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3章
48-3. ラヴィニエ・ミ・アーメイ ラヴィニエ ★
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「ラヴィニエ、おまえが無事に帰還してくれて良かったよ」
私室に伺った私を、エミリオ様は笑顔で迎え入れてくれた。
五年前までの身も心も少年だったエミリオ様が私に向けてくれていた笑顔は、夏の朝焼けみたいな眩しい笑顔だった。でも、いま向けられたのは、火で炙った肉から滴る脂のような笑顔だった。
エミリオ様は優しい笑顔を見せたつもりなのかもしれないけれど、女は目が合えば分かるのだ。その男が自分に向けてきているのが、友情なのか劣情なのかを。
だが、分かったからといって、今更どうにもならない。夜の私室で二人きりになる状況を許してしまった時点でもう、退路はなかった。
ここでエミリオ様を拒めば、私は処罰されるだろう。表立って罰されなくとも、これから先、騎士として日の目を見ることはなくなるだろう。
――油断していた。
調査報告の最後で、後で来るよう言われたときに「全て報告いたしました。これ以上お伝えできることはありません」と言っておけば良かったのだ。
わざわざ時間を改めてまで報告を求めるのだから、他の者には聞かせられない話があるのかもしれない――などと余計な気をまわしてしまったのがいけなかったのだ。
きっと、思い出が目を曇らせたのだ。初恋は終わったのだ、と納得しているつもりになって、自分の甘ったれた心から目を逸らしていたのだ。その代償を、いま支払わされているのだ。
「ラヴィニエ、私たちの間には五年の歳月を埋める密な時間が必要だ。おまえもそう思ってくれているだろう?」
そう言って腰を抱き寄せてきたエミリオ様に対して、私は何と答えたのだったか――。
記憶が覚束ない。エミリオ様に抱き寄せられた瞬間から、私の心はどこか彼方へ遊離していた。
天井近くをふわふわと漂いながら、エミリオ様に抱かれる自分をふわふわと見下ろしているようだった。ふわふわと朧気な意識のままに……ふわふわと……。
● ● ●
エミリオ様――アルゴーネ領主の嫡男、エミリオ・ド・ジョンディ子爵。
くすんだ金髪を火の粉のようだと言ったら、それは褒めているのか貶しているのか、と眉を顰められたのは、いつのことだったか。
深い青色をした瞳を夜明け前の色だと言ったら、恥ずかしそうに喜んでくれたのは、彼が七歳のときだ。誕生日でも何でもない日に、何気なく言ったのだった。あのときの照れた顔がとても印象的で、いまもこうして憶えている。
彼が中央の学院へ入るために旅立ったのは十歳のときだ。出立の日、見送りに出た私は泣いたのだった。彼は泣かなかったけれど、別れの挨拶もできないほど唇を噛み締めていたっけ。
最後に見た彼の顔を、いまも憶えている。けして泣くまいと――私を安心させたくて必死に笑おうとしていた顔に、私はこのひとが本当に好きなのだと、これが初恋なのだと自覚したのだった。
……自覚などしなければよかった。
五年越しの恋心がこんなふうに破れるのだと知っていたら、初恋なんてしなかった。
「――あぁ、鍛えている女も悪くないな」
一人用の寝台に腰かけたエミリオ様が、自分の正面に立たせた私を見て笑っている。
唇をだらしなく緩ませた笑みは、もしかしたらエミリオ様本人は魅力的に頬笑んでいるつもりなのかもしれない。でも私の目には、酒場の酔漢が浮かべる下品な笑いにしか見えなかった。
「ふむ……どうだ、ラヴィニエ。騎士の装いなどという色気のないものを着るのは止めて、明日からはドレスを着て過ごすというのは」
エミリオ様は私の裸を無遠慮に視線で舐めまわしながら、愚にもつかないことを仰っている。
「……」
「ははっ、冗談だ。そう怖い顔をするな。――王都では、ドレスをまとって帯剣した女騎士や女将軍が活躍する演劇が流行っているのだ。女騎士が胸元の開いたドレスの裾を翻して舞うように剣を振う姿は、下は平民から上は王族に至るまで大人気なのだぞ。ラヴィニエ、おまえもその人気に肖ってみたらどうだ――と思ったのだが、田舎の古くさい感性では、それも受け容れられんか」
これ見よがしな嘲笑を放つエミリオ様に、私は何も思わない。心が身体を離れているから、肌を這う不躾な視線にも、私の生まれ育った土地を嗤う姿にも、何も思わずに済む。
この男のために何一つ心を動かしたくない――ただひとつあるのは、その思いだけだった。
……分かっている。こんなのは無駄な抵抗だ。
エミリオ様は私の心など、端から見ていない。見ているのは、服を脱がせた私の裸だけだ。
「おお、そうだ。どうせならドレスも止めて、この姿に剣だけを帯びて戦陣に立つのはどうだ? ドレス姿の女騎士が理解できない田舎者でも、全裸の女騎士になら顰蹙せずに喜んで拝むかもしれんぞ。くくっ、はははっ!」
「……」
いまの話のどこに大笑いするほど面白いところがあったのか、分からない。エミリオ様は飲んでいらっしゃるのだろうか?
「ラヴィニエ、どうした? ……ああ、そうか。悪いな、ずっと立たせたままで。だが、随分と鍛えているようだし、もうしばらく立ったままでも平気だな。その太い脚は飾りではないのだろう?」
城代様から返事を求められれば、一介の騎士でしかない私には無言を貫くことさえ許されない。
「……、……はい」
私の耳には、自分の声がまるで他人のものに聞こえた。
「声が硬いな。それに表情も引き攣っている。もう少し、女らしい顔をしたらどうだ? 体付きが女にしては筋肉質に過ぎるのだから、せめて表情くらいは嫋やかであるべきだろうに……そんなことだから、田舎の女は遊び相手にもならないと言われるのだぞ」
エミリオ様の舌は、蝋を塗ったように滑らかだ。ぺらぺらと喧しく私を嬲ることで、私を通してこの土地と、ここで生きる女たちとを馬鹿にする。
心を動かしたら負けだと思うのに、目尻や口角がいまにも引き攣りそうだ。
「ふっ……ははっ! いい、私が悪かった。無理に頬笑もうとするな。それでは顔が引き攣っているだけだ。こちらの興が削がれる。期待していないから、せめて普通にしていろ」
「……はい」
貴方に対して頬笑もうとしたつもりはありません、と口走りそうになるのを我慢するのは大変だった。
エミリオ様の手が伸びてくる。意識するよりも先に、身体が逃げそうになった。
びくっと腰が引ける。
「おや、なんだ? まさか……怖いのか?」
「……いえ」
「ははっ、隠さなくていい。どうせ艶っぽいことは何一つ学ばずに、ひたすら騎士の真似事をしてきたのだろう? この筋肉ばかりの身体を見れば、隠そうとしても無駄だ」
エミリオ様は小馬鹿にした顔で笑いながら、私の太腿を無造作に掴む。
「おお、見た目通りの硬さだ。女の脚とは思えんな……ははっ」
「……ッ」
何が楽しいのか、にやにやと笑窪を作って嗤うエミリオ様を、私は無言で見下ろす。
太腿を掴んだり叩いたりしてくる不躾な手に、本能的な悍ましさと怒りを覚えるけれど、喉元まで上がってきた呻きと一緒に飲み下す。
「いや、しかし太い。太くて硬い脚だ。だが、この手触りはどこかで……ああ、そうだ。馬だ。馬の脚だな、これは」
じっと直立している私の太腿を両手で撫でまわしながら、エミリオ様は鼻声で呟いている。馬鹿にしているのかと思ったが、見下ろしてみれば、エミリオ様は恍惚の表情を浮かべていた。
「貴族令嬢の脚ではないぞ、こんなもの。嫋やかさの欠片もない、無骨で、しなやかで、磨き抜かれた鋼のようで……こんな脚、あぁ……これだから田舎の女は、あぁ……」
相変わらずの私や領地を馬鹿にする言葉なのに、その声は恋をささやくように甘やかだ。エミリオ様はベッドの縁に腰掛けているから、その正面で立っている私から見えるのは、かつて私が火の粉のようだと評した褪せた金髪ばかりで、顔はほとんど見えていない。でも、こんな愛しげな声でささやきながら下卑た顔をしているとは思えなかった。
「エミリオ様……」
思わず声を出した途端、エミリオ様は弾かれたように顔を上げた。そこに浮かんでいたのは、いつか見たことのある表情だった。
あ……幼かった頃に、お漏らししたのを私に知られたときの表情だ――。
「みっ、見るな――あっ……く……こっ、これだから田舎の女は嫌なんだ!」
「あ――」
羞恥を隠そうとして怒るエミリオ様が、真っ赤な顔で私の腰に片手をまわし、投げ捨てるようにして私を寝台に押し倒した。
私は咄嗟に堪えようとしたけれど、エミリオ様だって学院に入ってからも身体を鍛えることは続けていたようで、腰を後ろから押される力に抗えなかった。咄嗟に両肘を畳んで受け身を取るのがやっとだった。
「んっ……」
白いシーツの上でうつ伏せに倒れた私は、衝撃に小さく息を吐く。
そこへどさりと、背中にのし掛かってくる重さ。
「ああ、くそっ……背中まで筋肉でごつごつしているじゃないか。これじゃまるで山道だ。都の大通りはな、アスファルトで固められているんだ。分かるか、アスファルトだ。白くて、平らで……女の背中というのは、そういうものが正しいんだ。それが分からない奴は田舎者と馬鹿にされても仕方がないんだ!」
背中越しに降ってくるエミリオ様の罵声は、私に向けたもののようでいて、途中からは自分自身に向けたものようだった。
「エミリオ様……」
「煩い! 何も言うな!」
「あうっ」
振り向こうとしたら、肩をぐっと押さえつけられた。
たぶん腰に跨がられている。その上で肩を押さえ込まれたら、鍛えているつもりでも起き上がることは不可能だった。
「エミリオ――」
「黙れ。何も言うなと言ったぞ」
この状況で唯一できる声を出すことも禁じられてしまえば、私にはもう、黙って組み伏せられていることしかできなかった。
「そうだ、それでいい――言葉など聞きたくない。どいつもこいつも……っ……馬鹿にして……!」
エミリオ様の歯軋りが聞こえる。左肩に押しつけられている手が、ぎりりと指を食い込ませてくる。
「……ッ」
痛みに呻き声を漏らしかけたけれど、私は咄嗟に歯を食いしばっていた。
何も言うなと言われたとはいえ、我ながら律儀なことだ、と唇の片端だけで苦笑する。
黙って寝そべっている私の背中を、エミリオ様の右手が無遠慮に撫でまわす。その手つきは愛撫というには強すぎるもので、筋肉を揉みほぐされているようだった。
「ああ……肩の裏側も、背骨の周りも硬く盛り上がって畑のようではないか。でこぼことした背中だ……こんな背中を異性に晒して、令嬢として恥ずかしくないのか?」
「……」
自分で脱げと命じた上で組み伏せておいて、散々な言いようだ。でも、幸いにも「何も言うな」と命令されているので、私は安心して質問を無視した。
怒らせてしまうかとも思ったのだけど、エミリオ様は気にしなかった。というより、私に話しかけたわけではなかったらしい。
「王都の女は、貴族も平民も娼婦も、どこを見ても白磁のような肌の女ばかりだ。白くて、細くて、柔らかで……気をつけて扱わないと壊してしまいそうなのばかりだ。こんなふうに力を込めて揉んでみろ――!」
エミリオ様の左手が私の左肩を、右手が脇腹の肉をぎりりと掴む。
「――あっ」
「白い肌に指の形の真っ赤な痕が付いて大騒ぎだ。女はたちまち機嫌を損ねて、はいさようならだ!」
私が漏らした短い悲鳴も、エミリオ様には聞こえていない。両手の指にぎゅうぎゅう力を込めていく。
「っ……あっ……!」
「黙れ!」
肉に食い込む指の強さに堪らず呻けば、またも理不尽に怒鳴られる。
……エミリオ様が理解できない。
私や、この土地を貶したいのですか? それとも、王都の女性を?
