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3章
44-3. 騎士との遭遇 ロイド
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俺たちはせっかくなので、広場の中で騎士たちを訊問することにした。洞窟の外に出て安心させるよりも、暗闇を利用して心を挫いたほうが素直に話してくれるだろうと思ったからだ。
ただし、有瓜とシャーリー、アンの女性陣には食事の用意をしておいてほしいので――という名目で、先に外へ出ていてもらった。その付き添いとして、戦士ゴブリンらも当然のように付いていく。忍者の監視網が見つけていた者は全員ここに捕えているけれど、念のための護衛は必要だった。
有瓜たちがぞろぞろと広間から出ていくのを見送っていると、暗闇の中で両手と両足を縛られて芋虫のように横たわっている騎士たちの一人が、その足音で恐怖が限界を超えたのか喚き始めた。
「お、おまえたち、我らをこの地、アルゴーネの騎士と知っての狼藉だろうな!?」
知らないな。アルゴーネ? この辺りの地名なのか?
俺たちが首を傾げつつ顔を見合わせていると、もう一人の騎士が投げやりに笑い出した。
「止めとけ、無駄だ。こいつらの顔、一瞬だったが見ただろ。人間じゃない。魔物だった。それもゴブリンなんてちゃちな奴じゃない……オーガかトロールか、そういう奴だ」
「なっ……!?」
「交渉も命乞いも無駄さ。無論、脅しなんて以ての外だ。……まあ、言葉が通じるわけがないんだから、どうでもいいけどな」
「あ……」
喋っている騎士二人の他、残る三人はどうしているのかというと……一人は泣きじゃくっていて、一人はずっと謝り続けていた。そして最後の一人、先頭に立っていた女騎士は、黙ってこちらに向けて探るような視線を向けていた。
視線は定まっていないから、俺たちが見えているわけではないのだろう。彼女は松明が消えた後、魔術で明りを灯そうとしていたようだったから、この暗闇でも視界を確保する魔術があるかもしれない、と警戒していたのだけど、心配しすぎだったようだ。
まあ、先ほどの様子からして、魔術を使うには手を組む仕草が必要なようだったから、後ろ手に拘束している状態でなら魔術を使うことは難しいのだろうと踏んでいた。しかしながら、同じく魔術師である神官が言うには、魔術の行使に必要なのは深い集中だけだという。だから、この女騎士が熟練の魔術師でもあるのなら、どれほど拘束されていても魔術を使えることになる。だからこそ警戒していたわけだが……そもそも、何の仕草もなしに集中できるのなら、先ほどの目の前に敵がいると分かっていた状況で両手が塞がるような行動を取るはずがないわけで、実のところはそんなに本気で警戒していたわけではなかった。
俺がこの女騎士を見ていた理由は結局のところ、女騎士だから、だ。
「女騎士……まさか女騎士がいる世界だったとは……!」
俺はこの世界での人間社会について、シャーリーたち姉妹が暮らしていた村くらいしか知らないけれど、男女の身体的および社会的な性差というのは地球と変わっていない。実際、猟師は男の仕事で、シャーリーはその真似事をしていたけれど、本職の猟師とは認められていなかった。それと同じで、騎士だって男の仕事になるはずだ。まして、騎士は単純な肉体労働者ではなく、貴族しか就けない名誉ある職業だというのだから、男社会で女が騎士に就けるはずがない――と思っていたのだ。
ところが現にいま、目の前に女騎士が転がっている。それも、上に見ても二十代半ばの、わりと整った顔立ちでショートカットの金髪が麗しい、女を捨てていない女騎士だ。出で立ちこそ、泣いたり喚いたりしている他四名と同じ、色気もへったくれもない鎧姿ではあるけれど、そこは致し方あるまい。
「ビキニアーマーはないのかね……」
思わず声に出してしまったけれど、騎士たちの声が大きくて、聞かれずに済んだ。
さて……拘束された騎士たちがどう動くのかを少し様子見させてもらったけれど、もう十分だろう。こいつらに反撃の手立てはないと判断する。
