義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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2章

40-1. 兄妹 アルカ

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 朝の水浴びを終えたわたしは、すぐに洞窟前まで戻りました。
 昨日の今日でまたドラゴンが掠いに来るとは思わないのですけど、護衛のゴブさんたちが空を睨みっぱなしで首を痛めてしまいそうなので、さっさと戻ることにしました。
 ……本当は独りになりたいんですけど。
 でも、それを言っても「護衛させてください。お願いですから」って拝み倒されることになるのは分かってますから、言いませんけど。

 洞窟前に戻ったら、義兄さんに声をかけられました。

「有瓜、ちょっといいか」
「……はい」

 一瞬、駄目です、って言ったら情けない顔を見せてくれるかなぁと思いましたけど、義兄さんはそういう冗談で笑ってくれそうな顔をしていなかったので普通に答えました。

「じゃあ、こっちで」

 義兄さんがわたしを森の中へと促します。
 護衛の二人も付いてこようとしたのですけど、義兄さんは遠慮するように頼みました。護衛の二人は渋っていましたが、わたしからも「森の中なら、あのドラゴンに見つかることもないでしょうし」と助け船を出したら納得してくれました。


 洞窟前から切り株だらけの広場を抜けて、生い茂る木々の陰まで行きました。ちょうど横倒しになった倒木があったので、そこに二人で並んで腰掛けました。ここなら、上空から見下ろされても見つからないでしょう。まあ、ドラゴンがまた来るとは思っていないんですけど。

「……わざわざ二人きりになってまで、なんのお話ですか?」

 義兄さんから誘ったくせになかなか話を切り出さないので、わたしのほうから水を向けてあげました。
 それでやっと踏ん切りがついたみたいで、義兄さんが口を開きました。

「ん……いや、な。ほら、俺……兄だし、さ」
「そうですね。義兄さんは義兄さんですね」
「……でも、最初は俺のほうが弟って言われてただろ。俺のほうが誕生日、少し遅いから」
「ああ、そんな時期もありましたっけねぇ」

 義兄さんに言われて昔のことを思い出すと、少し寂しくなります。
 日本からここに飛ばされて、もう少しで一年になります。早いようで短い一年でした。
 ……一年間、帰るための努力ってほぼ何もしていなかったんですよね。
 もっとも、洞窟奥の祭壇を調べる以上の努力をしようと思ったら生活基盤を固めないといけないわけで、一年間をそのために費やしたのも仕方のないことだ――というのは全部、義兄さんの受け売りなわけですけど。

「有瓜……確かにおまえは、俺よりも大人かもしれない」

 物思いに耽っていたわたしの耳に、義兄さんの声が入ってきます。言葉を選び選びしながら話しているのでしょう、ぽつりぽつりと搾り出すような口振りです。

「俺より大人かもしれない。でも、俺は弟は嫌だったんだ。兄が良かったんだ。だって……」
「……だって?」

 言い淀んでしまった義兄さんに、待ちきれなくて催促してしまいました。それじゃかえって話しづらくなるかなと思ったけれど、義兄さんはぽつぽつと話し始めてくれました。

「だって……兄のほうが弟より格好いいから……」
「……なんですか、その理由」

 焦らされた分だけ、なおのこと拍子抜けでした。いやまあ、義兄さんっぽい理由と言えばそうなんですけど!

「兄のほうが頼りになりそうだろ」
「頼れる男になりたかったんですか」
「違う」

 断固とした口調で否定されて少し驚くわたしの目を見て、

「頼れる兄になりたかったんだ」

 ……わたしを見つめる義兄さんの眼差しは、その言葉以上に真っ直ぐでした。

「近所のレストランでやった披露宴の最後、父さんと母さんがキスしているのを見たとき……有瓜、おまえは辛そうな顔をした」
「……憶えてませんよ、そんな昔のこと」
「嘘吐け。憶えてるくせに――ああ、いや。べつに本当に忘れていてもいいんだ。結局、突き詰めて言ってしまえば、おまえが憶えてるとか憶えてないとか、あのとき本当は何を思っていたのかとか、全部どうでもいいんだ。ただ、あのとき俺が思ったんだ。こいつはきっと今日まで父さんの一番だったけれど、これからは二番なんだ。だったら、今日からは俺の一番だ――って」
「……」

 ……無言で見つめることしかできませんでした。
 義兄さんの顔は見る見るうちに真っ赤になっていきます。そんなに恥ずかしくなるなら言わなければ……あ、駄目。言われないのは嫌です。言ってもらえて、わたし、喜んでる。
 子宮じゃなくて胸にギュッとくる、この感じ……ちょっと困る。

「はっ……」

 深呼吸して、速まる鼓動と呼吸を抑えます。大丈夫、変な顔はしていないはずです。

「そ、そんな恥ずかしいこと、よく大真面目に言えますね。ちょっと姉妹の味比べしたからってイケメン気取りです? っていうか、それ……こ、告白みたいなじゃっすか」

 あ、噛んじゃいました……。
 こういうのはさらっと言わないと、冗談っぽく聞こえてくれません。敢えて緊張しているふうを装ってをすることもありますけど、そういうつもりじゃないときに噛むのはありえないです。
 ……ああほら、義兄さんが再び顔を真っ赤にしちゃいましたよ。

「なっ、ば――そういうつもりじゃない。あくまでも家族として、兄としての話だ!」
「あ……兄として、ですか」

 そうですか……って、あれ? わたし、いま残念だって思いました?
 いえ、そういうんじゃないです。違います。いまのは、ほっとしたんです。

「ず、随分と重たい家族愛ですね」
「いいんだよ。兄ってそういうもんなんだから」

 なぜか大きく聞こえる自分の鼓動を誤魔化すつもりで笑い飛ばしたら、大真面目な顔で言い返されました。

「ふぅん……それ、義兄さんの好きな小説では、ですよね」
「その通りだ。俺が読んできたラノベでは、兄はだいたい妹の味方だ。それに、妹が作り笑いしてたら絶対に放っておかない」

 そう言われた瞬間、どきっとして、冗談混じりに言い返すことができませんでした。

「……わたし、作り笑いしてました?」

 胸の内から思わずぽろっと零れた問いかけに、義兄さんははっきりと頷きます。

「してた。あのときの――披露宴の最後に見たのと同じ、泣きそうな顔してた。というか、いまもしてるぞ」
「え……」

 反射的に頬を押さえた自分の行動で、わたしは自分がいまそういう顔をしているのだと自覚させられました。
 泣きそう? なんで? 誰が? わたしが? なんで?
 ――頭の中がぐるぐるします。そもそも、泣きそうになる理由なんてありません。無いはずです。だって、悲しいことなんて何も起きてませんし。あのときだって、父さんが幸せそうで良かったな、としか思っていませんでしたし。

 ……本当に?

「義兄さん」
「なんだ?」
「わたし……父さんの本当の子供じゃないんです」
「……」

 自分でもどうして突然こんな話を、いまになって切り出したのか分かりません。だけど、口は意思とは関係なしに、勝手に話を始めるのです。
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