エミリオ様が五年の間に変わってしまったことは分かれど、どう変わったのかが理解できない――でも、理解してあげたい。
「違うのは背中だけですか?」
気がつけば、その言葉が口を衝いていた。
「え……」
虚を突かれて息を止めたエミリオ様に、言い募る。
「私の身体……王都の女性と違うのは、背中だけですか? 違うところをもっと教えてください。調べてください。もっと……全部、お願いいたします」
「ラヴィニエ……」
背後から降ってくるのは、少年のように戸惑った声。
私は力を抜いて寝そべったまま、待つ。
待ったのは数秒だけだった。
「――ああ、いいだろう。ラヴィニエ、おまえの身体を精査してやる。都の女とどれだけ違うのか、隅々までひとつひとつ論ってやる」
「……はい」
私は押しつけるようにしてシーツに顔を埋めた。
● ● ●
「ふっ……っ、う……んっ……!」
声が出てしまう。
「ああ……やはり太腿の肉の分厚さときたら、ないな。まるで馬の足……いや、ハムだ。ああ、そうだよ、ハムだ。丸かじりしたくなるこの手触りは正しくハムだ、ハム。ははっ」
ひとの脚をハムだハムだと笑いながら、そのハムを撫でまわす。うつ伏せで撫でまわされているので見えないけれど、たぶん頬擦りもされている。
あまりハムだと言われると、私とて騎士である前に女だ。忸怩たるものが込み上げてくる。
無駄な努力と分かっていても、少しでも女らしく思われたくて、脚の筋肉を弛緩させてみる。
「む、手触りが少し柔らかくなったか? この適度な弾力、歯応えの良さが容易に想像できるな……ああ、なるほど。ラヴィニエ、私を誘っているのだな。なかなかどうして、悪い女じゃないか。ははっ……」
「そんなっ……あぁ……!」
熱に浮かされたような声。緊張を緩めた肌が、吐息でくすぐられる。どうしたって、声が出てしまう。
「こんな美味そうな脚をして男を誘うなんて、おまえも五年のうちに変わったものだな」
「違ぁ……」
「何が違う……か!」
エミリオ様の両手が、臀部の厚ぼったい肉を鷲掴みにした。その瞬間、自分でも驚くような声が出た。
「ぁあッ!?」
「おっと、尻が震えたな。ははっ、大した重量感だ。手が振り払われたぞ」
「そんなこと、あるわけ……ぅんんッ!」
反射的に言い返そうとしたのと同時に、尻をぴしゃんと叩かれた。
「ははっ、硬いな。脚も馬なら、尻も馬だ……な!」
「……あっ! ……っ、っ……!」
臀部の丸みに連続で落とされる軽い衝撃と痛み。たぶん、平手で打たれているのだ。
男性に尻を叩かれている――なんで? え、なんで?
「エ、エミリオ様。このようなこと、いくらなんでも……!」
「は? 馬の尻を叩くのに何の問題がある?」
「なっ!?」
「それに喋るなと言ったはずだ」
「そんな――」
「馬が喋るな!」
「あぁ!」
ひときわ大きな衝撃が、右の臀部にバチンッと弾けた。直後、じんじんと染みるような痛みが襲ってくる。
「うぅ……」
「は、ははっ……! そこだけ白い尻に真っ赤な手形がついたぞ。肉の締まった硬い尻でも、こうして赤く色付くと華やいで見えるじゃないか……ははっ!」
「っ、うっ……あっ……!」
右の臀部に続いて、左の臀部にもバチンッと痛みが弾ける。
「ああ、これは酷いな。ラヴィニエ、尻が真っ赤だ。こんなに赤くなってしまっては、さすがに下品すぎだ。淑女の尻じゃないぞ、みっともないな。恥ずかしくないのかい?」
「う……ん、くっ……」
何を言っても馬鹿にされるのは、これまでの遣り取りで分かりきっているから、私は「誰のせいで!」と言い返したくなる気持ちを必死で飲み込む。
でも、その必死さが全身の筋肉を引き締めることに繋がってしまう。
「おっ……あ、はは! ラヴィニエ、自分で分かるかい? おまえの尻に笑窪ができたぞ、すごいガチガチだぞ、あははっ! うつ伏せで私に顔を見せられないからといって、まさか尻で笑ってみせるとは……あはははっ!」
「うっ、ううぅ!」
笑いすぎるほど笑うエミリオ様に、恥辱で身がよじれる。でも、その身動ぎすらも、場末の遊女でもしない下品な芸に見られて、ますます大笑いされてしまう。
「も……もう、勝手に……ッ……!」
勝手にすればいい――そう最後まで言えずに、唇を噛んで涙を堪える。泣くのだけは絶対にしてやるものか、と全身に力が入れば、また尻に笑窪だと笑われるだろうけど、笑わば笑え。いちいち心を痛めてなど、してやるものか……!