俺は無言で待機している忍者たちを一瞥して頷くと、騎士たちに上から声を投げつけた。
「何が目的だ?」
敢えて、主語や目的語を省いて問いかける。
その瞬間、ずっと騒いでいた四名の男騎士たちも、ぴたっと黙った。
俺たちからは、女騎士も含めた五名全員の目が忙しなく動いて、俺を探しているのが見えている。俺たちが黙っていると、沈黙に堪えかねた男騎士――自分たちはアルゴーネの騎士だ、と喚いてたやつが声を張り上げた。
「きっ、貴様らこそ何が目的だ! 我らにこのようなことをして、ただで済むと思うな!」
……もう少し怯えさせる必要がありそうだ。
俺は忍者の一人に頷きかけると、そいつは剣の先で喚いている騎士の頬を軽く突いた。少し血が出ただけだったけれど、暗闇で顔を傷つけられた事実は、その騎士を青ざめさせるのに足るものだったようだ。
「ひっ……や、止めろ……」
俺がもう一度頷くと、今度は彼の反対の頬に同じ傷ができる。
「ぎゃっ! やっ……止め、て……くれ……」
俺はもう一度頷いた。今度の切っ先は、眉間をひと撫でだった。
「ひぃ――……止めて……助けてください、許してください……!」
頬と眉間に血を滲ませる騎士だけでなく、周りで転がっている騎士たちも固唾を呑んでいる。自分の仲間が何をされているのか見えない分、勝手に恐怖を膨らませてくれたようだ。
……うん、十分だろう。
俺は軽い手振りで、忍者たちに剣を仕舞わせると、改めて騎士たちに同じ言葉をかけた。
「何が目的だ?」
騎士たちは息を呑みつつ、必死に答えるべき言葉を探す。
答えられないければ、自分もさっきの騎士と同じ目に遭わされるのだ――そう思っている顔だった。実際その通りなので、誰かが語り始めるのを俺たちは無言で待った。
待つのは数秒ほどで済んだ。
「わっ、我々はドラゴンの調査に来たのだ!」
その一言を皮切りに、騎士たちは口々に自分たちのことを語り始めた。それらをまとめると、こういうことだった。
この一帯はアルゴーネ領と言い、所属しているファルケン王国にとっては、隣国と接している辺境に当たる。森を挟んだ向こう側にあって、ただいま絶賛内乱中で難民や敗残兵を出しているのが隣国だ。その脱走兵の一部が、俺たちが冬の間に潰しまくった山賊たちになっていたわけだ。
さて、アルゴーネ領と隣国との境になっているのは、俺たちがいま住んでいる丘陵地帯だけではない。ここを大きく迂回する形で平野が広がっていて、そこには大きな街道が走っている。平時であれば、そこがファルケン王国と隣国との交易路になって、アルゴーネ領を潤わせていた。
しかしいま、隣国は泥沼化した内戦状態。街道は封鎖され、隣国との出入りは厳しく管理されている。となると、この森を抜けようとする者が大勢出てきてもおかしくないところだが、この森にはゴブリンやその他の獰猛な魔物の棲息地が広がっている。土地の者でも深いところには入らない【魔の森】だ。そんな難所を抜けてくる者はいるまい――という建前で、防衛を放棄されていた。
森に逃げ込んだ敗残兵が山賊になっても、被害に遭うのは小さな山村くらいだ。それならば、わざわざ森を警戒しなくとも、山賊が森から出てくるようになってから鎮圧したほうが結果的に安上がりだろう――という判断なのだった。
俺だったら、この地は雪が降るほど寒くないのだから、農閑期になる冬の間に人を集めて山狩りすればいいじゃないか――という発想になるのだけど、どうやら現在、領主がこの地を空けて王都に詰めているらしい。理由については、捕えた騎士たちも知らないようだった。彼らは貴族といっても下級貴族の出らしいので、この土地内でのことならいざ知らず、国絡みのことについては知る術も興味もないようだった。
とにかく、領主が不在であるために、あまり大きな軍事行動は起こせないのだ、ということらしい。
――というときに起きたのが、ドラゴン襲来のイベントだ。
竜を放っておくということは、いくら領主不在で兵権を振いにくい状況だとはいえ、できることではなかった。そこで折衷案として、領主代行は街道封鎖の兵を動かさず、城内の防衛に残していた騎士たちの中から五名を選抜して、今回の調査隊として森に派遣したのだった。
