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軍師准尉編

6.新たな任務へ

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「頑張るねー、少年少尉」
「そりゃどうも!    で?」
 浅黒い肌に短い黒髪。肉食動物を想像させる男に手を出すと、ん? と目を細めた笑みを向けられた。負けじともう一度「ん!」と手を突き出す。
「なんか褒美とかないのかよ。アンタ俺に任せてサボりすぎ!」
「あー、やっぱ欲しい?」
 誤魔化せないかと言うミシアに、当たり前だろ! と指を差した。
「働かせすぎなんだよ、アンタ」
「なー、苦労するよなー。だから俺はしない」
 意地が悪く見えるのに、かといってあまり憎まれることもなく。どことなく、すっと人の中に入り込んでくる笑顔をする。
    エディスとて、この男の良いように手のひらで転がされて悪い気はしない。上司と部下の垣根を越えて接してくれる彼の傍は居心地がいいとさえ思える。
    こうして上司の執務室に置いてあるソファーにどっかり腰掛けて、勝手にいれたコーヒーを飲むなんて普通はできないし褒美だなんだとワガママを言うなど言語道断だろう。
    強引で陰湿なやり方だけど、敵を陥れたり部下の使い方が上手い。必ず自分の命令をきかなければいけない状況にさせる技術がコイツにはある。尊敬できる上司だ。
    最初に戦場で見かけた時なんて、へーっ、面白い動きをしてる奴らがいるなーなんて目で追ってしまった。忌まわしいくらいに凄い。だからミシアの隊から声が掛った時嬉しくて一つ返事してしまったのだ。
「面倒だなんだって言うアンタの代わりに働いてんだから、なんか少しくらいはくれたっていいんじゃねえの? 最近は単独行動させられてるけど、あれ戦歴に含めて計算してくれないんだろ!?」
 撃破数と任務数とで給料は格段に上がった。
 だが、軍師准尉が支えるべき”上司”がいなければ、なにをやっても昇格には結びつかない。結局のところ軍師准尉はサポーターだという認識しかされていないからだ。
「いやあ、一人でそれだけやれんのは凄いぞ~」
 なんか自分に褒美でもやってやれよと言いながら拍手をするミシアに、「自分で欲しい物が分からないんだよ」と頬を膨らませる。
「お前には結構な額の給料やってるのになあ。別荘でも買ったらどうだ?    たまには遊びに行くのもいいぞ」
「そうだな、小さな領地くらいは持てそうだ」
    寮住まいなのにとエディスがむきになって言い返すと、ミシアはそりゃいいと破顔した。
「領地経営は上手くやれれば儲かるぞ~」
「冗談だ。誰がそんな貴族の真似事すっか」
 足と腕を組んでそっぽを向くと、ミシアは「なら魔法書でも買ってやろうか」と書類がのった机に頬杖をつく。横目で見て、ミシアの微笑まし気な目線を受けたエディスは口を尖らせた。
 随分と年の差があるからか、この男はたまにこういう目で見てくることがある。まるで父親がそこにいて、自分はワガママを言う息子のような感覚に陥りそうになり、そうではないと言い聞かせなくてはいけなくなるのだ。
「じゃあ、別の仕事やってみるか?」
 息子だと思ってもらえたこともないのに、”父親”のなにが分かるんだ。恥ずかしさと悔しさに苛まれかけた時にきたミシアからの提案に顔を上げる。
「……別の仕事?」
「そ。ちなみに俺からじゃなくて、上からのな」
    細めた目は笑っているようには見えなくて。
「内容は?    そんくらい教えてくれてもいいだろ」
    そうじゃなければやらない、と暗に態度で示したエディスに、ミシアは信頼されてないのかねえと片手を上げてため息を吐いた。
「信頼してないわけじゃねえけど、アンタたまに変な任務も寄越してくるだろ」
    普段の行いが悪いんだよと指摘すると、ミシアは「可愛くないねえ」と握った手の上に顎をのせる。
「いや可愛いだろ。自分で言うのもなんだけど、いい部下だと思うぞ俺」
   自分の両頬に指を当てて見せるとミシアは「うちのカミさんのが可愛い」と返してきた。
「顔のことじゃねえよ!    てか嫁いたのかよ」
「当然。何歳だと思ってんだ」
    貴族様だぞとツッコミを受け、エディスは内心(こんな顎髭の熊みたいなの貴族に見えねえよ)と吐き捨てる。
「南部に出張に行く奴が欲しいんだとよ」
「ついに反軍を討伐するのか」
 ミシアが目を軽く見開いてから両方の口角を上げた。へえ~とでも言いたげな、わざとらしい笑顔だ。
「なんだお前、反軍なんて知ってたのか」
「逆に聞くけどよ、軍属で知らない奴いると思ってんのか」
   馬鹿にしてんだろと胡乱げな目付きで見ると、ミシアは懐から煙草を取り出して口に咥える。そのまま火を点けようとしたので、歩いて行って古びたオイルライターを奪い取った。話が終わってからだと睨むと、ミシアは口から煙草を離す。
「反軍だって一般市民だぞ」
「その一般市民が軍も要請しないで暴れてんだよ。軍人に被害も出てきてるしな」
「それは要請するのに金をたかり始めたせいだろ」
    あまりに多くの被害が出そうな場合や、商業地区、少しでも謝礼金を払うことのできる裕福な者たちが住んでいる場所になら緊急で出動する。だけど、軍に出動を要請するのに大金が必要になったせいで、そう軽々と呼べるものではなくなってしまった。
 それに半年前は巡回だってもっと多くやっていた。市民派とよばれていたローラ元帥がいなくなってから軍は変わったせいだ。
 そう、ブラッド家の親戚やを受けているというオッサン共がトリエランディア大将以外の将官になってしまってから……。
   おかげで田舎や貧困街は放置されて、疲弊・荒れ果ててきている。それで納得しろというのは無理があるだろう。
「だからって殺すのか」
「ああ。一部が腐っただけで、元気だった部分も腐っていっちまうからな」
 だけどな、と付け加えたミシアに腕を握られる。
「やり方はお前に任せる」
 人を救える軍人になるんだろ、とミシアに言われて。エディスは口をもごもごと動かす。
「アンタ、なんで知ってんだよ」
「暇してたからなあ」
「盗み聞きしてんな暇人」
 赤くなってきた頬を手の甲で擦って机を蹴るとミシアは哄笑した。細く息を吐き出し、机に尻をのせてミシアの方に体を倒す。蓋を開けたライターの横に手を添え、構えた煙草に火を点ける。
 くゆる紫煙を吸い込み、エディスは目を細めた。うっすらと開けた口で返した言葉に、満足げに狐目が笑う。
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