ないものねだり

まめだだ

文字の大きさ
上 下
1 / 9
◇◇◇

第1話

しおりを挟む
学生時代、有能なαたちがひとりのΩを取り合っていた。

自分はそれを離れたところから眺めるだけのβだったはずなのに、なぜこんなことになっているのやら。


「起きたの、もう身体は平気?」


寝室を出たところでするりと腰に手を回されて、驚くより先にシャツ越しに伝わる慣れ親しんだ体温に心が落ち着く。ちゅ、と背後から頬に唇を押し当てられて、その瞬間、鼻についたΩの残り香に眉を寄せた。

見ればいつもかっちりスーツを着込んでいる男が珍しくラフな姿で、自分が気を失って寝込んでいる間に、相手も休んでいたのだと理解する。

自己完結して、コーヒーでももらおうとキッチンに向かおうとすると強く腕を引かれた。


「吉成、返事は?」


支配力に満ち溢れた声。
顎を掴まれ、すぐさま深く唇を重ねられる。


「…っ、ふ、」


絡められた舌を強く吸われて、咥内を好きに蹂躙される。
もう一方の手は背中に回され、指先で背骨の形をひとつひとつ辿られる。腰椎を過ぎて尾骨へ、尻肉の狭間へ進む指にびくりと肩が跳ねた。


「あ…っ、間宮…!」


いつの間にか壁際に追い詰められていて、すがるように滲む視線を上げれば、ふっとその目が和らいだ。


「朝食にしようか、吉成」


***
間宮本家から通いできてくれている家政婦さんが作ってくれたクラブハウスサンドを頬張りながら、向かいで新聞に目を通しつつコーヒーを飲む男に訊ねる。


「間宮、今日仕事休みなの」

「うん。一応ね」


そう、と頷きながら窓の向こうに目をやる。
外は快晴。すっかり日も高く、バルコニーの観葉植物が気持ち良さそうにそよいでいる。


「なに?吉成どこか行きたいの?」


なんてことなく返された言葉にきまり悪くなる。ちら、と視界の端で窺った家政婦さんもどことなく不思議そうにしている。


だって、用意してくれたクラブハウスサンドは、明らかに3人前あるのだ。


間宮の所有するペントハウスに住まわせてもらってるが、この広い家の中で唯一出入り禁止にされている部屋がある。
時折その部屋に籠りきりになる間宮が、そこでなにをしているのか知っている。


「琉、先に起きたなら声かけてくれてもいいだろ――っと、誰?」


がちゃり。
リビングのドアが開けられるや否や、噎せ返るように甘いΩの匂いが立ち込める。

琉、というのは間宮のことだ。

現れたその人はオレを見て驚きも露に首を傾げた。当然だろう。


「この人だれ?同居人?」


艶やかな色気のある彼は、ごく自然に間宮の隣の席に腰を下ろす。
丸い瞳で見つめられて、曖昧に笑うしかない。


「作ってもらったから食べな。いらなかったら包んでもらって持って帰ればいいよ」


間宮は質問に答えず、テーブル上の皿をすすめる。


「えええ、なにそれ」


Ωの彼は呆れたような視線を間宮に送って、「もういいよ、洗面所借りるね」と拗ねたような声色でまた立ち上がった。

去り際、家政婦さんに「おいしそうだね」と微笑みかけて。
オレについては触れないことにしたらしい。


家政婦さんは彼が手を着けなかったクラブハウスサンドをまるでカフェのテイクアウトのように手早く包み、すべての作業が済んでいること、ディナーはどうするのかと間宮の指示を仰ぐ。


「夜は外で済まそうかな」

「では、私は本日はこれで」


一礼した家政婦さんはてきぱきと帰り支度をはじめる。

もぐもぐと口を動かしながら、オレはただ無言でその光景を眺めていた。


端から見て、オレと間宮はどう見られているんだろうか。
友人?仕事関係?
αとβは住む世界が違う。どんな形にしろ違和感しか残らない。


身支度を整えたΩの彼が、間宮に声をかけて、その頬にキスをしようと身を乗り出す。

ほら、なんて自然な光景。
一夜を共にしたαとΩだ、特別な感情が芽生えるのも当然。


けれど、間宮はさりげなさを装ってキスを避けた。

憤慨する彼に家政婦さんが声をかけ、揃って部屋を出ていく。
オレは最後の一口を無理矢理押し込んで、グラス片手に席を立った。


「吉成」


逃がさないとばかりに間宮の長い腕が追いすがる。


「愛してる」


オレと間宮はどんな関係に見られているのだろう。
恋人?愛人?…ありえない。
αとβは住む世界が違う。


せいぜいオレなんて間宮のペット止まりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

僕にとっての運命と番

COCOmi
BL
従兄弟α×従兄弟が好きなΩ←運命の番α Ωであるまことは、小さい頃から慕っているαの従兄弟の清次郎がいる。 親戚の集まりに参加した時、まことは清次郎に行方不明の運命の番がいることを知る。清次郎の行方不明の運命の番は見つからないまま、ある日まことは自分の運命の番を見つけてしまう。しかし、それと同時に初恋の人である清次郎との結婚話="番"をもちかけられて…。 ☆※マークはR18描写が入るものです。 ☆運命の番とくっつかない設定がでてきます。 ☆突発的に書いているため、誤字が多いことや加筆修正で更新通知がいく場合があります。

ベータのクセにこんな可愛いとか、嘘だ! 【オメガバース】

天災
BL
 ベータのクセにこんなに可愛いとか、嘘だ!

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

処理中です...