「……悪かった」
エミリオ様の優しい声。
「おまえを貶したわけではないが、少し言い過ぎた……許してくれ」
叩かれた痛みで疼く臀部の丸みを、エミリオ様は優しく撫でてくださった。
最初だけヒリリと痛んだけれど、すぐに痛みとは違う感覚が生まれてくる。
「あ……はっ、ふ……あぁ……」
尻が熱い。
今度は叩かれたわけではないのに、尻がむずむずと疼く。
「っ、う……ぁ……ッ」
エミリオ様の手の平が円を描くたび、手の平の冷たさが火照った尻に心地好くて、掠れた吐息が漏れてしまう。
エミリオ様の指先がピアノを弾くようにくすぐってくるたび、皮膚と肉を擦り抜けたもっと内側の柔らかいところを直に触られているような感覚が腰を浸して、身体が勝手に震えてしまう。
「……いいんだよ、ラヴィニエ」
エミリオ様の優しい声が、優しい手つきと一緒になって内側に染み入ってくる。
「気持ちいいのだろう? なら、その気持ちよさに身を委ねてしまえ。――いいじゃないか、あさましく尻に笑窪を作っても、それを笑われても。私に恥ずかしい姿を見られるのは初めてではないのだし」
「え……」
「子供の頃、おまえは庭で派手に転んで、スカートの中身を見せつけてくれたな」
「なあっ!?」
完璧に予想外なところから飛んできた台詞に、私の身体はうつ伏せのまま跳ねた。
「おっと、すごく震えたな」
「エミリオ様が昔のことを持ち出すからですっ!!」
「ははっ」
私は顔が一瞬で熱くなるくらい怒っているのに、エミリオ様は楽しげに笑っている。それが苛立たしくて、振り返って抗議しようとした。
その瞬間、未知の刺激が私を襲った。
「――っひぃあッ!?」
自分の声に驚かされた。
さっきまでだって何度も呻き声を上げてしまっていたけれど、いまのは違う。いまのは呻き声というよりも――
「喘ぎ声か。可愛いじゃないか」
「あっ……うあぁッ!!」
エミリオ様にはっきり言われてしまった瞬間、誰かが叫んだ――と思ったら、私だった。自分が叫んでいることに気づけないくらい、頭が真っ白になっていた。
「あっ、あ、ぁ……喘ぎ声などっ!」
「上げていない?」
「っ……!」
「ははっ、そうだよな。否定できないよな。実際、上げていたのだからな」
エミリオ様に浴びせられる嘲笑が、私を嬲る。反論できない私には、黙って堪えることしかできない――いや、それすらも、エミリオ様は許してくれない。
「なんだ、ラヴィニエ。黙りか? ああ、そうか。やっと、馬の自覚が出てきたのか。それは重畳。嬉しいよ、ラヴィニエ」
「うっ、うあっ……あっ、あぁ! うあぁッ!」
嘲笑はこの際、どうでもいい。そんなことより、私の陰部への圧迫だ。何かが陰部の内側に入り込み、ぐいぐいと震動を送り込んできている。その衝撃がどうしようもなく我慢できない。
「ふん……馬みたいな女でも、さすがにここまでは鍛えられなかったか。普通の女と同じくらいに柔らかいぞ、よかったな」
「くっ……ひ、ぁ……」
……ああ、これはエミリオ様の手だ。秘所に指を入られているのだ。
私だって年頃の娘だ。自分のそこを自分で触ったこともある。それがどういう行為かも分かっている。というか、脱がされた時点で最終的にはここを弄られると分かっていたから、いまになって驚いているほうがおかしいのだ――だけど、エミリオ様はどうしてか太腿や背中やお尻ばかりを撫でまわすから、もしかしたらそこには興味がないのかと思いかけていたところだったのにいまになって急に触ってくるのは不意打ちではなかろうか。いやそうではないのかもしれないけれど言うに事欠いて鍛えていないとは冗談が過ぎ――
「――はっうああぁッ!?」
先ほどよりも一際大きな声を上げてしまった。
けれども仕方がないではないか。たぶんエミリオ様の指が秘所の腹側の端に触れた瞬間、目の奥でバチッと火花が散ったのだから。
「ああ、ラヴィニエでもこの豆を触られるのは弱いのか。もっと喘いでもいいぞ……ああ、違うか。馬が上げるのは喘ぎではなく、嘶きだったな」
滔々と語るエミリオ様の声は、鼻息が聞こえてくるほど興奮している。いまどのような顔で私の秘豆を弄っているのか、想像したくもない。きっと、五年前までのエミリオ様が一度もしなかった顔をしているのだろう。そんな顔を知りたくない。
「エミリオ様っ、あっ……っはあぁ!」
「喋るな。おまえは牝馬だ。はしたなく尻を振って嘶いていればいいんだ」
「ひっ、ひどっ……っひぁあ! あっ! ぅああッ!!」
何を言われても、敏感な豆を指先で根元から掘り起こすように揉み圧されると、それだけでエミリオ様の命じる通りに鳴き声しか上げられなくなってしまう。先ほどの一時垣間見せた私の知っているエミリオ様は何だったのかと思い返すことも無理になるほど、心が甘く苦しい痺れで満たされてしまう。
「エミ、リオ、さっ……あ! ぅあ! ああっ!」
「ははっ、何を言っているのか分からないな……ああ、違うか。人間に馬の言葉が分からないのは普通のことだったな」
「あっ、ひぃ! 違っああぁ! あっ、あぁ!」
馬じゃない――その一言さえも言わせてもらえない。指圧され続ける秘豆をエミリオ様の指から逃がせようと、尻を浮かせて左右に振るも、がっちりと押しつけられたエミリオ様の手は振り払われてくれない。
もっと力の限りに暴れればいいのかもしれないけれど、腐っても相手は城代だ。御屋形様の嫡男だ。傷ひとつ負わせるわけにはいかない。身体の芯まで染みついているその教えが、私に本気の抵抗を許してくれないのだ。
そうだ――エミリオ様に逆らうわけにはいかないから、私はやむなくエミリオ様の手で秘所を嬲られ、秘豆を弄ばれ続けているのだ。けして、牝馬呼ばわりされながら嬲られるのが気持よくて抵抗できないわけではないのだ。
「ん……ラヴィニエ、なんだこれは? 私の手が濡れてしまっているのだが、おまえ、漏らしたのか? 嫁に行っていてもおかしくない歳で粗相とは、はしたないにも程があるのではないか?」
「やっ、あぁ! 違いますっ、漏らしてなどっ……うあぁ!」
「漏らしていない? では、この濡れているのはなんだ? 許す、言ってみろ」
「っ、そ、れは……ぁ……ふあぁ!?」
秘豆から圧迫感が離れたと思った次の瞬間、自分でもほとんど触れたことのない窪みにずぶりと硬いものが入ってきた。
間違いなく、エミリオ様の指だ。どの指か分からないけれど、手の甲を上にした指が一本、私の膣に入ってきて、お腹側の壁を押してきていた。それだけでも背中にぶわりと汗が浮かぶというのに、秘豆の付け根にも、たぶん親指だろうものがまた押しつけられる。
膨れた秘豆の根元を攻められながら、膣口もお腹側のほうへ拡げようとするみたいに内壁を擦られる。
鍛えても鍛えられない女の部分を片手で弄ばれるだけで、たちまち水音がちゅぽちゅぽと立ち上ってきてしまうのだ。
「さあ、言ってみろ。この濡れているのは、なんだ?」
「それはっ、あ、あぁ……お、女の、み、蜜でっ……、……ッ」
「女の蜜? それはなんだ? どういうときに染み出てくるのだ?」
「そっ、んぁ……それ、は……お、女が、か、感じた、とっきいぃ!」
語尾が跳ねたのは、豆と膣口を同時にぎゅっと強い力で圧迫されたからだ。きっとエミリオ様の右手は、親指と中指あたりでものを抓むときの形になっているのだろう。挟まれているのは、私の秘豆と膣壁だ。
「んっ、んんっんぁ、あ、ぅ……うぅ……!」
「いいぞ、我慢するな。馬は馬らしく嘶けばいい……ほら! ははっ!」
「あっ! っはぁあッ!!」
膣口の腹側に引っ掛けられた指先が、ぐいぐいと拡げられる。自分の指ですら片手で数えるほどしか入ったことのない穴が、男性の力強さで引っ張られ、拡げられていく。私は股間をシーツに押しつけるようにして少しでも拡げられる怖さから逃げようとするけれど、はっきりと無駄な抵抗だった。そんなことでエミリオ様の容赦ない指使いが緩和されることはない。
いっそ暴れられれば良かったのだけど、なぜか膣内は蜜がしとどに潤っていて、怖いのと同じくらいに気持ちいいのだ。エミリオ様から与えられる容赦ない刺激に興奮し、次はどうされるのか期待してしまっている。それがために、私の身体はエミリオ様を振り払うより、堪えて悶えることを選んでしまっていた。
「いい鳴き声だ。それに尻や背中が汗ばんできて良い毛艶になってきたぞ」
「毛艶、なんてっ、い、言い方……あぁ! んっ、っ、っはあぁ!」
震える口でどうにか紡いだ言葉も、エミリオ様の指使いで喘ぎ声にされてしまう。
びくっと跳ねる尻、弓形に反る背中。ぴんと突っ張る爪先に、シーツを握り締める両手。されるままの身体は刻々と熱を帯び、汗をまとう。
エミリオ様に言われずとも、自分がひどい媚態を晒していることは自覚していた。でも、自覚しようとしまいと、身体の芯が蕩けていくのを止められない。男に負けじと鍛えてきた身体も、身につけた筋肉も、女の部分を解されるだけで用を為さなくされてしまう。右手ひとつで、ただの牝にされてしまう。
エミリオ様の指で拡げられた膣口が花開くように綻んでいく。親指で秘豆を擦られるたびに溢れてくる蜜が、膣口で咥えているエミリオ様の指先に掻き取られていく。
鍛えた身体を嘲笑われながら嬲られて、悔しいのに、情けないのに、官能の炉には後から後から火がくべられていく。快感の炎が、この身を焦がす。そして、一際大きく燃え上がった炎が真っ白く爆ぜた。
「あっ、あぁ……っくうぁ! あぁ、あっ! あっ、あっ、ぁ、あっああぁ――ッ!!」
……それが絶頂なのだということは私にも想像がついた。
私だって自慰くらいしたことがある。最後まで達したこともある。だけど、いま味わった絶頂は違っていた。男性の指で強制的に逝かされるのと、自分の指で達するのとは、全くの別物だった。
「はっ……あぁ……ぁ……」
すぐ近くで誰かが息を乱している――と思ったら、私の呼吸だった。
「うん? 達したのか」
エミリオ様が意外そうな声音で呟く。
まだ呼吸の荒い私に声を出す余裕はなかったけれど、沈黙が答えになった。
「……そうか、私の指で達したのか」
「エミリオ、さま……?」
これまでのように嘲笑してくるでもなく呟いたエミリオ様に、こんな状況でも私は好奇心を刺激されてしまう。
だけど、追求はできなかった。エミリオ様が私の腰に腕をまわして、尻を持ち上げたからだ。
「あっ……エミリオ様、何を――」
「煩い。馬が喋るな」
低い声で突き放すように言われたけれど、そうもいかなかった。
いま自分が取らされている姿勢がどういう意味を持つのかが分からないほど、私は子供ではない。だけど、簡単に受け容れられるほど大人でもないのだ。
「エミリオ様っ、あ、あの、本当に――」
