忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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三章/夏歌えど、冬踊らず

非難の声・二

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 翌日、レクリエーションだ山登りだと朝からひたすら体を動かさせられる。おまけにこれも勉強の内だと阿東保泉生の面倒まで見なければいけないことになって、美里ヶ原生に疲労の色が濃くなる。
 教師が便宜を図ってくれたのか、当夜たちは運よく帝花高校と同じ班になれた。帝花高校の山岳部所属だという彼らの先導によって山登りに行き、昼過ぎには帰ってこれた。
 終わったなら好きにすればいいと教師にも言われたので、ここで夏休みの宿題をやってしまいたいという声が何人からか上がった。
 緊急で教師として招集された徹と手を振って別れた当夜は、一人芝生で寝転んでいる。
「当夜~、もう飽きたよ俺ぇ~っ」
「ソイツ捕まえてくれ。全然進んでないんだ」
 徹に首根っこを掴んで引っ張られていった赤木が泣きついてきた。加護の言葉を聞いた当夜はにやりと笑って、赤木にしがみついた。
「うわ~~~~~~っ!?」
 坂になっている芝生を転がり落ちていくと、赤木が悲鳴を上げる。笑い声を立ててひっくり返り、手を伸ばして大の字になった。
「当夜~~ひでえよぉ」
 泣き声を出す赤木に「宿題をしないのが悪い!」と言うと、うえぇと泣く真似をし始める。
「おいおい、芝生だらけだぞ」
 頭についた芝生を加護が抓んで取ってくれようとする。上半身を起こした当夜が頭を振って落とそうとすると、まだ寝転んだままだった赤木がぶえっと悲鳴を上げた。
 口に入ったと言って舌を出す赤木に笑い声を上げようとした――その時だった。
 低く始まり、高く棚引くサイレンの音。避難を告げる放送に、赤木が「なに……?」と怯えて当夜の手を掴む。
 当夜は口を開いて、まさかと声を出さずに動かす。こんなタイミングで来やがってと全身の毛が逆立っていく。
 おいチビ! と怒鳴り声が聞こえ、当夜は体の向きを変える。来いと叫びながら駆けてくる涯の姿が見え、手を突いて立ち上がった。
 彼の方に走って行こうとすると、何者かに腕を掴まれる。
 急いでいるのにと咄嗟にがなり立てようとして、その相手が赤木であることに気付くと、喉奥から音が退いていく。
「どこ行くんだよ……っ!?」
 警報鳴ってんだぞ! と体を起こした彼に、両肩を掴んで揺さぶられた。自分のぶらぶらと手が振っているのを感じながら目を閉じる。眉間の皺を見た赤木は、「逃げようぜ」と訴えかけた。
「なあ、逃げようぜ!」
「当夜、徹はどこに行ったんだ」
 知らない、でもきっとイワナガの所だ。二つの答えが頭の中に浮かんでくる。
「加護に教えることはなにもない」
 瞼が離れる感覚が気持ち悪い。赤木の足に擦られ、削られた土が目に入ってきて、当夜は自嘲するような笑みを口に浮かべた。
「なあ、お前らってなんのバイトやってんの」
 答えろよと肩を突かれ、当夜は「答えない」と赤木を見据える。
「なにしとん、はよ行くぞ!」
 こちらを呼ぶ涯に「遅れてんのお前だけやぞ」と手で招かれ、当夜は「分かってるよ」と叫び返す。
「ごめん、必ず帰ってくるから」
「でもっなんも言ってくんないんだろ!?」
 行かないでくれよと両手で手を掴んでくる赤木を、正面から見つめる当夜の目が揺らぐ。
「行かせてやれよ、友だちなんだろ」
 しかし、横から赤木の手を掴む者がいた。そちらに顔を向けた当夜の口が開く。
「……剣司」
 呆けた赤木も「誰?」と呟いた。それには答えず、剣司は「友だちなら信じて行かせる。それが男だ」と腕を組んだ。
「危ないことしようとしてんのを止めんのも友だちで男だろ!?」
 無責任なこと言うんじゃねえよぉと、腰を落として両手の平を上向けて叫ぶ。
「危ないことなのか」
 それもそうかと首を動かして当夜を見てきた剣司に「ううん」と首を振った。
「危なくないよ」
 剣司が当夜を指差して「だってさ」と赤木に言うも、彼の口端はひくつく。
「教えてくれよ、なにやってるかだけでもさあ。俺たち友だちだろ」
「じゃあ、お前と友だちやめる」
 バイバイと言うと、赤木は目を大きく見開いた。今にも泣きそうな顔をされて、泣きたいのはこっちだと当夜の目にもうっすらと膜が張る。
「当夜、コイツも心配して言ってるだけだから」
「離して、加護」
 今度は加護に腕を掴まれ、どちらからも顔を背ける。人前で泣くような失態を犯したくなかった。すると、大きな手が後ろから伸びてきて目を塞がれる。
「行くで~、当夜」
 間延びした声だが、息遣いは荒い。わざわざ芝生を横切って、いつになっても来ない当夜を迎えに来てくれたのだろう。
「どうもぉ、保護者ですわ」
 アンタという剣呑な声が間近でする。それに対して涯は「安心せえて、コイツはキッチリ返したるから」とぞんざいに返して当夜の顔を隠したまま肩を抱いて後ろを向かせた。
「はよ避難せえよ~」
 手が離れていって、その影から見上げた涯は右手を上げている。余裕ぶった表情の彼から目線を下げると、涙が落ちていくのが見えた。
「よう守秘義務守ったな。自分偉いで」
 辛いよなあと首をこちらに倒して慰めてくれる男に、当夜は腕で目を擦る。
「ありがとう」と言うと、ええからはよ行くでと引きずられた。
 グランピング場から出ていって道路まで行くと、そこに停まっていた大型バイクに涯が跨る。投げられたヘルメットを受け取って被り、涯の後ろに乗った。
「とばすから、しっかり掴まっとけよ」
 落ちても知らんからなと言う彼をきょとんと見つめ、はあいと言って背中にしがみつく。周りにバイク乗りがいないし、徹は二人乗りをするような性格ではないのでこれが初めてだ。
 ロボット乗りに運転下手はいない、習を除いて。
 そう思わされる程に涯の運転は滑らかだった。そう言うと彼は大声で笑って「後ろの奴が下手やったらひっくり返ったりするんやぞ」と言う。
 それに、それもそうかと納得して当夜は目を閉じる。
 頬に触れる京都の風は、東京のものと変わりがない。バイクのエンジン音、コンクリートを滑るタイヤの音、遠ざかっていく警報音がなければ、涯が生きている音が聞こえてくるのだろう。
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