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 「運命のつがい」に出会ったアルファとオメガは、強烈に惹かれ合うと言う。それはときに破壊的な結末をもたらす。恋人や伴侶がいたとしても、「運命のつがい」にひとたび会えば、その相手に夢中になってしまうという話。それが現実に存在するのかまでは、私にはわからないけれど、フィクションではある種鉄板とも言える展開であることは、たしかだ。

 だから私は千春の顔を見れなかった。姉である花梨の顔は明らかに千春に惹かれている様子で、それだけで私の脳は最悪の結末をすぐさま弾き出した。だから、千春がどんな顔をしていたのか見れなかったし、花梨に――「運命のつがい」に、どんな反応をしたのかも確認せずに逃げ出した。

 ショッピングモールに千春を置いてきてしまった私は、苦し紛れに「体調が悪かったし、なんか知り合いといたみたいだから先に帰った。ごめん」というメッセージを送信した。メッセージにはすぐに既読マークがついて、私を心配する千春のメッセージがほどなく送られてきた。

 千春には私が住んでいるマンションの部屋の合い鍵を渡していたから、「風邪がうつるかも」だなんてメッセージを打って、こちらに来ないように釘を刺した。

 テキストだけとは言えど、千春は変わらず私のことを心配していた。けれど、それが千春の本心なのか、今の私にはわからなかった。もしかしたら、千春の頭はもうすでに「運命のつがい」――花梨のことでいっぱいかもしれない。そう思うと急に身も世もなく泣きたくなった。

 一番嫌だったのは、千春を信じ切れない自分だ。千春が「運命のつがい」である花梨を選ぶとはまだ決まっていないし、本人の口から聞いたわけでもないのに、私は心臓を八つ裂きにされたような気になっている。

 明らかにおかしいと、私の中のまだ理性的な部分が言う。私はずっと千春の「運命のつがい」について考えてきて――もし、そのときが来たらという覚悟は出来ていると、思っていた。……あきらめることが出来ると、思っていた。

 でもぜんぜん、現実はそう上手く割り切れなくて。

 千春に「風邪を引いたかも」なんて嘘をついたからなのか、あるいはまったく別の要因があるのか、本当に熱が上がってきたようで、なんだかお腹の奥が落ち着かなかった。しかも感覚が鋭敏になっているような気がする。少しシーツが触れただけで、落ち着かない感覚が体の芯に走るようだ。

 吐く息もなんだか熱を持っている。しかも千春を置いて逃げた日の夜から、ショーツの股間部分が湿るほど、おりものらしきものが分泌され続けていて、不安に駆られた。

 ここへ来て、お腹の奥の違和感は、排卵日前後の感覚に似ていることに気づいた。けれども月経管理アプリを開いてみても、排卵予定日はとっくに過ぎていて、あと四日くらいで生理予定日が来ることになっていた。

 それを見て、漠然とした不安感や、情緒不安定だという自覚症状がある心理状態は、月経前だからかもしれないと思った。……思い込もうとした。

 けれども体の芯からほてるような熱は、どんどんと上がって行くようで、比例して排卵日前後の性欲が増したような感覚が、増幅されて行くようだった。



 気がつくと、体を横たえていたベッドの周りに、千春のために買ったパジャマや、予備で置いてある新品のボクサーパンツが散乱しているのが見えた。

 ――ああ、もっとちゃんと集めないと。

 ぼんやりとした思考のまま、私はベッドの上に千春のパジャマや、未開封のボクサーパンツが入ったビニール袋を置いて行く。

 私は、自分がなにをやっているのか理解していなかった。ただ思うがままに――本能のままに、周囲に千春の衣服を置いて行った。

 その途中で、千春のパジャマの上衣を手に取る。ごく自然な流れで鼻を寄せてみるが、かすかに柔軟剤の香りがするだけだった。それがなんだかすごく悲しくて、いつの間にか涙ぐんでいた。

「――果南かなん?」

 戸惑ったような千春の声が聞こえて顔を上げるも、まなじりに溜まった涙に阻まれて、寝室に入ってきたのが千春なのかどうか、判別がつかなかった。

 けれども、同時にさわやかで少し甘酸っぱいような香りが鼻腔をくすぐり、千春が来たのだと――なぜか、わかった。

「果南……これ……」

 千春が私のいるベッドに近づく。そのまま腕を伸ばし、私の周囲に落ちている彼のパジャマやボクサーパンツの袋の表面を、そっと撫でて行ったのがぼんやりとした視界の中でも見えた。

で巣作りしたんだな」

 千春の声音はどこまでも指を押し込めそうなほど柔らかく、優しかった。一方の私は千春の言葉はまったく理解できなかったが、どうやら彼に落胆した様子がないことを感じ取って、ひとまず安堵した。

 けれども、まだまだ――足りない。

 私はベッドの上に座り込んでいた体勢を変え、ベッドに手をつき、脇に立つ千春の体に鼻を寄せた。すると千春から香る、さわやかでどこか甘酸っぱい匂いが増したような気がした。

 千春はみじろぐこともせず、鼻を寄せる私をそのままにしておいてくれる。

「あ、ここ……いちばん千春のにおいがする……」

 千春の股間部に顔を近づける。

 潤んだ視界のまま、千春を見上げる。

「……いいよな? 果南」

 千春がどんな顔をしていたのかまでは見えなかったけれど、私も千春が欲しかったので、うなずいた。
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