「黙……れ!」
「――ふぅんうぅッ!!」
達した余韻の残る秘所の窪みに、指よりもずっと太くて長いものが、ずんっと打ち込まれた。
ぶつっ、と太い糸を引き千切るような音が、耳の内側で聞こえた。
同時に、刃物で指先を切ってしまったときの痛みが、腹の奥から全身に広がっていく。
「あっ……っくううぅ……ッ!!」
「ん……この手応え、処女だったか」
「うっ、っ……っ、うぅ……!」
当たり前です、と怒鳴る余裕もない。声も出ないほど痛かったから、ではない。悲しかったから。
好きだった人に、互いの顔を見つめ合うこともできない体勢で、牝馬だ筋肉だと笑われながら、無造作に――初めてを破られた。
悔しさも情けなさも怒りも霞んでしまうほど、唯々悲しかった。
「んっ……あぁ……おまえの中、熱いな。それに、きつい……あぁ……ッ」
エミリオ様の掠れた声と、生温かい吐息が首の後ろをくすぐる。くすぐったさとは違う何かがそこから走って、背筋が反る。臀部が締まる。そうなれば当然、膣にも力が入る。そこを拡げている焼けた杭のようなものが、いっそう強く感じられる。
「うぅ……! いっそうきつくなったぞ……んっ、ラヴィニエ……あぁ……ッ」
エミリオ様の溜め息が、さっきからぞわぞわと首の後ろをくすぐってくる。その度に走る、くすぐったさとは違う何かは、背骨を降りて腰回りにも伝わり、筋肉を締まらせる。
「くっ、まだ、きつく……!」
エミリオ様の吐息が震えて、私の首筋もぶるっと悶える。背筋に汗がぶわっと滲むのが自分で分かる。尻が勝手に跳ねて、内に咥えたエミリオ様の剛直をぎりりと締めつける。そうするたびに頭の中で光が弾けて、それの太さと硬さと熱さと反りが脳裏にはっきり焼き付けられる。
「うぅあっ、っ……ひっ、んん……ッ……」
声が溢れる。
収縮しようとする膣に剛直が支えるたび、人生のうちでこれまで一度も意識したことのなかった膣の深さを否応なしに実感させられる。そこに深々とものが突き刺さっている圧迫感に、呼吸が浅く、速くなる。
「はっ、っ、っ……あ、うぁっ、っ……!」
「ラヴィニエ、少し、締めすぎだっ……力を、抜け……んっ、く、うっ!」
エミリオ様の命令なら従わなければならないけれど、無理だ。剛直が少し擦れるだけで勝手に力が入ってしまうのだから、エミリオ様が剛直を疼かせるのを止めてくれない限り、力の抜きようがない。
――と口で伝えられたらいいのだけど、呼吸がままならなくて言葉を紡ぐ余力がない。
「はっ……っ、んぁ……ッ……」
「おい、ラヴィニエ。聞こえていないのか? おい、何か言えっ……うぁ……ッ」
返事をする余力がなくとも、エミリオ様が身動ぎすれば、その分だけ私の中で剛直が擦れて、きついきついと不満を訴えられているそこを、私はぎゅっと締めてしまう。
「っ、くっ……緩めろ、と、言っているのに、反抗的な……ッ……牝馬の、くせにっ、っ……くうぅ……ッ!」
エミリオ様の歯軋りが聞こえてくるのと同時に、蜜壺の中の剛直がドクンドクンと脈を打つのが伝わってくる。
エミリオ様の剛直は最初に深くまで押し込まれたときから、細かく震える程度にしか動いていなかった。それが遂に動き始める。
「んんっ! んっ、うあぁ……あっ、あぁ! ……あっ!」
意味のない声が喉を衝く。
後退していく剛直が、ぎっちりと閉じた蜜壺の肉を巻き込み、掻き取っていくのだ。
痛みはある。だけど同時に、腹の中身を直にくすぐられるような感覚が全身を駆け巡るのだ。
筋肉が意識から離れていく。両肘を丸めたくなるのに、両手はシーツを握り締めて離れない。背筋が反るのに、上体は乳房をシーツに押しつけて潰す動きをしてしまうので、自然と尻が上がってしまう。そうなれば必然、剛直と蜜壺の内壁が擦れる角度も変わって、いま後退された分だけより深くへと誘うように角度を合わせることになる。
その微妙な変化を感じ取ったからか、それとも偶々呼吸が合っただけなのか――
「――んっ!」
エミリオ様が鋭い呼気を発しながら、途中まで引き抜いた剛直を再度、勢いよく押し込んだ。
「んっはあぁッ♥」
膣奥をズンッと叩かれた衝撃が、私を喘がせた。それは誤魔化しようもないほど明確な快感だった。
エミリオ様の股間で叩かれた臀部の肉が、剛直の先で抉られた蜜壺の最奥が激しく震える。それは筋肉の内側で骨を介して全身に伝わり、四肢の指先から頭の天辺に至るまでを激しく揺さぶる快感の響きだった。
エミリオ様は馬だと言うけれど、私は太鼓だ。革の代わりに筋肉を張った太鼓だ。男の硬い身体が叩きつけられると、全身を使って良い音を響かせるのだ。
「んっ、ひっ、っ……っひぁ、あっ、あぁ! あっ、うあっ……あぁッ♥」
うつ伏せのままでそこだけ差し出すよう掲げた尻に、エミリオ様の股間がパンッ、パンッと小気味よい音を立ててぶつけられる。それと同時に、蜜壺を抉っている剛直の先が袋小路の壁を叩き、抜かれるときに内壁を掻いていく。
「あっ、っ、ああぁ! あっ、あぁ! あっ、んあぁッ!!」
声が止まらない――などという段階はとっくに通り過ぎていて、いまやもう、エミリオ様の腰使いに合わせて嘶くこと自体に淡い快感を覚えてしまっている。
自分の指で慰めるのとは全く別物の快感。私が知らなかった快感。今日までずっと、これを知らずに生きてきたことに後悔を覚えるほどの快感。
「やっあぁ! あっ、んぁ……ッ♥ あっ、っ……エミ、リオ、さっ、まあぁッ!!」
「っ、くっ……ラヴィニエッ、うぅっ、んっ……ッ!」
エミリオ様の口から出るのも、苦痛に耐えるような呻き声だけだ。私を揶揄して笑っていたのが嘘のように、無心で腰を振っている。
ぱん、ぱんっ……ぐちゅっ、ぐちゅ……。
肉と肉の当たる乾いた音に、粘膜同士の擦れ合いで泡立てられる蜜の水音。そして男の低い呼吸の音と、女の上げる切れ切れの嬌声。
「ふっ……っ……!」
「あぁ! んあっ、あぁ……あぁッ! あっ、うぁッ!」
混ざり合う吐息は、どちらがどちらのものか分からなくなる。
剛直と蜜壺がねっとりと蕩けて粘り着き、ひとつになっていく。それを強引に剥がすような腰使いが、蜜をぐちゃりぐちゃうりと卑猥に鳴らす。剛直の張り出した肉厚の箇所が蜜に塗れた内壁をずりずりと掻き、私の頭の内側にも、その卑猥な音と感触とを響かせてくる。
「っ、んんあぁ! やっ、こっ、っ……これっ、ひぅ! おかしっ、くっ、うぅ……んあぁ! 頭ぁ、変にっ、いっ、いいぃッ!!」
「はっ……ラヴィニエっ、っ……んっ、んぅ……んっ、んんッ!」
エミリオ様の両手が、わたしの腰を掴む。襞に擦れていた剛直の角度が浅くなり、その分だけより深くまで突き刺さってくる。エミリオ様が上体を起こし、膝立ちの姿勢になったのだ。
「――はあぁ……ッ……!」
行き止まりだと思っていた膣奥の壁に、剛直の先がぐいぐい食い込んでいく圧迫感。身体の一番内側の、鍛えようがないところを小突かれる息苦しさと、それを吹き飛ばすほどの官能が、私を一瞬で支配する。
身体の全てをエミリオ様に――エミリオ様に打ち込まれた剛直に差し出してしまった。
「あ……あ、あぁ……ッ……」
最奥へのひと突きで深い呼吸ができくなるほど追い込まれた私の身体に、エミリオ様は気遣う様子を見せることなく、腰使いを速めていく。それまでのが速歩だとしたら、いまは一気に襲歩だ。
「あっ! あっ! あぁ、あっ、っ、っうあ! んあッ!!」
エミリオ様は股間を私の臀部にほとんど密着させた状態で腰を前後に震わせているのに、臀部を股間で叩かれる乾いた音はいっそう大きく鳴り響く。蜜壺の奥がごんごんと小突かれ、破かれてしまいそうだ。衝撃が背骨を走って、首の付け根でばちばちと火花を散らせ、目の奥に白い光を何度も明滅させる。頭の中身が真っ白に染め変えられていく。残るのはひたすらに膨れ上がる官能だけで――
「あぁ! あぅ、ううぅ! エミリオ様、あぁ! っ、くううぅ! うぅっ、んんううぅぅッ!!」
「んっ……んうっ、っ、ん――ッ……!!」
頭の中で官能が泡が弾けて、私は一際高い声で嘶いた。
エミリオ様が激しく咳き込むように呻いたのとは、どちらが早かったのか――。
「あっ、んんっ……ふぁ……あ、熱い……ぃ……」
私が達したのと前後して剛直が勢いよく引き抜かれ、尻と背中に熱いものが浴びせかけられる。それがエミリオ様の子種なのだろうと想像できたのは、汗の匂いに混ざって漂ってきた草いきれのような青臭さのせいだ。初めて嗅いだ匂いだったけれど、不思議とすんなり、これが牡の匂いなのだなと腑に落ちた。
● ● ●
情事が終わってからしばらく後、意識にかかっていた白い霧が薄れてきた私は、疲れた身体に鞭を打って、のろりのろりと起き上がる。
身体がべと付いて気持ち悪かったけれど、努めて気にせずに服を着直していく。身体を拭くのは寮の自室に帰ってからだ。
「――ラヴィニエ」
身繕いしている私に、背後の寝台に腰かけていたエミリオ様から声をかけられた。
私は振り向かずに答える。
「なんでしょうか」
「私は竜を御してみせる」
「……」
あれは無理です。あれは軍隊がどうこうできる程度の存在ではありません――そう言って理解してもらえるものなら、言っていた。
「私は竜殺しになる。それが無理でも、最初の一撃で重傷を負わせれば、竜も服従しよう。そうすれば、俺は竜騎士だ。どちらにせよ、俺は名声を手に入れる。……誰にも馬鹿にさせやしない――いや、俺が馬鹿にしてやるんだ……!」
憎しみの籠もった言葉が、私の背中を叩く。
……もしも私があの竜を見ていなかったなら、私はエミリオ様に同調していたかもしれない。及ばずながら微力を尽くしましょう、とでも宣っていたかもしれない。
だけど、あの竜を見てしまっている私には、力になるなどとは口が裂けても言えなかった。
だから私は口を閉じ、エミリオ様が死なずに済む方法をただ必死に考えた。
この晩のうちに、私は領主館を密かに抜け出した。
夜を駆け、途中で馬を手に入れて目指すのは、竜とその従者を名乗った者たちがいる地、【魔の森】だった。
私室に伺った私を、エミリオ様は笑顔で迎え入れてくれた。
五年前までの身も心も少年だったエミリオ様が私に向けてくれていた笑顔は、夏の朝焼けみたいな眩しい笑顔だった。でも、いま向けられたのは、火で炙った肉から滴る脂のような笑顔だった。
エミリオ様は優しい笑顔を見せたつもりなのかもしれないけれど、女は目が合えば分かるのだ。その男が自分に向けてきているのが、友情なのか劣情なのかを。
だが、分かったからといって、今更どうにもならない。夜の私室で二人きりになる状況を許してしまった時点でもう、退路はなかった。
