35 / 174
生贄編
1.夜空の星になってろ神様
しおりを挟む
「どうも……邪魔するぞ」
洞穴の中にはドアがないので、エディスは代わりに壁を二回軽く叩いて挨拶をした。
「あら、いらっしゃい」
奇妙にみずみずしい、若い女の声が返ってくる。エディスは口に手を当て、えずきそうになったのを押さえる。リスティーの方を見ると、彼女はまるで魔法に掛かったかのように、なんの疑問も抱かずに体を動かしていた。それが、まるで糸でもつけて引きずられていくようにエディスの目には見えた。
「おい、しっかりしろ」
その腕を掴んで引っ張るが、リスティーは構わず進んでいく。エディスはそれに舌打ちをして、仕方なくついていく。
細く棚引いていた光が強まってきて、広く開けた場所に出ると目に焼き付くかと思う程に発する。
暗い所を進んできたせいで目がくらんだエディスは額に腕を当てて光を和らげようとする。やがて慣れてきてから腕を下ろすと、目に白い調度品が入り込んできた。上品さよりも骨のような不気味さを感じさせるそれらを目で追うと、ゆらりと視界の端が揺らぐ。
「はじめまして、エドワードくん」
明けの空に似た薄紫の髪に、雪の如く白い肌。冷淡な感情を含んだ、切れ長の目がこちらを刺すように見つめてきた。
「私は、シュアラロ・マリス・サラロリア」
あなたの母親の友だちよ、赤い唇がそう動く。口が小さく開く度に垣間見える牙に、エディスは顔を顰めた。
「本当に友達だったのね! 良かったわね、エディス」
「良かったわねぇ……えぇそうね。さ、いつまでもそんな所に立ってないで、入りなさい」
口は笑みを象っていても、空気がひりついている。嬉しそうに、輝かしいことのように笑い合うリスティーとその女を離れた所から眺めていたエディスは、息を吐いてから歩いていく。
促された椅子にどっかりと足を開いて座り、膝に肘を当てる。組んだ指で口元を隠して、眦を吊り上げて険しい目つきで女を見据えた。
「や……やだエディス、なに。アンタ、怒ってるの?」
激した様子にリスティーがたじろぐが、女は顔を歪めて笑む。そうすると金色の目が三日月のようになり、余計にエディスの癇に障った。
あらかじめ用意していたのか香りの立つ紅茶を持ってきて勧められたが、断る。それでもと手渡してきたので、受け取ってからテーブルに乱暴に叩きつけた。茶器が音を立てて中の液体がテーブルに散らばる。
「……酷い育ちね」
「奴隷市生まれなもんで、こんな臭ぇもん飲めねえよ」
次いでリスティーの手にカップを握らせたので、腕を振って床に叩き落とした。怒ることも出来ず、唖然として自分の手を見るリスティーの顎を掴む。顔を覗きこんで、「くだらねえ魔法を掛けんなよ」と低く声を落とす。
国王の時とは違い、今度は額に指の先を当てて紋様を描いていく。その中央に息を吹きかけると、リスティーの上体ががくんとのけ反った。
「おい、しっかりしろよ」
肩を揺すり、背を伸ばすとリスティーはエディスの腕を掴んでくる。首をぐらぐらと揺らしてもたれ掛かってきたので、近くにあった丸テーブルを引き寄せ、そこにうつ伏せに寝かせておく。
「誰に似たのかしら……魔法に詳しいのね」
「少なくとも、俺が知ってる女じゃねえだろうな」
そう言うと、直前まで皮膚が切れそうな程に張り詰めていた空気がほんの微かにだが緩んだ。女は「そう、あなたは分かっているの」と指の先を口元に当てて思案する。
「あれがエディスでないと分からないような愚鈍な子どもなら、話などしないところだったのだけど」
本当に誰に似たのかしらと値踏みしてくる女に対し「アンタは俺に誰を見るんだよ」と顎を上げ、鼻で笑って返した。椅子の背もたれに腕をのせ、尊大な態度を取るエディスに女は青筋を立てる。
「そういうところ、エディスに似てるわ……あの子、顔はいいんだけど」
「性格が悪かったってか?」
笑い飛ばしたエディスに、女ーーシュアラロは言葉を失った。
「エドワードくん」
それから忌々しそうに妬める目でエディスを捉え、口を開く。
「あなた、死んで」
「それは……なんの為にだ」
どういう理念があって話をしているんだと冴え冴えとした眼光で見返すと、
「私はエディスを取り返したいの」
