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逃亡編
5.奪い合いの口づけ
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「エンパイア公子か……じゃねえ! 見れば分かるだろ馬鹿!」
すみませんコイツ物を知らなくてと無理矢理頭をシュウとレウに押さえつけられて下げられる。「なんだよ」と叫びながらその手を払ったエディスに顔が近づけられる。
「お前、中央に何人金髪の子息がいると思ってる」
「えっ。さ、さあ……知らねえって」
「まさか貴族なら全員金髪だとか思ってないよな?」
違うのか。そう言いそうになって口を噤んだエディスに、二人は嘘だろと口々に言う。
「俺みたいな髪色の奴は多いけど、あそこまで見事な金髪は二人しかいない」
「流石にその二人は分かるよな?」
先行きが不安だから分かると言ってくれとありありと顔に書かれているシュウに、エディスは分かるよと言い返す。
「シルクの友だちのエドに、エドの友だちのギジアだろ。トリドット公爵家の」
「気安く呼ぶな!」
「他に公爵家があると思ってるのか?」
今度こそ怒られずに済むだろうと思ったのに、またも猛烈に指摘を食らったエディスは両手で耳を塞いで目を閉じた。
「普通に生きてたら貴族となんて関わりないってぇ……」
許してくれと言うエディスに、両側からお前は知っておくべきだろ、むしろ習わなかったのかと鋭い突っ込みが入る。習ったが、軍人には関係がないと思い大半を記憶から消してしまったのだ。
「覚え直せばいいんだろ」
知らないなら優しく教えてくれたっていいじゃないかと言うエディスに、エドワードがふっと息を零す。
「いいよ、エドで。シルクがそう呼んでたから移っちゃったんでしょ」
とりあえず立ったら? と近づいてきたエドワードに手を握られ、立ち上がらせてもらう。すると、「これは変装? 確か男だったよね」と訊きながら裾を捲られた。
しゃがんで中を覗き込んできたエドワードに悲鳴を上げることもできず、手で抑え込む。
「なっ、な……なにを」
「これならレースの下着の方が合うんじゃない。白でも黒でもいいけど」
男物は似合わないよと残念そうにするエドワードを、よもやレウたちと同じように殴るわけにいかず顔を真っ赤にして口を引き伸ばすしかできない。
その様子を見て、エドワードは目を細めてくすりと笑んだ。
「僕もあなたのことはシルクから聞いていたけど、想像していたより可愛い人だね」
「お言葉ですが、俺の上官を辱めるのはよしていただきたい」
レウがコートを脱いでエディスの肩に掛け、引き寄せる。服を握る手は震えているし、神官服の合間から覗ける首まで赤らんでいて、見ていて可哀想な程だった。
だが、エドワードは視線だけをレウに送り、どうして? と空ぶいた。
「僕はあなたが気に入ったんだ。シルクとだって、三人で遊びたいねって言ってたんだよ」
実現しなかったのが残念だと眉を下げたエドワードに、エディスは毒毛を抜かれ、なんだいい子だったじゃんと笑顔でレウの腕を抱いて仰ぎ見る。だが、レウは厳しい顔のままで、エディスはその顔のまま固まった。
「あんなの、額面通りに受け取る奴がいるか。言葉の裏を考えろよ」と吐き捨てたレウに、エディスはなんてことを言うんだと飛びつく。
「ソイツの言う通りだ。王侯貴族なんてのは変態しかいないからな」
「経験則か?」
エディスとしてはシルベリアが北に行って二年も経つが、手紙や電話しかしていないはずのシュウになにが分かるんだと疑問を呈したつもりだった。
だが、ひょいと片眉を上げたシュウは「子どもには分からないだろうな」と冷静だった。五歳も年上の彼にしか分からないなにかがあるのだろう。
むうと頬を膨らませたエディスは抱き寄せたレウの腕にもたれかかる。
「そんなこと言ったらレウが可哀想だろ」
話題に出されたレウはエディスを見下ろして「なんで俺だ」と言った。
「だって俺の足見てたじゃん」
「見てない」
「見てた!」
素直になれと言うと、レウは口を閉じて冷ややかな目で見下ろしてくる。暫し無言で睨み合ったかと思うと、レクは体を傾けて顔を近寄せてきた。
