上 下
11 / 28

(11)

しおりを挟む
 入学してからもうそろそろ二ヶ月が経とうとしていた。そろそろ秋も終わりに近づき、肌寒い空気が風と共に通り抜ける。

 新入生たちも学園に馴染み始め、顔見知りの数が増えてつるむグループも固定化され始める。そんな時期であったが、いまだにわたしはローズマリア以外の友人らしい友人ができていない。

 同じルビー寮に所属するアランとは顔を合わせれば会話するものの、彼を友人とカウントしていいかは躊躇してしまう。生真面目な彼のことを思うと、単に律儀な性格から言葉を交わしてくれているだけかもしれない……とネガティヴな感情に支配されてしまう。

 エメラルド寮のジャスティンや、オパール寮のデイヴィッド殿下とギャリー先輩は論外である。彼らは、友人ではない。ギリギリ知人と言ってもいいくらいか。

 珍しい光魔法持ちということで敬遠され、畳み掛けるように――理不尽な理由による――嫌われ者の闇属性持ちのローズマリアと親しいとあれば、君子危うきに近寄らずとばかりに同級生たちはわたしたちを遠巻きにしている。

 新しい人生、二度目の生。できることなら前世と違って友達をたくさん作れたらよかった。

 ……でも、ローズマリアひとりがいれば、それはそれでいいかなとも思う。ローズマリアは友人として付き合うには気持ちのいい人間だったし、心の底から尊敬できる友人というのは得がたいものだろう。

 他方、わたしはそんな素敵なローズマリアに、なにかしてあげられているのかなとも落ち込む。同級生たちに遠巻きにされることよりも、ローズマリアと友人ではなくなる妄想のほうが、遥かに恐怖をかき立てられるのだ。

 ――我ながら、ちょっとローズマリアのこと好きすぎるよね……。わたし、キモくない?

 そんな風に心の中で己に突っ込みを入れたりする。

 闇属性持ちだからと忌避しないで、ローズマリアと付き合えば彼女の良さはすぐに理解できるだろうに。同級生たちはもったいないことをしているなと思う。

 一方、わたしは自分のよさが理解できないので、同級生とは今の距離でもいいかもしれないとか、後ろ向きに考えてしまう。雑な低評価よりも、買いかぶった高評価のほうが、わたしは怖い。勝手に幻想を抱いて、勝手に期待して、その果てに「幻滅した」とか理不尽なことを言われたら落ち込んでしまう。

 しかしまあ、現状の「男子生徒に媚を売っている」とかいう噂も、それはそれで落ち込むんだけれど。

 そう、なぜかそんなわたしがまるで「男好き」であるかのような噂が出回っているのだ。珍しい光属性の魔法をエサにして近づいているとかなんとか……。わたしから男子生徒に近づいて行ったことなんて、教師や同寮の先輩に用事を頼まれたときくらいしかないっていうのに。

 お陰様で一部の女子生徒からは「尻軽女」とか「身のほど知らずの男好き」などという不名誉な呼ばれ方をされているらしい。男子生徒からはどう思われているのかは知らない。「押せばヤれそう」とか下世話なことを噂されていたら、泣いてしまうかもしれない。

 しかし今のところそっち方面で絡まれたことがないのは――わたしが平凡顔の女だからかもしれない。いや、「女だったらだれでもいい」とか、「顔よりも大人しそうな性格優先」とかいうゲス野郎が世の中には存在していることは知っている。だからいまだそっち方面で絡まれたことがないのは、単に幸運が続いているだけなのかもしれない。

 それから一応、ディアモンド魔法学園は名門校と世間では呼ばれている。そのわりには校則は厳しくないんだけれど、そんな名門校を退学になるような事件を起こせば、社会的に死ぬ生徒もいるのだろう。だから、今のところわたしを悩ませるのは直接的なイヤがらせなのではなく、対処の難しい噂ばかりなのだった。