――というのが、捕えた騎士五名をときどき脅したり、短い言葉で合いの手を入れたりしながら聞き出した内容だ。
なお、競うようにして教えてくれたのは男四名だ。女騎士は最初に「我らは騎士だ。正体も明かさぬ者に喋る言葉はない」と言ったきりだ。そんなことお構いなしに喋り出した同僚に最初こそ驚愕して止めようとしたけれど、無駄だと分かると、後は苦々しげに黙りこくっていた。ただ、ときどき神官が杖の先で小突いたり、軽い魔術を当てて呼吸を乱させていたので、抵抗を諦めたのではなく、魔術を使うために集中しようとしていたみたいだ。
魔術師同士のそんな攻防が行われているとも知らない男たちの口から、どうやってこの洞窟のことを知り得たのかも聞き出せた。
「この女は巫覡なのだ。過去視の巫術を使えるから、女の身でありながら騎士を拝命できたのだ」
「そっ、そうだ! この女のせいで、我らはこんな窖に誘い込まれたのだ! ――ぎゃッ!!」
急に喚きだした騎士が悲鳴を上げたのは、近くにいた忍者が剣の切っ先で腕を突いたからだ。血も出ていないのだけど、彼には泣き出すほどの恐ろしさだったようだ。
さて、仲間から情報を売られたり詰られたりした女騎士はどんな顔をしているのかなと窺ってみると、苦虫を噛み潰した顔をしていた。仲間の口を閉じさせたいけれど不可能なのが分かっている顔だった。
俺は、一気に出てきた色々な情報を、合いの手を入れつつ丹念に聞き出していった。
ゴブリンの話し方は訛りが強いので、訊問する役は俺しかできない。途中からは、水筒を持ってきておくのだった、と後悔しながら訊問を続けた。
巫術と魔術はどう違うのか、だとかの説明は割愛する。
要するに、女騎士ラヴィニエは「その場で起きた二日以内の過去」を視ることができる特殊能力の血筋、なのだった。
右目で現在を、左目で過去を視ながら行動することもできるので、昨日のギルバートが歩く姿を追いかけて、村からこの洞窟までやって来たのだった。
なぜギルバートを追ったのかと言えば、彼ら選抜調査隊に対する村人の対応が余所余所しく、とくに村長からは敵意まで感じたために、念のため過去視で村を視てみたら、自分たちが猟師に案内されて、竜の居場所を探すために村を出た直後、その反対側に向けて村を出ていくギルバートを発見。不審に思って追跡してみた――ということだった。
「……なるほどな」
俺の口から呟きが漏れる。
思いの外長い訊問になってしまったが、知りたいことはだいたい知れたと思う。
「我々をどうするつもりだ……?」
俺の呟きがこの訊問の終わりを意味するものだと感じ取ったのだろう、騎士の一人が恐々としながら訊いてくる。すると、他の騎士たちも、暗闇だから見られないと思っているのか、不安を隠そうともしない顔で喚き出す。
「も、もう話せることはないぞ……もういいだろう!?」
「おまえたちのことは誰にも言わない。だから帰してくれ!」
「……死にたくない……殺さないでくれ、何でもする……!」
口々に懇願してくる男たち。なお、ただ一人の女性ラヴィニエは眦を釣り上げ、唇を噛み締めている。
魔術を使って脱出することはとうに諦めているが、命乞いなどしてやるものか――虚空を睨む目がそう言っていた。
「さて……」
俺は口の中で独りごちつつ、この騎士たち五名の処遇を考えた。
彼らの反応から見ても、ゴブリンに対する敵意は明らかだ。生かして城とやらに帰したら、次は大勢でやってきて問答無用で皆殺しにしてくる可能性は高いだろう。
だとすると、やはり殺してしまったほうが早いか。
こいつらが帰らなければ調査隊の第二陣が派遣されてくるだろうけど、そいつらには「先発隊は帰り道で危険地帯に迷い込んで魔獣の餌食になったのだろう」とでも思ってもらえばいいだろう。村人たちに「自分たちもあれっきり竜は見ていません。密かに飛び去ったのでは?」と吹き込んでもらっておけば、第二陣の騎士たちも草の根を分けてまで竜探しをしようとは思わずに帰ってくれるだろう。
だろうが続くけれど、べつにこの予想が外れてもいいのだ。ただ、生かして帰すことの危険性が確定的すぎるというだけなのだから。
……あれ? 女騎士も殺すの?