「見たら悪いのか」
「わー……るくは、ないけど」
これで見たのが女性のものならやってはいけないと上官としてしっかり注意をして正してもらわなければいけない。だが、結局見たのはなんとはない、ただの自分の足だ。
それを聞いたレウは口の端を吊り上げて「ほら」と自信ありげな笑みになる。だが、シュウがその頭を掴んで引っぺがして「騙されるな、悪いから」と言って、十分コイツも変態だよと親指で差した。
「それより気を付けろ、相手はエドワード・エンパイアなんだ」
笑っちゃいても味方になってくれるかなんて分からないんだぞと囁いてくるシュウに、そんなに厄介な相手なのかと小声で訊く。
「厄介かもねえ。なんせ、悪役令息なんて呼ばれてるしね、僕」
指で髪の飾りを抓んだ手の肘を、もう片方の手の甲にのせたエドワードが意味ありげな流し目で見てくる。
「なんの悪さをしたんだ」
悪さってと止めようとしたシュウに、聞かなきゃ分からないだろと返して「ほら、言ってみろよ」と促す。
エドワードは実に楽しそうに笑って、「もう汽車を出発させるから、座って話そうよ」と言った。
「……乗ってていいのか」
「嫌だったらお前たちは降りればいい。ただし、あなただけは残って僕の話を聞いてもらうけど」
こっちに来てと手を握られたエディスは「ありがとう」と言ってエドワードに手を伸ばす。触れた髪は柔らかく、撫でると指に引っ掛かりを感じた。小さな違和感に気付きかけたエディスを見上げて、彼は蠱惑的に笑んで自分の唇を指差す。
「お礼なら、キスがいいな」
冗談のつもりだったのだろうか、エドワードはにっこり笑いながら曲げた背を戻すことで後ろに退こうとした。だが、エディスはその両頬に手を当てて顔を寄せる。目を閉じて彼の頬に柔く唇を押し当てると、すぐに離れていく。
「これで礼になるか」
レウたちからだったら断るぞと後ろを指差したエディスに、声にならない叫びを爆発させたレウが肩を掴んできた。パクパクと口を開けては閉じる彼に、なんだよと眉を顰めていると「ふぅん……」と小さくエドワードが呟いたのが聞こえた。
「これは、随分と熱烈なキスだね」
口をほんの少し尖らせて視線を横に逸らせた彼は、紅潮した頬を手で押さえている。そこに先程までの悪戯っぽい雰囲気はなく、素のままの姿なのだろうということが計り知れた。
だが、すぐに表情が元に戻る。張り付けたような笑顔に目を奪われ、腕を広げて近づいてきたのにエディスはもとよりレウも気が付けなかった。
首に腕が回ってくる。近寄ってくるエドワードの睫の一本一本が金で、キラキラと輝いて――
「あ」
そう言ったのは誰だったか。
唇に触れた、柔らかい感触に(これは駄目だ)と頭の中で警鐘が鳴る。唇の合わせを舐められて体が跳ねた。
乱暴なまでに両肩を掴んで引っ張られ、じわりと滲んだ涙が散っていく。床の次に額に青筋を浮かべたレウが見え、彼を制止する隙もなく口を塞がれる。んぐ、と声が押し当てられた口の間から押し出された。
今度は先程よりも長いキスだった。後頭部を押さえつけられ、貪るように口を吸われる。息苦しさからレウの肩を押すがビクともせず、今度は握った拳で叩いてやる。一瞬離れ、舌打ちをしたレウが再び口づけてこようとして顔を押さえた。
だが、後ろに回ったエドワードに耳の裏を舐められ、注意がそちらに移ったのを見計らって両手を掴まれる。足をエドワードに押さえつけられた。
「や……っ」
背を悪寒が駆け上がっていき拒絶する言葉を口走ったが、それもレウの口の中に吸い込まれていく。
ぬるりと入り込んできた舌が上顎を撫でて、引き攣った声が隙間から出る。背筋をなにかが駆け上がっていき、エディスはむしゃらに体を動かした。エドワードに撫でられた腹からなにかが押しあがってきて、息も満足に吸えずで体が浮き上がっているような感覚に陥る。
ようやく解放されたエディスはレウと手を握り合わせたまま床に座り込む。荒く肩を上下させて息を継ぎ、涙で床が滲んでいく。黒と深い緑が混じり合って――まるで、夜の路に微笑んで立つ彼を思い出させるように。
「北に行ったら、アンタを監視してやるからな!」
