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6(同僚視点)
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青嵐殿下は強く逞しく、男前だ。
こんないい男を女たちが放っておくはずがない。
暘谷を特別に扱っているが所詮は地味でお堅い宰相補佐である。暘谷の椅子として過ごす青嵐殿下を近くで見てきた同僚の私ですら、二人の関係を主従の延長だと思っていた。
暘谷では女たちの脅威にはならない――はずだった。
城で酒宴が開かれた。
表向きは翠雨陛下の恩情による無礼講とされたが、本当は青嵐殿下の帰還を祝う宴である。
青嵐殿下は側にぴたりと暘谷を控えさせていた。
はじまりの乾杯で酒を一口飲んだ暘谷からすぐに杯が取り上げられる。殿下に挨拶にきた相手から暘谷へと勧められた酒も横からさっと奪われる。
おや様子がおかしいぞ、と気付いたときにはすでに。
「せいらんさまぁ」
「酔ったか、暘谷」
うそだろと思った。
せいぜい三口くらいしか酒を口にしていないのではないか。暘谷はこれまで周囲と私的な付き合いをまったくしてこなかったため、彼が下戸だなんて誰も知らなかった。
いつもしゃんと伸びた背筋はふにゃりと腑抜けて、青嵐殿下にもたれ掛かっている。淡く染まった白い頬、潤んだ瞳、喉が渇くのかしきりに唇を舐めていて艶かしく濡れてしまっている。
そこに堅物と呼ばれた暘谷の姿はなかった。
「よしよし、奥で休もうか」
これに悲鳴を上げたのは女たちだ。
宴はまだはじまったばかりで重鎮たちの列も終わっていない。挨拶が終わってようやく側に侍る番がくるはずだったのに。
「だめですよお、せいらんさまは主役なのに」
「大丈夫。すぐそこに寝椅子を用意してもらっているから」
上座の奥には普段のものよりさらに豪奢な寝椅子が鎮座していた。目隠しとして薄絹がかかっているが、中の様子は透けて見えるし、音も聞こえる。何も隠されていない。
ところがそれが逆に暘谷を納得させたらしい。
大人しく手を引かれた先でえいやと殿下を押し倒した。
「えへへ、せいらんさまー」
青嵐殿下の上でぺたりと身を伏せて全身を擦りつける。ごろごろと上機嫌で胸に頬を寄せる姿はまるで発情期の猫のよう。
「せいらんさまきょうもすてき。かあっこいい」
「そうか、光栄だな」
肩を撫で、つつっと腕の隆起を辿った暘谷が指同士を絡めるようにして大きな手を掴まえる。くっと引き寄せたそれを胸に抱えるようにして。
「せいらんさま、わたしのこと、撫でて?」
「ちょっとまてまてまて!!」
割って入ったのは翠雨陛下だった。
頬を少し赤くしてどかどかと上座に踏み込む。
「衆人環視の前で卑猥なことをするな!破廉恥だぞ!!」
「はれんちって、休んでるだけですよおお」
むっと口を尖らせた暘谷が甘えた顔で青嵐殿下を見上げる。
「あのねせいらんさま、陛下ね、こんなこといってじぶんこそあっちこっちでおんなのひとおしたおして盛ってるんですよ」
「そうか、それはいけないなあ」
「ねえ?そうですよね?」
告げ口しながら「よいしょ」と身を起こした暘谷は青嵐殿下の太い両腿に跨がる。
「んふふ、せいらんさまの筋肉すてき!」
うっとりと胸筋から腹筋、腰元まで両手で撫で擦ってとても幸せそうだ。
「あ、あ、兄上は、こんなことをされて何ともないんですか!」
「これくらいのことならいつも通りだしなぁ」
青嵐殿下は暘谷のすることを全部笑って受け入れている。するすると下から這い上がって戻ってきた暘谷の手が太い首筋を撫でて両頬を包んだ。両の親指がすりすりと顎の線を行き来する。
「せいらんさまはもうおひげ伸ばさない?」
「髭があった方が好きか?」
「うん、おひげのせいらんさまかっこいい」
「そうか。じゃあ伸ばそうな」
翠雨陛下はもう諦めて自身の席へと戻っていった。
それを皮切りに重鎮たちがおずおずと上座に集まり挨拶を再開する。青嵐殿下は暘谷を撫でながら笑顔で受け答えをして、暘谷は殿下の腹にくたりと伏せたままじっと話を聞いていた。
とろけた丸い瞳に見つめられて顔を赤くして狼狽える者も続出する。