「……」
うん、無理だ。
必要……いや、妥当だと思えば、殺人も冷徹に実行できるくらいに擦れた思っていたのだけど、よく考えてみたら、俺が手に掛けてきた山賊たちは全員、男だった。俺は女を殺したことがなかった。
なら、女騎士だけは生かして帰すか……いや、それこそない。彼女には過去視の巫術がある。けして万能の力ではないようだが、ここにいる五人の中で一番厄介な奴なのは間違いない。その彼女だけを殺さないのでは、本末転倒もいいところだ。
だから選択肢は、五人とも殺すか、五人とも生かして帰すか――そのふたつだけだ。
「あぁ……」
……違った。これは選択以前の問題だった。
ここは俺たちの住処だ。有瓜が暮らす場所だ。ここで殺人はできない。
だけど、このまま生かして帰せば、こいつらは「山で魔物を見つけた」と報告するだろう。それは困る。二度と騎士がやって来ないような報告をしてもらわないといけない。
……あ、そうか。何も悩むことはないじゃないか。こいつらは竜を探しに来たのだから、竜を見せてやればいいんだ。
俺は忍者を一人、手振りで呼び寄せて耳打ちする。無言で頷いた忍者は足音ひとつ立てずに動いて、洞窟内に運び込んでいた荷物の中から適当な布を持ってきてくれたので、手分けして騎士たち五名全員に目隠しをさせた上で、足の縄を解かせた。
「え……えっ!?」
「なっ、何だ!?」
「おい! これはどういうつもりだ?」
騎士たちは動揺しているが、そちらはひとまず無視して忍者たちに耳打ちの伝言ゲームで指示を伝えると、俺はそれから改めて騎士たちに告げた。
「移動する。大人しく付いてこい」
「は?」
「無理だ。暗くて歩けない!」
騎士たちは拒否の声を上げたけれど、当然無視だ。忍者たちに尻を小突かせて、無理やり歩き出させた。
最初は文句を言おうとしていた騎士たちも、すぐにそんな余裕がなくなる。歩くことに集中するのがやっとになって、ようやく静かになってくれた。
洞窟の外には有瓜や戦士たちが焼き肉をしていたけれど、先に出ていかせた忍者に言付けて、静かにしてもらっていた。
熾火を囲んで無言で焼き肉しているゴブリンたちの脇を、不安げに、でも鼻をひくひくさせながら牛歩で通り過ぎていく目隠し人間たち――自分でやらせたことながら、シュールすぎて口角が引き攣る絵面だった。
まあ、その引き攣っている唇の中で、有瓜が押し込んでくれた焼き肉をもぐもぐと咀嚼しながら森の奥へと入っていたのだから、俺自身も絵面のシュールさに一役買っていたわけだが。
ただし、有瓜とシャーリー、アンの女性陣には食事の用意をしておいてほしいので――という名目で、先に外へ出ていてもらった。その付き添いとして、戦士ゴブリンらも当然のように付いていく。忍者の監視網が見つけていた者は全員ここに捕えているけれど、念のための護衛は必要だった。
有瓜たちがぞろぞろと広間から出ていくのを見送っていると、暗闇の中で両手と両足を縛られて芋虫のように横たわっている騎士たちの一人が、その足音で恐怖が限界を超えたのか喚き始めた。
「お、おまえたち、我らをこの地、アルゴーネの騎士と知っての狼藉だろうな!?」
知らないな。アルゴーネ? この辺りの地名なのか?