シュアラロは真っ向からぶつかってきた。神からねと斜に構える彼女に、エディスは「神から?」と眉をひそめる。
エディスは首の後ろを掻き、目を閉じて息を吐き出す。
「あのさ、本当に神なんて存在すんのか」
エディスは無神論者だった。祈る瞬間があれば己を鍛える方がより良い時間を考えており、祈ったことがない。そしてその存在も否定するわけではないが信じてもいない。
「ティーンス大聖堂を知らないの?」
「知ってるけど、あの噂も眉唾ものだろ」
シュアラロはこめかみに指を押し当てて、痛みを制するように瞼に力を入れて閉じる。
「この国には元々、数多の神がいたわ。人と共に生きる神が。けれど、別の世界から来た神を見てどこかへいってしまったの」
陣地争いをする神様。俗物的すぎてな……とエディスはふっと息を零した。
「神様はどこに消えたと思う?」
「空の星になった」
子どもに読み聞かせる童話の中ではそうなっていた。それに、大聖堂にしまわれているという女神像も元は星だったのだから、あながち間違えでもないだろう。
「現実は童話の世界ではないのよ」
しかし、困った子どもね眉を下げて呆れられてから幼稚な発言だったと己を恥じた。
「古い神はね、人の中に入ったの」
ほっそりとした白い指を差し出され、エディスは目を丸くする。シュアラロは仕返しだとばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あなたたちは、それを魔物と呼んでいるわ」
「は……?」
くすくすと声を立てて笑うシュアラロに、エディスは汗が引いていくのを感じた。体の末端から冷たくなっていき、座っている感覚さえなくなっていく。
「あなたたちが毎日楽しそうに殺しているのは神が入った人間。能力者の能力は、異星から来た神の破片が入った時に偶然貰える恩恵というところね」
古来からいた神か、他の星から来た神かの違い。どちらも人ではないと――魔物、魔力。構成する物質の研究を禁止したのは、王だ。理性があった時の、王。
「これを聞いてもあなたは戦えるのかしら?」
洞穴の中にはドアがないので、エディスは代わりに壁を二回軽く叩いて挨拶をした。
「あら、いらっしゃい」
奇妙にみずみずしい、若い女の声が返ってくる。エディスは口に手を当て、えずきそうになったのを押さえる。リスティーの方を見ると、彼女はまるで魔法に掛かったかのように、なんの疑問も抱かずに体を動かしていた。それが、まるで糸でもつけて引きずられていくようにエディスの目には見えた。
「おい、しっかりしろ」
その腕を掴んで引っ張るが、リスティーは構わず進んでいく。エディスはそれに舌打ちをして、仕方なくついていく。
細く棚引いていた光が強まってきて、広く開けた場所に出ると目に焼き付くかと思う程に発する。
暗い所を進んできたせいで目がくらんだエディスは額に腕を当てて光を和らげようとする。やがて慣れてきてから腕を下ろすと、目に白い調度品が入り込んできた。上品さよりも骨のような不気味さを感じさせるそれらを目で追うと、ゆらりと視界の端が揺らぐ。
「はじめまして、エドワードくん」
明けの空に似た薄紫の髪に、雪の如く白い肌。冷淡な感情を含んだ、切れ長の目がこちらを刺すように見つめてきた。
「私は、シュアラロ・マリス・サラロリア」
あなたの母親の友だちよ、赤い唇がそう動く。口が小さく開く度に垣間見える牙に、エディスは顔を顰めた。
「本当に友達だったのね! 良かったわね、エディス」
「良かったわねぇ……えぇそうね。さ、いつまでもそんな所に立ってないで、入りなさい」
口は笑みを象っていても、空気がひりついている。嬉しそうに、輝かしいことのように笑い合うリスティーとその女を離れた所から眺めていたエディスは、息を吐いてから歩いていく。
促された椅子にどっかりと足を開いて座り、膝に肘を当てる。組んだ指で口元を隠して、眦を吊り上げて険しい目つきで女を見据えた。
「や……やだエディス、なに。アンタ、怒ってるの?」
激した様子にリスティーがたじろぐが、女は顔を歪めて笑む。そうすると金色の目が三日月のようになり、余計にエディスの癇に障った。
あらかじめ用意していたのか香りの立つ紅茶を持ってきて勧められたが、断る。それでもと手渡してきたので、受け取ってからテーブルに乱暴に叩きつけた。茶器が音を立てて中の液体がテーブルに散らばる。
