義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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2章

41-1. 最初の贈り物 アルカ

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「大変お待たせしちゃいましたが……赤ちゃんの名前、決めました」

 わたしが夕食の席でそう発表したのは、義兄さんと木陰で語らった日から三日後のことでした。
 なぜ、あれから三日もかかったのかというと……単純に、良い名前が思いつかなかったからでした。

    ●    ●    ●

 赤ちゃんが生まれてから竜に掠われるまでの一ヶ月間に考えてきた名前候補も山ほどあったのですけど、改めて見ると全部、却下でした。
 白と黒だからとか、角が一本と二本だからとか――どの名前も赤ちゃん二人の見た目から連想される言葉を羅列しているだけのもので、名前を付けるってこういうことじゃないなぁ、と今更ながらに思いました。

「……あ、そっか」

 お腹の赤ちゃんの名前を義兄さんに付けてくださいと頼んだとき、シャーリーさんとアンちゃんがどうしてわたしに名付け親になってほしいと思ったのか、初めて理解できました。

 愛してほしいと思ったんです。
 わたしの赤ちゃんを愛してほしい。誇ってほしい。認めてほしい。喜んでほしい。その証を与えてあげてほしい――。
 「名前を付けてください」という言葉には、そういう意味が込められているんです。それが分かってしまったら、いくらでも羅列できる連想ゲームな名前に意味はなくなります。わたしにしか付けられない名前でなければ意味がないのです。
 ……どうして世の中の名前がキラキラしてしまうのか、よく分かりました。あれはお店の高級チョコじゃなく、自分なりの工夫を凝らした手作りチョコをあげたい気持ちの表れだったのですね。
 それにしても、どんな名前がいいのか……。
 ちょっと赤ちゃん二人のことを整理してみましょう。

 シャーリーさんの赤ちゃんは、黒に近いチョコレート色の肌をした、額の一本角の生えた腕白な男の子。アンちゃんの赤ちゃんは、お母さん似の色素が薄めな肌をした、二本角の泣き虫な女の子。
 太々しい男の子と、泣き虫で甘えん坊の女の子。……あれ、どちらが年上になるんでしたっけ? 二人は兄妹? それとも姉弟? 出産に立ち会ったときは気持ちに余裕がなくて、どちらが先に生まれたのか確認している余裕がありませんでした。当事者だった姉妹二人が覚えているかも怪しいです。

「でも、イメージ的には男の子のほうがお兄さんっぽいですね」

 ガキ大将なお兄ちゃんと、半べそを掻きながら後をついてまわる同い年の妹――あ、ちょっといい感じのイメージです。もう少し大きくなったら、二人はそんな感じの兄妹になるのでしょうか? それとも、意外と逆になったりするのかも? 内弁慶なお兄ちゃんがギャーギャー文句を言っても気にしないで引っ張り回す天然入ってる妹ちゃん、みたいな構図? ――ああ、それもありですねぇ。

 ……っとと。妄想に入り込んじゃうところでした。
 名前です、名前。そういったイメージを踏まえた上で、赤ちゃん二人にはどんな名前が似合うでしょうか?

「うぅん……」

 アンちゃんの赤ちゃんは白っぽくて甘えん坊だから、砂糖菓子……キャンディ、金平糖、マヨネーズ……は甘くないですね。あ、バニラアイス! いいんじゃないでしょうか。
 シャーリーさんの赤ちゃんは黒っぽくて力一杯だから、チョコレート……というか焼き菓子? ショコラ、クッキー? あ、もっとがつんとくる感じでコーヒー、エスプレッソ……あっ、胡椒! じゃあ、胡椒は英語にしてペッパーとか?
 バニラとペッパー
 ううん、有りなような無しなような……。

「……ってことは違うのかなぁ」

 良いか悪いか悩んじゃうのは、これこそはっ、と思える答えじゃないということです。ち○ぽだったらそこそこで妥協もできますけど、名前は妥協できません。もっともっと考えなくちゃいけない、ってことです。

「と言っても、どう考えたらいいのかぁ……」

 頭が空回りしすぎてオーバーヒートです。甘いものが欲しいです。
 甘いもの……やっぱりバニラ? バニラといえば、ペッパー……って、あらら?

「なんでバニラにペッパー……あっ」

 胸の奥からふと湧いてきた素朴な疑問は、声に出して言ってみたら、すぐに答えが思い出されました。
 バニラのアイスクリームに粗挽きの黒胡椒をかけて食べるのは、父さんがよくやっていた食べ方でした。父さんの父さん、つまりわたしのお祖父ちゃんがどこかの外国で覚えてきた食べ方で、父さんは子供の頃からその食べ方をしていたそうです。
 妹と二人してペッパーミルをがりがり回して、アイスの表面が真っ黒になるまで胡椒まみれにして呆れられたっけ――なんてことを懐かしそうに話していたのを聞いた記憶があります。

 父さんの妹は、つまり、わたしの生物学上の母さんのことです。
 わたしはそのひとのことを、ほとんど憶えていません。良い想い出も、悪い想い出もありません。顔は写真で見たけれど、どんな声なのかも知らないのです(聞いたら思い出すのかもしれませんけど)。
 それなのに、バニラアイスに胡椒をかけて食べるひとだった、ということだけは知っているんです。なんだか笑えちゃいます――けして悪い意味ではなく。

 ちなみに披露宴のデザートは、父さんのたっての注文でこの胡椒がけバニラアイスだったのですが、招待客の受けは半々くらいだったと記憶しています。義兄さんは残っている分まで食べるほど気に入っていたのが印象的でした。わたしは微妙だなぁと思うんですけどねぇ。

「わたし、そこは似なかったんだ……」

 父さんも生みの母さんも好きだった味を、わたしだけが微妙だと思っている。これって、顔も名前も年齢も一切知らない生物学上の父さんの遺伝だったりするのでしょうか……?

