忘却のカグラヴィーダ

結月てでぃ

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一章/炎の巨神、現る

迫る気配・一

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『発車します。ご乗車になられる方はお急ぎください』
 機械音声にも似た独特な響きのある声が階段を二段飛ばしで上がる当夜たちの耳に入ってくる。先を走る当夜は下を振り返り見て、速く! と叫んだ。
「当夜、前を見ろ。危ない」
 すぐ後ろを走っている徹に注意を受けた当夜は顔を前に戻す。そして――
「げっ」
 と呻いた。
 朝のラッシュ時間はとにかく混む。だから毎朝一本早い電車に乗ることを心がけていたのだが、なぜか今日はすでに満杯のようだった。階段の中腹辺りで流れが止まってしまっている。徹が当夜の隣まで来て、自分と当夜になにかあった時のためにと、当夜の背の後ろから腕を通して手すりを掴んだ。
 二人は顔を見合わせてため息を吐く。
「もう次のに乗るしかないな」
「ああ。仕方がない」
 大人しく流れに身をゆだねてすでに混雑しているホームまで行き、次の電車を待って乗り込んだ。いくらまだ肌寒い春の季節とはいえ、五月だ。人が大勢集まれば自然とむっとした空気になってしまう。
「うわ……っ」
「当夜!」
 次から次へと入ってくる人波に押し流されそうになる当夜の肩を抱いた徹が自分の方へと引っ張った。座席と乗車口の間に空いたスペースに当夜を招き入れ、自分の体で庇う。
 身長百五十五センチと十五歳にしては比較的身体の小さい当夜は、押しつぶされるそうになることが何度もあったため、その対策としていつもこうするようにしていた。
「ごめん、徹。大丈夫か?」
「僕は平気だ」
 腕の中に囲った状態になった当夜に見上げられた徹は、安心させるように口の端を吊り上げさせる。実際、当夜がもみくちゃになることと比べればなんともないことだった。
「けど、辛くなったら言えよ」
「ああ。ありがとう」
 カタン、カタンと電車が揺れながら目的地まで乗客を運んで行く。この時間が徹は好きだった。何十人と知らない人たちが詰め込まれているというにも限らず、まるで当夜と二人だけになったように感じるのだ。向い合せになり、なにもすることもできない状況ならば、当夜をじっと見つめていても変には思われないはずだと言い聞かせて毎日こっそり見ていた。
 そんな徹の気持ちも知らず、当夜は徹の腕に庇われて安心できるのと、電車の音と揺れとで眠りの世界に引きずり込まれていた。うとうとと目を閉じたり、開いたりを繰り返している内に大事なことを思い出して目を大きく開き、バッと勢いよく顔を上げる。
 勢いの良さと自分のしていた行為に若干の後ろめたさを感じていた徹は背をわずかに逸らして、なっなんだ?と言った。
「夢の話すんの忘れてた」
「夢?」
「うん。なんか今日どんなか忘れたんだけど、怖い夢見たからさー。徹に共有して怖さ薄れさせよっかなーって思ってたんだ」
「忘れたら意味がないだろう」
「そーなんだよなー」
 うーんと唸って思いだそうとする当夜に、徹は苦笑する。
「なんか、ぼんやりと覚えていることはないのか?」
「ぼんやりと……いや、ないなーって、あった!」
 周りの迷惑にならない程度の声で話す当夜は目を輝かせ、徹の胸元を握った。
「火が喋ってた」
「……なにか、そういうアニメでも見たか?」
「先週は空飛ぶ魔女の話だったじゃん。ちげーよ」
 ぶうっと唇をとんがらせた当夜は、そんな可愛いのじゃなくってと続ける。
「もっと、怖いやつ。怖いってーか、威圧的っていうか。なんかちょっと偉そうだった気がする」
「火が?」
「火が。言われた内容すっからかんだけど、とにかく怖かった」
 全く怖さの伝わってこない夢の話に、徹はそうか……とだけ言った。だが、マジで怖かったんだって! と話を続けられても困るので、
「じゃあ、今日は僕といっ」
美里ヶ原みさとがはらー美里ヶ原ー。お降りの方は』
 提案をしようとしたところで、アナウンスに遮られてしまった。
 徹は長い溜息を吐き、当夜はパッと顔を輝かせる。快速特急で一駅間というのは本当に短い。十五分かそこらしか乗っていないのではないだろうか。
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