 けれどもしかし、鬱憤というものは解消する機会がなければいずれは爆発するものだ。

 そうやって爆発したのだろう結果が、今わたしの手の中にある。

「不幸の手紙」――。「この手紙を何人に送らなければ不幸になる」というチェーンレターではなく、「送りつけた相手を不幸にする」手紙。ルビー寮の交流会のときに先輩から聞いた、あの「不幸の手紙」が今、わたしの手の中にあった。

 手紙が入れられていたのはわたしが使っているロッカーである。まあ、「不幸の手紙」を真正面から手渡しするバカはいないだろう。それでも送りつけたいとなれば、最も手ごろなのは個人ロッカーとなる。

 しかし――。

 ……先ほどから、ずっと、そうロッカーを開ける前からずっとわたしは視線を感じていた。どちらかと言えば鈍感なわたしが気づくほどの、熱い視線だ。その視線はわたしが手紙を読むのを今か今かと待っているように思えた。

 わたしはため息をひとつ吐いて、手紙を開封する。封筒と手紙は購買で売っているものだったから、視線がなければだれが送りつけてきたのかとわたしは動揺していたに違いない。

 封筒から手紙を取り出し、折られた紙を広げる。そこには――。

 ――きっっったな!? 字、きったな!!!

 ……まるで釘を飲み込んだミミズが、苦しみにのたうちまわったような文字が踊っていたのである。

 ざっと目を通してみたが、文法ミスは少ないものの、スペルミスがひどい。わたしだって上等な文章を書くわけではないが、この手紙はあまりにひどかった。熱視線を送ってくる女子生徒には、「文字も文章もヘタクソすぎる」と叫びたかった。

 わたしはあまりにもお粗末な「不幸の手紙」を読んで、前世の世界にあった「棒の手紙」を思い出す。横書きにした「不幸」の文字がくっついて「棒」になった、という脱力な話である。エマであるわたしが受け取った手紙は、それを彷彿とさせた。

 そして実は手紙を開封する前に、ローズマリアから習った防衛魔法を張っていたのだが……それは不用だったようだ。

「不幸の手紙」は言ってしまえば「呪術」である。正しく術式を編み、それを対象に届ける。それによって術式が発動する。そういう仕組みなのだが……。

 わたしが受け取った「不幸の手紙」の術式は不完全なものだったのだろう。手紙を読んでもなにも起こらないのがその証拠だった。もしも術式が発動していれば、わたしの光属性の防衛魔法が反応しているはずだからだ。

 ……しかし、だれかがわたしを呪おうとしていた――つまり、害をなそうとしていたのは、たしかで。

 その事実にわたしは怒りを覚えた。だから、内気な心を奮い立たせて、わたしは隠れている――つもりらしい、熱視線を送ってくる女子生徒のほうへ勢いよく振り返った。

 視界の端にチラチラと映るだけだった女子生徒を、真正面から見据える。制服のリボンタイはグリーン。ジャスティンと同じエメラルド寮の所属を示している。見事な金髪をウェービーロングにしていて、パッと見はお姫様を模した人形のような印象を受ける。鼻筋はスッキリとしていて、唇はちょっとぽってりとしている。……つまり、相当な美少女だということだ。

 そんな女子生徒へ、わたしは怒りのままに大股で駆け寄って、汚い字が踊る手紙を突き出した。

「これ――あなたが書いたの?」

 寮の先輩によれば、「不幸の手紙」は送りつけた時点で相手を不幸にできるという。けれども送り主を見破れば、不幸はその者へと返るのだという。

 もちろん、今わたしの目の前にいる美少女もそのことを知っているのだろう。わたしに詰め寄られたからか、あるいは看破されたからか、目を泳がせて大いにあわてだす。

「どっ、どうして――」
「どうしてって、あ、あなたがさっきからずっとわたしを見ていたから――」
「そうじゃなくて!」
「え?」
「普通に考えて、読んだ時点で呪いは発動するはず! アンタはあたしのことを見破る前に読んだのに……なのになんで呪いが発動しないの?!」

