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3-2.

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 庭先に立ったクダンとカガチの二人を、昼前の太陽が照らす。
 季節はそろそろ冬から春へと名前を変えようかという頃で、肌寒さも程よい程度だ。

「では、これからおまえに、【魔人】としての正しい魔力の使い方を教える」
「……っはい!」

 カガチはクダンの言葉に、気合いたっぷりの顔で返事した。
 ちなみにカガチは、クダンのシャツとパンツを借りている。華奢な少女には大きすぎるシャツだけでも太ももの半分くらいまでは隠せたけれど、下着がない状況でスカートもズボンも穿かないというのは、クダンのほうが無理だった。べつに、自分をこっぴどく振ってくれた高貴なる美少女エグランティーヌよりも幼い子を相手に欲情するからというわけではない。いや、それほど幼い相手だからこそ、きちんとした服装をさせるべきだと思っただけだ。

 ともかく――カガチはぶかぶかシャツの他に、裾を何重にも折り返して魔術で接着させたズボンを着用していた。なお、ズボンの腰には、木の皮を裂いて作った紐をしっかりと巻いて、ベルト代わりにしている。
 カガチの正面に立つクダンも、当然ながらカガチと同様の服装だから、二人は親子に見えなくもなかった。
 なお、クダンは包帯を巻いたりしないで素顔を晒していたのだが、カガチはそのことを全く気にしていなかった。というより、気にすべきことだと思ってもいない様子だった。
 自分の顔に全くの無反応を返されるという初めての経験にいささか戸惑いつつも、クダンはカガチに向けて問いかける。

「まずは……カガチ、おまえは自分の中に、これまでなかった感覚が走っているのが分かるか?」
「……たっ、ぶん」

 頷いたカガチに、クダンは「じゃあ」と続ける。

「それと同じ感覚が、自分の外側にも走っているのは?」
「……?」

 言われたことの意味が分からない、という顔だった。
 クダンは腕組みをする。

「なるほど。やはり現状は【魔人】止まりか。訓練したら【魔術師】になるのかどうか……ふむ」

 十数秒ほどそうして考え込んでいたクダンだったが、

「どのみち基本は変わらねぇや。カガチ、余計なことは考えないで、まずは体内の魔力操作を完璧にするぞ」

 余計なことを考えたのはクダン自身なのだけど、それを棚に上げて宣言する。

「はっ……はい!」

 カガチは真剣な顔で、ぎゅっと拳を握った。

 ただの人間と【魔人】【魔術師】の違いは、【魔臓】と呼ばれる魔力に干渉できる臓器を具えているかどうかだ。
 魔臓がなければ、魔力を感じることも操作することもできないただの人間。魔臓があるけれど体内の魔力を外部に放射することができないのが魔人、できるのが魔術師になる。
 魔人と魔術師の間に生物的な差違はない、とされている。実際、両者を腑分けして調べた研究者がいたけれど、どれだけ腹を開いても、魔術師を魔術師たらしめる器官を発見することはできなかったと記録されている。
 その研究成果が示すのは、「魔力を感じる者が魔術師か魔人なのかは、魔術師の訓練してみなければ分からない」だ。
 言い方を変えるなら、「魔術師の訓練をして魔術師に成れたら魔術師。成れなかったら魔人」、あるいは「魔力を感じられるけれど魔術師に成れなかったら魔人」ということだった。

「――というわけではあるが、魔術師も魔人も基本は変わらん。体内の魔力を自由自在に操ることだ」
「はっ、はい!」
「……」

 クダンは言葉を切って、カガチを見つめる。
 カガチは真剣な顔だけど……たぶん、理解が追いついていない。目がぐるぐるしている。たぶん、とにかく魔力をどうにかすればいい、くらいの理解しかしていないだろう。

「……まあ、分かっていてもいなくてもいいか」

 クダンは小声で独りごちると、顔つきだけは真剣にしているカガチに、具体的な訓練のやり方を教えにかかった。

「カガチ、おまえは三日前まで魔力のない、ただの人間だった。だから、普通の魔人なら慣れていて当然の、“魔力を視る”って感覚に理解が追いついていない。意識しないと呼吸できないような状態だ――ってことで、まずは無意識でも自分の体内魔力を感じ取れるようになるまで、ひたすら瞑想だ」
「はっ……い!」

 クダンがその場で座禅を組むと、カガチも一拍遅れでそれに倣う。

「ゆっくり大きく呼吸しろ。自分の呼吸の音を聞け。血が流れている音を聞け。筋肉の動きにも耳を澄ませ――そうやって意識を内へ内へと向けていけ」
「はいっ」
「――と返事が出来ているうちは、意識が外に残っている証拠だ。もっと集中するように」
「は――……」

 カガチは反射的に言いかけた返事を呑み込んだ。クダンもそれ以上は喋らず、黙って瞑想した。
 冬の終わりの昼前の、ふわりゆらりと揺らめく風が、静かに二人を撫でていく。
 小川のせせらぎ、梢のさざめき。小鳥が囀り、野花は香る。森の匂いは静謐で、ここは魔獣の巣窟【混沌の森】――そんなことさえ忘れてしまう。

「……」

 だが、クダンの五感は森を無視する。すべての感覚器が自己の内へと照準されて、深い深い集中の中、数多感じる流れの中から、魔力の流れるその音だけを選び出す。その音だけを思考する。そうして次に、その音を奏でて音楽を生む。それがということであり、その音楽を外に響かせることがという――

「――ぐごっ」

 唐突な奇声が、クダンの瞑想を断ち切った。
 目を開けたクダンが見たのは、座禅を組んだまま前傾姿勢で居眠りしているカガチの姿だった。聞こえた奇声はカガチの鼾の音だった。

「……」

 無言で立ち上がるクダン。ゆっくりと振り上げられた右拳が、カガチの頭にごちんと落ちた。


「うっ……あ、ぅ……ご、め、な……しゃい……」

 五分後、涙目で謝るカガチがそこにいた。

「まあ、病み上がりだからな。俺もちょいとやりすぎた」

 クダンも少し反省していた。
 カガチがいくら元気そうに見えても、瀕死の重傷から回復して、まだ二日しか経っていないのだ。それにそもそも、体内に魔物を取り込むという理外の方法を使ったのだ。もっと気遣ってやっても罰は当たるまい。いや、気遣わなければ罰が当たろう。

 ――そんなふうに反省していたクダンだったが、カガチのほうが首を横に振って、謝罪の必要はないと意思表示した。

「わっ、たし……で、弟子だっ、から……悪かっ、たら、たっ、叩いて……欲っ、しぃですっ」

 涙目だったが、涙は目の縁でぎりぎり踏み止まっている。潤んだ瞳が真摯な色でクダンを見ている。
 居眠りした後でそんな真面目な顔をされても――なんて茶化したくなる自分をどうにか思考の隅へと押しやって、

「……泣いたら二度と叩かん」

 クダンはしかつめらしく、カガチに告げた。

「あ……はい! もっ……泣っ、かない!」

 カガチは手の甲でぐしっと目元を拭うと、力強く、そして嬉しげに答えた。
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