義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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2章

30-1. 姐さんのいない夜  シャーリー

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 このあたいが身籠もるなんて、なんの冗談だ――。

 腹が膨らみ始めて食欲が出なくなったことで、あたいとアンは妊娠していることが明らかになった。でも発覚して間もなくの頃は、なんだか他人事だった。
 だって、このあたいが妊娠だぜ? 母になるっていうんだぜ?

 あたいとアンの両親は数年前に揃って亡くなっている。父が猟の最中に誤って危険地帯に入ってしまい、帰らぬ人となった。一緒に猟をしていた仲間からそのことを聞かされた母は衝撃を受けて寝込み、あれよあれよと食を細らせ、痩せ衰えて、冬に入って間もなく息を引き取った。
 父が亡くなり、母が伏せってからは、あたいが父に代わって母とアンを養ってきた。……と言えるほど、まともな猟が出来るようになったのは、母が逝った後のことだ。
 父に駄々を捏ねて猟に連れて行ってもらったことも何度かあったし、両親に隠れてこっそり弓の練習もしていた。罠の張り方も男友達から教わっていたから、父を説得できたらいつでも猟師としてやっていけるつもりでいた。
 猟師になったつもりで森に入り始めて三日で、積み重ねてきたつもりになっていた自信は粉々に砕かれた。
 初日は、弓矢は木にしか当たらないし、獲物にはすぐ気づかれて逃げられるし、朝に仕掛けていた罠は餌だけ取られているし……で、散々だった。

「父さんだって仲間と狩ってたんだ。あたいも仲間を入れればいいんだ」

 そう思い立って、男友達を強引に誘って森に入ったのが猟師になったつもり三日目のことで、そこで男友達の技量を見せつけられたことが止めになって、あたいの自信は砕け散ったというわけだった。
 でも、あたいはそこで挫けたりしなかった。恥を忍んで男友達に頭を下げ、猟師のイロハを一から教えてもらった。あいつには、あたいのためにかなりの時間を割かせてしまった。おかげで、母が亡くなってからも、どうにかアンを食わせていくことができた。
 このままなら、アンがどこかに嫁入りするまでは養っていける。あたいの人生は、それから考えよう。結婚はたぶん手遅れになるだろうけど、幸いなことに自分一人を食わせていくだけなら余裕だし、一生独身でもまあ気楽でいいだろうさ――。
 ……なんて思っていたある日、森へ薪や木の実を取りに行ったアンが翌日になっても帰ってこなくて、泣きそうな気持ちで森へ入ったらロイドに会って……あたいとアンの人生設計は一変した。

 こんな人生、予定になかった。まさかゴブリンの嫁になるだなんて。

 ……まあ、というのは一番上等な言葉を使ってみた場合の言い方であって、もう少し実際的な言い方をすると、くらいだと思っている。
 ゴブリンたちは、あたいたち姉妹を大事にしてくれている。そりゃ、ヤることはがっつりヤるし、ものがデカかったり鉤針みたいだったりで、一日山を駆けずりまわるのとどっちがマシか分からないくらいの重労働になっているけれど、怪我させられることは滅多にない。たまに床ずれができたりすると、かえってこちらが申し訳なくなるくらいの勢いで謝られたり、軟膏を塗られたりする。
 あたいらはとても大事にされている。ただし、あくまでもという意味で、だ。人間が奴隷を大事にするのと同じ話だ。

 ああ――そっか。最初からこう言えばよかったのか。あたいとアンの現状はゴブリンたちの奴隷です、って。

 ……いや、うわぁ……こう言うと、もの凄く悲惨な身の上に聞こえるぜ……。
 だけど実際は、村で猟師をしていた頃よりずっと安定しているし、ずっと美味しいものを食べさせてもらっている。それに、最初の頃は酸欠になりかけるほど苦しかったも、姐さんにコツを教わったりして慣れてくるうちに、だんだんと気持ち良さが分かるようにもなってきていたし……まあ、あたいも良いご身分になったもんさね、なんて思う。
 猟師より奴隷のほうが良い身分だっていうのが笑いどころだ。

