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花乞
花乞・5
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その後、屋敷へ向かうために山を登るぼくとは逆に、槐様は山を降りて町へと向かった。
槐様には槐様の任務があって、町に降りるのもそのためだ。仕様がないことだとわかっているが、もう少し一緒にいたかったと溜息が落ちる。
訓練された隠密衆ならいざ知らず、ぼくの足では連翹様のお屋敷はとても遠い。隣に槐様がいてくれたらといつも思ってしまう。
一方で、ぼくは町に降りたことがなくて、一度でいいから槐様と行ってみたかった。
もちろん任務の邪魔はできないけど、町人の生活に興味があった。どんな風に過ごしているのだろう。それに町にはぼくの知らない隠密たちも潜んでいるらしく、彼らのことも見てみたいと思っていた。
道とは言えない山の中を進み、少し開けたところで一休みすることにする。
落ち葉が敷き詰められた地面をざくざくと進み、手頃な倒木に腰を落ち着ける。持参した竹筒を煽って一心地ついた。
「ふう」
あたたかい茶が沁みた。
茶請けの団子を噛りながら頭上を仰ぐと、見事な木々がざわざわと揺れている。穏やかに降り注ぐ木漏れ日に目を細めた。
…これで隣に槐様がいてくれたらな。
詮無い願望を抱いていると、突然がさがさっと大きく木々が揺れる。
「!?」
はっとして周囲を見渡すが、なにも変わった様子は見られない。けれども空からははらはらと葉が落ちてくる。
風?そうかもしれない。
しかしぼくは急に怖くなって、手近の荷物だけを抱えてそこを飛び出した。
山道を駆け上がり、足場の悪さに躓いて転んでしまう。
「いた…」
それでもぼくは肩を弾ませながらなんとかお屋敷を目指した。
―――だから
ぼくが先程までいたところに上から飛び降りてきた人影があったとか、置き捨てていく形となった団子をひとつ摘まんで
「…うま」
と、その人物が呟いていたなど、まったく預かり知らぬことだった。
***
お屋敷に上がる前に身なりを整えたけれど、連翹様にはお見通しだった。
「なにかあったか?」
「いいえ…ただ、道中で転んでしまって」
情けなく俯いたぼくに、連翹様は「槐に付き添ってもらわないとだめだな」と快活に笑った。
「ところでその美味そうなものはなんだ?」
「目敏すぎますよ、連翹様…」
取り出したのは芋を練り込んだ団子。さっきぼくも口にしたものだ。
菘のおやつにと用意したそれは半分ちかく連翹様の腹に収まってしまった。
「あー、うまかった!」
「お口に合ったようでなによりです」
腹を満たした肉食獣のように満足そうな連翹様に頭を垂れると、穏やかな眼差しを向けられた。
「清白、お前は認めないかもしれないが、屋敷の中にはお前の味を恋しがっている者もいる。オレだってそうだ。以前のお前を卑下するばかりではいけないぞ?」
「そんなことは…、だって、菘もいますし」
「もちろん菘も頑張ってくれている。だがお前もよくやってくれていたということだ。下男などと口さがないことを言う輩がいたのも知っている。けれど、この屋敷の人間が飢えることのないよう食糧の管理をすることだって、生半なことではないだろう?」
オレはお前を評価している。
連翹様の言葉にぼくは涙を抑えることができなかった。
ありがとうございます。と両手で顔を覆って頭を下げる。
「でも清白はもう槐に取られちまったしなぁ」
「いいえ…。槐様はぼくを憐れに思って側に置いてくれているだけですし」
「ん?」
「え?」
涙を拭うぼくに向けて、連翹様はなぜだか笑顔で固まった。
槐様には槐様の任務があって、町に降りるのもそのためだ。仕様がないことだとわかっているが、もう少し一緒にいたかったと溜息が落ちる。
訓練された隠密衆ならいざ知らず、ぼくの足では連翹様のお屋敷はとても遠い。隣に槐様がいてくれたらといつも思ってしまう。
一方で、ぼくは町に降りたことがなくて、一度でいいから槐様と行ってみたかった。
もちろん任務の邪魔はできないけど、町人の生活に興味があった。どんな風に過ごしているのだろう。それに町にはぼくの知らない隠密たちも潜んでいるらしく、彼らのことも見てみたいと思っていた。
道とは言えない山の中を進み、少し開けたところで一休みすることにする。
落ち葉が敷き詰められた地面をざくざくと進み、手頃な倒木に腰を落ち着ける。持参した竹筒を煽って一心地ついた。
「ふう」
あたたかい茶が沁みた。
茶請けの団子を噛りながら頭上を仰ぐと、見事な木々がざわざわと揺れている。穏やかに降り注ぐ木漏れ日に目を細めた。
…これで隣に槐様がいてくれたらな。
詮無い願望を抱いていると、突然がさがさっと大きく木々が揺れる。
「!?」
はっとして周囲を見渡すが、なにも変わった様子は見られない。けれども空からははらはらと葉が落ちてくる。
風?そうかもしれない。
しかしぼくは急に怖くなって、手近の荷物だけを抱えてそこを飛び出した。
山道を駆け上がり、足場の悪さに躓いて転んでしまう。
「いた…」
それでもぼくは肩を弾ませながらなんとかお屋敷を目指した。
―――だから
ぼくが先程までいたところに上から飛び降りてきた人影があったとか、置き捨てていく形となった団子をひとつ摘まんで
「…うま」
と、その人物が呟いていたなど、まったく預かり知らぬことだった。
***
お屋敷に上がる前に身なりを整えたけれど、連翹様にはお見通しだった。
「なにかあったか?」
「いいえ…ただ、道中で転んでしまって」
情けなく俯いたぼくに、連翹様は「槐に付き添ってもらわないとだめだな」と快活に笑った。
「ところでその美味そうなものはなんだ?」
「目敏すぎますよ、連翹様…」
取り出したのは芋を練り込んだ団子。さっきぼくも口にしたものだ。
菘のおやつにと用意したそれは半分ちかく連翹様の腹に収まってしまった。
「あー、うまかった!」
「お口に合ったようでなによりです」
腹を満たした肉食獣のように満足そうな連翹様に頭を垂れると、穏やかな眼差しを向けられた。
「清白、お前は認めないかもしれないが、屋敷の中にはお前の味を恋しがっている者もいる。オレだってそうだ。以前のお前を卑下するばかりではいけないぞ?」
「そんなことは…、だって、菘もいますし」
「もちろん菘も頑張ってくれている。だがお前もよくやってくれていたということだ。下男などと口さがないことを言う輩がいたのも知っている。けれど、この屋敷の人間が飢えることのないよう食糧の管理をすることだって、生半なことではないだろう?」
オレはお前を評価している。
連翹様の言葉にぼくは涙を抑えることができなかった。
ありがとうございます。と両手で顔を覆って頭を下げる。
「でも清白はもう槐に取られちまったしなぁ」
「いいえ…。槐様はぼくを憐れに思って側に置いてくれているだけですし」
「ん?」
「え?」
涙を拭うぼくに向けて、連翹様はなぜだか笑顔で固まった。
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