ここでエミリオ様を拒めば、私は処罰されるだろう。表立って罰されなくとも、これから先、騎士として日の目を見ることはなくなるだろう。
――油断していた。
調査報告の最後で、後で来るよう言われたときに「全て報告いたしました。これ以上お伝えできることはありません」と言っておけば良かったのだ。
わざわざ時間を改めてまで報告を求めるのだから、他の者には聞かせられない話があるのかもしれない――などと余計な気をまわしてしまったのがいけなかったのだ。
きっと、思い出が目を曇らせたのだ。初恋は終わったのだ、と納得しているつもりになって、自分の甘ったれた心から目を逸らしていたのだ。その代償を、いま支払わされているのだ。
「ラヴィニエ、私たちの間には五年の歳月を埋める密な時間が必要だ。おまえもそう思ってくれているだろう?」
そう言って腰を抱き寄せてきたエミリオ様に対して、私は何と答えたのだったか――。
記憶が覚束ない。エミリオ様に抱き寄せられた瞬間から、私の心はどこか彼方へ遊離していた。
天井近くをふわふわと漂いながら、エミリオ様に抱かれる自分をふわふわと見下ろしているようだった。ふわふわと朧気な意識のままに……ふわふわと……。
● ● ●
エミリオ様――アルゴーネ領主の嫡男、エミリオ・ド・ジョンディ子爵。
くすんだ金髪を火の粉のようだと言ったら、それは褒めているのか貶しているのか、と眉を顰められたのは、いつのことだったか。
深い青色をした瞳を夜明け前の色だと言ったら、恥ずかしそうに喜んでくれたのは、彼が七歳のときだ。誕生日でも何でもない日に、何気なく言ったのだった。あのときの照れた顔がとても印象的で、いまもこうして憶えている。
彼が中央の学院へ入るために旅立ったのは十歳のときだ。出立の日、見送りに出た私は泣いたのだった。彼は泣かなかったけれど、別れの挨拶もできないほど唇を噛み締めていたっけ。
最後に見た彼の顔を、いまも憶えている。けして泣くまいと――私を安心させたくて必死に笑おうとしていた顔に、私はこのひとが本当に好きなのだと、これが初恋なのだと自覚したのだった。
……自覚などしなければよかった。
五年越しの恋心がこんなふうに破れるのだと知っていたら、初恋なんてしなかった。
「――あぁ、鍛えている女も悪くないな」
一人用の寝台に腰かけたエミリオ様が、自分の正面に立たせた私を見て笑っている。
唇をだらしなく緩ませた笑みは、もしかしたらエミリオ様本人は魅力的に頬笑んでいるつもりなのかもしれない。でも私の目には、酒場の酔漢が浮かべる下品な笑いにしか見えなかった。
「ふむ……どうだ、ラヴィニエ。騎士の装いなどという色気のないものを着るのは止めて、明日からはドレスを着て過ごすというのは」
エミリオ様は私の裸を無遠慮に視線で舐めまわしながら、愚にもつかないことを仰っている。
「……」
「ははっ、冗談だ。そう怖い顔をするな。――王都では、ドレスをまとって帯剣した女騎士や女将軍が活躍する演劇が流行っているのだ。女騎士が胸元の開いたドレスの裾を翻して舞うように剣を振う姿は、下は平民から上は王族に至るまで大人気なのだぞ。ラヴィニエ、おまえもその人気に肖ってみたらどうだ――と思ったのだが、田舎の古くさい感性では、それも受け容れられんか」
これ見よがしな嘲笑を放つエミリオ様に、私は何も思わない。心が身体を離れているから、肌を這う不躾な視線にも、私の生まれ育った土地を嗤う姿にも、何も思わずに済む。
この男のために何一つ心を動かしたくない――ただひとつあるのは、その思いだけだった。
……分かっている。こんなのは無駄な抵抗だ。
エミリオ様は私の心など、端から見ていない。見ているのは、服を脱がせた私の裸だけだ。
「おお、そうだ。どうせならドレスも止めて、この姿に剣だけを帯びて戦陣に立つのはどうだ? ドレス姿の女騎士が理解できない田舎者でも、全裸の女騎士になら顰蹙せずに喜んで拝むかもしれんぞ。くくっ、はははっ!」
「……」
いまの話のどこに大笑いするほど面白いところがあったのか、分からない。エミリオ様は飲んでいらっしゃるのだろうか?
「ラヴィニエ、どうした? ……ああ、そうか。悪いな、ずっと立たせたままで。だが、随分と鍛えているようだし、もうしばらく立ったままでも平気だな。その太い脚は飾りではないのだろう?」
城代様から返事を求められれば、一介の騎士でしかない私には無言を貫くことさえ許されない。
「……、……はい」
私の耳には、自分の声がまるで他人のものに聞こえた。
「声が硬いな。それに表情も引き攣っている。もう少し、女らしい顔をしたらどうだ? 体付きが女にしては筋肉質に過ぎるのだから、せめて表情くらいは嫋やかであるべきだろうに……そんなことだから、田舎の女は遊び相手にもならないと言われるのだぞ」
エミリオ様の舌は、蝋を塗ったように滑らかだ。ぺらぺらと喧しく私を嬲ることで、私を通してこの土地と、ここで生きる女たちとを馬鹿にする。
心を動かしたら負けだと思うのに、目尻や口角がいまにも引き攣りそうだ。
「ふっ……ははっ! いい、私が悪かった。無理に頬笑もうとするな。それでは顔が引き攣っているだけだ。こちらの興が削がれる。期待していないから、せめて普通にしていろ」
「……はい」
貴方に対して頬笑もうとしたつもりはありません、と口走りそうになるのを我慢するのは大変だった。
エミリオ様の手が伸びてくる。意識するよりも先に、身体が逃げそうになった。
びくっと腰が引ける。
「おや、なんだ? まさか……怖いのか?」
「……いえ」
「ははっ、隠さなくていい。どうせ艶っぽいことは何一つ学ばずに、ひたすら騎士の真似事をしてきたのだろう? この筋肉ばかりの身体を見れば、隠そうとしても無駄だ」
エミリオ様は小馬鹿にした顔で笑いながら、私の太腿を無造作に掴む。
「おお、見た目通りの硬さだ。女の脚とは思えんな……ははっ」
「……ッ」
何が楽しいのか、にやにやと笑窪を作って嗤うエミリオ様を、私は無言で見下ろす。
太腿を掴んだり叩いたりしてくる不躾な手に、本能的な悍ましさと怒りを覚えるけれど、喉元まで上がってきた呻きと一緒に飲み下す。
「いや、しかし太い。太くて硬い脚だ。だが、この手触りはどこかで……ああ、そうだ。馬だ。馬の脚だな、これは」
じっと直立している私の太腿を両手で撫でまわしながら、エミリオ様は鼻声で呟いている。馬鹿にしているのかと思ったが、見下ろしてみれば、エミリオ様は恍惚の表情を浮かべていた。
「貴族令嬢の脚ではないぞ、こんなもの。嫋やかさの欠片もない、無骨で、しなやかで、磨き抜かれた鋼のようで……こんな脚、あぁ……これだから田舎の女は、あぁ……」
相変わらずの私や領地を馬鹿にする言葉なのに、その声は恋をささやくように甘やかだ。エミリオ様はベッドの縁に腰掛けているから、その正面で立っている私から見えるのは、かつて私が火の粉のようだと評した褪せた金髪ばかりで、顔はほとんど見えていない。でも、こんな愛しげな声でささやきながら下卑た顔をしているとは思えなかった。
「エミリオ様……」
思わず声を出した途端、エミリオ様は弾かれたように顔を上げた。そこに浮かんでいたのは、いつか見たことのある表情だった。
あ……幼かった頃に、お漏らししたのを私に知られたときの表情だ――。
「みっ、見るな――あっ……く……こっ、これだから田舎の女は嫌なんだ!」
「あ――」
羞恥を隠そうとして怒るエミリオ様が、真っ赤な顔で私の腰に片手をまわし、投げ捨てるようにして私を寝台に押し倒した。
私は咄嗟に堪えようとしたけれど、エミリオ様だって学院に入ってからも身体を鍛えることは続けていたようで、腰を後ろから押される力に抗えなかった。咄嗟に両肘を畳んで受け身を取るのがやっとだった。
「んっ……」
白いシーツの上でうつ伏せに倒れた私は、衝撃に小さく息を吐く。
そこへどさりと、背中にのし掛かってくる重さ。
「ああ、くそっ……背中まで筋肉でごつごつしているじゃないか。これじゃまるで山道だ。都の大通りはな、アスファルトで固められているんだ。分かるか、アスファルトだ。白くて、平らで……女の背中というのは、そういうものが正しいんだ。それが分からない奴は田舎者と馬鹿にされても仕方がないんだ!」
背中越しに降ってくるエミリオ様の罵声は、私に向けたもののようでいて、途中からは自分自身に向けたものようだった。
「エミリオ様……」
「煩い! 何も言うな!」
「あうっ」
振り向こうとしたら、肩をぐっと押さえつけられた。
たぶん腰に跨がられている。その上で肩を押さえ込まれたら、鍛えているつもりでも起き上がることは不可能だった。
「エミリオ――」
「黙れ。何も言うなと言ったぞ」
この状況で唯一できる声を出すことも禁じられてしまえば、私にはもう、黙って組み伏せられていることしかできなかった。
「そうだ、それでいい――言葉など聞きたくない。どいつもこいつも……っ……馬鹿にして……!」
エミリオ様の歯軋りが聞こえる。左肩に押しつけられている手が、ぎりりと指を食い込ませてくる。
「……ッ」
痛みに呻き声を漏らしかけたけれど、私は咄嗟に歯を食いしばっていた。
何も言うなと言われたとはいえ、我ながら律儀なことだ、と唇の片端だけで苦笑する。
黙って寝そべっている私の背中を、エミリオ様の右手が無遠慮に撫でまわす。その手つきは愛撫というには強すぎるもので、筋肉を揉みほぐされているようだった。
「ああ……肩の裏側も、背骨の周りも硬く盛り上がって畑のようではないか。でこぼことした背中だ……こんな背中を異性に晒して、令嬢として恥ずかしくないのか?」
「……」
自分で脱げと命じた上で組み伏せておいて、散々な言いようだ。でも、幸いにも「何も言うな」と命令されているので、私は安心して質問を無視した。
怒らせてしまうかとも思ったのだけど、エミリオ様は気にしなかった。というより、私に話しかけたわけではなかったらしい。
「王都の女は、貴族も平民も娼婦も、どこを見ても白磁のような肌の女ばかりだ。白くて、細くて、柔らかで……気をつけて扱わないと壊してしまいそうなのばかりだ。こんなふうに力を込めて揉んでみろ――!」
エミリオ様の左手が私の左肩を、右手が脇腹の肉をぎりりと掴む。
「――あっ」
「白い肌に指の形の真っ赤な痕が付いて大騒ぎだ。女はたちまち機嫌を損ねて、はいさようならだ!」
私が漏らした短い悲鳴も、エミリオ様には聞こえていない。両手の指にぎゅうぎゅう力を込めていく。
「っ……あっ……!」
「黙れ!」
肉に食い込む指の強さに堪らず呻けば、またも理不尽に怒鳴られる。
……エミリオ様が理解できない。
私や、この土地を貶したいのですか? それとも、王都の女性を?