俺たちが首を傾げつつ顔を見合わせていると、もう一人の騎士が投げやりに笑い出した。
「止めとけ、無駄だ。こいつらの顔、一瞬だったが見ただろ。人間じゃない。魔物だった。それもゴブリンなんてちゃちな奴じゃない……オーガかトロールか、そういう奴だ」
「なっ……!?」
「交渉も命乞いも無駄さ。無論、脅しなんて以ての外だ。……まあ、言葉が通じるわけがないんだから、どうでもいいけどな」
「あ……」
喋っている騎士二人の他、残る三人はどうしているのかというと……一人は泣きじゃくっていて、一人はずっと謝り続けていた。そして最後の一人、先頭に立っていた女騎士は、黙ってこちらに向けて探るような視線を向けていた。
視線は定まっていないから、俺たちが見えているわけではないのだろう。彼女は松明が消えた後、魔術で明りを灯そうとしていたようだったから、この暗闇でも視界を確保する魔術があるかもしれない、と警戒していたのだけど、心配しすぎだったようだ。
まあ、先ほどの様子からして、魔術を使うには手を組む仕草が必要なようだったから、後ろ手に拘束している状態でなら魔術を使うことは難しいのだろうと踏んでいた。しかしながら、同じく魔術師である神官が言うには、魔術の行使に必要なのは深い集中だけだという。だから、この女騎士が熟練の魔術師でもあるのなら、どれほど拘束されていても魔術を使えることになる。だからこそ警戒していたわけだが……そもそも、何の仕草もなしに集中できるのなら、先ほどの目の前に敵がいると分かっていた状況で両手が塞がるような行動を取るはずがないわけで、実のところはそんなに本気で警戒していたわけではなかった。
俺がこの女騎士を見ていた理由は結局のところ、女騎士だから、だ。
「女騎士……まさか女騎士がいる世界だったとは……!」
俺はこの世界での人間社会について、シャーリーたち姉妹が暮らしていた村くらいしか知らないけれど、男女の身体的および社会的な性差というのは地球と変わっていない。実際、猟師は男の仕事で、シャーリーはその真似事をしていたけれど、本職の猟師とは認められていなかった。それと同じで、騎士だって男の仕事になるはずだ。まして、騎士は単純な肉体労働者ではなく、貴族しか就けない名誉ある職業だというのだから、男社会で女が騎士に就けるはずがない――と思っていたのだ。
ところが現にいま、目の前に女騎士が転がっている。それも、上に見ても二十代半ばの、わりと整った顔立ちでショートカットの金髪が麗しい、女を捨てていない女騎士だ。出で立ちこそ、泣いたり喚いたりしている他四名と同じ、色気もへったくれもない鎧姿ではあるけれど、そこは致し方あるまい。
「ビキニアーマーはないのかね……」
思わず声に出してしまったけれど、騎士たちの声が大きくて、聞かれずに済んだ。
さて……拘束された騎士たちがどう動くのかを少し様子見させてもらったけれど、もう十分だろう。こいつらに反撃の手立てはないと判断する。
俺は無言で待機している忍者たちを一瞥して頷くと、騎士たちに上から声を投げつけた。
「何が目的だ?」
敢えて、主語や目的語を省いて問いかける。
その瞬間、ずっと騒いでいた四名の男騎士たちも、ぴたっと黙った。
俺たちからは、女騎士も含めた五名全員の目が忙しなく動いて、俺を探しているのが見えている。俺たちが黙っていると、沈黙に堪えかねた男騎士――自分たちはアルゴーネの騎士だ、と喚いてたやつが声を張り上げた。
「きっ、貴様らこそ何が目的だ! 我らにこのようなことをして、ただで済むと思うな!」
……もう少し怯えさせる必要がありそうだ。
俺は忍者の一人に頷きかけると、そいつは剣の先で喚いている騎士の頬を軽く突いた。少し血が出ただけだったけれど、暗闇で顔を傷つけられた事実は、その騎士を青ざめさせるのに足るものだったようだ。
「ひっ……や、止めろ……」
俺がもう一度頷くと、今度は彼の反対の頬に同じ傷ができる。
「ぎゃっ! やっ……止め、て……くれ……」
俺はもう一度頷いた。今度の切っ先は、眉間をひと撫でだった。
「ひぃ――……止めて……助けてください、許してください……!」
頬と眉間に血を滲ませる騎士だけでなく、周りで転がっている騎士たちも固唾を呑んでいる。自分の仲間が何をされているのか見えない分、勝手に恐怖を膨らませてくれたようだ。
……うん、十分だろう。
俺は軽い手振りで、忍者たちに剣を仕舞わせると、改めて騎士たちに同じ言葉をかけた。
「何が目的だ?」
騎士たちは息を呑みつつ、必死に答えるべき言葉を探す。
答えられないければ、自分もさっきの騎士と同じ目に遭わされるのだ――そう思っている顔だった。実際その通りなので、誰かが語り始めるのを俺たちは無言で待った。
