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悪役令息編
3.柔らかく締め付けて
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まとわりつくような冷たい視線が、この屋敷には張り巡らされている。それは、エディスに向けられているものではない。
この視線はエドワードを突き刺していた。へばりつくようなその暗い目は一つや二つだけではなく、エディスを不快に思わせる。
いたいけな子どもさえ演じさせてもらえない彼になにがあるというのか。暗い目を向けられることなどなにもないはずだ。家族のように想えば、彼が悪役の仮面を被っていることなど明白だというのに。
エディスはエドワードの背をそっと押し、人から隠すようにして進み始める。
(ガイラル・エンパイアか……)
姿を現さない父親は、なにを考えているのか。
それをエディスが知ったのは、翌日のことだった。
いきなり休暇を与えられたような状態になって、この屋敷でどう過ごすかを悩んでいた。
研究をするには手元に資料がない、鍛練は場所がなくてできない。屋敷の中を歩き回ろうとすると怪しんだキリガネや屋敷の者が飛んでやってくる。
不便に思ったエディスはベッドから下り、部屋に備え付けられている洗面台で顔を洗い、クローゼットを開けた。寝巻にしている白いシャツと紺のゆったりとしたパンツを脱ぎ、畳んで入れてから、無地の黒いシャツとスラックス、それと少し迷ってから赤いネクタイを引き出す。
どれもが上等な一級品だ。慣れない手触りに一体いくらの物なんだと辟易しつつも上下のセットを着、ネクタイを緩く締めて調整しようとした時、ドアが叩かれた。
「エドか?」
ドアに歩いていき、開けるとやはりそこにいたのはエドワードだった。エディスはふんわりとしたエドワードの髪を撫で、雰囲気をなるべく和らいだものにする。
「おはよう」
額に口づけると、彼はようやく満足したように微笑みかけてきた。
「おはよう、エディスさん」
同じところにし返してきて、抱きしめてくるエドワードの背中をぽんぽんと軽く叩く。
「今日は一緒に出掛けようか」
エドワードの急な提案にエディスは目を丸くして顔を見た。少し迷ってから「いいよ、行こう」と、さらりと返事をする。
「嬉しい。あなたを連れ歩けるんだね」
両手指の腹を合わせて喜ぶエドワードに、苦笑じみた表情を浮かべてしまう。中身を知られていると、なにをしでかすのかと不安視されたり、見た目に騙されてくれないのだ。最近は見知った顔ばかり隣にいたので、新鮮な反応が珍しい。
「準備できてるけど、いつ出発するんだ」
「できてるなら、今すぐに……あ、でも待ってほしいな」
エドワードもすでに手に鞄を持っており、準備は整っていそうだ。なにかあるのだろうかと首を傾げたエディスの首元に手が伸びてきて、中途半端に結ばれたままだった赤いネクタイを引き抜いた。
「ネクタイなら他にも色を揃えていたはずだけど、見せてもらってもいいかな」
「はあ……どうぞ」
体格の近いギジアがいたトリドット家とは違い、ここでは全てエドワードが用意してくれた品だ。許可など取らなくてもいいだろうに、義理堅い。
クローゼットに寄り、開く。扉側に引っかかっている何本かのネクタイを眺めたエドワードは、その内の一本を手に取ってエディスの首元に当てる。
「うん、こっちの方がいいね」
そして、手際よくエディスにそのネクタイを締めた。余程慣れているのだろう、洗練された手つきだった。エドワードは顎に手を当てて見分してから、うんと頷いた。
「赤だと印象が強くなるから、エメラルドグリーンくらいがいいよ。その方が目にも映えるしね」
光沢のある鮮やかな緑色のネクタイに手を当てて、エディスは礼を言う。死や血を連想させる赤よりも緑が似合う。その言葉はエディスの胸をくすぐっていった。
「じゃあ行こうか」
それから手を差し出してくる少年を見て、やはり守りたいなと微苦笑する。
この視線はエドワードを突き刺していた。へばりつくようなその暗い目は一つや二つだけではなく、エディスを不快に思わせる。
いたいけな子どもさえ演じさせてもらえない彼になにがあるというのか。暗い目を向けられることなどなにもないはずだ。家族のように想えば、彼が悪役の仮面を被っていることなど明白だというのに。
エディスはエドワードの背をそっと押し、人から隠すようにして進み始める。
(ガイラル・エンパイアか……)
姿を現さない父親は、なにを考えているのか。
それをエディスが知ったのは、翌日のことだった。
いきなり休暇を与えられたような状態になって、この屋敷でどう過ごすかを悩んでいた。
研究をするには手元に資料がない、鍛練は場所がなくてできない。屋敷の中を歩き回ろうとすると怪しんだキリガネや屋敷の者が飛んでやってくる。
不便に思ったエディスはベッドから下り、部屋に備え付けられている洗面台で顔を洗い、クローゼットを開けた。寝巻にしている白いシャツと紺のゆったりとしたパンツを脱ぎ、畳んで入れてから、無地の黒いシャツとスラックス、それと少し迷ってから赤いネクタイを引き出す。
どれもが上等な一級品だ。慣れない手触りに一体いくらの物なんだと辟易しつつも上下のセットを着、ネクタイを緩く締めて調整しようとした時、ドアが叩かれた。
「エドか?」
ドアに歩いていき、開けるとやはりそこにいたのはエドワードだった。エディスはふんわりとしたエドワードの髪を撫で、雰囲気をなるべく和らいだものにする。
「おはよう」
額に口づけると、彼はようやく満足したように微笑みかけてきた。
「おはよう、エディスさん」
同じところにし返してきて、抱きしめてくるエドワードの背中をぽんぽんと軽く叩く。
「今日は一緒に出掛けようか」
エドワードの急な提案にエディスは目を丸くして顔を見た。少し迷ってから「いいよ、行こう」と、さらりと返事をする。
「嬉しい。あなたを連れ歩けるんだね」
両手指の腹を合わせて喜ぶエドワードに、苦笑じみた表情を浮かべてしまう。中身を知られていると、なにをしでかすのかと不安視されたり、見た目に騙されてくれないのだ。最近は見知った顔ばかり隣にいたので、新鮮な反応が珍しい。
「準備できてるけど、いつ出発するんだ」
「できてるなら、今すぐに……あ、でも待ってほしいな」
エドワードもすでに手に鞄を持っており、準備は整っていそうだ。なにかあるのだろうかと首を傾げたエディスの首元に手が伸びてきて、中途半端に結ばれたままだった赤いネクタイを引き抜いた。
「ネクタイなら他にも色を揃えていたはずだけど、見せてもらってもいいかな」
「はあ……どうぞ」
体格の近いギジアがいたトリドット家とは違い、ここでは全てエドワードが用意してくれた品だ。許可など取らなくてもいいだろうに、義理堅い。
クローゼットに寄り、開く。扉側に引っかかっている何本かのネクタイを眺めたエドワードは、その内の一本を手に取ってエディスの首元に当てる。
「うん、こっちの方がいいね」
そして、手際よくエディスにそのネクタイを締めた。余程慣れているのだろう、洗練された手つきだった。エドワードは顎に手を当てて見分してから、うんと頷いた。
「赤だと印象が強くなるから、エメラルドグリーンくらいがいいよ。その方が目にも映えるしね」
光沢のある鮮やかな緑色のネクタイに手を当てて、エディスは礼を言う。死や血を連想させる赤よりも緑が似合う。その言葉はエディスの胸をくすぐっていった。
「じゃあ行こうか」
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