 ……って、こんな至れり尽くせりの境遇にいる女が「あたいは奴隷だ」なんて曰っていることのほうが笑えるってものか。奴隷らしいことなんてくらいだし。それだって、懐妊が判明したいまは休業中だし。
 そう――たったひとつのが休業中なのだ。あたいもアンも、生まれてこの方初めてってくらいに暇なのだ。
 やることがない。身体を動かしたいのに、動こうとすると、ゴブリンたちにとっても困った顔をされてしまう。ああ、ゴブリンの顔色を読めるようになったのも、昔のあたいが予想もしていなかった変化のひとつだ。

 ともかく――姐さんやロイドも困った顔をするものだから、結局日がなだらだら過ごすことになってしまう。

「妊婦にストレスは大敵だから」

 とロイドが口を酸っぱくして言うので、渋々だらけているけれど、動かないのは苛々する。ストレスというのは、この苛々のことを言うらしい。ってことは、動かないで苛々を溜めている現状は本末転倒なんじゃないのか?

「――つまり、ロイドにはあたいのストレスを発散させる義務があるってこった……!」

 結論を声に出してみたら、その正しさに身震いがした。

「……って!」

 あたいは慌てて口を閉じた。
 いまは夜更けで、ここは洞窟内に張られたテントの中。隣にはアンが寝ているのだ。こんな時間に起こしたら悪い。

「……って、いねぇ?」

 あたいの隣の寝床は空になっていた。
 敷いてある毛皮に手を触れてみても、体温は残っていない。アンはあたいが眠りから覚めかけて夢半分、寝惚け半分になるより前から寝床を抜け出していたようだ。

「アン……どこに行ったんだ……?」

 用足しに行ったにしては帰りが遅すぎる。ゴブリンたちに呼ばれたのだろうか? ――いや、それはない。あたいたちのは、アルカの姐さんが決めたことだ。ゴブリンたちがその決定を破るはずがない。でも、だったらアンはどこに?

「どうせ何もねぇと思うんだけど……」

 どうしても、去年の夏、森に入ったアンが戻ってこなかった日のことを思い出してしまう。こんなのは思い過ごしだと頭で分かっていても、心臓がギリギリする。

「……よし」

 あたいは少し重たく感じるお腹に気遣いながら起き上がると、テントを出た。
 あたいたち姉妹の寝室になっているテントは、洞窟の入り口すぐそばに張られている。出入りの邪魔になっているけれど、冬場は冷たい風が流れ込むのを防ぐのに役立てられていた。まあその分、テント内は冷やされていたのだけど、それでもとくに問題がなかった理由は、テントの中で汗を掻くようなことに励んでいたからだ。大柄な身体に抱っこされて眠る冬の夜というのは、いやらしいのとは別の意味で恥ずかしくなって、止められなくなるものだった。
 あたいがこんな夜更けに目覚めてしまったのも、あの恥ずかしさが恋しくなってしまったからなのかもしれねぇ……って、あたいはそこまで乙女じゃねぇや。……ねぇはずだ。

「んんっ」

 恥ずかしい思考を咳払いで吹き飛ばすと、洞窟の奥を見やって耳を澄ます。灯りの落ちた真っ暗な中で目を凝らしても意味がないので、目は瞑っている。

「……」

 物音はしない。今日は姐さんが村に行っているので、喘ぎ声ひとつ聞こえない。つまり最初に思った通り、アンも洞窟の奥でゴブリンたちといるわけではないということだ。

「とすると、外か」

 反対側へ顔を向ければ、すぐそこにある出入り口の穴から月明かりが差し込んでいる。外に出て空を見上げると、満月ではないけれど楕円形の大きな月が浮かんでいた。
 もう春だとはいえ、夜は肌寒い。毛皮を羽織ってきてよかった。でも、上着が必要な寒さの野外にアンはいるのか? やっぱり洞窟の奥にいて、ゴブリンを抱き枕にして寝ているんじゃねぇだろうか――。
 ――そんなことを思いながら洞窟の入り口に佇んでいたら、すぐ近くから湿り気を帯びた物音が聞こえてきているのに気がついた。

「え――ッ」

 あたいは咄嗟に口元を手で押さえて、上げかけた悲鳴を呑み込んだ。
 湿った音がしたほうにいたのは、アンだった。
 地べたに跪いて、少し腰を引いて立っているロイドの股間に顔を埋めているアンの姿だった。

「あ……」

 呆気に取られている頭の片隅で、なるほど、と理解している自分がいた。
 アンもストレス溜まってたんだなぁ、って。
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