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本編

愚かな伯爵夫人と令嬢の裁きの刻・後

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※断罪の回となる為、残酷な描写などがあります。苦手な方はご注意下さい。




* * * * * * * * * *


上質な黒塗りの馬車から、一人の壮年の貴人が降り立ち、皇帝アレクシスの傍らへと並び立つ。その纏う高貴さもさながら、かなりの威圧感が漂う。

伯爵夫人エミリア母娘おやこじ伏せる近衛騎士エヴァンもすぐさま腰を折り、深く敬意を現す。

「国王陛下、お持ち致しておりました」

皇帝アレクシスさえも腰を折れば、それを片手で制止する壮年の貴人が告げる。

「皇帝陛下……どうか、それはご遠慮願いたい。国王と云えども小国。大国の偉大な皇帝陛下には及びますまい。私の方こそ、敬意を払うのが当然と心得る」

思わず、双方の顔には笑みが浮かぶ。

「それならば互いに、もはや無礼講ぶれいこうと致しましょう……なにせ、ブレイディ王国の英明なるレナルド国王陛下は、我が后セレーナの義父ちちに当たる御方です。それに加え、慈悲深きアラナ王妃殿下はセレーナのご生母。国王陛下夫妻はすでに家族も同然です」

しかと明言する皇帝アレクシスの言葉は、その場にいるに聞かせるかの様に告げられる。

当然。

(あの卑しいアラナが王妃だと……そんな馬鹿な?! 死んだはずではなかったのか?!)

伯爵夫人エミリアは地面へとじ伏せられながらも、その指先が苛立たしげに地面を引っ掻く。

(王妃だと……何故なぜ! あのアラナが……!)

突如、パァンッ!! と国王レナルドが伯爵夫人エミリアの頬を鞭打てば、勢い余り、傍らに這う令嬢フラヴィアの頬をもかすめる。そのせいで痛みに呻く令嬢フラヴィア。

不敵に口角を上げる国王レナルド。故意にそうしたのは明らか。

「……うっ、ううっ!!」

痛みに震える伯爵夫人エミリア母娘おやこ

「貴様らは……やはり目に余る」

「ううっ……!!」

更に呻き声を上げる伯爵夫人エミリアの頬がぱっくりと見事に切り裂かれ、途端に鮮血が溢れ出す。

「傲慢なその顔が目障めざわわりだ……それにしても、新しく作らせたこの鞭は実に良い仕事をする」

手に持つ鞭を見遣る国王レナルドがほくそ笑む。

よく見れば、鞭の先端付近には鋭利な刃先が幾つも仕込まれている。明らかに拷問道具として用いられる代物。

その様子に微笑を浮かべる皇帝アレクシス。

国王レナルドが静かに告げる。

「これが悪名高い伯爵夫人か? 私の宝ともする王妃アラナを蔑み、その愛娘セレーナまでおとしめるとは、まさしく聞くに堪えない傲慢な女だ。たかが伯爵夫人の分際で、ブラッド王国の王女ともするアラナを蔑む貴様はいったい何様のつもりだ?」

冷たく言い放つ。

「しかも輿入れの為の支度金にまで手を付け、自らの豪華な衣装も買い漁る強欲さ。知らないのか? 貴様がした金品強奪行為はまさに横領だ」

国王レナルドが言い放てば、また新たな馬車が一台到着する。そして、一人の往年の身なりの良い柔和な紳士が降り立つ。

二人の両陛下の身前で深く腰を折り敬意を現す。

「我が国の偉大な皇帝陛下の拝謁でき、光栄にございます。並びにブレイディ王国の国王陛下にまで拝謁できるとは、まさしく光栄の極みにございます。不肖な私には身に余る栄誉ながら、の度はお呼び頂きありがとうございます」

こうべを上げられるが良い。礼を言うのは此方こちらの方だ。貴殿には……わざわざ辺境の地から此処ここまで足を運んで頂き感謝する」

皇帝アレクシスが告げる。

「畏れ多い事です」

優しげな笑みで応えるこの往年の紳士こそ、伯爵家の援助と引き換えに、若い花嫁を所望した辺境の田舎貴族。

辺境の田舎貴族とたかくくっていた伯爵夫人エミリア母娘おやこ。実際の彼は往年ながらも見目も良く、洗練された物腰をしている。

伯爵夫人エミリア母娘おやこを一瞥する往年の田舎貴族が言葉を発する。

「それにしても……まさか花嫁まで取り替えられ、輿入れの為に用意した支度金までもが伯爵夫人に窃取されていたとは……いやはや驚きました」

壮年の田舎貴族は、呆れたように伯爵夫人エミリアを見る。

「貴殿は如何いかがしたい?」

「どちらにしろ……花嫁は頂いていけるという事で、私からは特に申し上げたい旨はございません。伯爵夫人の処断は皇帝陛下に一任致します。私には残してきた病弱な最愛の妻のこともありますので、急ぎ帰路に着きたいと思います。皇帝陛下……畏れ多くもお許し頂けるのであれば、最早もはやこの場を辞してもよろしいでしょうか?」

