忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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二章/少年よ、明日に向かって走れ!!

黒と白

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 濡れた服とタオルをつかんでロッカールームまで歩いていく。シャワールームから一番近いロッカーを開けると、その中にあったタオルを取り出し、代わりに服を仕舞った。
 タオルで大ざっぱに自分の体を拭いてから、ロッカーの扉に付けられているパネルを操作して隣のロッカーを開く。すると、徹は目を見開き、口に手の平を押し当てた。
「……なぜ。これが、こんな所に」
 徹が手に取ったのは、制服だった。シャワールームから顔を出した当夜は、するりと開き、床に広がった純白に首を傾げる。肩の部位を掴みながら立ち上がった徹は、それを自分の体に押し当てた。それは179センチもある徹でも着れる程の身丈がある。
「一体誰の物なんだ……海前さんか? いや、あの人は違うだろう……」
「徹~? どうしたんだ?」
「あ……いや、」
 当夜、と察しの良すぎる幼馴染を振り返った徹は、まさかと小さく小さく声を押し出した。ここに来るまでに、当夜はなんと言っていたか。あの時の言葉が鮮明に浮かび上がる。
「なんでもないんだ。すまない、待たせたな」
 取り繕うように笑った徹は、慌てて二種類のサイズの服とタオルを選んで抱える。なにもかも見通しているのかもしれない、この幼馴染程に全てを解明などすることができない自分では、どうしようもないことだろうと徹は白い制服を袖だたみにして元の場所へと戻した。
「当夜、もう体は大丈夫か?」
「……痛いから激しい動きはできないけど、平気だと思う」
 シャワールームに戻って当夜に声をかけると、当夜は徹に背中を向けてぴょんぴょんと跳び跳ねて見せる。ぺたぺたと裸足で歩いてきた当夜の頭にタオルを被せて拭うと、当夜は子どものようなはしゃいだ声を上げた。
「ほら、これを着ろ」
 新品の下着と黒い服を手渡すと、当夜は首を右に傾ける。その服は、徹が着ていた見慣れぬ服と同じデザインの物だった。
「これって……ここの制服?」
「そうだ」
 ブレザーが長くなったような印象の制服だ。赤いタートルネックのシャツは生地が丈夫で、サイズもピッタリ合う。後ろが燕尾服状になっている上着を着ると、当夜の膝まであり、手も少し長かった。スラックスもいささか長かったため、ショートブーツを履く時に無理矢理詰め込んで調節をする。
「着た……ぞ」
 真新しい黒な制服を着こんだ徹は輝く程に綺麗で、格好が良かった。思わず頬を染めて見入っていると、徹が花がほころぶように笑む。当夜の生乾きの頭を撫でて、可愛いなと呟いた。
「あ、ありがとうっ」
 徹に言われるならば、可愛いは確実に褒め言葉だ。徹以外なら小さな身長が関係しているのかとふくれっ面になってしまう可能性があるし、嬉しくはない。
 そのままロッカールームを通り抜けて出た二人は、ふうと息を吐きだした。いるかと思われた男の姿はすでに消えており、当夜は脱力しそうになった程に安堵する。徹はロッカールームに繋がるドアを閉め――ん? と声を出した。
「どうしたんだ?」
 当夜が振り返って訊ねると、
「これを見てみろ」
 と徹がドアを指差してきたため、当夜は徹の横まで行く。そこには、一枚の張り紙がされていた。
『黒馬先生と鏡子さんを連れて、休憩所に行きます。二人は後から来たまえ。四葉』と几帳面な字で書かれた文字に、徹と当夜は顔を見合わせる。不必要なことは一切書いておらず、探られたくないことも書いていない簡潔な文章が四葉らしい。徹と当夜はふっと笑みを零した。
「四葉さん、一体どうやってあの人を?」
 しかし不思議だと徹が訝しんでいると、当夜が首を傾げて徹の顔を覗きこみ、なあと言った。徹はな、なんだとどもりながらも返事をし、当夜を見下ろす。
「あの人って本当にここの人なのか? なんか胡散臭いっていうか、変態だったんだけど……」
 当夜の質問に徹はああ、と呟いて額に手を押し当てた。
「ああ、まあ。そうなんだが……」
 徹は口を閉じて明後日の方向に視線をやると、そうだなと呟く。
「由川司令に聞いた方が早いだろうから、行こう。歩けるか?」
 徹が腕を差し出すと、当夜はんん、と悩み目をぎゅっと呟いた。小さな頭の中を回転させて考えた結果、当夜は徹に手を伸ばす。
「……なんだ、そのポーズは」
「は、運んで」
 徹は眉間に皺を寄せて当夜を見下ろしたが、当夜は頬を赤くさせて噤んでいた口を開いた。徹は目線を当夜からずらして気持ちを抑えたが、当夜の視線に根気負けをして、分かったとため息と共に言葉を吐きだす。
「エレベーターんとこまででいいから!」
 当夜は目を輝かせると、腰を曲げてかがんだ徹の首に抱き付いた。
 徹は当夜の温かさと匂いに脈拍数が増えていくのを感じながらも当夜の背と膝の裏に腕を回し、持ち上げる。
 徹の肩に手を置いて近距離から見つめる当夜は確かに軽いが、当夜ほど体力に自信がない徹では当夜の言う通りエレベーターまでが限界かもしれない。実際、昨日は玄関から徹の部屋までしかおぶることができなかったのだ。
「へへっ、徹いー匂いする」
「ただのシャンプーの香りだ」
 んーん、と当夜は頭を振って否定すると、徹の左こめかみの辺りに頬をすり寄せる。
「徹の匂いだよ」
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