「……」

 そのことを考えると、胸がムカムカしてきます。
 生みの母さんのことを考えてもべつに嫌な気分にはならないのに、生ませた父さんのことを考えるのは嫌みたいです。わたしが女性だからなのでしょうか?

「……って、名前ですって、名前」

 考えすぎでスイッチになっている思考は、油断するとすぐ明後日のほうに飛んでいってしまいます。
 とにかく、わたしが自分で挙げていった言葉の中からアイスと胡椒に反応した理由は思い出せました。わたしから赤ちゃん二人に贈る名前として相応しいルーツだと思います。でも……

「バニラはいいとして、ペッパーは……うーん?」

 この世界の名前として、ペッパーの響きはどうなのでしょう? 男の子の名前としておかしくないでしょうか? ペッパー、ペッパ、ぺぺ……名前というか愛称じゃないです、これ? あんまり気にしないで、素直にペッパーで決めちゃえばいいのかなぁ……?
 黒胡椒ってイメージは、シャーリーさんの赤ちゃんにぴったりだと思うんですよね。なんとか、しっくり来る響きにならないもので……

「……って、そういう話じゃないって話でしたよねっ」

 イメージに当て嵌めようとするんじゃなくて、これこそはっ、という名前を考えるのだ――っていう話だったじゃないですか。

「イメージに引っ張られた……ううぅ!」

 頭をぶんぶん振って、拘りを振り捨てました。べつに胡椒に拘る必要も、胡椒とアイスのセットで命名する必要もないのです。というか、胡椒がけアイスから名前を引っ張ってるのが決定したわけでもないのですから。

「でも……」

 あの胡椒アイスは、いいと思ったんです。……なぜ?

「あ……そっか」

 胡椒をかけたバニラアイスは、わたしが知っているたったひとつの、生みの母さんの好物で、父さんの好物でもあって、小さい頃の父さんと生みの母さんが二人一緒に食べた想い出のあるもので、きっとそのとき、母さんは笑っていて――ああ、そっか。
 父さんはだから、披露宴のデザートに出したんだ。わたしと義兄さんが一緒に食べるところを見たかったんだ。

「あ……」

 そのとき、脳裏にその光景が浮かびました。

 中高生くらいの少年と少女が、黒い胡椒のかかった白いバニラアイスを並んで食べてる光景です。
 少年のほうは本当に美味しそうに食べていて、少女のほうはそれを横目に見て苦笑しながら食べています。
 少年がふいに少女を見て、「な、美味いだろ」と得意げに言いました。
 少女が苦笑したまま「そうだね。まあ、悪くないね」なんて答えると、少年は満足そうに「だろ、美味いだろ」って。
 少女は苦笑しながら思うわけです。少年はきっと両親や友達に「妹もこの食べ方を美味いと言っていたぞ」と言ってまわるんだろうなぁ、仕方ないお兄ちゃんだなぁ、と。
 でも、止めないんです。
 だって、そう勘違いしてくれれば、他にこの食べ方に付き合ってくれるひとのいない兄は、また自分を誘ってくれると思うから。

「……こんなの、ただの想像……でも、きっと……」

 生みの母さんは本当に胡椒アイスが好きだったのかもしれません。こんなのはわたしのつまらない妄想なのかもしれません。でも、そうだったら分かるなぁ、と思ってしまったんです。
 十年以上、何の気持ちも持ったことがなかったに、生まれて初めて興味を持ちました。
 あのひとは本当にバニラアイスの胡椒がけが好きだったのか、それとも父さんに合わせていただけなのか――ああ、答え合わせがしたいです。
 好きなものが知りたいです。いまのわたしたちくらいの頃の父さんと、どんな話をしていたのか聞きたいです。わたしがこんなにエッチなのが遺伝なのか教えてほしいです。いまどうしているのか知りたいです。どうしてわたしは何も知らないのか、どうしてわたしは置いていかれたのか、どうして――どうして、わたしのことが嫌いになったのか、教えてほしいです……。

「あ……あぁ……もっ、最近こんなばっか……キャラじゃない、のに……っ」

 これまでずっと、のことで泣いたことなんてなかったのに、どうしていまになって、こんな……馬鹿みたいに、鼻がずびずび鳴って、止まんないことに……ああ、もう……!

 涙が引っ込んでくれるまで、自分でも驚くほど時間がかかってしまいました。泣きすぎでまで出てきて、えぐえぐひっぐひっぐ、と酷い声を上げながら顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしちゃいました。
 こんなの全然、わたしじゃないです。
 でも……しゃっくりのしすぎでお腹が筋肉痛になるまで泣いた後は、台風の翌日の空みたいに、気持ちがすっきり晴れ渡っていました。大掃除で見えないところに溜まっていた水垢を根刮ぎにした後のお風呂場みたいな気分です。この例え、誰かに伝わりますかね?

 そして、わたしが赤ちゃん二人に贈りたい名前が何なのかが、やっと分かりました。
 すっきりした胸の真ん中に、それはすとんと収まって、ああこれだ、これこそだ。わたしはわたしに、これを思い出して欲しかったんですね――と、心の底からそう思える名前でした。
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