上 下
113 / 174
悪役令息編

3.柔らかく締め付けて

しおりを挟む
 まとわりつくような冷たい視線が、この屋敷には張り巡らされている。それは、エディスに向けられているものではない。
 この視線はエドワードを突き刺していた。へばりつくようなその暗い目は一つや二つだけではなく、エディスを不快に思わせる。
 いたいけな子どもさえ演じさせてもらえない彼になにがあるというのか。暗い目を向けられることなどなにもないはずだ。家族のように想えば、彼が悪役の仮面を被っていることなど明白だというのに。
 エディスはエドワードの背をそっと押し、人から隠すようにして進み始める。
(ガイラル・エンパイアか……)
 姿を現さない父親は、なにを考えているのか。
 それをエディスが知ったのは、翌日のことだった。

 いきなり休暇を与えられたような状態になって、この屋敷でどう過ごすかを悩んでいた。
 研究をするには手元に資料がない、鍛練は場所がなくてできない。屋敷の中を歩き回ろうとすると怪しんだキリガネや屋敷の者が飛んでやってくる。
 不便に思ったエディスはベッドから下り、部屋に備え付けられている洗面台で顔を洗い、クローゼットを開けた。寝巻にしている白いシャツと紺のゆったりとしたパンツを脱ぎ、畳んで入れてから、無地の黒いシャツとスラックス、それと少し迷ってから赤いネクタイを引き出す。
 どれもが上等な一級品だ。慣れない手触りに一体いくらの物なんだと辟易しつつも上下のセットを着、ネクタイを緩く締めて調整しようとした時、ドアが叩かれた。
「エドか?」
 ドアに歩いていき、開けるとやはりそこにいたのはエドワードだった。エディスはふんわりとしたエドワードの髪を撫で、雰囲気をなるべく和らいだものにする。
「おはよう」
 額に口づけると、彼はようやく満足したように微笑みかけてきた。
「おはよう、エディスさん」
 同じところにし返してきて、抱きしめてくるエドワードの背中をぽんぽんと軽く叩く。
「今日は一緒に出掛けようか」
 エドワードの急な提案にエディスは目を丸くして顔を見た。少し迷ってから「いいよ、行こう」と、さらりと返事をする。
「嬉しい。あなたを連れ歩けるんだね」
 両手指の腹を合わせて喜ぶエドワードに、苦笑じみた表情を浮かべてしまう。中身を知られていると、なにをしでかすのかと不安視されたり、見た目に騙されてくれないのだ。最近は見知った顔ばかり隣にいたので、新鮮な反応が珍しい。
「準備できてるけど、いつ出発するんだ」
「できてるなら、今すぐに……あ、でも待ってほしいな」
 エドワードもすでに手に鞄を持っており、準備は整っていそうだ。なにかあるのだろうかと首を傾げたエディスの首元に手が伸びてきて、中途半端に結ばれたままだった赤いネクタイを引き抜いた。
「ネクタイなら他にも色を揃えていたはずだけど、見せてもらってもいいかな」
「はあ……どうぞ」
 体格の近いギジアがいたトリドット家とは違い、ここでは全てエドワードが用意してくれた品だ。許可など取らなくてもいいだろうに、義理堅い。
 クローゼットに寄り、開く。扉側に引っかかっている何本かのネクタイを眺めたエドワードは、その内の一本を手に取ってエディスの首元に当てる。
「うん、こっちの方がいいね」
 そして、手際よくエディスにそのネクタイを締めた。余程慣れているのだろう、洗練された手つきだった。エドワードは顎に手を当てて見分してから、うんと頷いた。
「赤だと印象が強くなるから、エメラルドグリーンくらいがいいよ。その方が目にも映えるしね」
 光沢のある鮮やかな緑色のネクタイに手を当てて、エディスは礼を言う。死や血を連想させる赤よりも緑が似合う。その言葉はエディスの胸をくすぐっていった。
「じゃあ行こうか」
 それから手を差し出してくる少年を見て、やはり守りたいなと微苦笑する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

商店街のお茶屋さん~運命の番にスルーされたので、心機一転都会の下町で店を経営する!~

柚ノ木 碧/柚木 彗
BL
タイトル変えました。(旧題:とある商店街のお茶屋さん) あの時、地元の神社にて俺が初めてヒートを起こした『運命』の相手。 その『運命』の相手は、左手に輝く指輪を嵌めていて。幸せそうに、大事そうに、可愛らしい人の肩を抱いて歩いていた。 『運命の番』は俺だったのに。 俺の番相手は別の人の手を取って、幸せそうに微笑んでいたんだ ◇◆◇◆◇ のんびりと日々人物鑑賞をする主人公の物語です。 BL設定をしていますが、中々BLにはなりにくいです。そんなぼんやりした主人公の日常の物語。 なお、世界観はオメガバース設定を使用しております。 本作は『ある日突然Ωになってしまったけど、僕の人生はハッピーエンドになれるでしょうか』の登場人物が多数登場しておりますが、ifでも何でも無く、同じ世界の別のお話です。 ※ 誤字脱字は普段から在籍しております。スルースキルを脳内に配置して読んで頂けると幸いです。 一応R15設定にしましたが、後程R18へ変更するかも知れません。 ・タグ一部変更しました ・主人公の実家編始まりました。実家編では嵯峨憲真主体になります。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

処理中です...