エミリオ様が五年の間に変わってしまったことは分かれど、どう変わったのかが理解できない――でも、理解してあげたい。
「違うのは背中だけですか?」
気がつけば、その言葉が口を衝いていた。
「え……」
虚を突かれて息を止めたエミリオ様に、言い募る。
「私の身体……王都の女性と違うのは、背中だけですか? 違うところをもっと教えてください。調べてください。もっと……全部、お願いいたします」
「ラヴィニエ……」
背後から降ってくるのは、少年のように戸惑った声。
私は力を抜いて寝そべったまま、待つ。
待ったのは数秒だけだった。
「――ああ、いいだろう。ラヴィニエ、おまえの身体を精査してやる。都の女とどれだけ違うのか、隅々までひとつひとつ論ってやる」
「……はい」
私は押しつけるようにしてシーツに顔を埋めた。
● ● ●
「ふっ……っ、う……んっ……!」
声が出てしまう。
「ああ……やはり太腿の肉の分厚さときたら、ないな。まるで馬の足……いや、ハムだ。ああ、そうだよ、ハムだ。丸かじりしたくなるこの手触りは正しくハムだ、ハム。ははっ」
ひとの脚をハムだハムだと笑いながら、そのハムを撫でまわす。うつ伏せで撫でまわされているので見えないけれど、たぶん頬擦りもされている。
あまりハムだと言われると、私とて騎士である前に女だ。忸怩たるものが込み上げてくる。
無駄な努力と分かっていても、少しでも女らしく思われたくて、脚の筋肉を弛緩させてみる。
「む、手触りが少し柔らかくなったか? この適度な弾力、歯応えの良さが容易に想像できるな……ああ、なるほど。ラヴィニエ、私を誘っているのだな。なかなかどうして、悪い女じゃないか。ははっ……」
「そんなっ……あぁ……!」
熱に浮かされたような声。緊張を緩めた肌が、吐息でくすぐられる。どうしたって、声が出てしまう。
「こんな美味そうな脚をして男を誘うなんて、おまえも五年のうちに変わったものだな」
「違ぁ……」
「何が違う……か!」
エミリオ様の両手が、臀部の厚ぼったい肉を鷲掴みにした。その瞬間、自分でも驚くような声が出た。
「ぁあッ!?」
「おっと、尻が震えたな。ははっ、大した重量感だ。手が振り払われたぞ」
「そんなこと、あるわけ……ぅんんッ!」
反射的に言い返そうとしたのと同時に、尻をぴしゃんと叩かれた。
「ははっ、硬いな。脚も馬なら、尻も馬だ……な!」
「……あっ! ……っ、っ……!」
臀部の丸みに連続で落とされる軽い衝撃と痛み。たぶん、平手で打たれているのだ。
男性に尻を叩かれている――なんで? え、なんで?
「エ、エミリオ様。このようなこと、いくらなんでも……!」
「は? 馬の尻を叩くのに何の問題がある?」
「なっ!?」
「それに喋るなと言ったはずだ」
「そんな――」
「馬が喋るな!」
「あぁ!」
ひときわ大きな衝撃が、右の臀部にバチンッと弾けた。直後、じんじんと染みるような痛みが襲ってくる。
「うぅ……」
「は、ははっ……! そこだけ白い尻に真っ赤な手形がついたぞ。肉の締まった硬い尻でも、こうして赤く色付くと華やいで見えるじゃないか……ははっ!」
「っ、うっ……あっ……!」
右の臀部に続いて、左の臀部にもバチンッと痛みが弾ける。
「ああ、これは酷いな。ラヴィニエ、尻が真っ赤だ。こんなに赤くなってしまっては、さすがに下品すぎだ。淑女の尻じゃないぞ、みっともないな。恥ずかしくないのかい?」
「う……ん、くっ……」
何を言っても馬鹿にされるのは、これまでの遣り取りで分かりきっているから、私は「誰のせいで!」と言い返したくなる気持ちを必死で飲み込む。
でも、その必死さが全身の筋肉を引き締めることに繋がってしまう。
「おっ……あ、はは! ラヴィニエ、自分で分かるかい? おまえの尻に笑窪ができたぞ、すごいガチガチだぞ、あははっ! うつ伏せで私に顔を見せられないからといって、まさか尻で笑ってみせるとは……あはははっ!」
「うっ、ううぅ!」
笑いすぎるほど笑うエミリオ様に、恥辱で身がよじれる。でも、その身動ぎすらも、場末の遊女でもしない下品な芸に見られて、ますます大笑いされてしまう。
「も……もう、勝手に……ッ……!」
勝手にすればいい――そう最後まで言えずに、唇を噛んで涙を堪える。泣くのだけは絶対にしてやるものか、と全身に力が入れば、また尻に笑窪だと笑われるだろうけど、笑わば笑え。いちいち心を痛めてなど、してやるものか……!