「……酷い育ちね」
「奴隷市生まれなもんで、こんな臭ぇもん飲めねえよ」
次いでリスティーの手にカップを握らせたので、腕を振って床に叩き落とした。怒ることも出来ず、唖然として自分の手を見るリスティーの顎を掴む。顔を覗きこんで、「くだらねえ魔法を掛けんなよ」と低く声を落とす。
国王の時とは違い、今度は額に指の先を当てて紋様を描いていく。その中央に息を吹きかけると、リスティーの上体ががくんとのけ反った。
「おい、しっかりしろよ」
肩を揺すり、背を伸ばすとリスティーはエディスの腕を掴んでくる。首をぐらぐらと揺らしてもたれ掛かってきたので、近くにあった丸テーブルを引き寄せ、そこにうつ伏せに寝かせておく。
「誰に似たのかしら……魔法に詳しいのね」
「少なくとも、俺が知ってる女じゃねえだろうな」
そう言うと、直前まで皮膚が切れそうな程に張り詰めていた空気がほんの微かにだが緩んだ。女は「そう、あなたは分かっているの」と指の先を口元に当てて思案する。
「あれがエディスでないと分からないような愚鈍な子どもなら、話などしないところだったのだけど」
本当に誰に似たのかしらと値踏みしてくる女に対し「アンタは俺に誰を見るんだよ」と顎を上げ、鼻で笑って返した。椅子の背もたれに腕をのせ、尊大な態度を取るエディスに女は青筋を立てる。
「そういうところ、エディスに似てるわ……あの子、顔はいいんだけど」
「性格が悪かったってか?」
笑い飛ばしたエディスに、女ーーシュアラロは言葉を失った。
「エドワードくん」
それから忌々しそうに妬める目でエディスを捉え、口を開く。
「あなた、死んで」
「それは……なんの為にだ」
どういう理念があって話をしているんだと冴え冴えとした眼光で見返すと、
「私はエディスを取り返したいの」
シュアラロは真っ向からぶつかってきた。神からねと斜に構える彼女に、エディスは「神から?」と眉をひそめる。
エディスは首の後ろを掻き、目を閉じて息を吐き出す。
「あのさ、本当に神なんて存在すんのか」
エディスは無神論者だった。祈る瞬間があれば己を鍛える方がより良い時間を考えており、祈ったことがない。そしてその存在も否定するわけではないが信じてもいない。
「ティーンス大聖堂を知らないの?」
「知ってるけど、あの噂も眉唾ものだろ」
シュアラロはこめかみに指を押し当てて、痛みを制するように瞼に力を入れて閉じる。
「この国には元々、数多の神がいたわ。人と共に生きる神が。けれど、別の世界から来た神を見てどこかへいってしまったの」
陣地争いをする神様。俗物的すぎてな……とエディスはふっと息を零した。
「神様はどこに消えたと思う?」
「空の星になった」
子どもに読み聞かせる童話の中ではそうなっていた。それに、大聖堂にしまわれているという女神像も元は星だったのだから、あながち間違えでもないだろう。
「現実は童話の世界ではないのよ」
しかし、困った子どもね眉を下げて呆れられてから幼稚な発言だったと己を恥じた。
「古い神はね、人の中に入ったの」
ほっそりとした白い指を差し出され、エディスは目を丸くする。シュアラロは仕返しだとばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あなたたちは、それを魔物と呼んでいるわ」
「は……?」
くすくすと声を立てて笑うシュアラロに、エディスは汗が引いていくのを感じた。体の末端から冷たくなっていき、座っている感覚さえなくなっていく。
「あなたたちが毎日楽しそうに殺しているのは神が入った人間。能力者の能力は、異星から来た神の破片が入った時に偶然貰える恩恵というところね」
古来からいた神か、他の星から来た神かの違い。どちらも人ではないと――魔物、魔力。構成する物質の研究を禁止したのは、王だ。理性があった時の、王。
「これを聞いてもあなたは戦えるのかしら?」
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
商店街のお茶屋さん~運命の番にスルーされたので、心機一転都会の下町で店を経営する!~
柚ノ木 碧/柚木 彗