待つのは数秒ほどで済んだ。
「わっ、我々はドラゴンの調査に来たのだ!」
その一言を皮切りに、騎士たちは口々に自分たちのことを語り始めた。それらをまとめると、こういうことだった。
この一帯はアルゴーネ領と言い、所属しているファルケン王国にとっては、隣国と接している辺境に当たる。森を挟んだ向こう側にあって、ただいま絶賛内乱中で難民や敗残兵を出しているのが隣国だ。その脱走兵の一部が、俺たちが冬の間に潰しまくった山賊たちになっていたわけだ。
さて、アルゴーネ領と隣国との境になっているのは、俺たちがいま住んでいる丘陵地帯だけではない。ここを大きく迂回する形で平野が広がっていて、そこには大きな街道が走っている。平時であれば、そこがファルケン王国と隣国との交易路になって、アルゴーネ領を潤わせていた。
しかしいま、隣国は泥沼化した内戦状態。街道は封鎖され、隣国との出入りは厳しく管理されている。となると、この森を抜けようとする者が大勢出てきてもおかしくないところだが、この森にはゴブリンやその他の獰猛な魔物の棲息地が広がっている。土地の者でも深いところには入らない【魔の森】だ。そんな難所を抜けてくる者はいるまい――という建前で、防衛を放棄されていた。
森に逃げ込んだ敗残兵が山賊になっても、被害に遭うのは小さな山村くらいだ。それならば、わざわざ森を警戒しなくとも、山賊が森から出てくるようになってから鎮圧したほうが結果的に安上がりだろう――という判断なのだった。
俺だったら、この地は雪が降るほど寒くないのだから、農閑期になる冬の間に人を集めて山狩りすればいいじゃないか――という発想になるのだけど、どうやら現在、領主がこの地を空けて王都に詰めているらしい。理由については、捕えた騎士たちも知らないようだった。彼らは貴族といっても下級貴族の出らしいので、この土地内でのことならいざ知らず、国絡みのことについては知る術も興味もないようだった。
とにかく、領主が不在であるために、あまり大きな軍事行動は起こせないのだ、ということらしい。
――というときに起きたのが、ドラゴン襲来のイベントだ。
竜を放っておくということは、いくら領主不在で兵権を振いにくい状況だとはいえ、できることではなかった。そこで折衷案として、領主代行は街道封鎖の兵を動かさず、城内の防衛に残していた騎士たちの中から五名を選抜して、今回の調査隊として森に派遣したのだった。
――というのが、捕えた騎士五名をときどき脅したり、短い言葉で合いの手を入れたりしながら聞き出した内容だ。
なお、競うようにして教えてくれたのは男四名だ。女騎士は最初に「我らは騎士だ。正体も明かさぬ者に喋る言葉はない」と言ったきりだ。そんなことお構いなしに喋り出した同僚に最初こそ驚愕して止めようとしたけれど、無駄だと分かると、後は苦々しげに黙りこくっていた。ただ、ときどき神官が杖の先で小突いたり、軽い魔術を当てて呼吸を乱させていたので、抵抗を諦めたのではなく、魔術を使うために集中しようとしていたみたいだ。
魔術師同士のそんな攻防が行われているとも知らない男たちの口から、どうやってこの洞窟のことを知り得たのかも聞き出せた。
「この女は巫覡なのだ。過去視の巫術を使えるから、女の身でありながら騎士を拝命できたのだ」
「そっ、そうだ! この女のせいで、我らはこんな窖に誘い込まれたのだ! ――ぎゃッ!!」
急に喚きだした騎士が悲鳴を上げたのは、近くにいた忍者が剣の切っ先で腕を突いたからだ。血も出ていないのだけど、彼には泣き出すほどの恐ろしさだったようだ。
さて、仲間から情報を売られたり詰られたりした女騎士はどんな顔をしているのかなと窺ってみると、苦虫を噛み潰した顔をしていた。仲間の口を閉じさせたいけれど不可能なのが分かっている顔だった。
俺は、一気に出てきた色々な情報を、合いの手を入れつつ丹念に聞き出していった。
ゴブリンの話し方は訛りが強いので、訊問する役は俺しかできない。途中からは、水筒を持ってきておくのだった、と後悔しながら訊問を続けた。
巫術と魔術はどう違うのか、だとかの説明は割愛する。
要するに、女騎士ラヴィニエは「その場で起きた二日以内の過去」を視ることができる特殊能力の血筋、なのだった。
右目で現在を、左目で過去を視ながら行動することもできるので、昨日のギルバートが歩く姿を追いかけて、村からこの洞窟までやって来たのだった。