宣言する男を呆然と見上げるエディスの横にやって来たシュウがため息を吐き、背中をぽんと叩く。
「言いたいことはたくさんあるが……とりあえず、」
お前ら歯を食いしばれと言い、拳を振りかぶった。
すみませんコイツ物を知らなくてと無理矢理頭をシュウとレウに押さえつけられて下げられる。「なんだよ」と叫びながらその手を払ったエディスに顔が近づけられる。
「お前、中央に何人金髪の子息がいると思ってる」
「えっ。さ、さあ……知らねえって」
「まさか貴族なら全員金髪だとか思ってないよな?」
違うのか。そう言いそうになって口を噤んだエディスに、二人は嘘だろと口々に言う。
「俺みたいな髪色の奴は多いけど、あそこまで見事な金髪は二人しかいない」
「流石にその二人は分かるよな?」
先行きが不安だから分かると言ってくれとありありと顔に書かれているシュウに、エディスは分かるよと言い返す。
「シルクの友だちのエドに、エドの友だちのギジアだろ。トリドット公爵家の」
「気安く呼ぶな!」
「他に公爵家があると思ってるのか?」
今度こそ怒られずに済むだろうと思ったのに、またも猛烈に指摘を食らったエディスは両手で耳を塞いで目を閉じた。
「普通に生きてたら貴族となんて関わりないってぇ……」
許してくれと言うエディスに、両側からお前は知っておくべきだろ、むしろ習わなかったのかと鋭い突っ込みが入る。習ったが、軍人には関係がないと思い大半を記憶から消してしまったのだ。
「覚え直せばいいんだろ」
知らないなら優しく教えてくれたっていいじゃないかと言うエディスに、エドワードがふっと息を零す。
「いいよ、エドで。シルクがそう呼んでたから移っちゃったんでしょ」
とりあえず立ったら? と近づいてきたエドワードに手を握られ、立ち上がらせてもらう。すると、「これは変装? 確か男だったよね」と訊きながら裾を捲られた。
しゃがんで中を覗き込んできたエドワードに悲鳴を上げることもできず、手で抑え込む。
「なっ、な……なにを」
「これならレースの下着の方が合うんじゃない。白でも黒でもいいけど」
男物は似合わないよと残念そうにするエドワードを、よもやレウたちと同じように殴るわけにいかず顔を真っ赤にして口を引き伸ばすしかできない。
その様子を見て、エドワードは目を細めてくすりと笑んだ。
「僕もあなたのことはシルクから聞いていたけど、想像していたより可愛い人だね」
「お言葉ですが、俺の上官を辱めるのはよしていただきたい」
レウがコートを脱いでエディスの肩に掛け、引き寄せる。服を握る手は震えているし、神官服の合間から覗ける首まで赤らんでいて、見ていて可哀想な程だった。
だが、エドワードは視線だけをレウに送り、どうして? と空ぶいた。
「僕はあなたが気に入ったんだ。シルクとだって、三人で遊びたいねって言ってたんだよ」
実現しなかったのが残念だと眉を下げたエドワードに、エディスは毒毛を抜かれ、なんだいい子だったじゃんと笑顔でレウの腕を抱いて仰ぎ見る。だが、レウは厳しい顔のままで、エディスはその顔のまま固まった。
「あんなの、額面通りに受け取る奴がいるか。言葉の裏を考えろよ」と吐き捨てたレウに、エディスはなんてことを言うんだと飛びつく。
「ソイツの言う通りだ。王侯貴族なんてのは変態しかいないからな」
「経験則か?」
エディスとしてはシルベリアが北に行って二年も経つが、手紙や電話しかしていないはずのシュウになにが分かるんだと疑問を呈したつもりだった。
だが、ひょいと片眉を上げたシュウは「子どもには分からないだろうな」と冷静だった。五歳も年上の彼にしか分からないなにかがあるのだろう。
むうと頬を膨らませたエディスは抱き寄せたレウの腕にもたれかかる。
「そんなこと言ったらレウが可哀想だろ」
話題に出されたレウはエディスを見下ろして「なんで俺だ」と言った。
「だって俺の足見てたじゃん」
「見てない」
「見てた!」
素直になれと言うと、レウは口を閉じて冷ややかな目で見下ろしてくる。暫し無言で睨み合ったかと思うと、レクは体を傾けて顔を近寄せてきた。
「見たら悪いのか」
「わー……るくは、ないけど」
これで見たのが女性のものならやってはいけないと上官としてしっかり注意をして正してもらわなければいけない。だが、結局見たのはなんとはない、ただの自分の足だ。
