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 ヘクターが言った通り、彼がぶん投げた男のお仲間はとあるアパートの一室で麻縄がぐるぐる巻きの状態で放置されていた。ご丁寧に布で口をふさいでいるし、手首足首も動かせないくらいキッチリと縛られていたようだ。

 当の一室から爆弾に関する書きつけも見つかり、「推定テロリスト」は「ほぼ確定テロリスト」と相成った。

 まだこの書きつけをヘクターないしその仲間が置いて、アパートの一室で捕まっていた男たちは単なる被害者……という可能性もなくはない。

 しかしその顔ぶれの中に反王室組織と接触を持っていたとして、騎士団からマークされていた人間も混じってはいたようなので、まあ前述の完全な被害者であるという可能性は低そうだった。

 彼らが製造したと思しき爆弾は、中身を無害な魔法道具にすり替えられてやはり例の一室に放置されていた。

 それら元爆弾、現無害な魔法道具の入った紙袋には、「オプションサービス 初回無料」と書かれた紙が貼ってあったそうだ。

 ヘクターら魔女は、どこまでもこちらをおちょくるつもりらしい。

 ヘクターたちが暗躍したお陰で王族暗殺という悪夢は回避されたものの、あんな登場の仕方をされたのだ。警備を担当した騎士団も、魔法女を警備に就かせた神殿も、面目は丸つぶれである。

 報告を受けた騎士団長は、いずれにせよ王家の威信にかかわると大変ご立腹の様子だった。

 神殿によって異端とされる魔女に助けられたとあっては、立つ瀬がないというのはわかる。

 あたしだって悔しいものはあるが、しかし同時にヘクターが反王室組織と同調するような輩でなかったことに安堵した。

 あの移動魔法の巧者であれば、ヘタをすれば王宮にだって軽々と入り込めてしまう可能性だってある。

 そんな能力の持ち主が、少なくとも明確に王室と敵対したいわけじゃないらしいのは、ひとまず安心できる要素ではないだろうか。

 もっとも、王族に仕える騎士団の面目を潰しておいて、「反王室的ではない」と言えるのかどうかはよくわからないが……。

 少なくとも、ヘクターたちは今すぐに王宮へ爆弾を投げ込むような、物騒な輩ではないことはたしかだ。

 単にこちらを油断させるために脱力するような魔法を使ったり、おちょくるような文言を残して行ったりしているのだとすれば、とんだ演技派だと言えるので、油断は禁物だが。


 大大大トラブルに見舞われたものの、その後お披露目パレードは一応王宮の門をくぐるところまで終えることができた。

 このあとは有力貴族を集めての盛大な晩餐会が王宮内で行われる予定らしい。

 その警備に当たるという後輩の魔法女・イルマに王宮の前庭で捕まり、一方的に愚痴を聞かされたのでたしかだろう。

 あたしは晩餐会の警備までは頼まれていない。さすがにいくら顔を隠したって、脚を引きずる若い魔法女なんてあたしくらいしかいないわけだし、そうなればツェーザル殿下もあたしの存在に気づくだろう。

 そうなればどうやったって居心地は悪い。実際にツェーザル殿下が居心地悪く思うのかはわからなかったし、あたしは別に気にもしないが、一般的には元婚約者同士なんて取り合わせは、空気が悪くなるだろう。

 私服で参加していたために、身元の確認が取れるまで一応拘束されていたあたしとテオであったが、待遇は決して悪くなかった。

 なにせあたしは元聖乙女なのだ。騎士団の内部に知り合いは色々といるわけである。

 しかしあたしがほとんど失脚同然の目に遭わされたということを慮ってか、気安げに話しかけてくる者はいなかった。

 あたしはあたしで、そんな風に話しかけられても困っただろうと考えると、騎士たちの態度は正解のように思う。

 テオとは特に部屋を別にはされなかったので、出された熱い紅茶を飲みつつ、テキトーな会話を交わしていた。

「あとどれくらいで解放されるかな?」とか「今日の夕食はなにかな?」とか、本当にどうでもいいようなことだ。

 ヘクターら魔女について話したいことはなくもなかったが、場所が場所だったので自重した。ここは騎士団の団舎内部に設けられた待合室。今は出払っている者が多いためにこの部屋を通過する騎士は早々見ない。