BL
タイトル変えました。(旧題:とある商店街のお茶屋さん)
あの時、地元の神社にて俺が初めてヒートを起こした『運命』の相手。
その『運命』の相手は、左手に輝く指輪を嵌めていて。幸せそうに、大事そうに、可愛らしい人の肩を抱いて歩いていた。
『運命の番』は俺だったのに。
俺の番相手は別の人の手を取って、幸せそうに微笑んでいたんだ
◇◆◇◆◇
のんびりと日々人物鑑賞をする主人公の物語です。
BL設定をしていますが、中々BLにはなりにくいです。そんなぼんやりした主人公の日常の物語。
なお、世界観はオメガバース設定を使用しております。
本作は『ある日突然Ωになってしまったけど、僕の人生はハッピーエンドになれるでしょうか』の登場人物が多数登場しておりますが、ifでも何でも無く、同じ世界の別のお話です。
※
誤字脱字は普段から在籍しております。スルースキルを脳内に配置して読んで頂けると幸いです。
一応R15設定にしましたが、後程R18へ変更するかも知れません。
・タグ一部変更しました
・主人公の実家編始まりました。実家編では嵯峨憲真主体になります。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、
ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。
そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。
元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。
兄からの卒業。
レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、
全4話で1日1話更新します。
R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。
皆と仲良くしたい美青年の話
ねこりんご
BL
歩けば十人中十人が振り向く、集団生活をすれば彼を巡って必ず諍いが起きる、騒動の中心にはいつも彼がいる、そんな美貌を持って生まれた紫川鈴(しかわすず)。
しかし彼はある事情から極道の家で育てられている。そのような環境で身についた可憐な見た目とは相反した度胸は、地方トップと評される恐ろしい不良校でも発揮されるのだった。
高校になって再会した幼なじみ、中学の時の元いじめっ子、過保護すぎるお爺様、人外とまで呼ばれる恐怖の裏番…、個性的な人達に囲まれ、トラブルしか起きようが無い不良校で過ごす美青年の、ある恋物語。
中央柳高校一年生 紫川鈴、頑張ります!
━━━━━━━━━━━━━━━
いじめ、暴力表現あり。
R-18も予定しています。
決まり次第、別の話にまとめて投稿したいと思います。
この話自体はR-15で最後まで進んでいきます。
━━━━━━━━━━━━━━━
登場人物たちの別視点の話がいくつかあります。
黒の帳の話のタイトルをつけているので、読む際の参考にしていただければと思います。
黒の帳とあまり交わらない話は、個別のタイトルをつけています。
━━━━━━━━━━━━━━━
〜注意〜
失恋する人物が何人か居ます。
複数カプ、複数相手のカプが登場します。
主人公がかなり酷い目に遭います。
エンドが決まっていないので、タグがあやふやです。
恋愛感情以上のクソデカ感情表現があります。
総受けとの表記がありますが、一部振られます。
━━━━━━━━━━━━━━━
追記
登場人物紹介載せました。
ネタバレにならない程度に書いてみましたが、どうでしょうか。
この小説自体初投稿な上、初めて書いたので死ぬほど読みづらいと思います。
もっとここの紹介書いて!みたいなご意見をくださると、改善に繋がるのでありがたいです。
イラスト載せました。
デジタルに手が出せず、モノクロですが、楽しんで頂けたらと思います。
苦手な人は絶対見ないでください、自衛大事です!
別視点の人物の話を黒の帳に集合させました。
これで読みやすくなれば…と思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる