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1. 不細工賢者の憂鬱

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「生理的に無理! あの方と結婚しなくてはならないくらいな、わたくしは死にます。何度でも!」

 美姫エグランティーヌの発した悲痛な叫びは、賢者の胸を完膚なきまでに抉り抜いた。


 賢者は単身で、生きた災厄【ストームブリンガー】を打倒し、それをもって【賢者】の称号を王家から賜った。そしてさらには、第二王女エグランティーヌとの結婚を許された。
 第二王女エグランティーヌは不世出の美姫と謳われた、王国の至宝だ。国内外から求婚者が後を絶たないと言われていたが、それが【賢者】の称号と同時に叙勲されたとはいえ、生まれも育ちも平民の男と結婚することになるとは、青天の霹靂も真っ青な驚天動地の出来事だ。

 だが、人々は納得した。
 生命と文明の天敵、終末の獣【ストームブリンガー】は賢者が戦う前、既に別の国を滅ぼしていた。山々に囲まれた小国ながら魔術において他の追随を許さなかったその国を、はたった七日で滅ぼしていた。
 そのような超国家規模の魔物を討ったというのは、天地がひっくり返るはずだったのを阻止したということだ。そのような奇跡を為し得た者にはあらゆる名誉が与えられ、いかなる褒美も望むままとなる――それで当然だと、人々は納得していた。
 唯一、納得しなかった人物。それが、賢者と結婚する当事者である美姫エグランティーヌその人だったというわけだ。

「だって無理よ! あの顔、人間じゃないわ! あの方と結婚するくらないら、ゴブリンと結婚したほうがましよ!」

 自室で毒薬を呷ったエグランティーヌは、あと一歩遅かったら意識が戻らなかったかもしれない状態から脱して間もなく、至宝と謳われるその美貌を嫌悪と悲痛に歪めて、明け透けな言葉で我が身を嘆いた。
 その叫びは医師や侍女たちの眉を顰めさせたが、彼ら彼女らがそうして渋い顔をしたのは、エグランティーヌ姫の悪し様な口振りを咎めるためではない。少なからず、姫の言葉に納得し、姫の立場に同情したからだった。
 その賢者は、エグランティーヌと倍ほど歳の離れた三十過ぎで、そして――絶世の不細工だった。

    ●    ●    ●

「――!」

 クダンは全身汗びっしょりで跳ね起きた。

「夢、か……どうしてこう、何度も夢に見るのかね……」

 自分が今日もまた、あの日のことを夢に見て目を覚ましたのだと自覚して、クダンは自嘲した。
 彼がいるのは、木造の小屋だ。掘っ立て小屋とは呼べないほどしっかりした造りだが、四角い部屋を壁と天井で囲っただけで、家というより倉庫というほうがしっくりくる。部屋の中央には囲炉裏が設置されているが、それなりに広いこの部屋を囲炉裏の火だけで暖めることはできないだろう。
 気候の温暖なこの辺りでは、晩冬の今時分に暖房がなくとも凍死することはないけれど、火がなければぐっすり寝ていられないくらいには寒くなる。
 それでも平気で――悪夢を見たのは別として――寝ていられたのは、クダンがかつて【賢者】の称号を賜ったほどの魔術師だからだ。
 温まった空気を一定箇所に滞留させる魔術を、術者が寝ていても規定の時間中ずっと維持されるような仕組みを組み込んで発動させることくらい、造作もないのだ。そう、【賢者】ならね。

「でも、ふられたけどな」

 史上屈指の大魔術師を意味する【賢者】の肩書きも、その肩書きを許されるに足る才覚も、美貌も名声も生まれたときから持ち合わせて何不自由なく暮らしてきた王女には、なんら魅力的に映らなかった。彼女が求めたのはただ一点、物語に出てくる王子様、だった。
 すなわち――白馬の似合う中性的な美貌の、だけど長身で、細身なのに脱ぐと筋肉がしっかりついていて、無駄毛なんかは当然生えていなくて、香水を付けているわけでもないのにそこはかとなく良い香りがして、笑うとどこからか爽やかな風が吹いてくるような王子こそが、美姫エグランティーヌが考える結婚相手の最低条件なのだった。
 クダンはその理想から、およそ考え得るかぎり最大限に距離を取ったところに存在する男だった。
 エグランティーヌと倍ほども離れている三十路半ばという年齢や、炭を塗りつけたような真っ黒な髪と虹彩は、彼女の求める王子様像とはかけ離れていた。庶民ゆえの品位に欠ける身形や立ち振る舞いも、それに拍車を掛けていた。
 でも、それらの細々とした欠点は、【不細工】という最大の欠点に比べれば、じつに些細なことだった。
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