 警備の騎士はいるにはいるが、元聖乙女のあたしが本気を出せば一瞬で無力化できるということはわかっているのか、あるいは単純に人手不足なのか多くは配置されていない。

 配置されているのも若い騎士で、今年入ったばかりの騎士なのか、あたしは見覚えがなかった。

 ときおり好奇の視線を感じなくもないが、まあ入ったばかりなら仕方ないかと無視を決め込む。

 そして少し冷め始めた紅茶を一口飲み、再びテオが立つ――彼は奴隷身分なのでこういう場所ではソファに座るなどできない――方向へ顔を向けたとき、にわかに待合室の入り口が騒がしくなった。

「――ペネロペ」

 ずかずかと待合室に入り、複雑な顔をしてあたしの名を呼んだのは、ほかでもないツェーザル殿下だった。

 少々、いや、かなり虚を突かれた形になる。

 あたしは王族を前にして反射的に立ち上がったものの、目を丸くして、ツェーザル殿下の金色が美しいの頭のてっぺんから、よく磨き上げられた靴の先までじろじろと見てしまう。

「不敬罪に問われないか?」

 さすがにツェーザル殿下の前だ。テオはささやくような声量であたしに言うが、その声色は結局いつも通りのものだった。

 ツェーザル殿下はテオを見て、わずかに目を細めた。それはあたしの目には不服そうな、不機嫌そうなものとして映る。

 あたしがテオという奴隷身分の獣人を侍らせていることくらい、ツェーザル殿下もとっくに知っているだろうに。

 そのことについて婚約期間中になにか言われたことはなかった。

 だから、ツェーザル殿下の態度はなんだか不思議だった。

 不思議と言えばツェーザル殿下の存在そのものである。

 なぜ、魔女に襲撃されたあとという緊迫した状況下で、彼はここにいるのだろうか?

 鉄壁の警備を誇る王宮内でおとなしくしていたほうがいいんじゃないだろうか。

「なにかわたくしめにご用がおありですか?」

 極めて事務的に、どのようにも取れないよう、感情を抑制して返事をする。

 待合室の出入り口に立つ若い騎士は、ハラハラとした様子であたしとツェーザル殿下を交互に見る。

 おいおい、前途有望――かどうかは知らないが――な若い騎士を困らせるなよ、と内心でつぶやきつつ、あたしはツェーザル殿下の返答を待った。

 ツェーザル殿下がなかなか返事をしないので、あたしの脇に立つテオをちらっと横目で見る。彼はいつもの無表情のままツェーザル殿下をまっすぐに見ていて、その犬耳は両方とも殿下のほうを向いていた。

「……怪我はないか、と思って」
「ご心配ありがとうございます。怪我はありませんわ」

 たしかにあたしは先頭切ってヘクターと対峙したわけだが、彼が使った魔法と言えば自分にかけた移動魔法くらいである。あたしが怪我なんてしようがない。

 それくらいは一番近くで成り行きを見守っていたツェーザル殿下にもわからないハズはない。彼にだって最低限、魔法の知識はあるハズだ。

 ……ということは、ツェーザル殿下は別にあたしの怪我の有無を確認するために、ここにやってきたわけではないらしい。

 しかしかと言って、ツェーザル殿下の真の用向きなどあたしにわかるハズもなかった。

「それで、ご用件は?」

 あたしが重ねて問うたことで、ツェーザル殿下は一瞬目を伏せた。

 先ほどのセリフがかなりの出まかせだったことを、恥じているのだろうか?

