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皇太后の想いと皇女の想い
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皇帝オーブリーは、言わずと知れた皇帝。しかも強大な魔帝国を治める帝国の皇帝。客人の皇女ベハティを歓待し、ただ甘々な日々を過ごしているわけではない。その合間をぬっては執務へと勤しむ皇帝オーブリー。
更に、その合間をぬって現れたのが皇太后アデル。
代々の皇帝が住まう豪奢な〈黒金宮〉。今は皇帝オーブリーの住まう宮にして、客人の皇女ベハティも滞在している。もはや寝食さえ共にする皇帝オーブリーと皇女ベハティは“番同士”。そして「婚姻の約束」を交わした二人。
互いに想い合う二人は、常に共に在りたいと想うせいで住まう宮も同じ。
其の皇女ベハティの元へと忍んでは現れた皇太后アデル。しかも皇太后アデル自らが進んで腰を下げ、皇女ベハティへと拝礼する。
「皇太后様! いけません……!」
これには、さすがに皇女ベハティも慌てる。
強大な魔帝国の皇太后が、格下の皇女に礼を尽くすなどはあってはならない。前代未聞。
「いいえ、皇女殿下。私が礼を尽くすのは当然です。貴女様は畏れ多くも神の娘。私などは足元にも及びません。それに……」
皇太后アデルは、美しい笑みを浮かべて告げる。
「皇女殿下には……改めてお礼を言いたくて参りましたの」
皇女ベハティの手を取ると自らの手で包み込む皇太后アデル。
「貴女様が我が子オーブリーと一緒になってくれる事が嬉しくて……」
皇太后アデルの瞳には、薄っすらと涙が滲む。
「皇太后様……?」
「貴女様もお気付きの通り、オーブリーは少なからず神の恩寵を受けている。未だ壮年の若さを誇るオーブリーは、誰の目から見ても老いが遅い事は明らかです。老いが訪れるのかすらわからない。ただの人間でしかない私や周りの者達は必ず先に老いて、この世を去るわ。そうなってしまえば、あの子は一人残されてしまいかねない。それは母として親としては、あまりにも切ない……」
皇太后アデルの言わんとする想いが、皇女ベハティにも伝わる。
「だから、あの子の側に貴女様がいてくれる事が、どれ程に助けになることか……あの子と共に永き生を歩んでくれる貴女様がいれば、あの子は孤独に苛まれることもない。この先……私にその時が訪れても安心して先に逝ける。だから貴女様には、どうしてもお礼が言いたかったのです、皇女殿下……」
もはや髪には白髪が混じり、皇太后アデルの相貌にも薄っすらと皺が刻まれている。ただの人間には、当たり前に訪れる老い。それはどうあっても避けられない。
「ご安心下さい、皇太后様。オーブリーが嫌だと言っても私はオーブリーの側を離れません。それに皇太后様はまだまだご存命です。私とオーブリーの御子を抱いてもらわないと……そうでしょう、お義母様?」
今度は逆に、皇女ベハティが皇太后アデルの手を握り返せば、皇太后アデルの瞳には涙が滲む。
「心よりお礼を申し上げます、皇女殿下。貴女様が帝国へと来て下されたおかげで、全てが良い方向へと向かっております。あのジョセリンさえも幼い身ながら、幸せを掴む事ができました」
涙を零しながらも、嬉しそうに笑みを湛える皇太后アデル。
先の魔皇后ブリアナと云い、己れ自身と云い、二代に渡り皇帝の情愛を得られず、どうあっても縁がないと思っていた皇太后アデル。それが遠縁のジョセリンは、愛を得る事ができた。それは縁があるからとも。
皇太后アデルは、ようやく報われたとの想いに駆られる。そして、やはり聞かずにはいられない。
「あの皇女殿下、お父様は……ライアン様はご健在ですか?」
「はい、父様は元気過ぎるぐらい……とても元気にしています」
「そう、それは良かったわ……」
皇太后アデルには、今でも忘れられない愛しい御方。
「これで良かった……」のだとも思う。
人間である自分は、永劫を生きる嘗ての伴侶である皇子ライアンと共にはいられない。必ず先にこの世を去る。
今こそ共にある「神の落とし子たる御子姫」となら、そのような心配は瑣末。
(そう……これで良かったのよ、これで……愛しい我が子も授かることでがきた。それに愛らしい義娘まで出来たのよ。それ以上、何を望むと云うの? きっと私は幸せなんだわ……きっと……)
ふふっ……と、美しい黒曜の瞳に滲む涙をそっと指で拭う。そして凛と背筋を伸ばす皇太后アデル。
(私は皇太后アデルよ。しっかりしなさい……!)
