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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!
死がふたりを分かつても・二
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「嫌だ……!」
まるで子どものように、すがりつかれた当夜は目を瞬かせた。
「この戦いを続けて、アクガミを殺す度に僕たちは急速に死に近づいていく。なにもしなくても寿命は縮んでいくのに、なぜ自ら死に急がなければならない!?」
泣いているのかと思う程の悲痛な叫びだ。
「僕が死んでも、お前が死んでも……どちらにしてもお前は失われる。僕は、それだけは嫌だ。冷たい機械とではなく、温かいお前と一緒にいたいんだ!!」
生きてお前と。熱さをはらんだ言葉は当夜の内に入り込みーー冷やした。興奮で火照る徹に抱きしめられているために温かい体に、冷め切っていく心。相反する温度差に当夜は困惑した。
「人は死んだら……そこで終わりなのか?」
腹の中に溜まり、ぐるぐると回る冷たさを口から吐き出すように出した言葉に、徹がえっ? と色を失った言葉を落とす。
「俺の妹は、もうじき死ぬ。それはお前も知ってるよな。分かってるよな」
「あ、ああ……だが、決定事項ではないだろう? 医療は日々発達しているんだ。花澄の原因不明の病気だって、どうにかなるかもしれない」
「死ぬよ、花澄は!!」
ぼろぼろと熱い涙が目から零れ落ち、膝を叩いた手に降りかかる。
「分かるんだ、愛してるから……っ」
今まで手の尽くしようがない、延命治療でしかないと言われ続けてきた医療が突然発達などするはずがない。
物心ついてからずっと大好きで大好きで、なにに変えても守ってやりたいと思っている妹が次の一分――いや、一秒後には死んでしまうのではないかという恐怖と戦ってきたのだ。
「花澄は死んでも俺の妹だ! 俺が世界で一番愛してる、大切な大切な妹だ!!」
それなのに、死んだくらいでその戦いが終わるものなのか?
人が死ねば、新たに更新されるものがなくなり、人は脳に住んでいるその人をじわじわと殺していく。声が分からなくなり、温かさは消え失せ、どんな表情をしていたのか分からなくなり、……身の内に溜まった記憶は一片一片手の内から零れていく。
想像の産物でしかなくなって、それでも安寧を取り戻せるのかは当夜自身ですら計りかねない。
戦うのは、いつも自分だ。戦えるのも、自分だ。
「花澄が死んだら、俺は俺の中に住む花澄を自分で殺さないといけなくなるんだ。人は死んでハイ終わりなんて、お手軽に出来てる物体じゃない」
じゃなきゃ心なんてモン、面倒で不必要な機能でしかないだろ。そう言いながら当夜は、固く握った拳を徹の左胸に押し当てた。
「大好きだよ、徹」
ニッと歯を見せて笑いかけると、徹は強ばった顔の筋肉を僅かに緩める。
「俺が選択する道の先には、お前が怖がる死があるのかもしれない。だけど、それも含めて人だから」
この拳の下に、脈打つ徹の体がある。花澄よりは生きながらえやすく、だが明日にも冷たい白骨になってしまう可能性を潜めている。俺が先か、徹が先か。先立つのか、遅れるのか。
「死んで、分かたれても。俺はお前を守るから」
「……僕にも、守ってほしい。そう、言いたいのか」
絶望と、苦しみに苛まれている徹は険しく沈痛な面もちだ。
「ーー嫌なら、いいけどな」
眉を引き寄せると、また強く抱きしめられる。熱い涙が項に降り注ぎ、当夜は生きたいなと身の内に言葉を落とし込んだ。
一分一秒でもいいから、徹よりも長く生きたいと。この幼なじみを耐え難い恐怖と苦痛から守ってやりたいと、当夜は強く願った。
どちらからともなく触れ合った唇はひどく湿っぽく、溶け合って一つになれるのではないかと錯覚してしまう程に熱い。
気持ちいい、と強請った当夜の後頭部に手を当てた徹が目を伏せる。
徹と恋人になれて良かった。でないとこんなに求め合うことはできないから。慰めも、苛んで慈しんで絡め合うことができる関係が、今の二人には丁度良い。
「興奮して盛るのもそこまでにしたらどうですか」
冷ややかな声が真一文字に二人の間を通っていき、徹の眉間にも皺が入る。ちゅ、と軽く音を立てて口を離した当夜は、体を捻って扉の方を向く。
そこには数十分前に出て行った鏡子と黒馬、それに雅臣の姿があった。
「あー……あのね、僕らは待った方がいいんじゃないかって言ったんだよ」
ごめんね、と謝りながらも丸眼鏡のツルを指先で撫でる雅臣に、当夜はあははっと明るい笑い声を立てる。
「俺らこそごめん。入りづらかったよな!」
照れもせず、悪びれもしない当夜の様子に、一人だけ顔を真っ赤にした鏡子が口の中で言葉にならない声をもごもごとこねくり回す。
「もう帰りますよ。なにか用ですか」
口づけを交わしていた方が堂々としている状態に、鏡子は余計に恥ずかしくなってきたのか怒っているのか顔をさらに赤くさせ、腕に抱えたバインダーを強く握った。それを見下ろした雅臣と黒馬が顔を見合わせ、ふっと小さく笑う。
「結果が出たから、伝えにきたんだよ」
鏡子の代わりに前に出た雅臣の口から発せられた言葉に、徹が眉根を強く引き寄せ、拳を握る。
「それで……どうだったんです」
「うん、端的に言うとね。当夜くん、君はね……カグラヴィーダに乗り、アクガミを殺すと」