「問題ない。花嫁を連れ、急ぎ発れるが良い……ただ火傷やけどの傷といい、少々薄汚れてはいるが構わないか?」

「もちろんです、皇帝陛下。どうせ汚れるのです。痛みに強い娘なら尚のこと躾甲斐しつけがいがあります。この度は私のような田舎者に、わざわざお声をかけて頂き、そのご配慮に感謝申し上げます。それでは御前失礼致します」

深々とこうべを垂れる往年の田舎貴族。

二頭立ての馬車へと乗り込むついでに、御者にしては屈強そうな男へと命令する。

「さぁ、今すぐ運んでおくれ……!

無言で頷く御者は、地面へと這いつくばる令嬢フラヴィアを持ち上げる。

「ううっ!!」

突然の事に驚く令嬢フラヴィア。

まさか、自分が花嫁として辺境の田舎貴族に嫁ぐ事になるとは思わず。しかし、その一方では、この断罪の場からのがれられるのであれば、「それも良いか……」と思う浅はかな令嬢フラヴィアがいる。

(ふんっ、面倒な皇后なんかは、やはりセレーナの方が向いているわ。私は自由に贅沢に暮らせれば、それに甘んじる事にする。それに美しい私を望む彼なら、きっと贅沢をさせてくれるに違いないわ……ふふっ)

すす火傷やけどに塗れながらも、それでも富への執着や虚栄心が勝る令嬢フラヴィアは、やはり懲りてはいない。

田舎貴族と云いながらも見目も良く、潤沢な財産で贅沢もさせてくれそうだとも考える令嬢フラヴィアは、かなり浅ましい。

自分本位で自己愛が強い伯爵夫人エミリア母娘おやこ

自分が助かるなら……と、あっさりと母エミリアを見捨てる娘フラヴィアは、すでに御者に担がれ、拘束されたまま馬車内へと消える。

そして、もはや颯爽と走り去る田舎貴族の馬車。

その先に「何が」待ち受けているかなど、この時の令嬢フラヴィアには分かるはずもない。




* * * * * * * * * *


折しも、辺境へと向かう帰路への馬車内で拘束されたまま床へと転がされ、粗雑に扱われる令嬢フラヴィアがいる。

(どうして! どうして拘束を解いてくれないの……!」

ジタバタともがく令嬢フラヴィア。

「これはこれは躾甲斐しつけがいがありそうだ。やはり若い娘は活きが良い。実に頼もしい……!」

嬉々として告げる往年の田舎貴族。

「良い子にしていなさい」

そう告げるなり、令嬢フラヴィアへと鞭を打つ。

「うぐぅ……」

呻く令嬢フラヴィア。

贅沢な暮らしを夢見ていた令嬢フラヴィアの顔が一気に青褪め、柔和な田舎貴族の隠された裏の顔に恐怖する。

安穏な日々が待ち受けているどころか、まさかの地獄のような日々を送る事になるとは、高慢な令嬢フラヴィアが知る由もない。




* * * * * * * * * * 


方や、残された伯爵夫人エミリア。

傲慢な面持ちから一変、これまでの様々な事が頭をよぎり、身を震わせては青褪める。

実は、辺境の田舎貴族から花嫁として所望されていたのは、美しい金色の巻毛の正妻腹せいさいばらの伯爵令嬢フラヴィア。

ちまたの一部の貴族から「の姫」として謳われる程の美姫なら、「その美しさを無慈悲に散らすのも一興」……と考えた辺境の田舎貴族。

彼には隠された“へき”があり、「ある目的」を持っての今回の婚姻の申し入れ。

当然にして、そのような事は伯爵夫人エミリアが知り得るはずもなく、美しい愛娘フラヴィアを辺境に嫁がせる事を厭い、妾腹めかけばらの卑しい義娘むすめセレーナを厄介払いした方が、まさに好都合と考えての花嫁を取り替え。

自己の判断で花嫁を取り替えた伯爵夫人エミリアは、更に支度金まで窃取する罪まで犯す。

その伯爵夫人エミリアにもいよいよ鉄槌が下る時が迫る。

皇帝アレクシスがしかと言い放つ。

「ようやく貴様の番だ……」

青褪める伯爵夫人エミリアへと追い討ちをかけるような無情な言葉が響く。

くして、無惨な最期を迎えた伯爵夫人エミリアの今の姿は……。








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