上 下
12 / 35
本編

〈閑話〉アラナの事情と伯爵家当主の最期・後

しおりを挟む
※断罪回の為、残酷な描写や不快な表現があります。苦手な方はご注意下さい。




* * * * * * * * * *


気が付けば。

自らの頬に伝わる冷たい感触と何かが顔をかじるような痛みに目を覚ます伯爵家当主ヘンリー。

ゆっくりと顔を起こせば、一瞬だが視界を横切る物体が、大きな鼠だと知る。どうやら気を失っている間に、薄汚い鼠の群れによって顔をかじられていたせいで、幾つもの噛み跡が出来ては、そこから血が流れている。

ず、その事に恐怖する伯爵家当主ヘンリー。

不衛生な環境下に蔓延はびこる鼠は、恐ろしい病引き起こす。

「わっ、私の顔が……薄汚いの鼠に……?!」

そっと頬を触れば、どろりと指先に血が滴る。

「いったい私は……此処ここ何処どこなんだ……?」

ゆっくりと視界を凝らし、辺りを見回せば薄暗い石牢の中。ーしかも、壁に埋め込まれた鉄製の重い鎖が伸びては、伯爵家当主ヘンリーの両足首に巻かれ、動きを封じている。

窓一つない石牢の入り口には太い鉄格子がまり、およそ逃げ道がない事を物語る。その事に、ようやくに捕えられた事を知る伯爵家当主ヘンリー。

「……どうして私がこのような目に遭う?! それにアラナは……私のアラナは無事なのか! アラナっ……!!」

叫ぶ伯爵家当主ヘンリーの声が石牢の中へと反響する。

「アラナなら無事だ。今は私の寝所にて介抱され、深く眠っている。おまえが心配する必要はない……どうせ此処ここついえる命だ。それにおまえ如き虫螻むしけらが、高貴なアラナの名を気安く呼ぶな。不敬も甚だしい」

いつの間に現れたのか。

伯爵家当主ヘンリーの目の前、石牢の鉄格子の向こう側には、澄んだ声音に優美な佇まいの長身の男が一人。

伯爵家当主ヘンリーが詰め寄ろうにも、重い足枷が邪魔をするせいで、その男に近付く事すら出来ない。

ただ、不意に見えた男の身に付ける豪華な衣装の裾や上物の履き物が、男が只者ただものではない事を知らしめている。

「貴様っ……! 私をこの様な目に遭わせておきながら、ただで済むと思っているのか! 私はブレイディ王国の国王からも招待されている身だ。その私をよくも……! 私の美しいアラナを返せ! は私のものだ! 貴様にとやかく言われる筋合いはない!」

敵意をむける相手が「誰か」も知らず、それでも怒りを露わに叫ぶ伯爵家当主ヘンリー。この後に待ち受けているかなど知る由もない。

「愚かな……」

捕えられているにもかかわらず、あまりにも尊大な態度で噛み付く伯爵家当主ヘンリーをあざける優美な男。

救いようがないな……と吐息を付く優美な男は、伯爵家当主ヘンリーへと告げる。

此度こたびは内々の商談の為に他言たごんは無用……そう書かれてはいなかったか?」

ブレイディ王国国王からの案件まで平然と持ち出すあたり、もはや愚かとしか言いようがない。

伯爵家当主ヘンリーに至っても、目の前に佇む身なりの良い男が、まさかこの国の最高位の身分の者とは思わず。

ましてや、ブレイディ王国の国王レナルドが野党紛いに辻馬車を襲い、自らアラナを救いに来るとは考えも及ばず。

優美な男からは、あざけりの笑みが零れる。

「この様な卑しくも愚鈍な者に、私のいとしい人がなぶられ続けてきたかと思えば……私の血は煮えたぎる程に憤っている。大切なアラナを奪われ、その花が穢され踏みにじられていると云うのに、救い出す事さえ出来なかった苦しみが、おまえなどにわかるはずもない……だからこそ、今の私に出来る事をする」

その言葉が合図となったのか、伯爵家当主ヘンリーの石牢内へと入る二人の執行官。或いは、拷問官とも。

「なっ、何を……やめっ……」

云うが早いか、鉄製の口枷がめ込まれ、沈黙を余儀なくされる伯爵家当主ヘンリーは、身に付ける衣装さえも全て剥がされる。

「おまえとて? 嫌がるアラナへと無情にも枷をめたのだ。己れも口枷をされてみるが良い」

わずかな抵抗を試みるも、幾度も顔を殴打され、ついで無理やり石の台座へと横たえられる伯爵家当主ヘンリーは、両手両足を鎖で固定され、身動きさえも封じられる。

「この様な牢獄ところで国王まで持ち出すとは不敬もはなはだしい。国王直々の商談などは、最初からあるはずもない。所詮おまえは愚かな卑怯者。無論、交渉は決裂だ」

「ううっ……! うーうー……ううっ!」

伯爵家当主ヘンリーは、何事かを叫ぼうにも出来るはずがない。

「ーやれ」

優美な男が軽く手を挙げれば、二人の執行官がすぐさま刑の執行へと取りかかる。

もはや石牢から去り行く優美な男は国王レナルド本人。

執行官は、国王レナルドが遠のくのを見計らい口枷を外す。

高貴な国王レナルドの耳に、罪人の不快な音を入れない為の配慮ともするが、口枷が取り除かれた途端、伯爵家当主ヘンリーの叫び声が止む事はない。

恐ろしい拷問刑が執行されている為、石牢内は阿鼻叫喚あびきょうかんの凄まじい光景が広がる。伯爵家当主ヘンリーの断末魔の声は、その命が尽きるまで響き渡る。

次第に刑も過酷さを増せば、伯爵家当主ヘンリーは、石牢内にて絶命し果てる。そして、その顔は誰とも身元がわからない程に潰され、無惨なしかばねを晒したまま元の場所へと戻される。