苦笑した殿下が大きな手で暘谷の目を覆って、それがまたひどく淫猥で目のやり場に困る始末。手の重みで顎を反らした暘谷の白くて細い首筋は見てはいけないものに思えた。
おぼこかと思いきやとんだ妖婦だ。
懸命な女たちは潔く青嵐殿下を諦めた。
「おしっこ」
突然暘谷が身を起こした。当然ながら青嵐殿下が後に続く。
「ついていこう」
「だめですって、せいらんさまは主役なのに」
「――暘谷」
低く濡れた声に背筋がぞわりとした。
「オレもいっしょに行くよ」
「はあい」
暘谷は素直に頷いて自ら青嵐殿下の手を引く。
ああこれはもう戻ってこないな、と私は直感で思った。
***
翌日の暘谷は普段通りで、本当にいつもの真面目で堅物な後輩のままだったので、酔って記憶がないのかと思いきやすべてしっかり覚えていると言う。
「青嵐様が素敵なのは事実ですから」
真顔で言いきり、とすんと背後の逞しい身体に寄りかかる。すりすりと背中全部で擦り寄る暘谷をうれしそうに見下ろした青嵐殿下がおもむろに親指を暘谷の前に差し出した。
暘谷は素直に「あ」と口を開ける。
「ん、ふ」
殿下がぐいと暘谷の口に親指を差し入れ指の腹で舌を撫でる。暘谷は少し苦しそうに、けれどうっとりと目元をゆるめて舐めしゃぶり――。
「わああ!だから公序良俗に反することはやめなさいっ!!」
慌てて飛び込んできた翠雨陛下が叫ぶ。
青嵐殿下が苦笑して暘谷の口からちゅぷんと指を引き抜いた。暘谷は追いかけて掴まえた指の先にむちゅっと口づけて、無意識だったのだろう。ごく自然に右手を後ろに回して。
「「「あ」」」
私たちの声が揃い、暘谷は我に返ってかああっと顔を赤くした。
「ちょ、おま、いま!?」
「い、言わないで陛下あああ!!」
わあわあ騒ぐ二人を青嵐殿下はにこにこと眺めている。
なるほど、と私は今更になって頭を抱えた。
青嵐殿下と暘谷は主従の延長でもなければ、どちらかの一方的な執着でもなかった。
―――暘谷の手は間違いなく青嵐殿下の中心へと向かっていたのだから。
「やめてええええ!」
これ以降、真面目で堅物と呼ばれた宰相補佐は、真面目でエロい宰相補佐と言われるようになる。そして代替りで暘谷が彼の椅子とともに私たちの次の上司になるまで、あと数年。
こんないい男を女たちが放っておくはずがない。
暘谷を特別に扱っているが所詮は地味でお堅い宰相補佐である。暘谷の椅子として過ごす青嵐殿下を近くで見てきた同僚の私ですら、二人の関係を主従の延長だと思っていた。
暘谷では女たちの脅威にはならない――はずだった。
城で酒宴が開かれた。
表向きは翠雨陛下の恩情による無礼講とされたが、本当は青嵐殿下の帰還を祝う宴である。
青嵐殿下は側にぴたりと暘谷を控えさせていた。
はじまりの乾杯で酒を一口飲んだ暘谷からすぐに杯が取り上げられる。殿下に挨拶にきた相手から暘谷へと勧められた酒も横からさっと奪われる。
おや様子がおかしいぞ、と気付いたときにはすでに。
「せいらんさまぁ」
「酔ったか、暘谷」
うそだろと思った。
せいぜい三口くらいしか酒を口にしていないのではないか。暘谷はこれまで周囲と私的な付き合いをまったくしてこなかったため、彼が下戸だなんて誰も知らなかった。
いつもしゃんと伸びた背筋はふにゃりと腑抜けて、青嵐殿下にもたれ掛かっている。淡く染まった白い頬、潤んだ瞳、喉が渇くのかしきりに唇を舐めていて艶かしく濡れてしまっている。
そこに堅物と呼ばれた暘谷の姿はなかった。
「よしよし、奥で休もうか」
これに悲鳴を上げたのは女たちだ。
宴はまだはじまったばかりで重鎮たちの列も終わっていない。挨拶が終わってようやく側に侍る番がくるはずだったのに。
「だめですよお、せいらんさまは主役なのに」
「大丈夫。すぐそこに寝椅子を用意してもらっているから」
上座の奥には普段のものよりさらに豪奢な寝椅子が鎮座していた。目隠しとして薄絹がかかっているが、中の様子は透けて見えるし、音も聞こえる。何も隠されていない。
ところがそれが逆に暘谷を納得させたらしい。
大人しく手を引かれた先でえいやと殿下を押し倒した。
「えへへ、せいらんさまー」
青嵐殿下の上でぺたりと身を伏せて全身を擦りつける。ごろごろと上機嫌で胸に頬を寄せる姿はまるで発情期の猫のよう。