「……悪かった」
エミリオ様の優しい声。
「おまえを貶したわけではないが、少し言い過ぎた……許してくれ」
叩かれた痛みで疼く臀部の丸みを、エミリオ様は優しく撫でてくださった。
最初だけヒリリと痛んだけれど、すぐに痛みとは違う感覚が生まれてくる。
「あ……はっ、ふ……あぁ……」
尻が熱い。
今度は叩かれたわけではないのに、尻がむずむずと疼く。
「っ、う……ぁ……ッ」
エミリオ様の手の平が円を描くたび、手の平の冷たさが火照った尻に心地好くて、掠れた吐息が漏れてしまう。
エミリオ様の指先がピアノを弾くようにくすぐってくるたび、皮膚と肉を擦り抜けたもっと内側の柔らかいところを直に触られているような感覚が腰を浸して、身体が勝手に震えてしまう。
「……いいんだよ、ラヴィニエ」
エミリオ様の優しい声が、優しい手つきと一緒になって内側に染み入ってくる。
「気持ちいいのだろう? なら、その気持ちよさに身を委ねてしまえ。――いいじゃないか、あさましく尻に笑窪を作っても、それを笑われても。私に恥ずかしい姿を見られるのは初めてではないのだし」
「え……」
「子供の頃、おまえは庭で派手に転んで、スカートの中身を見せつけてくれたな」
「なあっ!?」
完璧に予想外なところから飛んできた台詞に、私の身体はうつ伏せのまま跳ねた。
「おっと、すごく震えたな」
「エミリオ様が昔のことを持ち出すからですっ!!」
「ははっ」
私は顔が一瞬で熱くなるくらい怒っているのに、エミリオ様は楽しげに笑っている。それが苛立たしくて、振り返って抗議しようとした。
その瞬間、未知の刺激が私を襲った。
「――っひぃあッ!?」
自分の声に驚かされた。
さっきまでだって何度も呻き声を上げてしまっていたけれど、いまのは違う。いまのは呻き声というよりも――
「喘ぎ声か。可愛いじゃないか」
「あっ……うあぁッ!!」
エミリオ様にはっきり言われてしまった瞬間、誰かが叫んだ――と思ったら、私だった。自分が叫んでいることに気づけないくらい、頭が真っ白になっていた。
「あっ、あ、ぁ……喘ぎ声などっ!」
「上げていない?」
「っ……!」
「ははっ、そうだよな。否定できないよな。実際、上げていたのだからな」
エミリオ様に浴びせられる嘲笑が、私を嬲る。反論できない私には、黙って堪えることしかできない――いや、それすらも、エミリオ様は許してくれない。
「なんだ、ラヴィニエ。黙りか? ああ、そうか。やっと、馬の自覚が出てきたのか。それは重畳。嬉しいよ、ラヴィニエ」
「うっ、うあっ……あっ、あぁ! うあぁッ!」
嘲笑はこの際、どうでもいい。そんなことより、私の陰部への圧迫だ。何かが陰部の内側に入り込み、ぐいぐいと震動を送り込んできている。その衝撃がどうしようもなく我慢できない。
「ふん……馬みたいな女でも、さすがにここまでは鍛えられなかったか。普通の女と同じくらいに柔らかいぞ、よかったな」
「くっ……ひ、ぁ……」
……ああ、これはエミリオ様の手だ。秘所に指を入られているのだ。
私だって年頃の娘だ。自分のそこを自分で触ったこともある。それがどういう行為かも分かっている。というか、脱がされた時点で最終的にはここを弄られると分かっていたから、いまになって驚いているほうがおかしいのだ――だけど、エミリオ様はどうしてか太腿や背中やお尻ばかりを撫でまわすから、もしかしたらそこには興味がないのかと思いかけていたところだったのにいまになって急に触ってくるのは不意打ちではなかろうか。いやそうではないのかもしれないけれど言うに事欠いて鍛えていないとは冗談が過ぎ――
「――はっうああぁッ!?」
先ほどよりも一際大きな声を上げてしまった。
けれども仕方がないではないか。たぶんエミリオ様の指が秘所の腹側の端に触れた瞬間、目の奥でバチッと火花が散ったのだから。
「ああ、ラヴィニエでもこの豆を触られるのは弱いのか。もっと喘いでもいいぞ……ああ、違うか。馬が上げるのは喘ぎではなく、嘶きだったな」
滔々と語るエミリオ様の声は、鼻息が聞こえてくるほど興奮している。いまどのような顔で私の秘豆を弄っているのか、想像したくもない。きっと、五年前までのエミリオ様が一度もしなかった顔をしているのだろう。そんな顔を知りたくない。
「エミリオ様っ、あっ……っはあぁ!」
「喋るな。おまえは牝馬だ。はしたなく尻を振って嘶いていればいいんだ」
「ひっ、ひどっ……っひぁあ! あっ! ぅああッ!!」
何を言われても、敏感な豆を指先で根元から掘り起こすように揉み圧されると、それだけでエミリオ様の命じる通りに鳴き声しか上げられなくなってしまう。先ほどの一時垣間見せた私の知っているエミリオ様は何だったのかと思い返すことも無理になるほど、心が甘く苦しい痺れで満たされてしまう。
「エミ、リオ、さっ……あ! ぅあ! ああっ!」
「ははっ、何を言っているのか分からないな……ああ、違うか。人間に馬の言葉が分からないのは普通のことだったな」
「あっ、ひぃ! 違っああぁ! あっ、あぁ!」
馬じゃない――その一言さえも言わせてもらえない。指圧され続ける秘豆をエミリオ様の指から逃がせようと、尻を浮かせて左右に振るも、がっちりと押しつけられたエミリオ様の手は振り払われてくれない。
もっと力の限りに暴れればいいのかもしれないけれど、腐っても相手は城代だ。御屋形様の嫡男だ。傷ひとつ負わせるわけにはいかない。身体の芯まで染みついているその教えが、私に本気の抵抗を許してくれないのだ。
そうだ――エミリオ様に逆らうわけにはいかないから、私はやむなくエミリオ様の手で秘所を嬲られ、秘豆を弄ばれ続けているのだ。けして、牝馬呼ばわりされながら嬲られるのが気持よくて抵抗できないわけではないのだ。
「ん……ラヴィニエ、なんだこれは? 私の手が濡れてしまっているのだが、おまえ、漏らしたのか? 嫁に行っていてもおかしくない歳で粗相とは、はしたないにも程があるのではないか?」
「やっ、あぁ! 違いますっ、漏らしてなどっ……うあぁ!」
「漏らしていない? では、この濡れているのはなんだ? 許す、言ってみろ」
「っ、そ、れは……ぁ……ふあぁ!?」
秘豆から圧迫感が離れたと思った次の瞬間、自分でもほとんど触れたことのない窪みにずぶりと硬いものが入ってきた。
間違いなく、エミリオ様の指だ。どの指か分からないけれど、手の甲を上にした指が一本、私の膣に入ってきて、お腹側の壁を押してきていた。それだけでも背中にぶわりと汗が浮かぶというのに、秘豆の付け根にも、たぶん親指だろうものがまた押しつけられる。
膨れた秘豆の根元を攻められながら、膣口もお腹側のほうへ拡げようとするみたいに内壁を擦られる。
鍛えても鍛えられない女の部分を片手で弄ばれるだけで、たちまち水音がちゅぽちゅぽと立ち上ってきてしまうのだ。
「さあ、言ってみろ。この濡れているのは、なんだ?」
「それはっ、あ、あぁ……お、女の、み、蜜でっ……、……ッ」
「女の蜜? それはなんだ? どういうときに染み出てくるのだ?」
「そっ、んぁ……それ、は……お、女が、か、感じた、とっきいぃ!」
語尾が跳ねたのは、豆と膣口を同時にぎゅっと強い力で圧迫されたからだ。きっとエミリオ様の右手は、親指と中指あたりでものを抓むときの形になっているのだろう。挟まれているのは、私の秘豆と膣壁だ。
「んっ、んんっんぁ、あ、ぅ……うぅ……!」
「いいぞ、我慢するな。馬は馬らしく嘶けばいい……ほら! ははっ!」
「あっ! っはぁあッ!!」
膣口の腹側に引っ掛けられた指先が、ぐいぐいと拡げられる。自分の指ですら片手で数えるほどしか入ったことのない穴が、男性の力強さで引っ張られ、拡げられていく。私は股間をシーツに押しつけるようにして少しでも拡げられる怖さから逃げようとするけれど、はっきりと無駄な抵抗だった。そんなことでエミリオ様の容赦ない指使いが緩和されることはない。
いっそ暴れられれば良かったのだけど、なぜか膣内は蜜がしとどに潤っていて、怖いのと同じくらいに気持ちいいのだ。エミリオ様から与えられる容赦ない刺激に興奮し、次はどうされるのか期待してしまっている。それがために、私の身体はエミリオ様を振り払うより、堪えて悶えることを選んでしまっていた。
「いい鳴き声だ。それに尻や背中が汗ばんできて良い毛艶になってきたぞ」
「毛艶、なんてっ、い、言い方……あぁ! んっ、っ、っはあぁ!」
震える口でどうにか紡いだ言葉も、エミリオ様の指使いで喘ぎ声にされてしまう。
びくっと跳ねる尻、弓形に反る背中。ぴんと突っ張る爪先に、シーツを握り締める両手。されるままの身体は刻々と熱を帯び、汗をまとう。
エミリオ様に言われずとも、自分がひどい媚態を晒していることは自覚していた。でも、自覚しようとしまいと、身体の芯が蕩けていくのを止められない。男に負けじと鍛えてきた身体も、身につけた筋肉も、女の部分を解されるだけで用を為さなくされてしまう。右手ひとつで、ただの牝にされてしまう。
エミリオ様の指で拡げられた膣口が花開くように綻んでいく。親指で秘豆を擦られるたびに溢れてくる蜜が、膣口で咥えているエミリオ様の指先に掻き取られていく。
鍛えた身体を嘲笑われながら嬲られて、悔しいのに、情けないのに、官能の炉には後から後から火がくべられていく。快感の炎が、この身を焦がす。そして、一際大きく燃え上がった炎が真っ白く爆ぜた。
「あっ、あぁ……っくうぁ! あぁ、あっ! あっ、あっ、ぁ、あっああぁ――ッ!!」
……それが絶頂なのだということは私にも想像がついた。
私だって自慰くらいしたことがある。最後まで達したこともある。だけど、いま味わった絶頂は違っていた。男性の指で強制的に逝かされるのと、自分の指で達するのとは、全くの別物だった。
「はっ……あぁ……ぁ……」
すぐ近くで誰かが息を乱している――と思ったら、私の呼吸だった。
「うん? 達したのか」
エミリオ様が意外そうな声音で呟く。
まだ呼吸の荒い私に声を出す余裕はなかったけれど、沈黙が答えになった。
「……そうか、私の指で達したのか」
「エミリオ、さま……?」
これまでのように嘲笑してくるでもなく呟いたエミリオ様に、こんな状況でも私は好奇心を刺激されてしまう。
だけど、追求はできなかった。エミリオ様が私の腰に腕をまわして、尻を持ち上げたからだ。
「あっ……エミリオ様、何を――」
「煩い。馬が喋るな」
