忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

曇天晴れず、歪む月・一

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「後は私がやっておきますから。二人をお願いね」
 助手席の窓を覗き込んだ鏡子に、雅臣ははあいと言って手を振る。そののん気さに鏡子は眉を顰め――分かってるわよね、と口を尖らせた。
「あなたも今日はもう自宅で休むんです! いいわね!」
「ええ~っ、ついでだから岩草くんと当夜くんのデータの解析を」
「急いでないので、明日でいいです!」
 ピシャリと鏡子に諌められた雅臣が肩をすぼめておどけるので、後部座席にいる当夜があははっと大きな声を立てて笑う。
「じゃーね、鏡子ちゃん!」
「ありがとう、当夜くん。……あなたがどんな道を選ぼうとも、私はあなたたちの味方だから」
 当夜があんまりにもすんなり頷くので、徹の首が僅かに項垂れる。
「徹くん、あなたもよ」
「……はい」
 鏡子はそう言ってから窓から離れ、歩道へと戻った。
「絶対にあなたたちを守ってみせるわ」
 顔を上げ、見上げた夜空を見据えて行く。息を吐き出した体が冴えていくような気分さえし、鏡子は拳を強く握りしめた。

 初めて雅臣が運転する車に乗った徹は辺りを見渡す。飾りっ気もなく、なんの匂いもするわけでもない、使っている人間の気配のしない車内だ。
「これ、アマテラス機関の車なんですか?」
「違うよ。これは僕の車」
 そういえば雅臣さんが常駐しているメンテナンスルームも質素だったなと徹は思い出す。
「MT車なんですね」
「僕はこっちのが使いやすいからね。徹くんもこういうのカッコイイ~って思う?」
「いや……乗ったことがあまりないですし、興味ないので」
 徹の家にも車はある。だが、それは徹の父が仕事に使う物なので久しく家で見かけたことがなかった。記憶のある頃から父と一緒にどこかに出かけることなどなく、あの車の車内ですら徹は知らない。
 大人の男が運転する車とはこういう物なのだろうか、と徹は視線を動かして雅臣を見つめる。汗ばむ手を握り、骨ばった手が動く度に心臓が嫌に冷えていく気がした。
「ゴテゴテした感じが格好いいよな! 俺の父さんは運転苦手だから家にあるのATだけど、やっぱいいな~ロボットっぽいし!」
 ああ、そうか。ヤタドゥーエの体内に似ているから見たことがあるのか、嫌な気分になっていくのか、と自分の中にあった靄がくしゃくしゃに潰れて消えていく。
「雅臣さんは、どうしてアマテラス機関に入ったんですか」
 この人に、あんな不気味な物が被さるのが嫌で徹は頭を小さく振るう。
 問われた雅臣はえ~っと困ったような色を混ぜた声を出した。
「鉄神が好きだからだよ」
 想像した通りの意味のない返しに徹は深く息を吐きだす。
「ごめん、嘘」
 だが、すぐに澱んだ空気を切るように出された言葉に、は!? と言って顔を上げた。
「ただの成り行きだよ、僕は。責任なんて持ってないって言ったでしょ」
「成り行き……」
「運命ともいったりするかな? 多分ね」
 成り行き、運命。不確かで曖昧で、はぐらかしてるのかと思える言葉だ。
「それはっ」
 どういう意味だと続けようとした言葉は、全身に強い衝撃を感じたことで止まった。地震か爆発か、爆弾でも近くに落ちてきたのかと身を固めた徹の髪が風に揺れる。
 シートベルトを外して自由になった当夜が、揺れに逆らって徹を自分の方へと引き寄せた。当夜の背が車の扉にぶつかり、イッと小さく悲鳴が上げたが腕が離されることはなく。
「二人共、大丈夫!?」
 激しく車体を揺らされながらもハンドルを握り、どこにぶつけることもなく停めた雅臣はシートベルトを外してダッシュボードの中から必要な物を掴んでシャツの胸ポケットに入れる。シートを掴んで後部座席に乗り出し、徹を庇う当夜の腕を強く押す。
「降りて! 地下に逃げるよ!!」
 そう言ってドアを開けた雅臣の横を暴走している車が走っていく。風に吹かれた白衣の裾が翻るが、雅臣は構わず後部ドアも開け放ち、中にいる子どもたちを脱出させた。
「雅臣さん、鍵は!?」
「閉めたよ!!」
 今はそんなのどうでもいいでしょ、と背を押された徹はよろけながらも走り出す。自分よりも貧相――体格が良いとはいえない雅臣に庇われるような状態にあり、徹は歯を食いしばる。
「いいからっ、行くよ!」
 雅臣に背を押されながらも見上げた空はひどく濁っている。それは、鉄と土でできた化け物が覆い隠しているからだと瞬時に気付いた徹はクソッと叫ぶ。
 広い道路に出たが、奇妙に人影がなく不気味な静けさに満ちていた。
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