「せいらんさまきょうもすてき。かあっこいい」
「そうか、光栄だな」
肩を撫で、つつっと腕の隆起を辿った暘谷が指同士を絡めるようにして大きな手を掴まえる。くっと引き寄せたそれを胸に抱えるようにして。
「せいらんさま、わたしのこと、撫でて?」
「ちょっとまてまてまて!!」
割って入ったのは翠雨陛下だった。
頬を少し赤くしてどかどかと上座に踏み込む。
「衆人環視の前で卑猥なことをするな!破廉恥だぞ!!」
「はれんちって、休んでるだけですよおお」
むっと口を尖らせた暘谷が甘えた顔で青嵐殿下を見上げる。
「あのねせいらんさま、陛下ね、こんなこといってじぶんこそあっちこっちでおんなのひとおしたおして盛ってるんですよ」
「そうか、それはいけないなあ」
「ねえ?そうですよね?」
告げ口しながら「よいしょ」と身を起こした暘谷は青嵐殿下の太い両腿に跨がる。
「んふふ、せいらんさまの筋肉すてき!」
うっとりと胸筋から腹筋、腰元まで両手で撫で擦ってとても幸せそうだ。
「あ、あ、兄上は、こんなことをされて何ともないんですか!」
「これくらいのことならいつも通りだしなぁ」
青嵐殿下は暘谷のすることを全部笑って受け入れている。するすると下から這い上がって戻ってきた暘谷の手が太い首筋を撫でて両頬を包んだ。両の親指がすりすりと顎の線を行き来する。
「せいらんさまはもうおひげ伸ばさない?」
「髭があった方が好きか?」
「うん、おひげのせいらんさまかっこいい」
「そうか。じゃあ伸ばそうな」
翠雨陛下はもう諦めて自身の席へと戻っていった。
それを皮切りに重鎮たちがおずおずと上座に集まり挨拶を再開する。青嵐殿下は暘谷を撫でながら笑顔で受け答えをして、暘谷は殿下の腹にくたりと伏せたままじっと話を聞いていた。
とろけた丸い瞳に見つめられて顔を赤くして狼狽える者も続出する。
苦笑した殿下が大きな手で暘谷の目を覆って、それがまたひどく淫猥で目のやり場に困る始末。手の重みで顎を反らした暘谷の白くて細い首筋は見てはいけないものに思えた。
おぼこかと思いきやとんだ妖婦だ。
懸命な女たちは潔く青嵐殿下を諦めた。
「おしっこ」
突然暘谷が身を起こした。当然ながら青嵐殿下が後に続く。
「ついていこう」
「だめですって、せいらんさまは主役なのに」
「――暘谷」
低く濡れた声に背筋がぞわりとした。
「オレもいっしょに行くよ」
「はあい」
暘谷は素直に頷いて自ら青嵐殿下の手を引く。
ああこれはもう戻ってこないな、と私は直感で思った。
***
翌日の暘谷は普段通りで、本当にいつもの真面目で堅物な後輩のままだったので、酔って記憶がないのかと思いきやすべてしっかり覚えていると言う。
「青嵐様が素敵なのは事実ですから」
真顔で言いきり、とすんと背後の逞しい身体に寄りかかる。すりすりと背中全部で擦り寄る暘谷をうれしそうに見下ろした青嵐殿下がおもむろに親指を暘谷の前に差し出した。
暘谷は素直に「あ」と口を開ける。
「ん、ふ」
殿下がぐいと暘谷の口に親指を差し入れ指の腹で舌を撫でる。暘谷は少し苦しそうに、けれどうっとりと目元をゆるめて舐めしゃぶり――。
「わああ!だから公序良俗に反することはやめなさいっ!!」
慌てて飛び込んできた翠雨陛下が叫ぶ。
青嵐殿下が苦笑して暘谷の口からちゅぷんと指を引き抜いた。暘谷は追いかけて掴まえた指の先にむちゅっと口づけて、無意識だったのだろう。ごく自然に右手を後ろに回して。
「「「あ」」」
私たちの声が揃い、暘谷は我に返ってかああっと顔を赤くした。
「ちょ、おま、いま!?」
「い、言わないで陛下あああ!!」
わあわあ騒ぐ二人を青嵐殿下はにこにこと眺めている。
なるほど、と私は今更になって頭を抱えた。
青嵐殿下と暘谷は主従の延長でもなければ、どちらかの一方的な執着でもなかった。
―――暘谷の手は間違いなく青嵐殿下の中心へと向かっていたのだから。
「やめてええええ!」
これ以降、真面目で堅物と呼ばれた宰相補佐は、真面目でエロい宰相補佐と言われるようになる。そして代替りで暘谷が彼の椅子とともに私たちの次の上司になるまで、あと数年。
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