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花の王国ブルーム 編

王太子の想いと裁きの果てにある王妃の想い

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〈黄金宮殿〉内の最北にある〈罪人牢ざいにんろう〉。

咎人とがびと二人のさばきを終え、王女フィオレンサの最期さいご看取みとることなく〈貴人牢きじんろう〉から地上へと出る螺旋階段らせんかいだんを登り、もはや戻る王太子スティーヴィー。

重い門扉もんぴを開ければ、其処そこたたずむのは侍女長エメリー。

「エメリー侍女長……如何いかがした?」

静かな声音こわねで王太子スティーヴィーが告げれば、少し後ろに控えながら、連れ立ち歩く侍女長エメリー。

特に自分からは何を云うわけでもなく、ただそっと寄り添う侍女長エメリーの気遣きづかいが、今の王太子スティーヴィーには有りがたいとも。

そして〈王太子宮おいたいしぐう〉の私的な空間ともする寝所へと戻れば、倒れ込むように長椅子ながいすへと沈む王太子スティーヴィーの衣装替えを介助する侍女長エメリー。

すでに人払ひとばらいを済ませ、の場にいるのは王太子スティーヴィーと侍女長エメリーだけ。

それを見計らえば、そっと告げる。

「王太子殿下ー……もう良いのです。今は私しかこの場にはおりませんー……どうか御心おこころのままにー……」

「エメリー侍女長……やはり貴女あなたは凄いなー……どうやら貴女あなたには隠しようがないようだー……」

「当然でございます。私は王太子殿下が幼少の頃より、今日こんにちまでずっと見守って来たのです。大切な“つがい様”を害したとは云え、実の妹君のフィオレンサ様です。貴方あなた様の御心おこころが深く傷付いている事ぐらいは、このエメリーにはわかっております」

少し寂しげな様子ながらも、やわらかな笑みを向ける侍女長エメリー。

「……あわれな妹君フィオレンサ王女様のさばきに立ち会われ、さぞかしおつらかったことでしょう……今宵は私が外に控えおります。他の者は人払いを致しておりますので、どうぞごゆりとお過ごし下さい」

そう告げては、香り立つ茶の湯が入る茶器ちゃきをそっと差し出す。

「ーどうぞ、召し上がって下さいませ。殿下の痛む御心おこころが、少しでも心安らかになることを願いますー……それに“つがい様”を早く見つけて差し上げなければー……繊細せんさい御方おかたです。さぞかし不安に思われ、心細い思いをしておられる事かとー……」

侍女長エメリーが告げる通り、王太子スティーヴィーのいとしい“つがい雨花うかは、池泉ちせんに落ちたとは云え、その生命いのち灯火ともしびは消えてはいない。

ブルーム王家からは雨花うか痕跡こんせきは消えたが、ただ消息を絶ったまでのこと。

(生きてさえいればー……この世界の何処どこに居ようとも必ずいとしい君を見つけ出すー……そして再び、この手の中に取り戻すと固く誓うよ。いとしい私の雨花うか……君が恋しいー……)

互いの魂が深く結び合う“つがい同士”だからこそ、互いの存在がこの世にる事をしかとわかり合う。

残された王太子スティーヴィーは、侍女長エメリーの心遣こころづかいに感謝し、妹姫フィオレンサをしのびながらもいとしい“つがい雨花うかのことを想う。

そして再び王女フィオレンサが「毒酒をあおらなかった事」に、人の運命さだめのままならなさをうれう。




* * * * * * * * * *


実のところ、それは一種の「け」とも。

が子フィオレンサの極刑きょっけいを受け入れられない王妃フラー。

元は王妃フラーが用意した今は亡き教育係であった咎人とがびとモニカ。幼い王女フィオレンサの心を操るが如く、教示きょうじしていたとすれば、元凶は教育係にある。

愛娘まなむすめフィオレンサが咎人とがびとモニカと同列にさばかれる事には、王妃フラーには到底とうてい納得出来るはずもない。

例え王命おうめいそむく事になるとしても、国王アントニオへと「おのれの命」と引き換えに、腹を痛めて産み落とした愛娘まなむすめフィオレンサのをする。

国王アントニオには、永久とこしえときを連れそう王妃フラーは「何ものにも代えがたき」いとしい“つがい”。

そうかと云い、大罪たいざいを犯した者への恩赦おんしゃは〈王国法おうこくほう〉では許されてはいない。それゆえ、国王アントニオは王妃フラーに「る事」を提案し、王女フィオレンサの運命を己自身おのれじしんに託させる事で、なげき悲しむ王妃フラーの想いも汲み取る。


王太子スティーヴィーが王女フィオレンサに授けた毒酒は、実は毒酒ではなく王家に伝わる“秘薬ひやく“。

その“秘薬ひやく”を飲めば心臓の鼓動こどうは停止し、身体からだが眠るように動き止め、一種の永眠状態におちいる。

国王アントニオには、もし王女フィオレンサがみずから毒酒をあお気概きがいを見せれば、命は取らずに救いの手を差し伸べる事を良しとし、その時は“秘薬ひやく”をあおった王女フィオレンサの記憶の全ては奪い、花の王国ブルームからは追放の上、他国で平民としての余生よせいを遅らせる。

その一方で、もし慚悔ざんかいの念もなく拒めば、その時は迷うことなく斬首刑ざんしゅけいしょする事を明言めいげん

国王アントニオにも親としてのじょうがないわけではない。

ーしかし、それ以前に国王アントニオは、あくまでも一国の王。

王妃フラーもは重々承知。

「生きてさえいればー……それだけで私はー……)

そうした王妃フラーの願いもむなしく、腹立ちまぎれに毒酒を投げ捨てた王女フィオレンサ。

まさに、おのれの運命が決まった瞬間とも。




* * * * * * * * * *


余談よだん話とも。

壮麗そうれいな〈黄金宮殿〉の最南には、青々とした樹々きぎが生い茂る小さな庭園が存在する。

あまり訪れる者の少ない小さな庭園の片隅には、名も無き小さな墓標がひっそりと建つ。そして薄桃色うすももいろの花だけが、日々欠かすことなく手向たむけられている。


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