 目をきょろきょろと泳がせながら、あせったように美少女がまくし立てる。彼女が言わんとしていることを理解したわたしは、目の前にいる美少女のオツムが思ったよりもヤバいのではないかという事実に思い至った。

「……いや、こんなスペルミスだらけの汚い字で編んだ呪術なんて、普通に考えて正常に作動するわけないと思うんだけど」

 字が汚いという自覚はあったらしいのか、美少女はカッと怒ったように目を見開くと同時に、その憤怒ゆえかあるいは羞恥ゆえか、薄桃色だった頬を真っ赤に染めてわたしを見返す。しかし口をパクパクとさせるのみで、言葉は出てこないようだ。

 わたしはため息をついて美少女がつけているグリーンのリボンタイを見た。

「名前は知らないけど……エメラルド寮の人だよね? このことはエメラルド寮の寮長先生に報告させてもらうから」

 トイレの個室に閉じ込められたときと違って、今回は手紙という明確な客観的証拠がある。それにこの手紙に踊る文字……こんな特徴的な字を書く人間は学園内にそうふたりといないだろう。

 わたしが寮長先生という単語を出したからか、美少女はにわかにあわてだし始めた。だからわたしは美少女の腕をつかもうとしたのだが、一歩遅い。美少女が身を翻して逃げ出すのが先だった。

「――ちょっと! 名前くらい教えなさいよ!」
「バーーーカ! だーれがアンタみたいな逆ハー狙い女なんかに教えるかっての! 覚えときなさ――うぶっ!?」

 廊下を全速力で走りながら、振り返ってわたしに悪態をついた美少女は――しかし廊下の向こう側からやってきたひとりの女子生徒とぶつかった。女子生徒は体が揺らめいたものの倒れなかったが、美少女は思いっきり膝から廊下に倒れこんだ。

「いったあーい! ちょっとアンタ! どこ見て歩いてんのよ!?」
「いや、それは向こうのセリフでしょ……」

 美少女に追いついたわたしは、改めて彼女と――

「大丈夫? ローズマリア。怪我はない?」

 美少女にぶつかられたローズマリアを見た。

 ローズマリアはいきなりぶつかられたというのに、イヤな顔ひとつ見せず、廊下へ無様に倒れこんでいた美少女へと手を差し出す。

「ええ、エマ。わたくしは大丈夫ですよ。けれどもクリスタルさんに怪我がないか……」
「え? この子の名前、知ってるの?」

 床に倒れこんだまま、ローズマリアをにらみつけていた美少女は、あからさまに「マズいっ!」と言いたげな顔を作る。

 しかしわたしのほうを見ていたローズマリアはその表情の変化には気づかなかったらしく、笑顔で美少女のフルネームをバラした。

「ええ、存じておりますわ。エメラルド寮のクリスタル・オータムさんよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!

ユウ
ファンタジー
乙女ゲームの王子に転生してしまったが断罪イベント三秒前。 婚約者を蔑ろにして酷い仕打ちをした最低王子に転生したと気づいたのですべての罪を被る事を決意したフィルベルトは公の前で。 「本日を持って私は廃嫡する!王座は弟に譲り、婚約者のマリアンナとは婚約解消とする!」 「「「は?」」」 「これまでの不始末の全ては私にある。責任を取って罪を償う…全て悪いのはこの私だ」 前代未聞の出来事。 王太子殿下自ら廃嫡を宣言し婚約者への謝罪をした後にフィルベルトは廃嫡となった。 これでハッピーエンド。 一代限りの辺境伯爵の地位を許され、二人の幸福を願ったのだった。 その潔さにフィルベルトはたちまち平民の心を掴んでしまった。 対する悪役令嬢と第二王子には不測の事態が起きてしまい、外交問題を起こしてしまうのだったが…。 タイトル変更しました。

処理中です...