低い声で突き放すように言われたけれど、そうもいかなかった。
いま自分が取らされている姿勢がどういう意味を持つのかが分からないほど、私は子供ではない。だけど、簡単に受け容れられるほど大人でもないのだ。
「エミリオ様っ、あ、あの、本当に――」
「黙……れ!」
「――ふぅんうぅッ!!」
達した余韻の残る秘所の窪みに、指よりもずっと太くて長いものが、ずんっと打ち込まれた。
ぶつっ、と太い糸を引き千切るような音が、耳の内側で聞こえた。
同時に、刃物で指先を切ってしまったときの痛みが、腹の奥から全身に広がっていく。
「あっ……っくううぅ……ッ!!」
「ん……この手応え、処女だったか」
「うっ、っ……っ、うぅ……!」
当たり前です、と怒鳴る余裕もない。声も出ないほど痛かったから、ではない。悲しかったから。
好きだった人に、互いの顔を見つめ合うこともできない体勢で、牝馬だ筋肉だと笑われながら、無造作に――初めてを破られた。
悔しさも情けなさも怒りも霞んでしまうほど、唯々悲しかった。
「んっ……あぁ……おまえの中、熱いな。それに、きつい……あぁ……ッ」
エミリオ様の掠れた声と、生温かい吐息が首の後ろをくすぐる。くすぐったさとは違う何かがそこから走って、背筋が反る。臀部が締まる。そうなれば当然、膣にも力が入る。そこを拡げている焼けた杭のようなものが、いっそう強く感じられる。
「うぅ……! いっそうきつくなったぞ……んっ、ラヴィニエ……あぁ……ッ」
エミリオ様の溜め息が、さっきからぞわぞわと首の後ろをくすぐってくる。その度に走る、くすぐったさとは違う何かは、背骨を降りて腰回りにも伝わり、筋肉を締まらせる。
「くっ、まだ、きつく……!」
エミリオ様の吐息が震えて、私の首筋もぶるっと悶える。背筋に汗がぶわっと滲むのが自分で分かる。尻が勝手に跳ねて、内に咥えたエミリオ様の剛直をぎりりと締めつける。そうするたびに頭の中で光が弾けて、それの太さと硬さと熱さと反りが脳裏にはっきり焼き付けられる。
「うぅあっ、っ……ひっ、んん……ッ……」
声が溢れる。
収縮しようとする膣に剛直が支えるたび、人生のうちでこれまで一度も意識したことのなかった膣の深さを否応なしに実感させられる。そこに深々とものが突き刺さっている圧迫感に、呼吸が浅く、速くなる。
「はっ、っ、っ……あ、うぁっ、っ……!」
「ラヴィニエ、少し、締めすぎだっ……力を、抜け……んっ、く、うっ!」
エミリオ様の命令なら従わなければならないけれど、無理だ。剛直が少し擦れるだけで勝手に力が入ってしまうのだから、エミリオ様が剛直を疼かせるのを止めてくれない限り、力の抜きようがない。
――と口で伝えられたらいいのだけど、呼吸がままならなくて言葉を紡ぐ余力がない。
「はっ……っ、んぁ……ッ……」
「おい、ラヴィニエ。聞こえていないのか? おい、何か言えっ……うぁ……ッ」
返事をする余力がなくとも、エミリオ様が身動ぎすれば、その分だけ私の中で剛直が擦れて、きついきついと不満を訴えられているそこを、私はぎゅっと締めてしまう。
「っ、くっ……緩めろ、と、言っているのに、反抗的な……ッ……牝馬の、くせにっ、っ……くうぅ……ッ!」
エミリオ様の歯軋りが聞こえてくるのと同時に、蜜壺の中の剛直がドクンドクンと脈を打つのが伝わってくる。
エミリオ様の剛直は最初に深くまで押し込まれたときから、細かく震える程度にしか動いていなかった。それが遂に動き始める。
「んんっ! んっ、うあぁ……あっ、あぁ! ……あっ!」
意味のない声が喉を衝く。
後退していく剛直が、ぎっちりと閉じた蜜壺の肉を巻き込み、掻き取っていくのだ。
痛みはある。だけど同時に、腹の中身を直にくすぐられるような感覚が全身を駆け巡るのだ。
筋肉が意識から離れていく。両肘を丸めたくなるのに、両手はシーツを握り締めて離れない。背筋が反るのに、上体は乳房をシーツに押しつけて潰す動きをしてしまうので、自然と尻が上がってしまう。そうなれば必然、剛直と蜜壺の内壁が擦れる角度も変わって、いま後退された分だけより深くへと誘うように角度を合わせることになる。
その微妙な変化を感じ取ったからか、それとも偶々呼吸が合っただけなのか――
「――んっ!」
エミリオ様が鋭い呼気を発しながら、途中まで引き抜いた剛直を再度、勢いよく押し込んだ。
「んっはあぁッ♥」
膣奥をズンッと叩かれた衝撃が、私を喘がせた。それは誤魔化しようもないほど明確な快感だった。
エミリオ様の股間で叩かれた臀部の肉が、剛直の先で抉られた蜜壺の最奥が激しく震える。それは筋肉の内側で骨を介して全身に伝わり、四肢の指先から頭の天辺に至るまでを激しく揺さぶる快感の響きだった。
エミリオ様は馬だと言うけれど、私は太鼓だ。革の代わりに筋肉を張った太鼓だ。男の硬い身体が叩きつけられると、全身を使って良い音を響かせるのだ。
「んっ、ひっ、っ……っひぁ、あっ、あぁ! あっ、うあっ……あぁッ♥」
うつ伏せのままでそこだけ差し出すよう掲げた尻に、エミリオ様の股間がパンッ、パンッと小気味よい音を立ててぶつけられる。それと同時に、蜜壺を抉っている剛直の先が袋小路の壁を叩き、抜かれるときに内壁を掻いていく。
「あっ、っ、ああぁ! あっ、あぁ! あっ、んあぁッ!!」
声が止まらない――などという段階はとっくに通り過ぎていて、いまやもう、エミリオ様の腰使いに合わせて嘶くこと自体に淡い快感を覚えてしまっている。
自分の指で慰めるのとは全く別物の快感。私が知らなかった快感。今日までずっと、これを知らずに生きてきたことに後悔を覚えるほどの快感。
「やっあぁ! あっ、んぁ……ッ♥ あっ、っ……エミ、リオ、さっ、まあぁッ!!」
「っ、くっ……ラヴィニエッ、うぅっ、んっ……ッ!」
エミリオ様の口から出るのも、苦痛に耐えるような呻き声だけだ。私を揶揄して笑っていたのが嘘のように、無心で腰を振っている。
ぱん、ぱんっ……ぐちゅっ、ぐちゅ……。
肉と肉の当たる乾いた音に、粘膜同士の擦れ合いで泡立てられる蜜の水音。そして男の低い呼吸の音と、女の上げる切れ切れの嬌声。
「ふっ……っ……!」
「あぁ! んあっ、あぁ……あぁッ! あっ、うぁッ!」
混ざり合う吐息は、どちらがどちらのものか分からなくなる。
剛直と蜜壺がねっとりと蕩けて粘り着き、ひとつになっていく。それを強引に剥がすような腰使いが、蜜をぐちゃりぐちゃうりと卑猥に鳴らす。剛直の張り出した肉厚の箇所が蜜に塗れた内壁をずりずりと掻き、私の頭の内側にも、その卑猥な音と感触とを響かせてくる。
「っ、んんあぁ! やっ、こっ、っ……これっ、ひぅ! おかしっ、くっ、うぅ……んあぁ! 頭ぁ、変にっ、いっ、いいぃッ!!」
「はっ……ラヴィニエっ、っ……んっ、んぅ……んっ、んんッ!」
エミリオ様の両手が、わたしの腰を掴む。襞に擦れていた剛直の角度が浅くなり、その分だけより深くまで突き刺さってくる。エミリオ様が上体を起こし、膝立ちの姿勢になったのだ。
「――はあぁ……ッ……!」
行き止まりだと思っていた膣奥の壁に、剛直の先がぐいぐい食い込んでいく圧迫感。身体の一番内側の、鍛えようがないところを小突かれる息苦しさと、それを吹き飛ばすほどの官能が、私を一瞬で支配する。
身体の全てをエミリオ様に――エミリオ様に打ち込まれた剛直に差し出してしまった。
「あ……あ、あぁ……ッ……」
最奥へのひと突きで深い呼吸ができくなるほど追い込まれた私の身体に、エミリオ様は気遣う様子を見せることなく、腰使いを速めていく。それまでのが速歩だとしたら、いまは一気に襲歩だ。
「あっ! あっ! あぁ、あっ、っ、っうあ! んあッ!!」
エミリオ様は股間を私の臀部にほとんど密着させた状態で腰を前後に震わせているのに、臀部を股間で叩かれる乾いた音はいっそう大きく鳴り響く。蜜壺の奥がごんごんと小突かれ、破かれてしまいそうだ。衝撃が背骨を走って、首の付け根でばちばちと火花を散らせ、目の奥に白い光を何度も明滅させる。頭の中身が真っ白に染め変えられていく。残るのはひたすらに膨れ上がる官能だけで――
「あぁ! あぅ、ううぅ! エミリオ様、あぁ! っ、くううぅ! うぅっ、んんううぅぅッ!!」
「んっ……んうっ、っ、ん――ッ……!!」
頭の中で官能が泡が弾けて、私は一際高い声で嘶いた。
エミリオ様が激しく咳き込むように呻いたのとは、どちらが早かったのか――。
「あっ、んんっ……ふぁ……あ、熱い……ぃ……」
私が達したのと前後して剛直が勢いよく引き抜かれ、尻と背中に熱いものが浴びせかけられる。それがエミリオ様の子種なのだろうと想像できたのは、汗の匂いに混ざって漂ってきた草いきれのような青臭さのせいだ。初めて嗅いだ匂いだったけれど、不思議とすんなり、これが牡の匂いなのだなと腑に落ちた。
● ● ●
情事が終わってからしばらく後、意識にかかっていた白い霧が薄れてきた私は、疲れた身体に鞭を打って、のろりのろりと起き上がる。
身体がべと付いて気持ち悪かったけれど、努めて気にせずに服を着直していく。身体を拭くのは寮の自室に帰ってからだ。
「――ラヴィニエ」
身繕いしている私に、背後の寝台に腰かけていたエミリオ様から声をかけられた。
私は振り向かずに答える。
「なんでしょうか」
「私は竜を御してみせる」
「……」
あれは無理です。あれは軍隊がどうこうできる程度の存在ではありません――そう言って理解してもらえるものなら、言っていた。
「私は竜殺しになる。それが無理でも、最初の一撃で重傷を負わせれば、竜も服従しよう。そうすれば、俺は竜騎士だ。どちらにせよ、俺は名声を手に入れる。……誰にも馬鹿にさせやしない――いや、俺が馬鹿にしてやるんだ……!」
憎しみの籠もった言葉が、私の背中を叩く。
……もしも私があの竜を見ていなかったなら、私はエミリオ様に同調していたかもしれない。及ばずながら微力を尽くしましょう、とでも宣っていたかもしれない。
だけど、あの竜を見てしまっている私には、力になるなどとは口が裂けても言えなかった。
だから私は口を閉じ、エミリオ様が死なずに済む方法をただ必死に考えた。
この晩のうちに、私は領主館を密かに抜け出した。
夜を駆け、途中で馬を手に入れて目指すのは、竜とその従者を名乗った者たちがいる地、【魔の森】だった。
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