径、だいたいこのくらいだろ? で、肛門って、こんなに穴ぽっかり開いてない……よな?」

 親指と人差し指で輪っかを作って想像してみるけれど、この輪っかの太さが尻に入るのって、冷静に考えたらおかしく――

「――あ、ないか?」

 うんこって太いときは太いよな、という反論を思いついてしまった。
 なるほど、肛門の可能性というのは俺が思っているより果てしないのかもしれない――と思って検索ワードを適当に打ち込んでみたら、俺の知らない世界が広がっていた。

「おいおい……果てしなすぎるだろ……」

 指が三本だ四本だとか、ちんぽだとかの話ではなく、腕が入っていた。あと、頭を入れているのもあった。頭だ、頭。ちょっと意味が分からない。いや、他人の性的嗜好に文句を付けるのは止めよう。でも、もしも衛士がこれを求めてきたとしたら、俺は応えられるだろうか――いや、無理だ。申し訳がないが、ノータイムで無理だと言い切れる!

「……ま、まあ、衛士はわりと雰囲気というか手順を大事にする男のようだし、いきなり頭を突っ込めとか、突っ込ませろとかは言わんだろう……うん」

 一瞬、凪があの爽やかなイケメンスマイルで「凪さんのアナルに俺の頭突っ込ませてくださいっす」と笑いかけてくる姿を想像してしまったけれど、さすがにないだろう――うん、ないだろう。

「っと、いかんいかん」

 想像が飛躍しすぎた。俺はぶるるっと頭を振って、雑念を振り払った。

「このまま思い悩んでいても埒が空かないか――はぁ……ふぅ……」

 大きく深呼吸をしながら、いったん思考を整理してみた。

「……そうだな。まずは確かめられるところから、ひとつひとつ確認していく。それしかない、か」

 俺は考えをまとめると、意を決して検索を開始。該当するサイトや品物や多々あったけれど、とりあえず売れ筋、定番というのを見繕って通販サイトで注文した。


 二日後、近所のコンビニ受け取りで届いた段ボール箱を前に、俺は軽く怖じ気づいていた。

「二日前の俺はよくまあ、こんなもんを買ったな……」

 段ボールの中身はアダルトグッズ――アナル関連のアダルトグッズだ。
 アナルバイブ、アナルパール、アナルプラグにアナル用ローション、エネマプラグにゴム手袋、使い捨てタイプの浣腸液……と、後からもう一度注文するのが嫌だったので、とにかく片っ端から買ってみた。でも実際にこうして手に取ってみると、自分が根本的なところを分かっていなかったことに気づかされた。

「やべぇ……これ、いや、入らねぇだろ……なぁ?」

 アナルバイブって画像で見ると歯ブラシみたいな印象だったのに、実物はちゃんと太い。いや、普通の膣に使うバイブに比べたら細いんだろうけど、指よりもずっと太い。あと、長い。初心者用というのを買ったはずなのだが……これ、本当に初心者の尻に入るのか? それとも、全くの未経験者と初心者の間には俺が想像していた以上の隔たりがあるのか?

「……こっちのアナルパール? これのほうがまだ入りそうか?」

 パールという名前の通り、真珠のネックレスを真っ直ぐ伸ばしたような見た目のグッズ。芯が入っていて、ネックレスのように曲がったり丸まったりはしないようだ。真珠の直径が短いのでバイブのほうよりも全体に細身だけど、これを入れるときの感触を想像すると、肛門がぞわぞわしてくる。

「っつか、女ってよく自分のあそこにバイブを突っ込んだりできるな……」

 バイブにしろパールにしろ、こんな異物を自分の体内に入れるだなんて、簡単にできることではないと思う。慣れればどうということはないのかもしれないけれど、少なくとも最初の一回はかなり度胸が要るだろう。しかも女性の場合、というか膣の場合には、慣れもクソもない最初の一回に破瓜の痛みというのがおまけについてくるわけだ。

「女って大変だな」

 アナルバイブとパールを両手に持って、しみじみ思ってしまった。
 男性のお腹にお守りを括り付けて妊婦の苦労を体験してみようというのがあるけれど、男性の尻にアナルバイブを刺して処女の苦労を体験してみようというのを催したら、女性に優しくなる男性が増えるのではなかろうか。

「って、現実逃避はここまで! 時間は有限なんだ。やるぞ、俺――よし!」

 声を張って気合いを入れて、スマホにはアナルプレイ初心者用のサイトを表示させておいて、俺はアナルプレイお試しミッションを開始した。
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