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街で出会った彼の存在はまるで写し鏡のようだった。
王子が少年と出会っていなければ、彼との未来があったかもしれない。
…ああ、でもそれはちがう。ぼくははじめから諦めていて、王子を引き止める方法も、そんな気すら持っていなかったんだから。
「シャスラ…元気をだして」
ぽたぽたと涙を落とすぼくの背中を、翠峰さまがやさしく撫でる。でもぼくの涙はおさまる気配をみせない。ぼくの心はガラスのように砕け散ってしまった。
ぼくはただ、甘くてしあわせな恋がしたかった。
ずっと兄さまと翠峰さまのような甘い恋に憧れていた。世界でいちばん大好きな人とあたたかでやわらかな日々を送るしあわせ。
いまでは毎日のようにぼくの元へ通う王子を、ずっと拒否しつづけていた。
幼い頃に約束をした王子を嫌いになったわけではない。だけど、そう、信じられないのだ。城にいた頃の王子は昔とはまったくちがう人だった。そのショックがいまだに消えない。
彼がぼくにしてきた冷たい仕打ちを思い知らせてやりたい気持ちもある。
でもそれで気が晴れるわけじゃない。
そんなぼくの迷いが、いろんな人を傷つけていることに気づいた。
ぼくはこんなものを望んでいたんじゃない。
ピシリ、と心が軋む音がした。
***
「シャスラ様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「うん、おねがい」
彼は従者の藤稔。あの日のことがあって、兄さまが護衛もかねてつけてくれた。優秀だし、見た目もいいし、申し分ない。
「失礼いたします」
「シャスラ、ここにいたのか――」
庭の東屋でお茶をしていたそこへ王子がふらりとあらわれる。そして傍らの藤稔を見て、剣呑に目を光らせた。
「誰だ、お前」
藤稔はさっと片膝をついて従者の礼をとる。
「シャスラ様の護衛兼従者に任命されました。藤稔と申します」
「そうか従者か。よい、下がれ」
王子は藤稔を追い払おうとする。
ぼくはぼんやりとした気分のままそれを眺めて――。
「王子」
「シャスラ!話は聞いたぞ、大事ないか!?」
王子は心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「王子、帰って」
「シャスラ?」
「ぼくには藤稔がいるから平気。王子は早く帰って。もうここには来ないで」
うつろな気分のまま藤稔を呼ぶ。
ぼくが手を伸ばすと、すぐに藤稔がしっかりと繋いでくれた。
「藤稔はここにいて」
「はい、たしかに」
椅子に座ったまま藤稔の腰に手を回して、硬い彼のおなかに顔を押しつける。藤稔もぎゅっと背中に腕を回して抱き締めてくれた。
「な、シャスラ…!?」
王子が悲鳴のような声をあげると、藤稔が静かな声で告げる。
「殿下、いまはシャスラ様の意を汲んでください」
足音が遠くなって、王子が立ち去ったことを知る。
「シャスラ様、お茶の続きはいかがですか」
「もう要らない。それより、ねむい」
「お部屋に戻りましょうか」
こくりと縦に頷くと、藤稔がまるで子供にするように腕に抱き上げてくれる。ぼくはその首に両腕を巻きつけて自室へと連れていってもらった。
王子が少年と出会っていなければ、彼との未来があったかもしれない。
…ああ、でもそれはちがう。ぼくははじめから諦めていて、王子を引き止める方法も、そんな気すら持っていなかったんだから。
「シャスラ…元気をだして」
ぽたぽたと涙を落とすぼくの背中を、翠峰さまがやさしく撫でる。でもぼくの涙はおさまる気配をみせない。ぼくの心はガラスのように砕け散ってしまった。
ぼくはただ、甘くてしあわせな恋がしたかった。
ずっと兄さまと翠峰さまのような甘い恋に憧れていた。世界でいちばん大好きな人とあたたかでやわらかな日々を送るしあわせ。
いまでは毎日のようにぼくの元へ通う王子を、ずっと拒否しつづけていた。
幼い頃に約束をした王子を嫌いになったわけではない。だけど、そう、信じられないのだ。城にいた頃の王子は昔とはまったくちがう人だった。そのショックがいまだに消えない。
彼がぼくにしてきた冷たい仕打ちを思い知らせてやりたい気持ちもある。
でもそれで気が晴れるわけじゃない。
そんなぼくの迷いが、いろんな人を傷つけていることに気づいた。
ぼくはこんなものを望んでいたんじゃない。
ピシリ、と心が軋む音がした。
***
「シャスラ様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「うん、おねがい」
彼は従者の藤稔。あの日のことがあって、兄さまが護衛もかねてつけてくれた。優秀だし、見た目もいいし、申し分ない。
「失礼いたします」
「シャスラ、ここにいたのか――」
庭の東屋でお茶をしていたそこへ王子がふらりとあらわれる。そして傍らの藤稔を見て、剣呑に目を光らせた。
「誰だ、お前」
藤稔はさっと片膝をついて従者の礼をとる。
「シャスラ様の護衛兼従者に任命されました。藤稔と申します」
「そうか従者か。よい、下がれ」
王子は藤稔を追い払おうとする。
ぼくはぼんやりとした気分のままそれを眺めて――。
「王子」
「シャスラ!話は聞いたぞ、大事ないか!?」
王子は心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「王子、帰って」
「シャスラ?」
「ぼくには藤稔がいるから平気。王子は早く帰って。もうここには来ないで」
うつろな気分のまま藤稔を呼ぶ。
ぼくが手を伸ばすと、すぐに藤稔がしっかりと繋いでくれた。
「藤稔はここにいて」
「はい、たしかに」
椅子に座ったまま藤稔の腰に手を回して、硬い彼のおなかに顔を押しつける。藤稔もぎゅっと背中に腕を回して抱き締めてくれた。
「な、シャスラ…!?」
王子が悲鳴のような声をあげると、藤稔が静かな声で告げる。
「殿下、いまはシャスラ様の意を汲んでください」
足音が遠くなって、王子が立ち去ったことを知る。
「シャスラ様、お茶の続きはいかがですか」
「もう要らない。それより、ねむい」
「お部屋に戻りましょうか」
こくりと縦に頷くと、藤稔がまるで子供にするように腕に抱き上げてくれる。ぼくはその首に両腕を巻きつけて自室へと連れていってもらった。
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