やがて横転する馬車の傍らには、かつては人間ひとであった者のしかばねが一つ、通りすがりの者に発見される。

腹が喰い千切られ、はらわたが喰い荒らされた無惨なしかばねを見た者達は、「野盗や獣の仕業に違いない……」と口々に言い、その過程にあったかなどは誰も疑わない。

損壊の激しいしかばねはすぐに焼かれ、完全に消された伯爵家当主ヘンリー。


ブレイディ王国の国王レナルドの怒りを買い、秘密裏に「報い」を受ける。




* * * * * * * * * *


遡れば。

愚かで自分本位な伯爵にはわかるはずもない。

ブレイディ王国からの商談の話は全てが偽りで、伯爵家当主ヘンリーをおびき出す為の仕組まれた罠。そして、ようやく見つけ出したアラナを保護する為とも。

しかし、今の伯爵家当主ヘンリーには、最早もはやどうでも良い事かもしれない。

死ぬ程の激しい痛みの最中さなか、すでに命は風前のともしび。その伯爵家当主ヘンリーは、アラナが味わった苦痛の「報い」を受けている。

先ずは最初に、アラナを穢した肉杭にくくいを振り下ろされた鈍器で容赦なく潰される。

「ぎゃあああああっーーー!!」

絶叫の後に悶絶し、口から泡を吹いたまま気絶する伯爵家当主ヘンリーを更なる責苦が襲う。

伯爵家当主ヘンリーの腹には、鉄製の網目状の釜が被せられ、そのかまは外側から火で炙られている。

釜の中では、何かが苦しみうごめき、やがて静かになったかと思えば、気絶していたはずの伯爵家当主ヘンリーが、突如として目を見開き、絶叫を上げる。

「ぎゃぁああああっ! うぐぁああああーーー!」

身体からだを激しく痙させ、やがて次第に動きを止める伯爵家当主ヘンリー。

そして釜を開ければ、伯爵家当主ヘンリーの腹は喰い破られ、そこから一斉に這い出す血に塗れた数匹の鼠。

惨い刑を課された伯爵家当主ヘンリー。

憤怒に湧く王族の惨忍さを身をもって知る。

雑食な鼠は、あぶられた鉄釜の熱さからのがれる為に、伯爵家当主ヘンリーの腹を掘り、腹の中へと逃げ込む。


無垢なアラナを手折たおり、そのはらへと存分に子種を注ぎ犯した伯爵家当主ヘンリーは、皮肉にも、今度は自分の腹を鼠により荒らされ、喰い千切られる。

今こそ「報い」を受けた伯爵家当主ヘンリー。

それでも「報い」を受ける意味さえわからず、死に絶えた伯爵家当主ヘンリーは、やはり歪だ情の持ち主とも。




* * * * * * * * * * 


余談だが。


遥か以前。

ブレイディ王国の隣国ともする友好国ブラッド王国。アラナの生国しょうごくとも。

その先代国王の正妃ともする王妃デラニー。嫉妬心から幼いアラナを人買いへと下げ渡した無情な王妃デラニー。

まさに大元の首謀者。

諸悪の根源ともされる王妃デラニー。

嫡太子ちゃくたいしレナルドが国王となった暁には、密かに隣国へと暗躍部隊を送り王妃デラニーを捕縛させる。

加えて、ブラッド王国の王位を継いだ側妃腹そくひばらの王太子カーティスも、高慢で非情な先代王妃デラニーの捕縛をえて黙認する。

現ブラッド王国国王カーティスに至っても、義妹いもうとアラナを貶めた先代王妃デラニーの仕打ちには憤りしか感じ得ない。

美しい義妹いもうとアラナを慈しんでいた王太子カーティス。まだ幼い身にもかかわらず、その義妹アラナを人買いへと下げ渡した非情な先代王妃デラニーを赦せるわけがない。

まさしく双方の想いが一致する。

隣国の王族ゆえに、おおやけな刑の執行は成されないまでも、その後の王妃デラニーの行方は知れない。

それもそのはず。

隣国ブラッド王国の先代国王の王妃デラニーは、枷で拘束されては、足指に生える爪の全てと、歯という歯の全てを抜かれ、血みどろの状態のまま手当てなどはされず、光りの届かない真っ暗闇の石牢の壁の中へと生きたまま閉じめられる。

隣国の石牢の中へと生き埋めとされた王妃デラニー。彼女の叫び声は、誰にも届かない。

その後の消息は定かではない。


時の国王レナルドは、王妃となるはずであったいとしいアラナを奪った者は、誰一人として赦しはしない。

例え、それが隣国の王妃であろうとも関係はない。

罪は罪。罰は罰。

裁かれるのは当然の事と心得る。























しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...