 相変わらずなにか言いたげな、複雑な表情をしているツェーザル殿下を見ていると不思議な気持ちになる。

 ツェーザル殿下はあたしの元婚約者だが、婚約しているあいだも彼があたしの婚約者だという実感はなかった。

 けれども「元婚約者」という称号に変わった途端、なんとなく寂寥感のようなものを感じなくもないのだから、不思議である。

 ……単にあたしが強欲で、「隣の芝生は青い」理論に陥っているだけかもしれないが。

「その態度は……私がそうさせてしまっているのか?」

 やっと口を開いたツェーザル殿下の言葉はしかし、抽象的すぎてあたしにはちんぷんかんぷんだった。

 お貴族様ならばすぐに察せられたのだろうか? たとえば元公爵令嬢のシュテファーニエとかの場合は。

 あたしは口から品のない「はあ?」が出るのをどうにか抑えつつ、言葉を探す。

「どういう意味でしょう?」
「そなたはそんなにも冷たくはなかったはずだ……。だから、その態度は私たちが婚約を白紙にしたから――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

 なにか、ツェーザル殿下はメチャクチャな勘違いをされているようだ。

 だから思わず猫を被っていたあたしの声も、地が飛び出してしまった。

「しまった」と思ったものの、このまま取り繕ってもツェーザル殿下の謎に満ちた勘違いを訂正するのは難しいだろうとアタリをつける。

 もう腹を括ろう。どうせそうここからの人生、何度もツェーザル殿下と顔を合わせる機会はないだろう。なら、どう思われてもいい。

「あのですね、なにを勘違いされているかはわかりませんけれども、あたしたちって元婚約者という間柄なわけですよね」
「あ、ああ、そうだ」
「もう赤の他人なわけですよ。あたしたち。で、世間的には年頃の男女ふたりが密会みたいな形になるのはよくないですよね?」
「……ああ」
「ここにはそこの騎士さんやあたしのテオがいますけれども、勘ぐろうと思えばいくらでも勘ぐれる状況なわけですよ。だから事務的な態度に終始していたんです。わかりますよね?」
「しかし……」
「しかし?」
「そなたは、その、そういう感じではなかったと思うが……。やはり、私たちがそうさせてしまったのでは――」
「違います。こっちがあたしのです」

 ツェーザル殿下ってこんなに面倒くさい人間だっただろうか?

 そう思って彼のことを思い出してみようとするが、ロクに思い出がない。

 婚約者とは言っても政略的なものだったわけだし、そもそも顔を突き合わせた時間自体が少なすぎるのだ。

 ……ということは、ツェーザル殿下はもとから面倒くさい人間だったということになる。

 ツェーザル殿下の面倒くさすぎて抽象的すぎるセリフにいら立ったあたしは、その思いをそのまま口にした。

「ご安心を。殿下があたしに与えられる影響なんてこれっぽっちもありませんから。態度が悪いのはもとからです。こっちがあたしの素なんです。お気になさらず」

 スッパリハッキリ言い切ると、ツェーザル殿下もようやく理解したらしい。

 正直に言って、婚約がなかったことにされたことは、あたしの心でちょっと引っかかってはいた。

 けれども今確信した。こんな面倒くさい人間と結婚なんてしなくてよかった。

 万感の思いを込めて、あたしはツェーザル殿下に王宮へ帰るよう促す。

「どうぞ私のことはお気になさらず。今日はいろいろとありましたから、王宮でゆるりとくつろいでください」

 ツェーザル殿下はまだなにか言いたげだったものの、結局「急にきて悪かった」とだけ告げて待合室から去って行った。

 殿下の背中が見えなくなったのを見届けて、あたしは背後のソファにドカッと身を預ける。

「なにがしたかったのかしら?」
「未練がましい男の、未練がましい行動……というだけだ。それ以上でも以下でもない」

 バッサリと言い捨てるテオの歯に衣着せぬ言い分に、あたしは疲労感から深いため息をつくことで答えたのだった。
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