なぜギルバートを追ったのかと言えば、彼ら選抜調査隊に対する村人の対応が余所余所しく、とくに村長からは敵意まで感じたために、念のため過去視で村を視てみたら、自分たちが猟師に案内されて、竜の居場所を探すために村を出た直後、その反対側に向けて村を出ていくギルバートを発見。不審に思って追跡してみた――ということだった。
「……なるほどな」
俺の口から呟きが漏れる。
思いの外長い訊問になってしまったが、知りたいことはだいたい知れたと思う。
「我々をどうするつもりだ……?」
俺の呟きがこの訊問の終わりを意味するものだと感じ取ったのだろう、騎士の一人が恐々としながら訊いてくる。すると、他の騎士たちも、暗闇だから見られないと思っているのか、不安を隠そうともしない顔で喚き出す。
「も、もう話せることはないぞ……もういいだろう!?」
「おまえたちのことは誰にも言わない。だから帰してくれ!」
「……死にたくない……殺さないでくれ、何でもする……!」
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魔術を使って脱出することはとうに諦めているが、命乞いなどしてやるものか――虚空を睨む目がそう言っていた。
「さて……」
俺は口の中で独りごちつつ、この騎士たち五名の処遇を考えた。
彼らの反応から見ても、ゴブリンに対する敵意は明らかだ。生かして城とやらに帰したら、次は大勢でやってきて問答無用で皆殺しにしてくる可能性は高いだろう。
だとすると、やはり殺してしまったほうが早いか。
こいつらが帰らなければ調査隊の第二陣が派遣されてくるだろうけど、そいつらには「先発隊は帰り道で危険地帯に迷い込んで魔獣の餌食になったのだろう」とでも思ってもらえばいいだろう。村人たちに「自分たちもあれっきり竜は見ていません。密かに飛び去ったのでは?」と吹き込んでもらっておけば、第二陣の騎士たちも草の根を分けてまで竜探しをしようとは思わずに帰ってくれるだろう。
だろうが続くけれど、べつにこの予想が外れてもいいのだ。ただ、生かして帰すことの危険性が確定的すぎるというだけなのだから。
……あれ? 女騎士も殺すの?
「……」
うん、無理だ。
必要……いや、妥当だと思えば、殺人も冷徹に実行できるくらいに擦れた思っていたのだけど、よく考えてみたら、俺が手に掛けてきた山賊たちは全員、男だった。俺は女を殺したことがなかった。
なら、女騎士だけは生かして帰すか……いや、それこそない。彼女には過去視の巫術がある。けして万能の力ではないようだが、ここにいる五人の中で一番厄介な奴なのは間違いない。その彼女だけを殺さないのでは、本末転倒もいいところだ。
だから選択肢は、五人とも殺すか、五人とも生かして帰すか――そのふたつだけだ。
「あぁ……」
……違った。これは選択以前の問題だった。
ここは俺たちの住処だ。有瓜が暮らす場所だ。ここで殺人はできない。
だけど、このまま生かして帰せば、こいつらは「山で魔物を見つけた」と報告するだろう。それは困る。二度と騎士がやって来ないような報告をしてもらわないといけない。
……あ、そうか。何も悩むことはないじゃないか。こいつらは竜を探しに来たのだから、竜を見せてやればいいんだ。
俺は忍者を一人、手振りで呼び寄せて耳打ちする。無言で頷いた忍者は足音ひとつ立てずに動いて、洞窟内に運び込んでいた荷物の中から適当な布を持ってきてくれたので、手分けして騎士たち五名全員に目隠しをさせた上で、足の縄を解かせた。
「え……えっ!?」
「なっ、何だ!?」
「おい! これはどういうつもりだ?」
騎士たちは動揺しているが、そちらはひとまず無視して忍者たちに耳打ちの伝言ゲームで指示を伝えると、俺はそれから改めて騎士たちに告げた。
「移動する。大人しく付いてこい」
「は?」
「無理だ。暗くて歩けない!」
騎士たちは拒否の声を上げたけれど、当然無視だ。忍者たちに尻を小突かせて、無理やり歩き出させた。
最初は文句を言おうとしていた騎士たちも、すぐにそんな余裕がなくなる。歩くことに集中するのがやっとになって、ようやく静かになってくれた。
洞窟の外には有瓜や戦士たちが焼き肉をしていたけれど、先に出ていかせた忍者に言付けて、静かにしてもらっていた。
熾火を囲んで無言で焼き肉しているゴブリンたちの脇を、不安げに、でも鼻をひくひくさせながら牛歩で通り過ぎていく目隠し人間たち――自分でやらせたことながら、シュールすぎて口角が引き攣る絵面だった。
まあ、その引き攣っている唇の中で、有瓜が押し込んでくれた焼き肉をもぐもぐと咀嚼しながら森の奥へと入っていたのだから、俺自身も絵面のシュールさに一役買っていたわけだが。
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