唾を飲み込む音がやけに耳にこびりつく。答えは、聞く前から分かっていたような気が、当夜にはしていた。
「記憶を失うんだ」
静まりかえった真白い部屋に、雅臣の声が広がる。後ろ手をベッドにつけた当夜は唇の端を吊り上げた。
まるで子どものように、すがりつかれた当夜は目を瞬かせた。
「この戦いを続けて、アクガミを殺す度に僕たちは急速に死に近づいていく。なにもしなくても寿命は縮んでいくのに、なぜ自ら死に急がなければならない!?」
泣いているのかと思う程の悲痛な叫びだ。
「僕が死んでも、お前が死んでも……どちらにしてもお前は失われる。僕は、それだけは嫌だ。冷たい機械とではなく、温かいお前と一緒にいたいんだ!!」
生きてお前と。熱さをはらんだ言葉は当夜の内に入り込みーー冷やした。興奮で火照る徹に抱きしめられているために温かい体に、冷め切っていく心。相反する温度差に当夜は困惑した。
「人は死んだら……そこで終わりなのか?」
腹の中に溜まり、ぐるぐると回る冷たさを口から吐き出すように出した言葉に、徹がえっ? と色を失った言葉を落とす。
「俺の妹は、もうじき死ぬ。それはお前も知ってるよな。分かってるよな」
「あ、ああ……だが、決定事項ではないだろう? 医療は日々発達しているんだ。花澄の原因不明の病気だって、どうにかなるかもしれない」
「死ぬよ、花澄は!!」
ぼろぼろと熱い涙が目から零れ落ち、膝を叩いた手に降りかかる。
「分かるんだ、愛してるから……っ」
今まで手の尽くしようがない、延命治療でしかないと言われ続けてきた医療が突然発達などするはずがない。
物心ついてからずっと大好きで大好きで、なにに変えても守ってやりたいと思っている妹が次の一分――いや、一秒後には死んでしまうのではないかという恐怖と戦ってきたのだ。
「花澄は死んでも俺の妹だ! 俺が世界で一番愛してる、大切な大切な妹だ!!」
それなのに、死んだくらいでその戦いが終わるものなのか?
人が死ねば、新たに更新されるものがなくなり、人は脳に住んでいるその人をじわじわと殺していく。声が分からなくなり、温かさは消え失せ、どんな表情をしていたのか分からなくなり、……身の内に溜まった記憶は一片一片手の内から零れていく。
想像の産物でしかなくなって、それでも安寧を取り戻せるのかは当夜自身ですら計りかねない。
戦うのは、いつも自分だ。戦えるのも、自分だ。
「花澄が死んだら、俺は俺の中に住む花澄を自分で殺さないといけなくなるんだ。人は死んでハイ終わりなんて、お手軽に出来てる物体じゃない」
じゃなきゃ心なんてモン、面倒で不必要な機能でしかないだろ。そう言いながら当夜は、固く握った拳を徹の左胸に押し当てた。
「大好きだよ、徹」
ニッと歯を見せて笑いかけると、徹は強ばった顔の筋肉を僅かに緩める。
「俺が選択する道の先には、お前が怖がる死があるのかもしれない。だけど、それも含めて人だから」
この拳の下に、脈打つ徹の体がある。花澄よりは生きながらえやすく、だが明日にも冷たい白骨になってしまう可能性を潜めている。俺が先か、徹が先か。先立つのか、遅れるのか。
「死んで、分かたれても。俺はお前を守るから」
「……僕にも、守ってほしい。そう、言いたいのか」
絶望と、苦しみに苛まれている徹は険しく沈痛な面もちだ。
「ーー嫌なら、いいけどな」
眉を引き寄せると、また強く抱きしめられる。熱い涙が項に降り注ぎ、当夜は生きたいなと身の内に言葉を落とし込んだ。
一分一秒でもいいから、徹よりも長く生きたいと。この幼なじみを耐え難い恐怖と苦痛から守ってやりたいと、当夜は強く願った。
どちらからともなく触れ合った唇はひどく湿っぽく、溶け合って一つになれるのではないかと錯覚してしまう程に熱い。
気持ちいい、と強請った当夜の後頭部に手を当てた徹が目を伏せる。
徹と恋人になれて良かった。でないとこんなに求め合うことはできないから。慰めも、苛んで慈しんで絡め合うことができる関係が、今の二人には丁度良い。
「興奮して盛るのもそこまでにしたらどうですか」
冷ややかな声が真一文字に二人の間を通っていき、徹の眉間にも皺が入る。ちゅ、と軽く音を立てて口を離した当夜は、体を捻って扉の方を向く。
そこには数十分前に出て行った鏡子と黒馬、それに雅臣の姿があった。
「あー……あのね、僕らは待った方がいいんじゃないかって言ったんだよ」
ごめんね、と謝りながらも丸眼鏡のツルを指先で撫でる雅臣に、当夜はあははっと明るい笑い声を立てる。
「俺らこそごめん。入りづらかったよな!」
照れもせず、悪びれもしない当夜の様子に、一人だけ顔を真っ赤にした鏡子が口の中で言葉にならない声をもごもごとこねくり回す。
「もう帰りますよ。なにか用ですか」
口づけを交わしていた方が堂々としている状態に、鏡子は余計に恥ずかしくなってきたのか怒っているのか顔をさらに赤くさせ、腕に抱えたバインダーを強く握った。それを見下ろした雅臣と黒馬が顔を見合わせ、ふっと小さく笑う。
「結果が出たから、伝えにきたんだよ」
鏡子の代わりに前に出た雅臣の口から発せられた言葉に、徹が眉根を強く引き寄せ、拳を握る。
「それで……どうだったんです」
「うん、端的に言うとね。当夜くん、君はね……カグラヴィーダに乗り、アクガミを殺すと」
唾を飲み込む音がやけに耳にこびりつく。答えは、聞く前から分かっていたような気が、当夜にはしていた。
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