それを聞いたレウは口の端を吊り上げて「ほら」と自信ありげな笑みになる。だが、シュウがその頭を掴んで引っぺがして「騙されるな、悪いから」と言って、十分コイツも変態だよと親指で差した。
「それより気を付けろ、相手はエドワード・エンパイアなんだ」
笑っちゃいても味方になってくれるかなんて分からないんだぞと囁いてくるシュウに、そんなに厄介な相手なのかと小声で訊く。
「厄介かもねえ。なんせ、悪役令息なんて呼ばれてるしね、僕」
指で髪の飾りを抓んだ手の肘を、もう片方の手の甲にのせたエドワードが意味ありげな流し目で見てくる。
「なんの悪さをしたんだ」
悪さってと止めようとしたシュウに、聞かなきゃ分からないだろと返して「ほら、言ってみろよ」と促す。
エドワードは実に楽しそうに笑って、「もう汽車を出発させるから、座って話そうよ」と言った。
「……乗ってていいのか」
「嫌だったらお前たちは降りればいい。ただし、あなただけは残って僕の話を聞いてもらうけど」
こっちに来てと手を握られたエディスは「ありがとう」と言ってエドワードに手を伸ばす。触れた髪は柔らかく、撫でると指に引っ掛かりを感じた。小さな違和感に気付きかけたエディスを見上げて、彼は蠱惑的に笑んで自分の唇を指差す。
「お礼なら、キスがいいな」
冗談のつもりだったのだろうか、エドワードはにっこり笑いながら曲げた背を戻すことで後ろに退こうとした。だが、エディスはその両頬に手を当てて顔を寄せる。目を閉じて彼の頬に柔く唇を押し当てると、すぐに離れていく。
「これで礼になるか」
レウたちからだったら断るぞと後ろを指差したエディスに、声にならない叫びを爆発させたレウが肩を掴んできた。パクパクと口を開けては閉じる彼に、なんだよと眉を顰めていると「ふぅん……」と小さくエドワードが呟いたのが聞こえた。
「これは、随分と熱烈なキスだね」
口をほんの少し尖らせて視線を横に逸らせた彼は、紅潮した頬を手で押さえている。そこに先程までの悪戯っぽい雰囲気はなく、素のままの姿なのだろうということが計り知れた。
だが、すぐに表情が元に戻る。張り付けたような笑顔に目を奪われ、腕を広げて近づいてきたのにエディスはもとよりレウも気が付けなかった。
首に腕が回ってくる。近寄ってくるエドワードの睫の一本一本が金で、キラキラと輝いて――
「あ」
そう言ったのは誰だったか。
唇に触れた、柔らかい感触に(これは駄目だ)と頭の中で警鐘が鳴る。唇の合わせを舐められて体が跳ねた。
乱暴なまでに両肩を掴んで引っ張られ、じわりと滲んだ涙が散っていく。床の次に額に青筋を浮かべたレウが見え、彼を制止する隙もなく口を塞がれる。んぐ、と声が押し当てられた口の間から押し出された。
今度は先程よりも長いキスだった。後頭部を押さえつけられ、貪るように口を吸われる。息苦しさからレウの肩を押すがビクともせず、今度は握った拳で叩いてやる。一瞬離れ、舌打ちをしたレウが再び口づけてこようとして顔を押さえた。
だが、後ろに回ったエドワードに耳の裏を舐められ、注意がそちらに移ったのを見計らって両手を掴まれる。足をエドワードに押さえつけられた。
「や……っ」
背を悪寒が駆け上がっていき拒絶する言葉を口走ったが、それもレウの口の中に吸い込まれていく。
ぬるりと入り込んできた舌が上顎を撫でて、引き攣った声が隙間から出る。背筋をなにかが駆け上がっていき、エディスはむしゃらに体を動かした。エドワードに撫でられた腹からなにかが押しあがってきて、息も満足に吸えずで体が浮き上がっているような感覚に陥る。
ようやく解放されたエディスはレウと手を握り合わせたまま床に座り込む。荒く肩を上下させて息を継ぎ、涙で床が滲んでいく。黒と深い緑が混じり合って――まるで、夜の路に微笑んで立つ彼を思い出させるように。
「北に行ったら、アンタを監視してやるからな!」
宣言する男を呆然と見上げるエディスの横にやって来たシュウがため息を吐き、背中をぽんと叩く。
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