皇太后アデルは自らを納得させ、鼓舞させる。最後に皇女ベハティへと深く拝礼をし、此の宮を後にする。
更に、その合間をぬって現れたのが皇太后アデル。
代々の皇帝が住まう豪奢な〈黒金宮〉。今は皇帝オーブリーの住まう宮にして、客人の皇女ベハティも滞在している。もはや寝食さえ共にする皇帝オーブリーと皇女ベハティは“番同士”。そして「婚姻の約束」を交わした二人。
互いに想い合う二人は、常に共に在りたいと想うせいで住まう宮も同じ。
其の皇女ベハティの元へと忍んでは現れた皇太后アデル。しかも皇太后アデル自らが進んで腰を下げ、皇女ベハティへと拝礼する。
「皇太后様! いけません……!」
これには、さすがに皇女ベハティも慌てる。
強大な魔帝国の皇太后が、格下の皇女に礼を尽くすなどはあってはならない。前代未聞。
「いいえ、皇女殿下。私が礼を尽くすのは当然です。貴女様は畏れ多くも神の娘。私などは足元にも及びません。それに……」
皇太后アデルは、美しい笑みを浮かべて告げる。
「皇女殿下には……改めてお礼を言いたくて参りましたの」
皇女ベハティの手を取ると自らの手で包み込む皇太后アデル。
「貴女様が我が子オーブリーと一緒になってくれる事が嬉しくて……」
皇太后アデルの瞳には、薄っすらと涙が滲む。
「皇太后様……?」
「貴女様もお気付きの通り、オーブリーは少なからず神の恩寵を受けている。未だ壮年の若さを誇るオーブリーは、誰の目から見ても老いが遅い事は明らかです。老いが訪れるのかすらわからない。ただの人間でしかない私や周りの者達は必ず先に老いて、この世を去るわ。そうなってしまえば、あの子は一人残されてしまいかねない。それは母として親としては、あまりにも切ない……」
皇太后アデルの言わんとする想いが、皇女ベハティにも伝わる。
「だから、あの子の側に貴女様がいてくれる事が、どれ程に助けになることか……あの子と共に永き生を歩んでくれる貴女様がいれば、あの子は孤独に苛まれることもない。この先……私にその時が訪れても安心して先に逝ける。だから貴女様には、どうしてもお礼が言いたかったのです、皇女殿下……」
もはや髪には白髪が混じり、皇太后アデルの相貌にも薄っすらと皺が刻まれている。ただの人間には、当たり前に訪れる老い。それはどうあっても避けられない。
「ご安心下さい、皇太后様。オーブリーが嫌だと言っても私はオーブリーの側を離れません。それに皇太后様はまだまだご存命です。私とオーブリーの御子を抱いてもらわないと……そうでしょう、お義母様?」
今度は逆に、皇女ベハティが皇太后アデルの手を握り返せば、皇太后アデルの瞳には涙が滲む。
「心よりお礼を申し上げます、皇女殿下。貴女様が帝国へと来て下されたおかげで、全てが良い方向へと向かっております。あのジョセリンさえも幼い身ながら、幸せを掴む事ができました」
涙を零しながらも、嬉しそうに笑みを湛える皇太后アデル。
先の魔皇后ブリアナと云い、己れ自身と云い、二代に渡り皇帝の情愛を得られず、どうあっても縁がないと思っていた皇太后アデル。それが遠縁のジョセリンは、愛を得る事ができた。それは縁があるからとも。
皇太后アデルは、ようやく報われたとの想いに駆られる。そして、やはり聞かずにはいられない。
「あの皇女殿下、お父様は……ライアン様はご健在ですか?」
「はい、父様は元気過ぎるぐらい……とても元気にしています」
「そう、それは良かったわ……」
皇太后アデルには、今でも忘れられない愛しい御方。
「これで良かった……」のだとも思う。
人間である自分は、永劫を生きる嘗ての伴侶である皇子ライアンと共にはいられない。必ず先にこの世を去る。
今こそ共にある「神の落とし子たる御子姫」となら、そのような心配は瑣末。
(そう……これで良かったのよ、これで……愛しい我が子も授かることでがきた。それに愛らしい義娘まで出来たのよ。それ以上、何を望むと云うの? きっと私は幸せなんだわ……きっと……)
ふふっ……と、美しい黒曜の瞳に滲む涙をそっと指で拭う。そして凛と背筋を伸ばす皇太后アデル。
(私は皇太后アデルよ。しっかりしなさい……!)
皇太后アデルは自らを納得させ、鼓舞させる。最後に皇女ベハティへと深く拝礼をし、此の宮を後にする。
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